しょにょにじゅーさんー。
貴女の身体に流れる血は、甘いのでしょうか。この菓子のように。
山崎に着いた途端、合戦場の重苦しい雰囲気に
は顔を顰めた。
「シリアスはやりたくないんだけどなー。」
ポツリ、と呟きつつ先に来て陣を張っている筈の元就を探す。程なく毛利軍の陣幕を見つけ、
以下一同揃って本陣に向かった。
「やほー、もーりん。久しぶりー。」
「久しいな。息災であったか。」
軽く挨拶する
に、元就も挨拶を返す。その表情の柔らかさに毛利軍の武将数人が驚いて凝視するが、それを気にする
ではない。世間話のように会話を続ける。
「
はまぁ何時も通り適当にやってますよ。もーりんこそ悪いねー、教祖様の事任せっぱなしでさ。」
「あの痴れ者の事はいい。それよりも来て早々だが、この先如何するか訊いて良いか。」
「それは勿論。やっぱり直接会って説明しないと、ですからね。じゃあ説明するんで、関係者集まってくださいな。」
毛利軍の主要武将も含め、
は地図を広げた。
「この地図のこの範囲。広いですけど此処は全てもーりんの軍に任せます。
たちが天王山を目指す間に、防衛隊長以下一網打尽に捕らえてください。…出来るよね?」
「造作も無い。だが無傷で、と言う訳には参らぬだろうな。多少の犠牲は出るやも知れぬがそれはどうか。」
「怪我人は出ても良いですよ。命あっての物種でしょ? 生きてさえいれば傷は癒えます。死んじゃったらどうしようもない。」
敵兵の身柄の確保が要、と
は念を押す。
兵は捨て駒と言い放つ元就の下で動いていた毛利軍の武将は戸惑うものの、元就がそれを受け入れているし確かに命あっての物種、と言うのは尤もだ。ただ、それを敵軍の兵にまで適用するとは思わなかった。
広い戦場の殆どを毛利軍に任せる事にしたので、細かい打合せは其方で自由にやって、と
は言うと今度は一緒に連れてきた政宗や幸村たちと打ち合わせるから、と場所を移した。
見慣れた顔ばかりになったからか、戦場だと言うのに寛いだ表情で茶を啜り始めた
に政宗が呆れて言った。
「何を呑気に茶なんか啜ってるんだ。対明智の策を練るんじゃねぇのか。」
「焦ったって仕方無いよ。ちょ〜っと待ってる報告が有るんでね、それ次第で策が変わるから少しだけ待って下さいな。」
「報告?」
そう言えば佐助の姿が見えないな、と思い斥候に使ったのかと訊ねると
は首を振った。
「猿ちゃんは別口でお使いを頼んだんで、多分入れ違いで拠点に戻ってると思うんですよ。で、ついでだから
ちゃんの護衛をしてもらおうと思って。勝手に猿ちゃん使ってゴメンね、わんこちゃん。」
「いやっ、
殿の護衛であれば致し方有りませぬ! この幸村が本来ならその手配をせねばならぬ所、
殿に手間をかけさせるとはっ……!」
うっかり自分が
の護衛だと言うのを忘れて、いそいそと合戦に付いて来た幸村は佐助が代わりに
の護衛をするという事に半ば安心し、半ば反省した。
「その報告とやらがいつ来るか判らねェんだったら、先に煮詰められる所は煮詰めたらどうだ。いつまでも引き延ばしには出来ねェぞ。」
「それもそうか。でも別にいつもと変わり無いですよ。一応、迅速をモットーに天王山を目指すってのは有りますが。」
「有利な場所を早く占有するのが勝機、って事か。」
「まぁそうです。思い通りの報告で無かった場合は、別の案を考えますけどね。」
地図を指差しつつ、
はルートを説明した。途中二手に分かれて防衛拠点の占拠をするのを誰に任すか、と言った所で信玄が名乗りをあげた。そのフォローには信玄の手の内を良く知っている幸村が適任だろうと、残った政宗と元親は天王山を目指す
の護衛をする事にした。
「道々敵兵が現れると思いますが、それはお二方で対応お願いします。」
「OK。」「おう。」
「馬はどうしようかなー、折角だから馬で進めば早いのは判ってるんだけど、得意じゃ無いから寧ろ乗らない方が良いかな。」
「だったら俺の後ろに乗れば良いだろう。」
「酔いそうだから厭だ。…姫親さんも船は得意そうだけど、馬はそうでも無さそうだよねェ。」
