≪BACKMENUNEXT≫

しょにょにじゅーにー。

「猿ちゃん、はるひちゃん。お願いがあるんだけど?」
 突然現れた に、身構える佐助と戸惑うかすが。佐助の方は流石に付き合いが長くなったせいもあり、こんな風に突然現れて願い事をするのは碌な事が無い、と学習している。
 二人の様子にへらりと笑って は懐からなにやら取り出した。どうやら書状らしい。
「んーとね。はるひちゃんにはコレ、もーりんに届けて欲しいんだよね。ちょっと遠いからさ、タモちゃんには一応言っといたけど、確認してくれる?」
「もーりん……毛利殿か。謙信様は私に行けと?」
「ううん、判ったって言っただけ〜。だから念の為にはるひちゃんの方でタモちゃんの指示を仰いでくれると嬉しいな。」
 ふるふると顔を振る に、かすがは「わかった。」と言って謙信の下へと走った。
 見送る が振り返ると、佐助が難しい顔をしていた。
サン……かすがを追い払ったね?」
「あ、判った? うん、まぁ猿ちゃんへの頼み事はちょ〜っとはるひちゃんには聞いて欲しくないかなっつーか、猿ちゃん的に聞かれたくないかな、と思いまして。」
「俺様が?」
 意外な言葉に訊き返す。
 かすがに聞かれたくない話、と言うのは予想がついていたが、その対象が ではなく自分だと言う事に厭な予感がする。
 警戒する佐助を余所に、 は再び懐から書状を取り出しそれをひらひらと揺らして見せる。
「これをね、やっぱり届けて欲しいんですよ。とある人に。」
「……誰?」
 まさか織田信長に宛てた書状では無いだろう。いくら何でも話し合いで収まる相手とは思えない。
 佐助の警戒ぶりが余程おかしいのか、 は苦笑めいた顔で佐助に持っていた書状を渡した。宛名が書いてあるので、確認しろと言うことらしい。渋々受け取り名前を確認して佐助は呟いた。
「……………知らないよ、こんな方。」
「知らないって事にしといても良いけどさ。取り敢えず行くだけ行って欲しいんだよねー。別にその人が居ても居なくても構わないんだ。甲賀の里の一つに姫宮村ってのが有って、そこが地獄谷って呼ばれてるならあたって欲しいだけで。心当たりが無いなら里の元締に渡してくれても良いよ? ただそうすると手紙が渡らない可能性もあるんで出来れば猿ちゃんに直接行って欲しいんだよねー。」
 にっこり笑う は、佐助が誤魔化していると確信している。じわりと汗を流しつつ、佐助は何とか誤魔化せないかと考えるが、白をきり通すしかない。

 なんで知ってるんだよ、あのお方の事をー!?

 内心で呻く佐助を知ってか知らずか、 は更に追い討ちをかけた。
「はるひちゃんに頼んでも良いんだけどさー。はるひちゃんてば甲賀の抜け忍でしょ? 違う? そしたらやっぱり猿ちゃんが一緒じゃないと拙いでしょ。で、多分はるひちゃんはその人の事知らないと思うし。それでそんな手紙渡したら、先ず間違い無く監禁されて一生過ごすか殺されるか……。」
 佐助もそれはそうだろう、と考える。才蔵ですらうっすらとしか知らない人物を、任務途中で裏切ったかすがが知る筈が無い。甲賀の里の最高機密なのだ。知っている者はごく一部の上忍に限られる。
 押し黙る佐助に、もう一押しと思ったのか がポンと肩に手を置いて言った。
「昨夜二人揃って覗き見してたのは独眼竜には黙っててあげるから。」
「!!」
 全く予想していなかった言葉に、佐助は驚いたものの、そう言えば彼女は気配を殺すのも上手いが察するのも上手かった、と思い出す。
 どうやら昨夜の政宗との遣り取りを全部聞かれていたのに気付いていたらしい。佐助の背中に今までとは違う意味で汗が出る。
  と政宗の会話はごく個人的な会話だったし、吹聴する気は毛頭無いが、聞かれていたと言う事を政宗が知ったら話は別だ。普段から上に立つ人間として時には傲慢ささえ窺える様に振る舞う政宗が、弱い所を曝け出していたのを見られたと知ったらどうなる事か。眼の仇にされる事は間違い無い。
 合戦で戦うならいざ知らず、こんな事で戦う羽目になるのは御免だ。
 しかもこの事でこれから先ずっと から強請られる気がするのは気のせいでは無いだろう。
 佐助は百面相の様に表情を変えながら暫く唸り、突然肩の力を抜いて溜息をついた。そして の手紙を受け取る。
「…里に持っていくだけ、だからね? 俺様は知らないから、この方の事。」
 佐助の言葉に は頷いた。その嬉しそうな顔に、佐助は溜息をついた。



