≪BACKMENUNEXT≫

しょにょにじゅーごー。

「政宗様おめでとうございます!」
 奥州に戻るなり、帰還の挨拶がこれだった。より正確に言うなら、奥州に戻り自室に引き上げ身の回りを整理して、近況報告をさせようと主だった家臣を集めた時の挨拶がこれだった。
 一体何が目出度いのか、と訝る政宗の前に何故か赤飯が出される。
「…何だ、これは?」
「政宗様。よもや赤飯を知らないとでも。未だこれから鯛の尾頭付きが出ますが。」
 延元が驚いた様に言う後ろで、笑いを堪える成実の姿が見え、成る程首謀者はこいつ――延元――か、と政宗は身構えた。これから何を言い出すか、見当がつかない。
 警戒する政宗と対照的に延元は嬉しそうで、良く見ると居並ぶ家臣の殆どが政宗に対し慈愛の表情を浮かべている――様な気がする。
「いやぁ、政宗様も漸く!  様に一歩近付けましたな! 苦節十年、想い続けた甲斐が有ったと言う物です。そう言う訳でお祝いの赤飯と鯛を用意しましたぞ。」
 延元の言葉に政宗は座っていたのにも関わらず、倒れそうになった。
「なっ、ななっ、なんだ、そりゃーーっ!?」
 叫ぶ政宗に、延元はさも意外そうに「ですから 様と政宗様の初Kissのお祝いですが。」と言い、成実は堪え切れず腹を抱えて笑い出した。
「な…何で知ってるんだ。」
 思わず政宗が呟くと延元は人差し指を左右に振って窘める様に言う。
「いっけませんな〜政宗様! 自国の諜報機関を舐めてもらっちゃ困りますよ。黒脛巾からバッチリ報告が来ております。良いですな〜、戦場での逢瀬!」
 浮かれる延元と背後で笑いを噛み殺す家臣一同に、がくりと肩を落とす。誰も止める者はいなかったのだろうか、等と考えていると景綱が咳払いした。
「延元殿、その辺でお止めにならないと。…ともかく、山崎での戦いの後でお疲れでしょう。戦勝祝いとしてお召し上がり下さいませ。」
「お前はまともだな、景綱……。」
 漸くまともな発言を聞いた、と思っていると成実が茶々を入れた。
「殿、そんな事言うけど真っ先に赤飯を炊こうって言ったのは景綱だからね。オレたちはそれに乗っかっただけだからさ。」
「ばらさないで下さい、成実様。」
 涼しい顔で否定するでもなく言う景綱に再度肩を落とす。何故自国に戻ってこんなに疲れなければいけないのだろう。どうも が来てからと言うもの、家臣たちが自分で遊ぶ頻度が高くなった気がしてならない。そんな事を考えつつ折角だからと目の前の膳に箸を付け始めると、成実が質問した。
「でも何で戻ってきたのさ。確か 様が元の世界に戻るまでずっと傍についているとか言ってなかった?」
「そうですよ、この際だから押して押して押し倒す位の事をしませんとねぇ。」
「延元殿、うるさいですよ。」
 口々に好き勝手を言うな、と思いつつ政宗は最初の質問に答えた。
「一旦戻って戦勝報告をしろって大将の言付けだ。それとちょっとお前等に頼みがある。」
「結納の準備なら直ぐ出来ますが。」
Shut up。最終決戦に向けて準備してもらいたい物があると から言われている。」
 政宗は言いながら懐から図面を取り出し説明した。材料を揃え、現地に運び準備する。それだけの事だが最終決戦、の言葉に緊張が走る。もう直ぐ、終わる。それが何を意味するかは人其々だ。天下統一が成されると思うか、 と言う存在が無くなると思うか。果たして政宗が天下を掴むのか信玄になるのか。そんな事は今気にする事ではない、とばかりに政宗は再び図面を丸めて延元に渡す。
「直ぐ準備に取り掛かれ。俺は次の戦に向けてまた拠点に戻るからな。」
Yes Sir。」


 胡坐をかいて、起き上がり小法師の様に揺れながら は考え事をしていた。それを見ながら は自分が拙い事をしたのか心配になる。
 その表情に気付き、転がりながら の膝まで移動して頭を乗せると、 は笑って言った。