「手遊び程度なら乗れるけどな。」
言外に得意ではない、と言う元親に、それじゃやっぱり走って行くか、と
は呟いた。
腕組みをしながら馬に乗れる政宗や、槍で馬と共に自在に宙を舞う幸村の騎乗の腕を疑う事は無いが、そんな危ない乗り方をする様な人間と相乗りはしたくない。それなら遅くても自分で乗るか走るかだ。
そろそろ出陣しなくては先手を取られる、と思った矢先に霧隠才蔵が現れた。
真田忍軍の二番頭が突然現れ、驚く幸村だったがその主を無視して才蔵は
を睨み付けながら報告した。
「何故あの方が戦場にいる? 貴方の差し金か、長は御存知か。」
「
が猿ちゃんに手紙を書いて渡す様に頼んだから。長は知ってる、有難う。」
は立ちながら畳み掛ける様に答えた。その口元が綻んでいて、今のが待ち兼ねた報告だったのだ、と判る。
「待ち人来たる、で予定通り。ミッチーの相手は暫くその人が引き受けてくれるから、
達は天王山を目指すよっ!」
その言葉を合図に、それぞれの持ち場に移動をはじめた。
移動を始めて間も無く、政宗は
に質問した。
「アンタ、今回
を連れて来なかったのはどう言う理由だ。」
「それは説明したでしょう、後ろを気にする余裕が無いから……。」
「誤魔化すな。俺は本当の理由を訊いてるんだ。」
その言葉に、
は困った様に眉を寄せた。
二人の会話に気付いた元親と幸村がどういう事か訊ねる。
が
を置いてきた理由は尤もな事で疑う余地も無い。なのに政宗は裏に何かがあると断言した。
「厭だなぁ、勘の良過ぎる人ってさ。誤魔化しが効かないもんね。」
諦めた様に溜息をついて
は渋々答えた。
「あのね。
ちゃんには勿論危ない目に遭って欲しくないってのはあるんですけど、
がちょいとばかり非道な事をするんで、それを見られたくないなー、と思いまして。」
「非道?」「
殿が?」「どんな事だ?」
口々に問い詰める男たちに、
は肩を竦めた。
「
が協力を願った人が、血塗れになって倒れるであろう事が予測できて、尚且つ
がそれを望んでるから。それって非道でしょ?」
「……。」
意外な言葉に一同押し黙る。今まで
は犠牲者が出ない様に、と散々言って来た筈なのにここに来て犠牲者が出ると、しかもそれが判っていながら止め様としない事に戸惑いを覚える。
「それくらいしないとミッチーを落とせないと思ってね。だからわざわざ協力してもらおうと思った訳ですよ。ただ、そんな話は
ちゃんに聞かせたくない。」
「…頼む方も頼む方だが、引き受ける方もどうかしているぞ。」
政宗は絞り出すようにそれだけ言って黙る。もう少し気の利いた言葉でも言えれば良かったのだが、思いつかない。そんな政宗の言葉に、
は言い訳するでもなく苦笑するだけに留まった。
暫く沈黙の中走り続けていると、前方に橋が見えてきた。打ち合わせではこの橋を渡り、直ぐに左手に走り門を護る武将から鍵を奪って次に進み、二手に分かれて山を登る事になっている。既に毛利軍の兵と小競り合いを始めていたが、奇襲でもしたのか盾兵の何人かが既に捕まえられている。どちらかと言えば此方が優勢か、と政宗たちは合流すると同時に隊長クラスの武将に斬りかかった。
多少の怪我は止むを得ないと言う事で、思い切り良く刀を振るい鍔迫り合いが始まるが、各軍の総大将と一介の防衛隊長や一武将では彼等の敵ではなく、あっけなく刀が弾き飛ばされ、あっと言う間に刀背打ちされたり手刀で急所を打たれ気絶させられた。部隊長がやられた事で、ワラワラと逃げ惑う下級兵士を毛利軍の兵たちが取り押さえ、次々と縛り上げる。その手際に此処は彼等に任せて大丈夫、と
たちは門を潜り次の要所へと向かった。
潜って直ぐに弓兵が待ち構えていたが、其処も難なくクリアーし二手に分かれる。
「そっちの方が遠回りで申し訳ないけど、宜しく頼みましたよ、お二方。」
「ウム、任された。」
「敵など直ぐに蹴散らして合流しますぞ、お待ちあれ!」
信玄と幸村は頷きあって駆け出した。その後ろから捕縛部隊の兵たちが追いかけていく。
あの熱血師弟に任せれば間違いないだろう、と