 佐助に手紙を託してから部屋に戻った は、ごろりと横になった。
 昨夜政宗の部屋で暫く話していたが途中から記憶が無い。どうも眠ってしまったらしく、朝起きたら何故か自分の部屋で服を着たまま寝ていた。多分政宗が運んだと思うのだが、良く放置しなかったものだと思う。人並の身長ならいざ知らず、幸村と然程変わらない長身に加え体重も身長に見合ってそれなりにある。やはり戦国武将たる者鍛えているのだなぁと妙な所で感心する。
 しかし折角自分の部屋だし、と言う事でもう暫く惰眠を貪ろうとした時にふと昨夜の話を思い出した。それで突然思い出したのだ。『協力者』の存在を。この世界はかなり に融通がきくので、若しかすると彼も存在しているかもしれない、そんな事を考えた。確か彼は江戸前期が活動の中心だが上手くすれば戦国時代にも居るかもしれないと思いちょっと佐助にカマをかけてみた。すると案の定、誤魔化すような返事がありそれが逆に の確信に繋がった。
 いきなりだったからか、佐助がポロリと口にした『こんな方』と言う言葉。目上の人間に対する敬称をうっかり言ってしまってバレバレじゃないか、と突っ込もうかと思ったが流石に冷や汗をかいている人間を目の前にして其処まで言うのは酷なので止めておいた。だがバレていたのは判ったらしく、引き受けてくれて良かったと思う。
 次に攻略する相手の事を考えて、彼に協力を要請しようと思ったのだが果たして協力してくれるかどうか。居るかどうかも定かでは無いので、しらばっくれる可能性もあるが、それならそれで構わない。だが協力してくれた方が被害が少なくて済むと は踏んでいた。
 徳川と密約で同盟を組んだので、残る勢力は織田軍勢のみ。この中で一番の問題は信長ではない。
 確かに彼は第六天魔王を名乗るに相応しい(と言って良いのかどうなのか)人物ではあるが、目的が明快な分行動パターンが推測しやすい。判らないのは彼の下で大人しくしている明智光秀の方だ。彼の狂気に比べたら信長の野望など可愛いものだと真剣に思う。
 今現在光秀は信長の下で動いているが、信長プレイでの光秀は最終的に本能寺の変を起こす。自分がプレイヤーとして参戦している今、果たして本能寺の変が起こるかどうかは判らないが、ゲームの流れが変わっているので放っておいたらかなりの高確率で起こる気がする。となればやはり織田軍で真っ先に攻略すべきなのは明智軍だろう。
 最後の大トリを飾るのはやはり魔王が良い。
 ミーハーな考えだがその方がゲーム的に盛り上がるし、等と思っていると外から声がかかる。
「姫親さん? どしたの?」
「いや……元就に書状を出したって聞いたんだが……俺も準備した方が良いか?」
「早耳ですね。そうだな〜、次は迅速に動くのが鍵なんで人手は多い方が良いかな……。いや、でもやっぱり良いや。姫親さんの軍は次に備えて待機してもらって良い? 出来れば統率の取れてる人たちが良いんですよ。」
「それで元就の軍中心で行くのか。だが長曾我部軍は兎も角、俺は行くぞ。良いか?」
「個人的にって事? 別に良いけど……怪我しないで下さいね。」
  の言葉に元親は頷いた。
「何だかんだで暴れ足りねぇ内に、残り少なくなったからな。少しは暴れても良いだろ?」
「姫親さんは元々そう言ってましたもんねぇ。まぁ残りは殆ど仕上の状況ですんで。最終決戦まで怪我せず無理せず、でお願いします。」
「おうよ。…お前もな。」
 元親がそう言って笑ったので も肩を竦めつつ笑った。
「所で、なぁ……お前……そのー、何だ。昨夜は……。」
 急に話題が変わり、 は驚いたが元親の質問に素直に答える。
「独眼竜と話し込んでましたよ。昔の事とか色々ね。」
「何も無かったか?」
「何が?」
「いや……無いなら良いんだ。」
 きょとんと訊き返す を慌てて誤魔化す。下手に政宗と何か有ったのか等と訊いて意識されても困る。
 年頃の男女二人が一晩一緒に過ごして何も無い訳が無い、と普通なら思うところだが の場合は何かある方がおかしい、と思うのは自分だけではないだろう。だがそれも相手による。若しかして万が一、と言うこともあるので一応訊いてみたのだが、何も無さそうでホッとすると共に一晩過ごした相手――政宗に若干の同情を寄せる。
 恐らく元親自身も同じ状況なら政宗同様、何も出来ずに悶々と一晩過ごす羽目になるのではないか。そんな気がひしひしとする。
 思わず溜息をつくと、気付いた が「珍しい。」と呟いて顔を覗きこんで来た。
 気がかりな事でもあるのかと顔を覗きこんだ に、元親は誤魔化す様に話題を逸らす。
「独眼竜って言えば、お前知らないだろう。今朝方奥州に戻ったぞ。」
「おや。姿が見えないと思ったら……傳役殿に呼ばれたかな?」
 昨夜の様子からはそんな風には見えなかったが、と は思ったが各自都合もある事だし、どうせ近い内にまた来るんだろう。そう考えて は立ちあがった。慌てて元親が訊ねる。
「何処かへ行くのか?」
「んにゃ。単に今後の予定でも打合せしようかな〜と。今この屋敷にいる人みんな広間に集めるから姫親さんも来てね。」
「おうよ。」
 元親も言われて立ちあがり、広間へと向かった。 