ちゃんはヘマなんかしてないよ、大丈夫。 が考えてるのは別の事。」
「それなら良いけど……次は前田軍とでしょ? あの人たちとはあんまり戦って欲しく無いなぁ、なんて言ったらやっぱりえこ贔屓だよねぇ。」
「んー、まぁそう言われればそうなんだけど、元々贔屓はしっ放しだし。戦いたくないってのは もそうだよ?」
 まつの事を思い出し溜息を吐く も同意する。
  が山崎から戻ると直ぐに、 から謝罪の言葉が飛び出した。何事かと思えば、 が不在の時に前田軍総大将、前田利家の妻まつが訪ねて来たが追い返してしまった、と言う。
「何で謝るの? 一応前田軍も敵だし、追い返しても差し支えは無いけど?」
 いきなり謝られて困惑する が申し訳なさそうに言う。
「だってお前の事だから多分何か計画してたんだろうと思ってさ。若しかしてその計画の邪魔になったんじゃ無いかと。」
「それは無い。でも何の用件で来たのかは知りたい。」
  はまつが突然訪ねて来た事から説明を始めた。
  不在にも関わらず、まつは「これはまつめの独断によるもの。我が殿犬千代様に責の有る事ではございませぬ由、予め申し上げておきまする。」と前置きして用件を打ち明けた。
「人質……って、まつさんが? あ、呼び方拙かったら変えますけど。」
「いえ、構いませぬ。… 様が御不在では御決断もし難いでござりましょうが、何卒まつめを此方の人質にしては頂けませぬか。」
 臥して懇願するまつに は慌てて顔を上げる様に言った。脇では謙信がその理由に気付き、首を振った。
まおうにたいしてのいいわけにつかおうというのならばなりませぬよ。そのていどのりゆうでまおうがごふくんにたたかうなとはいいますまい。あなたをたてにしてでもたたかえというでしょう。
「それは確かにその通りでございましょう。ですが女の浅知恵とは申せ、犬千代様……我が殿と 様が戦う姿をまつは見とうございませぬ。少しでも可能性が有るのならばそれに賭けとうございます。」
 まつからの申し出に、 はどう答えていいものか迷ったが、 が不在の時に勝手に物事を進めるのは拙いだろう、と丁重に断る事にした。
「あのですね。そういう話は私や謙信さんが決める事では無いので、無かった事にしていただけませんか。出来ればそれでお引取り願いたいんですけど。」
「何卒お引き受け願いませぬか。」
 尚も食い下がるまつに、 は首を振る。
  と戦いたくない、と言う気持ちは判らないではない。だが謙信が指摘した様に、人質にした所で織田信長がそれを考慮するとは思えないし、何よりも獅子身中の虫と言う諺もある。敵意が無いと油断して内側から崩されないとも限らない、と思うとやはり此処は断った方が良いだろう。
  の頑とした態度にまつも諦めたのか溜息を吐く。
「やはり叶いませぬか。しかし此処で手ぶらで帰っては前田家の名折れ。一矢報いて……。」
おやめなさい。かようなことをしたところでだれもよろこびませんよ。
 刺し違えてでも、と言う覚悟で懐刀を手にしたまつを手で制し謙信が諭す。落ち着いた口調で諭され、まつも唇を噛む。幾ら一矢報いる為とは言え、丸腰の に手を出す様では武家の名折れ。それすらも判断出来ぬのかと自分を恥じる。
「申し訳ございませぬ……武門の恥、許して下さいとは申しませぬが浅はかでございました。」
 何故謝るのだろう、と は一瞬思ったが今までの話の流れから言うと若しかして、自分はまつに殺されかけたのだろうか、と気付く。だが実害が無かったので今ひとつピンと来ない。
  は困った様にまつに言う。
「繰り返すようで悪いんですけど、何も無かった事として帰って頂けませんか。そうでないとそろそろ我慢出来ない人も出てくると思うので。」
「我慢……でございますか。」
 不思議そうに訊き返すまつだったが、天井裏の気配に気付きハッとする。