は彼等と逆の道を辿る。途中で待ち構える兵は先に進む元親と政宗が発見するなり斬りかかり気絶させる。逃げ惑う兵まで縛り上げる事は無いと、向かってくる兵だけ捕縛しているがそれでもかなりの人数になっている。縄が足りるだろうか、と心配になるがその辺は元就が上手くやっているだろう。
「それにしても体力勝負だ、これは。」
元の世界よりも運動能力が上っているとはいえ、山登りはきつくつい愚痴を零す。うっかり足を踏み外しそうになりつつ覚束無い足元に注意しながら山道を登り、漸く中腹に差し掛かる。
この辺りも防衛拠点の一つなので、兵が何処かに潜んでいるだろう。
は二人にそう注意を促した。
たちについて来ている筈の捕縛部隊は下の方で手間取っているらしく、未だ姿が見えないが取りこぼしの無いようにしてくれれば問題ない。
ニ、三歩進んだ途端兵たちが三人を囲む様に現れて斬りかかって来た。しかし予測していた事なので直ぐに反撃し、バタバタと何人かが刀背打ちで倒される。一方で弓兵の射掛ける矢が
たちを襲い、撥ね返しつつ防衛隊長を探す。弓兵は防衛隊長さえ倒してしまえば逃げ惑う。必要以上に怪我人を増やす事は無いと、
は防衛隊長を見つけると元親に叫んだ。
「姫親さん、その奥に防衛隊長がいるから、お願い! 独眼竜はフォロー!」
碇槍を振り回しつつ前を進んでいた元親が、
の指し示す方向に目を向けて防衛隊長を確認する。ニヤリと笑い周囲の敵を碇槍を振り回した勢いで弾き飛ばして、あっという間に防衛拠点に駆け寄ると慌てる防衛隊長に蹴りを入れる。勢い良く飛ばした相手がヨロヨロと立ち上がる姿を鼻で笑う。
「悪いな、お前さんには此処で眠ってもらうぜ。」
言うが早いが、碇槍の石突きで腹部を突く。防具の上からとはいえ元親が力任せに突いたからか、胴の部分が鈍い音と共に壊れると同時に呻き声を上げて倒れた。
防衛隊長が倒れた事で、周囲の兵が途端に散り散りに逃げ出す。幾人か向かってくる者は、政宗があっさりと倒した。
「チッ、手応えがねぇなぁ。」
物足りなそうな元親に、
は苦笑したが確かにただの防衛隊長では元親には物足りないかも知れない。そこで木立の向こうに僅かに見え隠れする兵が、どうやら名前付き武将らしい、と気付き元親に教える。多少なりとも名前付き武将なら手応えを感じられるだろう。嬉々として元親は碇槍を担ぎ駆け出した。
「まぁったく、血の気の多い男だね。」
「独眼竜だってそのクチじゃん。」
呆れた様に呟く政宗に、
がツッコミを入れる。「違い無ェ。」と肩を竦めて後を追おうとした政宗は、
の後ろで何かが動く気配に気付き慌てて叫ぶ。
「
! 伏せろ!!」
何事か、と咄嗟に言われたとおり伏せる
の頭のあった場所に矢が通り過ぎる。と同時に、肩の辺りが突然熱くなる。
しまった、と思った時には既に遅く、
の肩に逃げ惑っていた筈の弓兵が放った矢が貫通する。
そう言えば防衛隊長を倒しても暫くすると取り乱さなくなるんだっけ。
痛みと驚きと薄れる意識の中で、
はボンヤリとそんな事を思った。
目の前で
が矢に射抜かれ、政宗は舌打ちして矢を放った弓兵にHELLDRAGONを放つ。電撃で直ぐに気絶した兵士を確認して
の下へ駆けつける。
「
! 大丈夫か?!」
声をかけたが反応が無い。倒れた弾みで頭でも打ったかと心配になり、傷の確認をしようとした所で
の手が動いた。
意識が戻ったのか、と安心したが矢は未だ刺さったままだ。肩口から思いの他大量に出血しているのに気付き、早く手当てをしないと、と辺りを見まわす政宗に
が小さく呟く様に命令した。
「此処は良いから先に行って。明智より早く天王山を取らないと。」
「周り中敵だらけの所に放って置けるか!」
幾ら逃げ惑うものばかりとはいえ、敵兵ばかりの場所に怪我人を置いて行ったら忽ち襲われるだろう。それ位は簡単に判る筈なのに何故、と政宗が怒鳴るように言うと
はその後ろを見て叫ぶ。
「
のことは大丈夫! それより後ろに敵!!」
「!」