 甲賀の里へ帰るのは久し振りだ。
 里の様子を離れた場所から見ながら佐助は感慨に耽る。懐に入れた の信書さえ無ければ来る事も無かったが、訪ねる先をどうしようか、と考える。
 宛名を見つめ溜息をつくと、佐助は再び移動をはじめた。里の奥、更に山深い場所に向けて。



 朝早い内に城に戻った政宗を迎えた家臣一同は、憔悴しきった様子の政宗に言葉もかけられず憶測ばかりが飛び交っていた。
「実は 様が男でShockを受けた、に一斤。」
「告ったら振られたに米一升。」
「長曾我部殿に先を越されたに二升。」
 政宗に聞こえるか聞こえないかの所でボソボソと賭けを始める家臣たちを怒鳴りつけようか無視しようか考えつつ、政宗は放っておく事にした。反応がない事で「何処か具合が悪いのでは?」と心配し出す家臣を残して政宗が自室に篭っていると、やや暫く後に成実が勢い良く戸を開けた。
「殿いい加減に……って、何だよこの部屋! 煙だらけじゃないか。ホラホラ、換気換気〜!」
 元気良く部屋中の戸を開け放ち篭っていた紫煙を外に出す。
「寝不足なんだ……五月蝿い。」
 目を座らせて煙草を燻らせつつ政宗が呟くと、呆れた様に成実は咥えた煙管を取り上げた。
「まぁっったく、仕方無いなぁ。ホレホレ、藤五郎オジさんに話してご覧? 藤次郎坊や。」
 どっかりと政宗の前に座る成実に苦笑する。彼は時々従兄弟としてではなく大叔父として意見を述べる時がある。年少とはいえ伊達家一門筆頭二席の成実は時と場合に応じて態度を使い分け、無視出来ない意見も少なくない。
 政宗は諦めて昨夜の顛末を話す。
 10年前に別れてから、何をしていたのか事細かでは無かったが色々聞いて納得したり呆れたり。 の話と交互に政宗が自分の事を話している内に、何時もの事だが が段々と舟を漕ぐ様になって来た。
 そろそろ限界か、と思っているといきなり の身体から力が抜けたのが判り、覗き込むと寝息を立てていた。
「…毎度の事だがいきなりだな。」
  を抱えたまま政宗が呟く。
 元々『力』を使うとその反動で寝てしまうと言うのは聞いていたが、最近はその回数が頻繁で政宗はそれが少し心配だった。多分、恐らく。別れの時が近付いているのだろう。
 最初から何時か別れる時が来る事は判っていた筈なのに、いざそれが近付くとなると心構えが出来ていないのに気付かされる。

 未だ、早い。
 もう少し、いて欲しい。

  たちが元の、自分たちの世界とやらに帰る事が望みなのは判っているが、彼女たちには悪いが一日でも長く此方の世界にいて欲しいと思うのは我侭だろうか。
 溜息をついて を寝かせようと思うものの、動けない。動きたくない。動いて、 が目を覚ましたらそのまま部屋に自分で歩いて帰るだろう。
 少しでも長く を傍に置いておこうと、政宗はそのまま暫く を抱えたまま動かずにいた。自分の羽織を上掛け代わりに被せたし、かなり密着しているので寒くは無いだろう。
 規則正しい寝息を聞きながら政宗は結局夜明け近くまでそのままの状態でいた。寝るのも惜しいが離れるのも惜しい。今の状況を利用して をどうにかしよう、と思わない訳でも無いがどうせ四神とやらに邪魔をされるのがオチだし、何より手を出した所で がその事を綺麗さっぱり忘れるだろう、と言う事にも腹が立つ。しかも何をされたのか覚えていない癖に、それが原因で自分を避けるようになるだろう、と言うのも予想出来るだけに意地でも手は出すまい、と思う。