 既に天井裏の佐助とかすがは武器を構えて何時でも飛び出せる準備をしている。此処でまつが本当に に手をかけようとしたら即座に飛び出して居た事だろう。謙信も涼しい顔をしてはいるが何時でも動ける様にしているし、別室で控えている良直は既に槍を構えて居た。
 今度こそまつは諦め、悲しげに微笑んだ。
「まこと……女の浅知恵というものは……。お許し下さいませ。まつめはこれにて失礼仕りまするが、一言、 様に宜しくお伝え下さいませ。」
「会いに来た事だけ伝えます。それと、あのー、女の浅知恵って先刻から言ってますけど、まつさんは別に浅知恵なんかじゃ無いですよ。一番良い方法を探っていただけで。浅知恵って言うのは、よく考えもしないで戦をやりたがる様な人の事ですから。」
「まぁ。…フフフ、ですが殿方にそう悟られる事無く物事を進めるのが女の器量。それからすればやはりまつめは未だ未だ未熟でございます。」
 来た時と同様に、まつは凛として去って行った。
 そんな説明を から受けて、 は暫くコロコロと転がりながら考え事をしていたのだが、まつの申し出から考えてやはり次は『合戦』では無いな、と結論を出した。


「姫親さーん、お願いがあるんだけどー。」
「おう、何だ?」
 幸村を相手に木刀で打ち込みをしていた元親に、 が声を掛ける。山崎から拠点に戻る前に既に一旦土佐に戻って戦勝報告を済ませていたので、その件では無いだろう、と思いつつ元親は何のお願いやら、と訝る。
 おいで、おいでと呼ぶ真似をするので近寄ると、 が耳打ちをしたが、その内容にギョッとして思わず叫ぶ。
「おいっ、ふざけた事ぬかすな! 一体アレを何だと思ってるんだ!?」
「男の玩具。」
 きっぱり言い切る に、元親は二の句が継げず頭を抱えた。ふざけるな、とは言うものの も本気で言っているのが判るので、一体どうしたら良いのやら、と思う。
「何をそんなにお困りでござるか。 殿、元親殿に何を願ったのか伺っても良いだろうか。もしこの幸村で事足りるのであれば協力いたしますぞ。」
 蚊帳の外にいる幸村が に訊ねる。その言葉に は暫く考えてからニッコリと笑って言う。
「じゃあ姫親さんに、貸してくれないのは狭量だぞって言ってくれる?」
「え……。」
 渋面の元親と楽しそうな とを見比べつつ、幸村は何と言って良いのか迷った。理由も判らず元親を非難するのは躊躇われるが、理由も無く がそう言う筈も無い。どうしようかと迷っていると、元親が諦めたのか首を振った。
「判った、判った。貸してやるよ。…ったく、一体幾らすると思ってるんだ。」
「国一つ傾く位。」
「…判ってンじゃねぇか。」
 ブツブツ文句を言う元親に、 はフフと笑う。未だ話が掴めない幸村が、何を貸すのか、と訊ねる。
「姫親さんトコにある、おっきな玩具を前田領に持って行って貰おうと思ってね。序でに、幾つか造って貰いたい物も有るし……一旦一緒に土佐に行こうか?」
「おっ? お前さんが一緒に来るって言うなら俺は構わねぇぞ。直ぐ行くか。」
 余計なオマケがつく前に、と元親はさっさと の手を引いて歩き始めた。
「ちょっ……せっかちだなぁ。 ちゃんに行き先言って、色々準備して来るからちょっと待って。」
「おう。早くしろよ。」
 機嫌良く元親に見送られ、 の部屋に戻って出かける事を伝えた。
「何処に出かけるの?」
「土佐を回って姉川に。そうだ、 ちゃんも一緒に行こう。桜が綺麗だよ。」
「花見気分かお前は。」
 言いながらも が楽しそうなのでつられて笑いながら も出かける準備をした。 も出かける事を知った幸村と良直はそれでは自分も、と手早く荷物を纏めて後に続く。建前とは言え二人とも一応は の護衛としての大義名分があるので、一緒に行くのは仕方無いとしても余計なオマケがかなり増えたな、と元親一人が溜息をついた。