振り返ると同時に斬りかかって来た敵兵の刀を弾き、殴りつけて昏倒させる。咄嗟の事で手加減が出来なかったが、刀で応酬するよりはマシだろう。見回せば、そろそろ取り乱さなくなった兵がちらほら出てきている。やはり一人置いていくわけにはいかない、と政宗が
を連れて行こうと振り返ると
の脇に見覚えのある姿。
「アンタ確か……。」
「疾く、去ね。」
人形になった青龍が政宗に静かに告げる。
「
の事は任せておれ。我等四神、
を加護するもの故
の身に危機が及べば呼び出されずとも現れ守る。じゃから此処は気にせず、先を急げ。」
「……Shit!」
舌打ちして言われたとおり踵を返し走り出す。色々言いたい事は有ったが、今は先を急ぐ。迅速な行動が要、と言われていたのだ。此処で手間取って天王山を奪われたら
の予定が狂うだろう。
走り去る政宗を見送り、青龍は
に向き直って跪いた。それに気付いた
が呟く。
「青鱗か……。癒し手よりも再生が先だ。」
「では南の鳥を。」
青龍の言葉に応える様に朱雀が現れ、
の姿を見るなり駆け寄った。
「まぁぁぁっ! 何て事! この辺一帯焼き払ってやろうかしら!」
「そんな事より傷口の再生だよ。…動脈がやられている。緋翼、やれるね?」
「勿論ですわ、直ぐにでも!」
言うなり朱雀は
の肩に刺さっていた矢を抜いた。うっ、と顔を顰める
に構わず出血する傷口に手をあて、其処から念を送る。流れていた血が止まり、蒼かった
の顔色が少しづつ戻る。やや暫くしてから朱雀が離れ、次に青龍も同じ様に傷口に手を宛がう。同じ様に念を送るが途中で
の制止が入る。
「これ以上は過干渉になる。もう自然治癒に任せても平気だ。感謝する、青鱗、緋翼。もうお戻り。」
が微笑んで言うと二神は頭を垂れてから消えた。
周囲の兵は何時の間に現れたのか、白虎に一掃されて結界も張られている様で、虎の姿のままで白虎は
に問う。
「回復したばかりで彼等の元までは遠くて辛かろう。我の背に乗るか。」
「そうだね〜、そうしようか。まだ目が覚めないみたいだし、それならその間に天王山へレッツラゴー、ってね。」
肩を押さえつつ
は笑って白虎の背に跨った。それと同時に白虎が大地を蹴り跳躍すると、風に乗り天王山を目指した。
何だか妙な胸騒ぎがする。
は廊下でのんびり過ごしているのにも関わらず、落ち着かない。
「
……大丈夫かな。」
ポツリと呟いた
の前に佐助が現れた。
「心配しなくてもきっといつも通り元気で戻ってくるよ。真田の旦那も大将もいることだしさ。」
「そう、ですよね……。」
言われても心配なのは変わらない。何せ相手が明智光秀とあって、どんな人物かは知らなくてもどんなキャラクターかは知っている。いつも通りにしていたら、返り討ちにあうのではないだろうか。
「佐助! 貴様
を苛めているのか!?」
「え、ちょ、ちょっ、誤解だって!」
の意気消沈ぶりをどう誤解したのか、かすがが現れ佐助に手裏剣を投げつける。慌てて避けつつ佐助は誤解だと説明し、
も慌ててかすがを止める。
いつも通りの顔が見えない代わりに上杉軍の二人がいる。そのせいで何時もと雰囲気が違うだけだろうか。そんな事を考えて
は自分の頬をぴしゃりと叩いた。
その音に驚いた佐助とかすががどうしたのかと訊ねる。
「いえ、暗い考えにならない様にと思って。私が
を信じないとダメですよね。うん、きっと何時も通り元気に軽〜く、おまけつきで帰ってきますよね。」
「そうそう、きっとね。」
『おまけ』が誰を指すかはさて置き、
が自ら気分を変えて元気になろうとしているので、二人も揃ってそれを後押しする。
自分が足手まといなのは判っている。それに本来いる筈の無い世界で、
の予定には居ない自分が余計な気を回しても仕方がない。自分に出来るのは、足手まといにならない事、そしてしっかりと
を支える事。それを間違えない様にしなくては。
気を取り直して
は先日作ったクッキーを取りだし、佐助たちに勧めてみた。佐助は先日食べた時にすっかり気に入ったのか嬉々として食べ始め、かすがは一つ二つつまんでから、謙信が気になるのか挨拶を残して去った。
甘い菓子を食べつつ、
はこれからの事に思いを巡らせた。