「ナンか方向性が間違ってる気もするけど……で、結局我慢出来そうにないんで 様を部屋に戻してそのまま帰ってきちゃった、とそういう事?」
「…まぁそうだ。」
 政宗の返事に成実は呆れた様に首を振る。
「それで一晩中悶々と過ごした挙句に部屋に篭って煙草をふかし続けるってのもどうかと思うよ? いっそ当たって砕けた方がマシな気もするけど。」
「それが出来れば苦労は無いだろうが!」
 成実の発言に思わず語気を荒げるが、付き合いが長い為に堪えない様で肩を竦めてあしらわれる。
「まぁそれもそうだけどさ。…ホントに殿って 様に弱いよね〜。本気で砕ける気、無い? ひょっとすると受け入れて貰えるかもよ?」
「……知らなきゃ良い事を、知ったら離れられなくなるだろうが。離れられないのに離れたらどうなる。」
「さぁ? でも知ったが故に離れても大丈夫って事も有るかも知れないじゃん?」
「…無理だ。俺は其処まで強くないらしい……殊アイツの事に関しては。」
「みたいだね。」
 二人揃って溜息をつく。
 此処まで弱気な政宗も珍しい、と成実は思うがそれも仕方ないか、とも思う。成実の認識では政宗にとっての は、憧れの人でもあり超えられない壁であり、初恋の人だ。そんな相手に、今の政宗しか知らない人間はまさかと思うかも知れないが、繊細で人を思いやる心が人一倍あった少年時代の梵天丸を識る人間としては、好きな相手に手も出せず悶々と一晩過ごしたと言われれば『そうだろうね。』と言うしかない。
 一番良いのは が元の世界に帰らない事だ。だがそれは絶対に叶わぬ願いらしい。
 とすると次に思うのは政宗が の世界に行く、と言う事だが――それは叶えてはならない願いだ。一切合財の全てを棄てて、責任を放棄するほど政宗は莫迦ではない。何時か隠居でも考えるようになったらそれも有りかも知れないが、今は無理だ。
 残る方法として思いつくのは、言葉は悪いが『やっちまった者勝ち』と言う事で、 と懇ろになる事なのだが政宗のこの様子から見るとそれも難しい様で、成実は小さく溜息をつく。
「取敢えずさ、殿がそんな調子じゃコッチの士気が上がらないから。思い切るにしろ思い続けるにしろ、上辺だけでも奥州筆頭らしくしてくれない?」
「腑抜けだって言うんだろう。」
「其処までは言わないけど、まぁYes?
「…言ってろ。」
 成実の言葉に反論するでもなく不貞腐れる様にそっぽを向く政宗に、流石に成実もこれ以上言う言葉が思いつかない。
 これは重症だ、と成実が困り果ててる所へ天の助けのように景綱が現われる。
「政宗様。いい加減になさいませ。成実様の仰るとおり、政宗様のその様子を見て我等伊達軍の士気が上がるとお思いですか。」
「……。」
 押し黙る政宗に溜息をついて、景綱は懐に忍ばせた書状を取り出した。
「政宗様がその様に腑抜けていては 様も頼り甲斐が無いでしょう。 様は既に先を見ておりますよ。」
「なに?  様からの書状?」
 成実が手を出したところへひったくるように政宗が取り上げて、畳まれた紙を広げる。
「政宗様宛では無く、この景綱めへの信書です。政宗様が此方にお戻りになるのを知らず、早馬で届けられました。今後のご指示が其処に。」
 景綱の説明も耳に入らず、政宗は の紙一杯に書かれた『男らしい』字を拾った。