 土佐にはあっという間に着いた。以前 が移動距離に対しての移動時間が無茶苦茶だと言っていた事を思い出し、 はその通りだなぁと潮風に吹かれつつ考えた。目の前では と幸村と元親の息子の信親が波と戯れている。
「元親さんてお子さんが居たんですか……。」
 ポツリと呟くと、隣で眺めていた元親ががくりと扱けるのが判った。
「あ、あのなぁ。良く見て物を言えよ。あんなでかい息子がいる様に見えるか?」
「…早婚で、元親さんが見かけより歳が上だったら有り得るかな―、とは思います。」
 何せ信親の自己紹介は、『父上が何時もお世話になっております。嫡男の長曾我部信親と申します。』だった。ただ、その紹介を受けた時の の反応は大笑いだったので、嘘ではないが本当でも無いのだろう、とは思っている。少し詳しい説明を受けたいだけだ。
  の視線に元親は諦めた様に説明した。
「本当は俺の弟だ。俺があんまり不甲斐無い不肖の息子だったんで、親爺殿が俺の養子にしたんだよ。そうすりゃ嫡男の俺に何事か有ったとしても家督を継ぐのは信親だ。俺にとっても親爺殿にとっても正統な後継者なら誰も文句は言えねぇだろう。」
「家督相続の争いを防ぐ為、ですか。…でも結局元親さんは不肖の息子じゃ無くなったんですよね。それでも相変わらず信親くんが嫡男のままなんですか?」
「嫁が居なきゃ跡継ぎも出来やしないだろ。」
「お手つきとかは無いんですか。」
「…もてねぇんだよ、俺は!」
 小さく叫ぶと元親はそっぽを向いた。腹を立てているのか拗ねているのか、照れているのか判らないな、と は思いつつも『もてない』と言うのは本人が期待する程には、と言う事だろうと思う。
 同性にもてる人間が異性にももてるとは限らない。多分元親はそっちのクチだな、と が思って居る所へ が戻って来た。
「姫親さん、そろそろ終わったかな?」
「んー? まだ呼びに来ねぇからどうだかな。時間的にはそろそろだから行ってみるか。」
  の言葉に腰を上げて元親が先に立って歩き出す。その後ろにぞろぞろと 、信親と幸村が付いて行く。
「父上が久し振りに戻られたので皆頑張っていますよ。多分父上に誉められようと良い物を作るのに時間がかかっているのでしょう。」
「感心な家臣たちでござるな! だが確かにこの領地は気持ちが良い。善き領主が治めているからであろう。」
「…っ、つ、つまらねぇ事言うんじゃ無ェよ!」
 信親と幸村の言葉に、顔を赤くして叫ぶ元親を見て は顔を見合せて笑った。
 暫く歩いて停泊している船まで辿り付くと、丁度積み込みが終わった様で、伝令兵が駆け出そうとしていた所だった。
「おっ、終わったか。」
「アニキ! 遅くなってすんません!! ああっ、 姐さんもお待たせしやしたっ!」
 船に乗ると甲板には山の様に箱が積まれ、どうやらこれが の言う『男の玩具』だと気が付いた は興味津々で訊ねる。
「これ、どうするんですか? と言うかそもそも何ですか?」
 出航の準備をしていた元親がそれを聞いてニヤリと笑う。
「長曾我部軍自慢のカラクリ兵器、木騎の部品と要塞富嶽の試作品だ。」
「はぁ?」「へ、兵器?」
  と幸村が思わず訊き返すと、信親と話していた が気付きやはりニヤリと笑って言った。
「兵器じゃなくて玩具ですよ。それは間違えない様にね、姫親さん。作戦名は『木騎大作戦!』て事でどう?」
「また訳の判らない事を……。」
 呆れて呟く に笑いかけた後、 は信親に「それじゃ宜しくね。」と肩を叩く。頷いた信親は、甲板から浜に残る兵たちに聞こえる様に大声を張り上げた。
「良いか、お前ら! 俺達のアニキと 姐さんに良い所を見せる良い機会だ! 気張って行くぞ!」
 おお、と応じる声に振り向いた信親がにっこりと笑う。掛け声とともに浜に残っていた兵達も船に乗り込み、準備が整った所で帆が張り碇が上げられる。