すっかり慣れた戦国時代だが、残す軍が僅かとなり段々と帰還の時が近付いている。
は確実に元の世界に戻るだろう。でも自分は? 無事に帰れる保証は無い、と
は言った事が有る。その保証を増やす為に、確実に二人揃って帰れる様にする為に
は天下統一に足を踏み出した。その
を手伝う事が出来ないのがもどかしいが、せめて重荷にだけはなるまいと思う。
実の所
は今の状況が結構好きだ。傅かれるのは性に合わないが、あまり現実感が無く傍からゲームを見ているような気分なので、この世界に来る前にせめて1回くらいは本作をプレイしておくんだった、と思う。そうすれば感慨も一入だったのではないか。
元の世界に戻ったら絶対に一度はプレイしてみよう、と心に決める。
顔つきがしっかりしたな、と脇で見ていた佐助はホッとした。
が心配する気持ちも判らないではないが、こればかりは心配しても仕方が無い。成り行きに任せて、彼等が無事に戻る事を祈るしかないだろう。
やや暫く縁側で寛ぐ
を見守っていた佐助は、誰かが近付いてくる足音に気が付いた。この足音は――鬼庭良直だ。
待っていると予想通り良直が現われ、
に挨拶をしたがその表情に困惑が現われていて、どうしたのかと次の言葉を待つ。
「
殿、実は客人が来られたのですが、如何致しましょうか。」
「客って……私にですか? それとも
?」
この場合先ず間違いなく
の客だと思うのだが、それにしても誰だろう、と思う。良直が困惑していると言う事は同盟軍の人間ではない。だがそれ以外となると織田・明智・前田の三軍ほどしか思い当たらず、かと言って彼等がわざわざ訪ねて来るとは思えない。
先日訪ねて来た蘭丸は、織田信長が寄越した所謂斥候であって、彼が帰還した時点で此方の状況は向こうには判っている筈。そしてその状況から信長は
を天下布武の障害と見做した筈だ。もし此処を訪ねて来るのであれば客人としてで無く敵として現われるだろう。
の問いに良直は意外な事に
の客だ、と言った。
「私? でも私はこの世界に知り合いなんて殆ど居ない……。」
言いかけて
は良直の後ろから謙信に連れられてくる人物を見て驚いた。
優しげながらも凛とした美人。
見覚えのある顔に、
の頭の中で素早く攻略本の頁がめくられる。該当する人物は一人しかいない。
驚く
の目の前で謙信が案内をしてきた人物に
を紹介すると、「まぁ。」と驚きの声が上がる。
「まこと、
様と瓜二つ……。」
小さく呟きながら三つ指を突いて挨拶をする。
「前田利家が妻、まつめにござりまする。よしなに。」
天王山に着いた政宗は、程なく幸村・信玄と合流した。
「
殿と元親殿は?」
敵兵を倒しつつ、幸村が訊ねると政宗は眉を寄せながら「後から来る。」と答えた。
その答に幸村は驚いたものの、途中で分かれて政宗が先に天王山を目指す事になったのか、と理解する。恐らく二人は途中の兵を倒しながら来るのだろう、と。
だがそんな幸村の考えと裏腹にやって来た元親は一人だった。
「遅くなったな! …って
はどうした、政宗さんよ。」
「…後から来る。」
「何ィ? まさか戦場に一人置いてきたってか?! 幾らアイツに特殊な力があるからって、女一人戦場で無事で済む補償なんか無ぇんだぞ!!」
政宗の襟に掴み掛からんばかりの勢いで怒鳴る元親だが、政宗の反応が少ない事に気勢が削がれた。幸村も同様で、若しかして
の『お願い』で置いて行かざるを得なかったのだろうか、と考える。
会話の間中敵兵と戦っていたのでやがて天王山の付近に敵兵の姿が少なくなってきた。
明智光秀が天王山に到着する前に布陣が済ませられ、このまま対決、と行きたい所だが肝心の
がまだ到着しないのでは話にならない。天王山まで突き進むとは聞いていたがそれ以上の事は聞いていないので、このままこの場所で
を待つか、それとも明智の足止めをした方が良いのか、と考えつつ最後の法螺貝兵を気絶させた所で上空から白虎に乗った
が現われた。地表に着いて
を下ろすと直ぐに白虎は姿を消した。
突然白虎が現われ驚いたものの、
