≪BACKMENUNEXT≫

しょにょにじゅーしー。

 明智光秀と向かい合った所で、 は突然光秀に訊ねた。
「クッキー、美味しかった?」
「ああ……フフフ、とても、とても。…貴女の血も同じ様に甘いのかと、ウットリとしてしまいました。」
 光秀の言葉を聞いて 以外の殆どが嫌悪に顔を顰めた。

 この男は危険だ。

 頭の中で警鐘が鳴らされた様で、自然と武器を握る手に力がこもる。
 何がそんなに可笑しいのか、と思うほどに愉しそうな光秀が嗤うのを止めて に言う。
「驚きましたよ。あの生意気な子供が貴女からの贈り物だと言われなければ、その場で踏み潰そうかと思ったのですが……。菓子の中に招待状とは、なかなかに粋な演出ですよ、 さん。」
「まぁ五月雨丸くんは絶対一番少ないのを渡すと思ったんでね。…来てくれて有難う、と良えないのが辛い所だね。出来れば穏便に済ませたいってのが本音なんだけど、無理?」
「何を今更。この様な戦いの場所を用意して、私の足止めをする者まで……まぁそれも儚く散りました。次は貴女の番ですよ。」
 光秀が息絶えて地に臥す男――天野(阿魔野)邪鬼――にもう一度サクリと鎌の刃を刺す。どす黒く染まった羽織に新たに鮮血がジワリと滲む。
 それを見て は思い出した様に振り返って才蔵を呼んだ。同行はしていなかった筈だが、何処からか見ていたのだろう。直ぐに現れ「何だ。」と訊ねる。
「ジャッキーさんを本陣に連れて行ってくれませんか? このまま此処に倒れてると要らない傷が増えて可哀相だからさ。…荼毘するにしろしないにしろ、傷は少ない方が良いでしょ。」
「………承知。」
 すぐさま才蔵は邪鬼の身体の下に手を入れて担ぎ上げて消えた。良く見れば血の滴り落ちた跡が本陣の方向へ向かっていた。
「お優しい事ですね。貴女は自分のした事の矛盾に気付いていますか? 傷付くのが可哀相と言いながら私と戦わせ、可哀相にあの男は命を落とした。可哀相、可哀相に。フフフ……。」
「矛盾なんて。矛盾の無い人間なんか居ませんよ。それが表に出てるか出てないか、って違いだけだ。」
 筆を構えつつ は小さく呟く。何時もの様に、『世界』へのお願い。自分はもとより他の者にも加護が有る様に。肩の傷は鈍く痛むが、気にするほどではない。気力も玄武が補充してくれたので、有り余るほどだ。
 光秀と真面目に戦う気は始めから無い。彼とは刃を交えるのではなく心理戦になるだろう、と最初から思っていた。それを有利にする為の布石として邪鬼に話を持ちかけ、そして彼は倒された。邪鬼の行為を無駄にする事無く、光秀を取り込まなければならない。決意を固めて は筆を握る手に力を込める。



 何故訪ねて来たのだろう、と は目の前に背筋を伸ばして正座するまつを見て思った。
 蘭丸が尾張に戻り此方の情勢を伝えた以上、織田軍の同盟である前田軍にとってはここは敵軍の真っ只中の筈。そんな中で大将の妻が一人いて良いのだろうか。
  の考え込む様子を見てまつが寂しそうに笑う。
「不思議でござりましょう。何故まつめがこの場に居るのか、と。」
「はぁ、まぁそうですね。一応訊きますけど、前田軍にとって は……敵ですよね?」
「いいえ、 様は敵ではございませぬ。敵はこの同盟軍。 様個人は前田にとって敵では有りませぬ故、こうして参ったのでございまする。」
「?」
 意外なほどきっぱりと言い切るまつに、 は目を丸くする。同盟軍の総大将は なのだから、同盟軍が敵と言うなら も敵の筈。なのに何故、と思う を見かねたのか自分も確認したかったのか謙信が質問する。
「えちごおうしゅうかいそしてさいごく……ひのもとほぼすべてのくにがけっそくをかためればまおうにとってはきょういですがたばねるものはてきではない。それはわがめいしゅのちからをまおうものずむからですか。」
「いいえ、一度敵と見做せば例え身内と言えど容赦無く滅するが我らが殿の主、信長様……。春の酒宴にて 様をお気に召されたのは事実でございますれども、既に 様は敵と見做されておりまする。」
「しかしくだるのであればはなしはべつ、ということですか。まおうにしたがうのであればりようかちのあるちから。りようしないてはない、そういうことですね。」
「…………。」
 沈黙するのが答えとばかりに謙信は頷いた。
「――で、結局どうしたいんですか? 今 は居ません。何か申し出が有るにしろ無いにしろ、今は何も出来ませんよ。」
「上杉の総大将殿は 様の留守居ではございませぬのでしょうか?」
「ちいさきことならわたくしがはんだんしてもよいでしょう。しかしこたびのほうもんはわたくしがはんだんするわけにはいかないようなきがいたしますよ。」
 まるで諭すかの様に静かに話す謙信の顔を見つめ、まつは暫く黙ったままだった。やがて何か決心がついたのか居住いを正し、 と謙信に用件を話した。