 敵は本能寺にあり。と言うわけで英気を養い最終決戦に備えてね。

 最終決戦、と言う文字に政宗は気を引き締めた。本能寺にいる『敵』が誰を指すのかは知らないが、 の中では既にシナリオが出来ている様だと気付かされる。
Shit……。」
 思わず舌打ちする政宗に注目する景綱と成実に、政宗は立ち上がり着替えながら告げた。
「拠点に戻る。」
「引き篭もりはお止めですか。」
「アイツがどの位コッチに居られるのか判らねェのに呑気に篭ってられるか。…多分三戦だ。三戦したらアイツは居なくなる。それまで俺はアイツの傍に居る。良いな? 景綱。」
 腰に六刀を提げて景綱に宣言した。先程までとはうってかわってきびきびとした態度の政宗に景綱も頷いた。
「ご存分になさいませ。我等伊達軍、 様の御指示通り英気を養い、最終決戦に備える所存。それまで政宗様は 様を御護りなされませ。呼ばれれば馳せ参じます。」
I'll leave it to you。
 身支度を整えると政宗は馬に跨り城を後にした。その姿は颯爽としていて、先程までの不貞腐れた様子は見当たらない。
 見送りつつ成実と景綱はやれやれと苦笑する。
「殿はあと三戦て言ってたけど、根拠は?」
「残る軍勢は織田軍勢のみ。中でも前田軍、明智軍はともに織田軍勢の両雄を担う軍勢、生半な説得では降伏すらしないでしょう。説得の通じない相手が三軍、と 様は考えていらっしゃる筈です。」
「逆に言うと、その二軍以外は織田軍降伏の報せを聞いたら恭順するって事か。」
 景綱の説明に成実も頷く。信長の圧倒的なカリスマに従う武将は多いが、強すぎる力は脆弱な部分を見えにくくしているだけに過ぎない。一見統率が取れている様に見えても従う側に意思はない。それ故にそのカリスマが無くなったら軍勢は済し崩しになるだろう。
 成実は大きく伸びをしてから景綱に訊ねた。
「さって、と。殿も出かけた事だし 様の指示は英気を養えって事だけど……。」
「この場合の英気は鍛錬です。訓練場に参りましょう。」
「あはは、やっぱり。」
「久し振りに太刀筋を見て差し上げますよ。先日の合戦の折、変な癖が太刀に現れていました。それを直さねばなりません。」
 にこりと笑いながら有無を言わせぬ景綱に、成実も肩を竦めつつ揃って訓練場に向かう。
 あと三戦、と言った政宗の言葉が身に沁みて感じられた。