 ゆっくりと進み出す船の行き先を思い、 は溜息をついた。それに気付いた は苦笑しつつも、そちらは幸村に任せて自分は船内での作業に没頭する事にする。姉川に着くまでに出来るだけ形にしておきたい物があるので忙しいのだ。それにどうやら自分は船酔いするタイプの様なので、酔う前に出来る事はしておきたい。
 長曾我部軍の兵に混じって作業をしている を気にしつつ、幸村が に話しかけた。
「何かお悩みか、 殿。前田殿の事であれば、 殿が気に病む必要は無いでござる。」
「…佐助さんから聞いたんですね。…うん、それは判ってるんですけどやっぱり気になる、と言うか寧ろ が何をしでかすのかと思うとそっちの方が……。」
「ああ、 殿か……そ、それは俺にも判らぬが悪い様にはしないであろうよ。どうも 殿は今回、物見遊山気分らしいし……。」
「それが心配なんですけど。一体何を作っているんだか……。」
 生真面目な幸村が に感化されたのか、随分気楽になったものだと は思う。出会ったばかりの頃なら、遊び半分で合戦など! と怒っていただろうに変われば変わるものだ。これが良い事なのか悪い事なのか判らないが、取り敢えずは戦馬鹿で無くなった事は良い事ではないか、と思う。
 快調に進む船の中で手持ち無沙汰な が何をしているのか気になって近寄ってみた。
  が近付いたのに気付いて、 は作業を止めた。集中していたからか然程酔っていないが、そろそろ危ないのでこの辺で切り上げようと思い立ちあがる。
「先刻から気になってたんだけど、何を作ってるの?」
「ヒミツ。姉川に着いたら判るよ。」
「……ケチ。」
 舳先まで歩いて行き、目の前に広がる海原を見て二人は歓声を上げた。現実世界では先ず余程の秘境でしかお目にかかれないような海の色をじっと見つめる。
「綺麗だね。」
「うん。こう言うのが糧になるんだよ。」
 ポツリと呟いた も静かに返す。
 何の糧か、というのは聞かなくても判った。心の糧になる風景を胸に刻み付け、 はもう一度訊ねた。
「前田夫妻とどう戦うつもり?」
「戦わないよ。遊びに行くんだからさ。」
「それで織田信長が納得するの?」
「納得はしないだろうけど、少なくとも前田軍の招聘はしないでしょ。まぁ尤も元々ゲーム的には同盟国同士で連携を取って戦うって事は無いから、その辺は余り心配してないんだけど、一応予防線として、ね。」
  はにこりと笑って舳先に身を乗り出すと、小さく呟いた。
「四天の守護者、風と水を司る者たちに願う。航路の安全と順調な航海と少しばかりの協力をお願いします。我が名は 。」
 途端、帆に受ける風が強くなり船足が早まる。だが突風ではなく、船に打ち付ける波も穏やかだ。
 舵を取っていた元親はいきなり速くなった船に驚いたものの、舳先に居る二人を見つけ苦笑して呟いた。
「…ったく、仕方無ぇなぁ。こりゃあ大分早く向こうに着くか?」
「父上、 殿の様子がおかしいようですが見てまいりましょうか?」
 信親が舳先で に抱えられる様にへたり込む に気付き、元親に尋ねる。元親もそれに気付き、「いや、多分船酔いだろう。ちょっと此処は任せる。」と言って信親に舵を任せると舳先に向かった。
 いきなり四神にお願いしたかと思うと、そのままふらりと倒れるように眠る は誰か人を呼ぼうかとした所で元親がやって来た。その後ろから、やや遅れて幸村もやって来る。
「船室に連れて行こうか? それともいい天気だからこのまま姉川に着くまで此処で眠らせておくか?」
「え、えーと。日向ぼっこが好きなんで、此処でも大丈夫だと思います。」
  の返事に元親が自分の上着を に掛ける。上半身ほぼ裸の元親に、目のやり所に困った が明後日の方を向きながら訊ねた。
「あんまり驚いて無いみたいですけど、理由判るんですか?」
「『力』を使ったからだろ。…って、そういう事を訊いてるんじゃ無いよな。まぁ多分、コイツは力を使って寝ちまえば船酔いも軽くて済むと思ったんじゃ無いか?」
「……船酔い防止ですか。」