「なんて事を頼むんだろうね、あの嫁さんは。」
「しかし言い分は尤もだ。幾ら主君とは言え、みすみす夫君を見殺しにはしたくないと言う前田の細君のお気持ちは良く判る。例えそれが夫君の意に沿わなくても……。」
 天井裏で佐助とかすががこっそりと様子を窺う中、その下では がまつからの申し出に目を丸くしていた。



 山崎では毛利軍の活躍によりほぼ全ての明智軍の兵が捕まえられた。部隊長や武将さえ縛り上げて動けなくしておけば後は大人しいもので、元就は各地点からの報告でほぼ戦場を掌握した事を全軍に知らせた。後は総大将、明智光秀を がどう遇するか、だ。
「我の采配に間違いは無い……。後は 、其方次第。」
 小さく呟き元就は続々と天王山から下りて来る捕獲部隊に次の指示を与えていた。其処へ突然人を担いだ男が現れる。
 驚く元就だったが担いでいる方の顔に見覚えがあった。良く見れば武田の、と言うより真田の忍びの一人では無かったろうか。
「忍び風情が何用か。闇に生きし者が表舞台に出る幕など無い。」
「確かに。だが危急の用故勘弁して頂きたい。此方の方を何処かで横にさせて欲しいのだが。」
 才蔵が邪鬼を担いだまま言うと、元就は胡散臭そうに見遣ったが、寝かせる場所を顎でしゃくって指示する。
 戸板の上に寝かせると、才蔵は顔についた血を拭い取り顔の上に布を被せた。
「…何者か。」
「…… 殿が此度の戦の手助けにと頼んだ忍びの者だ。明智殿と戦い、刃に倒れたので 殿が本陣に連れ帰るよう俺に指示した。」
 それだけ言うと才蔵は邪鬼の側に座して動かなくなった。まるで死体を隠す様だ、と元就は思ったが忍びが死して屍を残すのは稀だと聞いていた事を思い出す。人前にむざむざと曝したくないのだろうと気付き、近場の兵に言い付けて才蔵の周りに陣幕で帳を作る。
が戻るまで置いておきたいのであろうが死体など目障りこの上無い。其処で身を縮こませておれば良い。」
 言い方は妙だったが、元就なりに気遣ったのだろうか、と才蔵は無言で頭を下げた。下手に礼を述べた所で一笑にふされるのがオチだろう。
 暫く動かずにいた才蔵の耳に毛利軍の武将の遣り取りが聞こえて来た。どうやら戦場を掌握した事で、明智を直接討とうとする者と作戦通りに大将首は同盟軍の各大将に任せようと言う者とが居るらしい。
「莫迦らしい。討って出た所で返り討ちに遭うのがオチだ。」
 ポツリと才蔵が呟くと同時に何やら陣幕内が騒がしくなる。どうしたのかと腰を浮かせると、慌てる家臣の声と元就の声が聞こえる。
「お止め下され元就様! 今から天王山に行こうなど考え直して……!」
「黙れ。我は総大将代理としてこの戦いの行く末を確認せねばならぬ。今天王山で何が起こっているのか、明智めが何を企んでいるのか知らねばならぬ。もう行く。」
 元就は言うなり外で待機させていた馬に跨り、駆け足で天王山に向かった。