  の信書は結局渡すしかないだろう、と佐助は腹を括って目的の人物に面会を申し出た。いきなりの申し出にも関わらず、庭に通され池の畔で待つように言いつけられて佐助は拍子抜けするとともに緊張する。
 甲賀の里でもごく少数の人間しか知らないその人物を何故 が知っているのか、と言う事を考えるのは既に止めた。
サンのやる事だもん、何でも有り、だよね……。」
 小さく呟く佐助の前に総髪の男が現れた。
「珍しい事もある。天下の猿飛佐助がワシのような穀潰しに何の用件があるやら。」
「御冗談でしょ、俺様如き貴方様にとってはヒヨコも同然ですよ。それなのにこうしてお会いしてくれると言う事は……。」
 肩を竦めて軽口交じりに言う佐助を咎めもせずに男は薄く笑った。
「風の噂に聞いておるわ。真田の若武者に仕えている筈の木猿が何処からともなく現れた謎の人物に扱き使われているのに嬉しそうだとな。」
「ゑ、そんな噂あるんで?」
 驚いて訊き返す佐助だったが男の表情を見てからかわれたのだと知る。憮然としながらも自分が何故この男に会いに来たのかを思い出し、懐から信書を取りだし渡した。
「読んだか?」
 信書を広げつつ問う男に佐助は素直に「読めませんでした。」と答えた。
「だろうな。」
「天野様は読めるので?」
「読めもしない信書を送っては来ぬよ。」
 目も上げず答えて の信書に目を走らせる天野と呼ばれた男は、読み終えると同時に紙を千切って風に散らせた。幾つかが池に落ち、鯉が餌と勘違いして紙をつついては消える。その様子を見ながら天野が呟く。
「ふふふ、小癪な娘よ。ワシが断らぬと思って願い放題書いてきよった。確かにワシに頼む方が力は使わなくて済むからのう……了解した、と伝え……無くても良いか。どうせ返事は判っておる筈。」
「はぁ。」
  と天野がどんな関係なのか、と言うより何時何処で知り合ったのかが気になる佐助は曖昧な相槌を打つ。それに佐助には全く読めなかった信書の内容も気になる。
 天野に渡す前、こっそり内容を確認しようと見たものの、書かれた文字は伊賀文字と言う伊賀忍者が好んで使う暗号文字で、それだけなら暗号にも精通している佐助には簡単に読めたのだが、肝心の文章が意味の通じない言葉になっていた。妙にきっちりと均等に書かれた文字を縦に読んだり逆から読んだり色々試したもののどうにも意味の繋がらない言葉にしかならない。時々きちんとした文章になってたりするが、それも途中でいきなり意味不明の言葉にすりかわりお手上げ状態だった。
 佐助が余程不審な顔をしていたのか、天野は苦笑して種明かしをした。
「花押代わりの妙な模様が有ったろう。あの通りに読み進めば良いだけだ。」
「ああ……。」
 言われて佐助もそう言えば の署名の下に妙な渦巻模様が有ったと思い出す。そんな簡単な事に何故気付かなかったのか、と自分に呆れるがついでとばかりに天野に質問してみた。
「天野様はいつ サンとお知り合いになられたのですか?  サンが旅してる時に偶然って事は……。」
「『協力者』の存在を知っているか。それにあたるのがワシじゃ。」
  と政宗の会話の中で語られた存在だといきなり知らされ、比喩的ではなく真面目な話、佐助は思わず開いた口が塞がらなかった。
「あの娘が同じ世界に存在した瞬間に協力者としての任が託される。十年ほど前に一瞬存在を感じ取ったが、その後またぞろ感じ取れなくなりもう戻ったのかと思っておればこうしておぬしを使って信書など届けよる。全く見当のつかん娘だ。」
「えー、えーとですね、て事はつまり天野様も サンと同じく異世界の方って事ですか?」
「違う。言ったろう、ワシはあの娘が存在した瞬間に協力者になる、と。元々この世界で生まれ育っているが、別の時空にもワシと同じ存在がいると言う事だ。」
 平行世界、と言う概念が理解出来ない佐助に天野が簡単に説明した。
  の訪ねる世界に必ずとは言えないが、他の世界にも存在し得る人物がいる。 が現れるまでは普通にその世界での人生を全うするし、現れても特別何かを頼まれると言うことも少ない。ただ の存在が確認出来た時に他の世界での に対する記憶が引き継がれるので、今も天野は にこの世界では会った事が無いが以前別の世界でその世界に存在していた己の同一存在からの記憶により の事は知っている、と佐助に話す。
 到底直ぐに理解できる話では無かったが、多少なりとも から色々と拾い聞いていたからか納得する。判らない部分はまた後で聞けば良いと判断し、佐助は天野に挨拶をしてこの場を辞した。
 池の鯉に餌をやりつつ目端で佐助の消えるのを確認した天野は小さく笑う。
  が自分を頼る時は大概ろくでも無い事だが今回はその最たるものだ。だが断る気は毛頭無い。退屈な日常に辟易していた所だ、丁度良い退屈しのぎになるだろう。これから暫くは忙しくなりそうだがそれも良いだろう、と再度天野は笑うとそのままふいと消えて約束の場所へ向かった。