「お前さんは大丈夫なのか? 見たところ平気そうだが。」
 訊かれて は取り敢えずは平気、と答えた。乗り物に特に強い訳でも無いが、弱い方でも無い。大きな船の為か揺れが少なく甲板で潮風に吹かれているのも有り、今の所は気分爽快だ。それを聞いた元親は「双子でも違うもんだな。」と呟いてから操舵席へ戻って行った。
 残された の脇で幸村と話していたが、やがて眠りに落ちた。


 姉川に着いて真っ先に たちを出迎えたのは、政宗だった。山の様な積荷を見て挨拶もそこそこに感想を述べる。
「ふ〜ん、船で向かったとは聞いてたが、成る程な。こんなでかい玩具を運ぶんじゃ、陸路より海路の方が楽だな。」
「でしょ? でも独眼竜も随分早いね。奥州から直行したの?」
「当たり前だ。何処に行くか判ってンのに、わざわざ遠回りする事は無いだろう。」
 奥州から たちのいる拠点に向かっていた途中、佐助から連絡を受けた政宗は即座に行き先を姉川に変更した。土佐に行こうかとも考えたのだが、今から向かった所で追いつく前にまた出発されてしまう。それなら姉川に先回りして待っていた方が余程良い。
「行き先は判ってるんだ、焦る事は無ェだろう。」
「ご尤も。じゃあ荷物下ろすの手伝ってね。」
 既に長曾我部軍の兵達によって積荷の殆どは下ろされていたが、それでも一応手伝い、山のような箱に口笛を吹く。その一方で何となく落ち込んでいる様な雰囲気の元親と幸村が気になり、こう言う事は に訊くのが一番、と に近寄った。
「ナンであいつ等は落ち込んでるんだ?」
「え? ああ、幸村さんと元親さん? … に訊けば良いですよ。」
「アイツがまともな説明をするんなら訊くが。どうなんだ?」
「多分、しません。と言うか、政宗さんも同類だと思いますよ、理由を聞いたら。」
What's?
 自分と幸村、元親の間に落ち込む様な同じ理由があるのだろうか。そう思い を更に追求すると、意外な言葉が返ってきた。
に『細い』って言われて落ち込んでるんですよ。」
「………So what's?
 全く意味が判らない。
「好みの太さじゃ無いそうですよ。」
「…………。」
 ますます判らず眉根を寄せる政宗に は詳しい事は本人たちに訊いて下さい、と言ってそれよりも、とやや真面目な表情で政宗に質問をした。
「政宗さん、 とキスしたって本当ですか?」
「! なんでアンタまで知って……。」
 思わず訊き返した政宗に は溜息をついた。
「左月さんが教えてくれました。何だか凄く嬉しそうでしたよ。」
「ッ……。で、訊きたいのはそれだけか。」
 まさか にまで冷やかされるとは思わなかった、と政宗は思ったが良く見るとからかう様子は見られない。寧ろ憐れまれている気がするのは気のせいでは無いだろう。
Kissして何が悪い。」
 憮然として呟くと が溜息混じりに答える。
「相当悪いです。…と言うか、何だかもう政宗さんて報われない人だなぁと思って。」
「何だそりゃ。」
「だって は完璧に政宗さんがキスしてきたのは、栄養補給の一環だと思ってますもん。色恋ゼロですよ、ゼロ。皆無。」
「それ位判ってる、要らん止めを刺すな!」
 どうせ はキスしたときの事は都合よく別の解釈をするのだろうと覚悟はしていたが『皆無』とまで言われると流石にへこたれる。気まずい思いで から離れて政宗は落ち込んでいる二人の元へ向かった。
Hey! 何を言われたって?」
「政宗殿……。」「あんたか……。」
 力なく顔を上げる二人は政宗の質問に顔を見合わせて溜息をついた。言いたくなさそうでは有ったが、政宗の好奇心の方が勝り渋々と説明を始める。
 船の中で『力』を使い眠っていた だったが、そろそろ到着すると言う頃に目を覚ました。一寝して元気一杯、と言いたい所だったがどうやら船酔いが少し有るらしく何となくぼんやりとしている。しかしいい加減しっかりしなくては、と思ったのか は元親と幸村にある事をお願いした。