 思い切り良く が筆を振り回すと光秀の顔面に穂先が当る。「ああ!」と叫んで吹っ飛んだ光秀に向かって今度は懐から何やら取りだし投げつける。空中でパッと開いて光秀の体が細い網に覆われる。
「クッ、このようなもの……。」
 笑いながら直ぐに取り去って立ち上がったが、すぐさま が足元を払う。邪鬼と戦っていたせいなのか、光秀の動きが鈍いので にとっては有利な状況だ。政宗たちも の援護に、光秀が攻撃を仕掛けようとする度に割って入り邪魔をする。
「成る程な、あの天野とかって男がかなり明智の体力を削ってくれたらしいな。」
「しかしそのせいで……。」
 政宗の呟きに幸村が言葉途中で唇を噛む。未だに がむざむざと倒される為に邪鬼に手助けを求めたと言うのが信じられない。あれほど誰も殺したくないと言っていたのに。
 そんな幸村を横目で見て政宗が頭を叩いた。
「悩んだ所でどうする。アイツにはアイツの考えがあるんだ。ここで悩んだ所であの男が生き返る訳じゃ無ェんだ、せめて目先の事に集中しろ。」
「そ、そうでござるな。」
 言われて頭の中を切り替える幸村は、 に襲い掛かろうとしていた光秀の鎌を途中で止めて押し返す。背後で が「ありがとう。」と言って体勢を立て直すのを確認し、再び攻撃をして来た光秀を一閃して吹き飛ばして後退さる。
 吹き飛ばされた光秀は暫く動かなかったが、黒い霧を吹き出しながら立ち上がり何度か首を振る。
「怖い怖い。 さん、貴女だけでなく甲斐の虎に日本一の兵、西海の鬼に独眼竜と5人も相手にしなくてはならないとは……多勢に無勢と言う言葉を知っていますか。」
「知ってるけど戦場でソレを言うのはどうかと思いますですよ〜。そんな事より、ジャッキーさんと戦って楽しかった?」
「あの忍びですか? 愉しい時間を有難う、と良いたい所ですが終わってみれば……つまらないですね。」
 鎌を振りつつ近寄る光秀だが、怠惰な雰囲気でとても戦っている様には見えない。 の武器が筆なので、尚更そう見えるのかもしれない。
「つまらないって言っても、そう思うのはミッチーだけじゃない? 勝手に自分からつまらなくしてるんじゃん。…折角楽しく過ごせるかもしれないのを、自分から終わらせてるんだよ。」
「貴女とこうして戦っていても……勝てばまたつまらないのですかねぇ……。」
「そしたらまた次を探すんでしょ。不毛極まりない……ねッ、とぉ!」
 光秀の振り下ろした鎌を、筆軸で受けて押し返す。肩に激痛が走ったが、気にしている暇は無い。さっさと終わらせなければ、と は政宗たちの攻撃を受け流して飛び退く光秀の足元を掬うと、「ごめん!」と言って股間を蹴り上げた。
 悶絶する光秀の背後に回って更に背中を蹴り飛ばして前のめりに転がした所で、 は光秀の鎌を弾き飛ばして足首を持ち上げ、仰向けに転がすと再度股間に蹴りを入れる。
「うわ……えげつねぇ。」
「本当に足癖が悪いな、アイツは。」
「見ているだけで痛いでござる……。」
「ムゥ。」
 光秀への急所攻撃に思わず男たちが我が事のように自分の股間に手を当てたが、当の光秀は最初こそ悶絶していたものの段々と様子が変わって来た。恍惚とした表情で、まるで悦んでいるようだ、と思っている所へ光秀が感極まったのか叫んだ。
「イイ……ッ、ああっ、イイ、もっと! もっとですよ、 さん!!」
What awful pervert。
 思わず政宗が呟いた。
 呆れた様に立ち尽くす一同を無視して は光秀の首筋を筆の穂先で軽く撫でる。その感触に光秀が身悶えて仰け反った瞬間を狙い、 は鳩尾に思い切り良く肘鉄を入れた。
「グ、ホォッ!」
 胃から何か逆流したような叫び声を上げて悶絶する光秀を押さえ込みながら、 は懐から紐を取りだして首と両手の親指、足首と繋げて縛り上げた。
「どう言う縛り方だ、おい。」
「いや、これ自力で解けない縛り方だって聞いてから一度は試したかったもんで。」
 終わったな、と判断した政宗が近寄りながら訊ねる。奇妙な縛り方だったが、確かに動けないらしい。光秀はエビ反った恰好でしきりに足や腕を動かしているものの、結び目に手を伸ばすことが出来ずもがく一方だ。
 やれやれ、とばかりにしゃがみ込んで大きく溜息をついてから は転がる光秀に顔を近付けた。
「全て座興と言うならこういう座興も良いでしょう? 言っとくけどその紐は切れませんからね、 がそうお願いしたから。それよりも、ねぇ? 明智光秀殿。」
「……はい?」
 光秀は名前を呼ばれたからか、神妙な顔つきになって静かに次の言葉を待った。
「貴方が魔王殿に対して歪んだ感情を持ってるのは知ってます。だからこそ言うんだけどさ。殺しちゃったら、先は無いよ?」
「信長公ともども、地獄に堕ちるのもイイと思いますが。」
「相討ちならね。でもそうじゃなかった場合、貴方が生き延びた場合は次の人を探すでしょ? 例えば其処にいる人たち。各軍の大将首、光秀殿には良い獲物にしか見えないんじゃない?」
 信長を討ったら次は。順番は多分どうでも良いのだろう。しかし恐らく信玄も、幸村も。政宗、元親、この場には居ないが上杉謙信、島津義弘と次々と手にかけるのだろう。嬉々として恍惚の表情を浮かべながら。そんなのは不毛だ、と は思う。光秀の性嗜好についてとやかく言う気は無いのだが、その嗜好のせいで命を落とす者が出るなら話は別だ。自分が乱入している以上は何が何でも死なせたりしない。その場しのぎの提案にしか聞こえないかもしれないが、それで光秀が殺戮を止めてくれるのならめっけものだと思う。
「別にさ、 も人の趣味をとやかく言えるような人間じゃ無いんだけど、勿体無いと思ってよ。いつか壊れる玩具だって、大切に扱えば長持ちするんだよ? 気に入った玩具を次々と壊して新しい玩具を手にした所で、それが何時か無くなる事も考えないと。」
 小さな声で光秀だけに聞こえる様に囁く。流石にこんな不謹慎な事を言っているのがばれたら、幾ら好かれやすい体質になっているとは言え呆れられて見放されてしまうだろう。自分でも余りに不謹慎過ぎるな、と思うくらいなのだ。だがこれは光秀には有効な申し出だ、とも思う。
  の言葉を反芻しているのか、暫く無言の光秀はやがて笑い出した。
「成る程、貴女はそうお考えですか。…遠回しにですが人の命に代えは無い、とそう仰る。」
「……まぁそんなトコ?」
 どう言う訳か良い方に光秀は解釈したらしい。多少戸惑いつつ はもう一押し、と言葉を続ける。
「折角なんだから同じ趣味嗜好の人を見付けた方が人生楽しいよ。」
「居ますかねぇ……私を満足させる方が……信長公の他に、見つかりますか。」
「それは光秀殿次第。で、降伏してくれます?」
 頬杖をついて光秀に訊ねる。
 やや暫く考えてから光秀は「これも一つの座興、ですね。」と呟きながら頷いた。