の顔を見てホッとした幸村はすかさず声を掛ける。
「
殿如何され……! ど、どうしたのでござるか!! ち、血塗れですぞ!」
上着の肩の部分にべっとりと血がついているのに気付き、返り血か、と一瞬考えたが良く見れば
の上着に穴が空いていて、その大量の血痕に慌てる。
慌てる幸村たちとは対照的に
は初めて上着の血痕に気付いて「おやおや。」と呟いた。
「驚かせてゴメン。ちょっと弓兵さんにやられちゃったんだけど、大丈夫。四神が直ぐに来て傷は塞いでくれたから。」
「そ、そうか。大丈夫なら……。」
元気そうな
にホッとして近付こうとした元親は、政宗に肩を掴まれ、引き止められる。何故邪魔をするか、と言おうとした元親だったがその前に政宗が一歩前に踏み出し、
の鼻先に持っていた応龍の切っ先を向けた。
「アンタ、誰だ。」
険しい顔で訊ねる政宗を、信玄と幸村、元親が驚いて見る。
も一瞬驚いた顔で政宗を見返し、呆れた様に答える。
「誰って、見ての通り……。」
「ふざけろ。…本当の
は、何処だ?」
鼻に皺を寄せて唸る様な政宗の言葉に、
は溜息をついて首を振った。
「厭だねぇ。勘の良過ぎる男は嫌われるよ?」
その言葉に幸村たちが驚いた。政宗は、刀を構え直して臨戦態勢をとり、続く言葉を待つ。
「何処で気付いた?」
「俺に後ろを見ろと叫んだ時だ。…手前ェの事を名前でなんかアイツは呼ばねぇだろ。」
「あー、そっかそっか。それはうっかりしていた。そう言えばそうだったねー。」
敵愾心丸出しの政宗に対し、偽
はのほほんとした態度を崩さず他人事の様だった。
ではない、と本人が肯定したのを受けて幸村たちも其々の武器を構え、臨戦態勢を取る。が、そんな彼等に偽
は苦笑めいた顔で話し始めた。
「まぁ待ってよ。確かに僕は
じゃ無いけどさ。身体は
だよ? 襲うのは止めてよー。」
「何? 身体を乗っ取ったって言うのか?!」
驚いて訊き返す元親に、「人聞き悪いなぁ。」と偽
は苦笑した。
「矢傷を負って
が気絶しちゃったからさ、ちょっと傷がやばかったんで仕方ないから僕が止血して四神が傷の再生と治癒をしたの!
の意識は未だ眠ってるから、まぁ少し? 僕がお手伝いしようかと思って来たんだけどー……。」
「
は無事なのか。」
「無事も何も、身体は
のものだし、意識もちゃんと眠ってるだけで目覚めれば元に戻るよ。普段ならちょっとした傷くらいは平気なんだけど、今回は当たり所が悪くてねー。ちょうど動脈にジャストミートしちゃったんで、大量出血、大打撃〜で、やむなく僕が出張ってきたって事さ。」
話し方が軽いので一瞬聞き逃しかけたが、動脈から大量出血、と聞いて一同が蒼褪める。罷り間違うと死んでしまう。
「僕も色々忙しい身の上なんでね、よっぽどの事が無いと手伝えないからさ。そろそろ戻ろうかな。」
「……アンタが『協力者』とやらか?」
「いや? 僕は基本的に見守るだけの存在〜。協力者は別にいて、今は多分その辺で明智君と戦ってるんじゃ無いかな?」
と似た口調で話す為、どうにも調子が狂う。しかし嘘は言ってないらしいと漸く政宗は刀を下ろし、さっさと消えてくれないか、と思う。
の傷も心配だが、得体の知れない存在に身体を操られている、と思うと気が気ではない。政宗の不安が判るのか、偽
はにこりと笑って「じゃあそろそろ消えるよ。」と言った。
ホッとしたものの、偽者とは言え身体自体は
本人なので、朗らかに笑う
の顔にどぎまぎしてしまう。思わず目を泳がせる政宗に気付いたのか、偽
は意味ありげな笑いを零した。
どうしたのかと訝っていると、ポコリと地面に小さな穴が開き、其処から小さな亀が顔を覗かせた。
「およびですか、ぬしさま。」
亀がいきなり喋った事に驚いたものの、次の瞬間亀のいた場所に幼い少女が立ち、それが玄武だと気付いた。
「やぁ、墨甲。悪いんだけど、少し『気』を分けてくれないか。そろそろ
には起きてもらわないといけないんだけど、どうもダメージが大きかったらしくてね。未だ目覚める気配が無いから、もうちょっと気を送ってやろうかと思うんだ。」