「背中? そりゃ良いが……どうするんだ?」
「いえ別に。単にちょっと気力回復のお手伝いをして貰おうと思いまして。少しで良いんで宜しく。」
 言うなり元親の背中に抱きつき、腰に腕を回す。見た途端幸村が真っ赤になったが、そう言えば が上杉軍に攫われた際、同じ様に背中を貸して欲しいと頼まれた事を思い出す。その時はよく判らず逃げ出したが、なるほど気力の回復になるのかと納得する。
 元親はと言えばどうせなら正面から抱きつけば良いのに、と思いつつ背中に を感じて口元が緩んでいたが、 が何やら呟いているのに気付き耳を欹たせる。だがくぐもってよく聞こえないので、 が背中から離れた際に訊ねる。
「何か呟いてたみてぇだったが何を言ってたんだ?」
 今度は幸村にしがみ付きながら、元親の質問に が答える。
「腰が細いなーと。…わんこちゃんも細いねェ……。独眼竜も細かったしなぁ……。」
 何故か不満げな言い方に、元親は「腰が細いと何かあるのか。」と訊ねる。特別細いと言う気はしないのだが、 にしてみれば細いのかも知れない。政宗の腰回りの太さを知っている、と言うのはこの際無視する事にした。
「なんと言うかさ、細いのは別に良いんですけどね。好みの太さじゃ無いなぁと思って……。筋肉はついてるのにねぇ? 何だかその割に腰回りが細くて物足りないと言うかなんと言うか。」
「きっ……ほほほっ、細っ?」
「おいおい、肥れってかァ? 肉なんか付けたら身体のキレが悪くて仕方ねぇだろうがよ。」
 焦る幸村と呆れる元親に、 は身振りで腰の大きさを示した。
「別に太って欲しい訳じゃなくて、筋肉? をも少し腰回りに欲しいなぁと思っただけですよ。微妙なんだけどな〜。」
「筋肉っつーと、何だ? 信玄公とか島津公くらい太ければ良いのか?」
「いえ、アレは太過ぎで。だから微妙なんだってばさー。本当にちょっとなんだけど。」
 言いつつ は船を下りた。
 そんな説明を二人から受けて政宗は自分と幸村、元親の腰を比べて の言わんとした事を理解した。鍛えているので筋肉は発達しているが、元親が細いと言われるなら自分も から見れば細いのだろう。
  の好みの太さ、と言うのが判らないが自分では無いだろうと言う事は簡単に推測でき、政宗は晴れて二人の仲間入りを果たし、三人揃って暫く落ち込む羽目となった。
「何であの三人は黄昏てるの?」
 元凶の が不思議そうに訊ねたが、 は肩を竦めて「知らない。」と答えた。
 本当は知っているが黙っていた方が無難だろう。と言うより、触らぬ神に祟りなし、だ。
  に答える気が無さそうなのを見て、 は本人たちに訊くのが一番だろうか、と思ったが止めた。聞かない方が幸せ、ということも有ると何故か思い、代わりに日本海に沈む夕日を眺めた。視線をずらせば長曾我部軍の兵たちが運んできた部品を組み立てている。明日の朝までに組み上げるという突貫工事になるが、多分大丈夫だろう。
 晴れるといいな。
 そんな事を思いつつ、夕日が沈みきるまで見つめていた。

≪BACKMENUNEXT≫

姉川へGO!と言うか、冒頭は伊達三傑飛ばし過ぎです。
毎回思うのですが、何故か政宗氏が良く落ち込んでいます。ヘタレ野郎です。ダメですねぇ。

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なんと言うか、多方面から説明しようと思ったら、何故かお姉さんがメインになりました。久しぶりです。
長曾我部信親くんですが、一応13歳くらいの設定です。文中にありますが、元親15歳くらいの時の子供なら、まぁ有り得なくは無い歳ではないかと。そうすると元親28歳になりますが(笑) 
それにしてもどうして私は鬼庭延元をあんな性格にしたんでしょう。いや、好きですけどね、こう言う人。