 元就が天王山に着いた頃には既に光秀が再度縛り上げられ、本陣へどう連れて行こうか算段している所だった。馬に気付いた は、手を振り元就に挨拶する。
「丁度良かった、もーりん。ミッチーをさ、本陣に連れて行くのにその馬貸してくれる?」
「構わぬが……其の者は捕虜だろう。馬になど乗せずとも歩かせれば良い。」
「いや、それだとこの集団の中に埋もれちゃうからさ。馬に乗せた方が目立って良いんだ。」
「見せしめですか、怖い怖い。フフフ。」
 馬に乗せて連行させれば、途中で残兵が居たとしても総大将が捕虜になった事で降伏してくるか逃げ出すか、はたまた最後の足掻きとばかりに攻めてくるか。何れにしろ言葉は悪いが光秀の言うとおり『見せしめ』には都合が良い。
  の説明に、元就も頷き何とか光秀を馬に乗せる。本陣に連れ帰るのは一応今回の総大将とされている元就と、見た目からしてそれらしい信玄に任せる事にし、幸村にもその後を守らせる事にする。轡を持つ信玄が に訊ねた。
「本当に良いのだな。この者は奸臣じゃ、いつ何時おヌシを裏切るか判らんぞ。それでも捕虜として迎えると言うのじゃな。」
「言ったでしょう、 は誰も死なせたくないんだって。そりゃあ此処でミッチーの首を刎ねた方が簡単ですけどね、そしたら の見たい世の中が見られなくなるじゃないですかさ。」
 苦笑する に、信玄も苦笑する。
「皆が仲良く手を取り合う世、か……。悪人も善人も、なのじゃな。」
「そゆこと〜。」
 肩を竦める は、座ったまま信玄が光秀を伴い本陣に向かうのを見送った。
 流石に疲れた。一歩も動けない、と思っていると政宗が手を引いて を立たせた。
「疲れてるみてぇだな。名前を連呼し過ぎだろう莫迦。」
「莫迦は余計じゃい。…でも確かに疲れてるかなー、眠い。だけど本陣までは何とか眠らないで辿り着かないと……何か食べるものか飲むもの、持ってる?」
 ぼんやりと呟く を支えながら政宗は何も持っていない、と答える。元親に顔を向けると、彼も手ぶらだと両手を広げる。だが何か思いついたのか、二人に「ちょっと待ってろ。」と言って駆け出した。
「…行き先くらい言えっての。」
「良いじゃないですかさ。それより立ってるの辛いんで、座っても良い?」
 言われるまま立たせた を座らせようとして、政宗はふと思い立つ。
 何時もなら消耗が激しければとっくに倒れて眠っている所だが、今回は玄武から気力を送られていた分余裕があるのだろう。玄武と言えば確か はアレが一番効率の良い方法、と言っていなかっただろうか。
 暫く思案して政宗は覚悟を決めると、動作の止まったのを不審に思った が顔を上げた所を見計らい顔を近付けた。
「う。」
Behave yourself。
 いきなり政宗が口付けてきた事で驚きの余り が固まった様に動かなくなった。動かないなら都合が良いとばかりに政宗は抱き竦める様にしながら と唇を合わせ続ける。
 暫くして漸く唇が離れた所で が後退りしつつ不審そうに訊ねる。
「何? 今の真似。」
「…コレが一番効率の良い気の摂り方なんだろ。で、どうだ?」
「どうって……上手だとか下手とか?」
 動揺しているのか見当違いの返事をする に呆れたものの、逆に冷静に感想を言われても困るな、と政宗は思い直してもう一度訊く。流石に同じ質問を2回もされれば何を訊ねられたのかは判るので、 も困惑しながら答える。
「いやそう言われても……。ちょ、ちょっとは回復した、かな?」
 何となく気恥ずかしい、と は思いつつ政宗が気を分けてくれようとした事には感謝する。但しやり方も判らずただ唇を合わせただけなので、回復は僅かだ。
「ちょっとなのか。もう少しやった方が良いか?」
「イイデス……。それより背中貸してくれた方がマシだ。」
「背中?」
  の答えに眉を上げる。そんな政宗を無視して、 は背後に回って背中に抱き付く。
「こっちの方が気の送り方を知らない人からは貰い易い。ちょっと、頂戴。」
Very well。
 素っ気無い答えに が笑って何事か呟くと同時に、政宗の中から気が流れ込んで来る。しっかりとした強い意志を秘めた気は政宗らしいな、と思いつつ先ほどの口付けは忘れる事にした。多分余程酷く疲れて見えたんだろう。そんな事を が考えている間、政宗の方は落ち付いて居る様で内心では汗が噴出していた。
 どさくさに紛れたとは言え、 が深く追求しないでくれて良かったと思う。恐らく は自分が純粋に厚意で気を分け与える為に口付けたのだ、と『信じる事にした』のだろう。確かにそれも無くも無いが、一番の理由はキスしたかったからしただけだ。千載一遇のチャンスに思え、実行したに過ぎない。
 なるべく自分の想いを悟られないように抑えてキスをしていたので、物足りない思いはあるものの満足感も有る。成実に当たって砕けろ、と言われたが当たってみるものだなと思い出し笑いをする。
「何笑ってるの?」
 背中に張り付いていた が身体を離して政宗に問いかけた。
「いや、別に。もう良いのか?」
「うん。これ以上貰うと独眼竜の方が疲れるよ。本陣に戻るまでならこれで十分。有難うね。」
「礼はいい。…俺がしたかったからしただけだ。」
 政宗の答えに が笑う。