「あら、それはたいへん。…でもそこの青い人と海の人がおこらないかしら?」
玄武の指すのが自分たち――政宗と元親――だと言う事に気付き、どう言う事かと話の行方を見守る。だが、厭な予感もひしひしとする。
「僕が
の中にいる方が問題だろう?」
「そうかしら? おもしろがっているだけでしょう。でもいいわ。力をあげる。」
玄武は言うなり偽
に近付き、そのまま抱き上げられた。首にしがみ付くのを見て、そう言えば上杉謙信を相手にした時も似たような事をしていた、と思い出す。
だが似ていたのは其処までで、偽
は徐に玄武に顔を近づけるとそのまま唇を合わせた。
「!?」「なっ!?」
目の前で
と少女が口付けをするのを呆然と見守る男4人。うち一人は真っ赤になって慌てふためき、後ろを向いて何か呟きだした。
かなり長い事唇が重なり合い、いい加減に止めないか、と言おうとした所で玄武の身体が地に下ろされた。そのままカクリと膝が折れ、
に縋りつく。
「……玄姫ちゃん?」
「もどったのね。それじゃあわたしももどるわ……またね、
。」
「ああ、うん、アリガト……。」
半ばボンヤリとした
に別れを告げて玄武も立ち去る。
「
、か?」
恐る恐る訊ねると、何を当然の事を、とばかりに不思議そうに
が頷く。だが上着に付いている血糊と肩の痛みに気付いて、襟元を広げて傷口を確認してポツリと呟く。
「あー……なるほど。蒼輝が助けてくれたのか。」
「誰だ、それは。」
聞き慣れない名前に思わず政宗が訊く。
意識の無い間に色々やりとりが有ったのだろう、と想像のついた
は隠しても仕方ない、と質問に答える。
「
をこの世界に寄越した張本人。…滅多な事では干渉して来ないんだけど、よっぽど拙かったかな。」
「動脈が射抜かれていたそうだぞ。」
「げ。それじゃ出て来る筈だ。罷り間違えば死ぬじゃん。」
「傷はどうじゃ。止血はしたと言っておったが。」
「痛みはしますが傷は塞がってるし、無理さえしなければ大丈夫です。」
信玄の問いに肩を押さえながら答える。実際、鈍い痛みはあるものの出血はしていないので傷口さえ開かなければ早いうちに治るだろう。
「…何故そのような中途半端な治し方をするのであろうか。その蒼輝殿とやらにしろ四神殿たちにしろ、傷を無くす事は容易い様に思われるのだが。」
「そりゃあ傷を治すなんて訳無いだろうけど、其処まで甘やかしちゃくれませんよ。へまをしたら代償は必要でしょう。そうでないと
が色んな世界に行く意味が無いじゃないですかさ。」
どういう事か、と問う政宗たちに
は上手く説明出来ないけど、と前置きしてから説明した。
「
を選んだ理由は知らないけど、蒼輝は
が良い事も悪い事も全部ひっくるめて色んな経験を積んで成長する事を願ってるんですよ。だから
が選んだ事には干渉しません。それが成功しようが失敗しようが、『
が』望んで選んだ事だから。」
ただそれだと現実とは余りにも違いすぎる世界では失敗の方が多くなる。その補助の為に四神や協力者が困った時に手助けをしてくれるが、基本的には
が自身で行動する。蒼輝が
に干渉するのは、彼女が地上に自分の足で立つまでと、生死に関わる状況に陥った時で、その他は偶に夢に現われたりはするが基本的には干渉は避けている。
「そんな訳で今回は偶々動脈が切れる様な傷を負ったんで、わざわざ治しに来てくれたみたいだけど。傷を完璧に治さないのは戒めって事です。もっと気をつけるようにってね。」
「あのふざけた真似は何だったんだ。」
「ふざけた? って何?」
「玄武とやらとKissしてたろう。何の意味があるんだ。」
苦虫を潰した様な表情で政宗が訊ねる。キス、と言う耳慣れない単語に一瞬戸惑った幸村たちも流石に目の前で行われていた事を指すのだろう、と察し赤くなる。
訊かれた
は素直に答える。
「
に気を送る一番効率の良いやり方だからじゃないかな? ただアレ、
としてはあんまりやりたい方法じゃないんで……。驚いた?」
「驚くも何も……。」
言いながら政宗は初めて白虎に会った時の事を思い出した。確かあの時は白虎が人形になろうか、と言った所で