 良かった、気にしていないようだ。

 お互いでそう思っている所に元親が戻ってきた。
「おっ? 何だ何時の間にか回復してるな。じゃあコレは要らねぇか?」
「何です?」
 元親が持ち帰ってきたものを興味津々と言った様子で が受け取る。竹筒には水が、朴葉には少しばかりの握り飯と木の実が包まれていた。
「どうしたの、コレ?」
「どっちもちょっと下った所の防衛地点に有った。兵糧が少しは残ってるんじゃ無いかと思って探しに行ったら、案の定有ったぜ。喰うだろ?」
「へー。どうも有難う、助かる。」
 途端に上機嫌になって は握り飯と木の実を平らげ、水は少し飲んで蓋をした。
「もう良いのか?」
「水は飲み過ぎても良くないからね。本陣に帰るまでにバテても困る。」
 そう言って が本陣に戻り始めたので慌てて後を追う。早足で歩きながら、何故そんなに本陣に急ぐのか訊ねる。
「早く戻って、ジャッキーさんにお別れの挨拶とお礼を言いたいんで。」
「…ああ、あの忍びか。」
 邪鬼の存在をすっかり忘れていた元親は、急ぐなら、といきなり を担ぎ上げて走り出した。
「うわーっ! よ、酔う! 酔う!!」
 突然の事に が驚いて肩の上で叫ぶと、元親も笑いながら叫び返す。
「黙ってろ、舌噛むぞ! ちっとばかり大人しくしてりゃあ直ぐに本陣だ!」
 言われて は必死に振り落とされない様にしがみ付く。あっという間に小さくなる後姿に、呆気にとられたものの政宗も直ぐに追いかけた。
「…ま、今回は譲ってやるか。」
 小さく呟く。
 先を越されて悔しい気もするが、 の言った通り体が怠くて彼女を担ぎ上げて本陣に戻れるだけの体力が無い。それに抜け駆けだったら自分の方が先だろう。
 どうせアイツは栄養補給くらいにしか考えていないんだろうな、等と思いつつも政宗は口元が緩むのが止められず、本陣に戻った時幸村に「気持ち悪い。」と言われる始末だった。



 本陣に戻った は目の前がグルグル回っていたものの深呼吸して落ち着きを取り戻し、元就に才蔵と邪鬼の居場所を尋ねる。
「目障り故その陣幕の向こうに安置しておる。」
「有難う。じゃあちょっと失礼して。」
  はバサリと帳代わりの陣幕を撥ね退けて中に入った。狭い幕間の中、直ぐ目の前に才蔵が座っていた。
「サイちゃん、有難う。ジャッキーさんを連れて来てくれて。」
  が礼を言うと才蔵は軽く頷いた。だが の後ろからぞろぞろと政宗や幸村、信玄が入ってくるのを見て顔を顰める。余り人目に曝したく無いので出来れば 一人の方が都合が良かった、と思う。
 才蔵の表情に気付いていたが無視して は邪鬼の側に膝をつく。そっと顔に被せられた布を取ると生気の無い顔が現れたが、血糊が取り払われて穏やかな表情になっている事に微笑んだ。
「…ジャッキーさん。今日は のお願いを聞いてくれて有難う。助かりました。お陰で無事終わりましたよ。」
 横たわる邪鬼に礼を述べる を、複雑な表情で幸村たちが見守る。
 倒されると判っていながら、何故。そんな思いをぶつけて良いのか迷う一同だったが、続く の行動に驚く。
 いきなり は邪鬼の頬を左右に引っ張ると、笑いながら邪鬼に話しかけた。
「何時まで横になってるつもりさぁね? 本当に荼毘に付しちゃうぞ。」
……何を言って……!?」
 驚いて叫んだものの、気付けば戸板の上で横たわっていた筈の邪鬼の姿が忽然と消え、代わりに背後から低い声が響く。
「荼毘されては流石のワシも敵わんな。 よ、初めましてと言うべきか? 久し振りと言うべきか?」
「どっちでも。所でジャッキーさんはこれからどうする? 里に戻る? それとも のお手伝いをも少し続ける?」
 何事も無かったかの様に死んでいた筈の邪鬼と会話する に、一同目を瞠る。光秀の兇刃に倒れた筈なのに何故、と訊く事も出来ず二人の会話を呆然と見る。
「手伝いは充分だろう、これだけの頭数を揃えてワシの出る幕など無い。それにこうしてワシの能力が知れたなら、暫くは大人しく里に篭っていなければな。…三十年はかかるか。」
「見逃してくれるんだ? じゃあまたもし何か有ったら宜しくね〜。」
「無い事を祈る。」
 邪鬼はそう言い残すとふいと消えた。あっと言う間の出来事だったので、帳の外では中で何が起きていたのか等判らなかっただろう。
「あ、あの者は確かに息絶えていた筈。それが何故……?」
 たとえ遠目とは言え、生者と死者の見分けくらいはつく。才蔵が邪鬼を連れ去るまでは確かに彼は絶命していたように見えた。目を白黒させながら訊ねる幸村では無く、 は才蔵の方に顔を向けて訊ねた。
「サイちゃん、教えても良いかな? ジャッキーさんは見逃してくれるみたいだけど。」
「他言無用にするのなら。」
 渋々と言った風の才蔵の答に頷くと、 は邪鬼の能力について説明した。
「不老不死……? まさか。」
「簡単に言うとそれが一番近いって事ですよ。まぁ何でそんな体質かって事は措いといて、ジャッキーさんは他の人より特別老化が遅くて、特別再生能力が高いんだってさ。だからミッチーにあれだけ刻まれまくって一度は確かに死んだ様に見えたかもしれないけど、安静にして暫くすれば息を吹き返すって訳。」
「な……。」
 俄かには信じられない話だったが、実際目の前で邪鬼は息を吹き返したのだ。信じぬ訳にはいかないだろう。替え玉と言う手も考えられなくも無かったが、そんな事をわざわざする理由が無い。唯一有るとするなら、 が死者を出したくないと言っていた事を事実のように装う事位か。だがその事も は自覚していたのか、自分から説明する。