が気を貰い辛くなるから止めて、と言ったのだった。その事とその後人形になった白虎の姿が青年だった事を思い出し、一気に機嫌が悪くなる。
幾ら人では無いと言え、好きな相手が他人と口付けし合う姿など見たくない。
機嫌の悪くなった政宗に対し、
の方は内心で苦笑していた。
確かに目の前でキスなどされたら驚くだろうが、自分の意識の無い時の話を言われてもどうしようもないし、相手が玄武だったから未だマシだったのでは、と思う。白虎や他の世界で世話になる火の精霊の様に青年の姿だと、見る方もされる方もかなり気まずい気がする。
やや暫く妙な雰囲気と沈黙が漂う中で、信玄が咳払いをした。
「まぁ兎に角、無事に揃ったのなら先に行こうではないか。此処に何時までも立ちっ放しでいる訳にもいくまい。」
「そうですね、ミッチーも天王山を目指してるんですから。足止めされてるとは言え、そろそろ頃合でしょう。」
迂回ルートだった信玄たちは本陣から移動した光秀には会う事無く天王山に辿り着いたので、光秀の足止めがかなり効いているのだろう。
の言葉に気を取り直し、周囲に倒れている武将や兵が次々と回収されていくのを確認して移動を始めた。
既に敵兵は逃げ惑う兵以外信玄と幸村に倒されているので、時折向かってくる取りこぼしに注意すれば良く、かなり速いペースで歩いて行くと前方に黒っぽい霧の様なものが見え始めた。
ざわり、と総毛立つ程の異様な雰囲気に武器を握り直して尚も近付くと、その黒い霧の中心に人影が見える。
「…明智光秀ッ……!!」
絞り出すような声で誰かが唸る。
良く見れば光秀は袴姿の総髪の男と戦っていた。動きから忍びらしい、と気付き恐らくあれが
の言う『協力者』なのだろう、と見当付ける。
光秀相手にかなり善戦している男は鎖鎌で光秀の鎌を絡めとり、手裏剣や苦無を投げつけるがそれらはもう一方の鎌で弾き返される。元々の間合いが長い為、鎖鎌で距離をとっているにも関わらず光秀の鎌の一振りが避けきれない時があるのか男の羽織は血に染まり、ボロ雑巾の様になっていた。それでも何処かしら余裕のある風情で血塗れになりながら光秀を相手にしていた男は、気配に気付いたのか光秀の鎌の一振りを避けて飛び退いた直後、振り返って
の姿を確認した。
光秀も男の後方に
たちが近付くのに気付き、愉しげに哂う。そして振り返った男の無防備さに気付き、声高らかに嘲いながら鎌を振り上げて下ろした。
「!」
たちが光秀の元に辿り着いた瞬間、光秀の鎌が男の胸を貫いて血飛沫が舞った。愉しげに突き刺した鎌を光秀が抜くと飛沫が更に迸る。ヨロリと二、三歩後退った男はそのまま倒れるかと思いきや、地を踏みしめて
に向き直り微笑んだ。
「
か……。願い、果たしたぞ。後は頼む……。」
それだけ言い残すと男はそのまま倒れて動かなくなった。
動かなくなった男に近付き、
はその口元の血を拭いながら呟く。
「…阿魔野邪鬼さん、足止めしてくれて有難う。後は大丈夫だからゆっくり眠ってて下さいね。」
静かな声で呟く
に、光秀が近付く。
「永遠の眠りですね、貴女も如何ですか。」
「寝るのは好きだけど、永遠には未だ早い。次は
が相手ですよ。」
立ち上がり光秀の顔をしっかりと見据え、
は己の武器の筆を握った。
ゲーム本編に出て来ないキャラクターばかりで済みません……。
協力者の名前ですが文中にある通り、『阿魔野邪鬼』が正式です。本編22にて『天野』と呼ばれてましたが通常は通りの良い此方で呼ばれています。…って誰も元ネタ知らないし知ったこっちゃねー!(笑)だろうが、一応説明。
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毎度冗長で済みませーん。
PS2の神様、登場。これでこの話での主人公に関係したオリジナル設定キャラはお終い。新キャラが出た場合は史実か汎用設定と思ってください。真田忍軍とか、七本槍(出ませんが。多分。)とか。捏造性格は度外視。
流石に1作目の山崎殲滅戦を覚えていなくて、焦りました。