が出来る限り合戦で敵味方関係なく死者を出したくないって言ってるのは知ってるでしょう? ただ今回は先ず確実に、ミッチーを放って置いたら たちと遭遇する前に誰かが死ぬ事になると思ったんでね。それを防ぐ為にジャッキーさんにミッチーの足止めをお願いしたんです。多分倒される事になるだろうけど、それまで宜しく、ってね。」
「本当に殺される訳ではないから、と言うことか?」
「と言うか、そうでもしないと犠牲者が増えるだろう、と思って。… だってね、色々考えたんですよ? 倒される事前提でミッチーと戦ってくれ、なんて普通だったら言えないけど、どう考えても誰かがミッチーを足止めしてくれないと有利な戦況にはならないし、かと言って足止めを担当してくれた人は十中八九、 がミッチーと対峙するその時までに倒されるだろうし。そう考えると、どうしても『不死身の邪鬼』に頼むしか無い。」
 さらりと邪鬼の二つ名を言う に、才蔵が眉を上げ信玄がハッとする。
 信玄が元服を終えて間もない頃に耳にした噂。何処かの忍びの配下に、不死身と称される男がいる、と聞いた事がある。その時はそんな馬鹿な、と一笑に付した。死なない人間などいる訳が無く、大袈裟に話が伝わっただけだろうと笑い飛ばしたのだが、まさか本当に『不死身』の者がいるとは。
「ワシの若い頃に不死身の忍びの噂が流れた事がある。まさかとは思うが彼奴めがその忍びか。」
 信玄の呟きに は返事をするでなく肩を竦めた。頷くでなく否定するでなく曖昧な態度だったが、逆に信玄は邪鬼がその噂の忍びだったのだと確信する。当時の年齢は定かでは無いが、現在の邪鬼は三十半ばになるかならずかの外見だった。同一人物だとすると年齢の計算が合わないが、不老不死と言うならそういう事も有るかもしれない。そう考えて信玄は深く息を吐く。
「この事は極秘事項なんで、他言無用でお願いしますね、ご一同。忍び一族の掟を知らない訳じゃ無いでしょう?」
 唇に人差し指を添えて念を押す。秘密を知る者には死を、密命を果たすまでは恥を忍んでも生きよ。その鉄則はどの忍流でも変わらない。だから邪鬼が自らの秘密を知るのを不問にする、と言うのは破格の事だろう。その為に活動が制限される様だったがそれも彼は楽しんでいる様に見えた。
 頷く一同を前に、 は笑いながら謝った。
「心配掛けてごめん。何せジャッキーさんがどう動くか判らなかったんで、説明のしようが無くて。もっと良い案が有ったかも知れないけど、今の には浮かばなかったし多分やり直せって言われても同じ事をすると思う。…厭な気分にはなるけどね。」
「死なないと判っていても、傷付く所を見たくなかった、と言ってるんなら仕方ない。…俺はアンタの判断が正しいかどうかは判らねェが、アンタが盟主だ。アンタの決めた事に従う。」
 ポンと頭に手を乗せて政宗が言うと、幸村や元親も続けて同意する。
 先日の政宗との会話で同じ様な事を言われた事を思い出し、 は嬉しそうに微笑んだ。あの時政宗は が間違っていたら止める、と言っていた。今また同じ様に言われたのが嬉しい。半ば彼等を騙す様な真似をしたのだから信頼を失っても当然なのだが、彼等は が最善を尽くそうとした事を評価してくれる。有り難い、と本当に思う。
 邪鬼の事はその姿を見た者が幸いな事に殆ど無く、見た者も運び込まれた状況から秘密裏に荼毘されたと思うだろう、と言う事で話がついた。
「それじゃ、拠点に戻ろうか。 ちゃんが心配して待ってるからね!」
 重苦しかった筈の山崎の雰囲気は何時の間にか変わり、穏やかな雰囲気に包まれていた。



「光秀め、先走りおったか。…うつけめが。」
「上総介様……。」
 盃に口をつけ中身を飲み干してから壁に向かって投げつける。硬い音と共に割れた破片が辺りに散らばるが、気にせず信長は蘭丸を呼んだ。
「お呼びですか、信長様!」
 すぐさま駆け寄り、跪いて信長の言葉を待つ。
「丸よ、竹千代と会うた時彼奴めは何か言っておったか。」
「いいえ、 さまと家康の奴が話し合っていた時、蘭丸は別室にて待たされておりました。帰る道中も殆ど話はしませんでした。…信長様、申し訳ありません。蘭丸がもっとしっかりと話を聞いていれば……。」
「よい、丸。其処まで期待してはおらぬわ。…竹千代め、尻尾を掴ませぬ奴よ。狸めが。」
 家康が何か密約を結んだのだろうと言うのは容易に想像出来るが、どのようなものかは判らない。果たして最後に裏切って同盟軍に与するのか静観を決め込むのか。
 信長は蘭丸が持ち帰ってきた、 からの新しい『クイズ』をもう一度見て口の端を歪ませた。
よ、舞台は整えようぞ。余に歯向かう者がどうなるか……その身に憶えさせてやろうぞ。フハハハハハ……。」
 初めは小さな呟きだったものが次第に高らかな嘲りに変わる。その手にはびっしりと桝目に書かれた文字を塗り潰し、残った文字を組み替えて出たクイズの答。

 本能寺で、お待ち下さい。

 確かにそう読める答に、面白い、と信長は再度嗤った。どのような余興を見せてくれるのか。天下布武の前に立ち塞がる相手が だとは思わなかったが、既に天下は の手の届く範囲にある。逆に言うなら さえ何とかすれば、天下は信長のものになるだろう。
 再度嗤う信長を見つめながら、蘭丸はコッソリと濃姫に囁いた。
「濃姫様……蘭丸は、 さまとは戦いたくないです。も、勿論信長様がお決めになった事には従います。だけど……。」
 語尾を濁す蘭丸に濃姫も苦笑して囁き返す。
「奇遇ね、蘭丸君。私もあの娘とは戦いたくないわ。上様も本当はその筈よ。」
 そして恐らく、 も本当の意味で戦うつもりは無いだろう、と濃姫は思う。今までの情報をまとめればそれは直ぐに判る事。だからこそどんな戦いになるか予測がつかず、不安になるのだろう。本能寺では何が起こるのか。何も判らない。
 三者三様の思いが交錯する中、夜は更けて行った。

≪BACKMENUNEXT≫

少しどころかかなり説明不足な話ですが、あんまり詳しく説明しても仕方無いので……。
邪鬼は三十年くらい里に篭もるとか言ってますが、多分ひょっこりまた出て来ると思います。

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そんな訳で山崎終わり。伊達がちょっとは報われ……て無い気がします。まぁ一度くらいは良い目を見せてあげないと。

阿魔野邪鬼は、『伊賀の影丸』と言う忍者漫画に出てくる甲賀忍者です。特殊体質ばかりの忍者の一群を率いるリーダー格で『不死身の邪鬼』の異名があります。古過ぎます、スミマセン。霧隠才蔵は伊賀忍者なんですが、佐助に付き合う関係で口外しない事を条件に邪鬼の存在を知らされてます。と、これは余談。

登場人物が多過ぎて、全くまとまりません。どうしたら良いんでしょうか(笑)