「山崎に行くけど手伝ってくれる人、手を挙げてー。」
 ちょっと其処までお買い物に行くけどついてくる? と言わんばかりの口振りに、苦笑しつつ広間に居る殆どが手を挙げた。
「姫親さんは参加だよね。わんこちゃんと虎さんもお願いしようかな。タモちゃんといっちゃんは小田原で手伝ってもらったばかりだから、今回は休んでてください。あとはー……。」
「山崎って何処の誰と戦うつもりなの?」
 今ひとつBASARA世界に疎い が素朴な質問をした。
「明智軍のミッチーと。そうそう、 ちゃんは今回もお留守番ね?」
「何で。」
 今まで一緒に行動して来たのにいきなり留守番をするよう言われて、思わず訊き返す。
「危ないもん。今回は一番慎重に行動したいから、後ろを気にしたくない。判る?」
「判りたくは無いけど、お前はその方が良いの? だったら仕方無い。」
 諦めた様に溜息をつく は「ごめんね、直ぐ戻るように努力はするわ。」と片目を瞑った。
 対北条の時は直ぐ終わるからと言う理由で極々少数の軍で行動した。その為に は置いて行かれた訳だが、今回は後ろ―― を護る事にまで気が回らない、と言っている。 が予めそう言うという事は相当慎重に行く気なんだろう、と は考えた。
 次の相手が明智光秀であると言う事と、 を伴わずに行くと宣言した事に幸村たちにも緊張が走る。明智光秀と言えば良い噂は余り聞かない。いや、以前はそうでも無かった筈だが、織田信長の下で活動をするようになってから段々と様子が変わって来たと噂に聞いている。
 殺戮を好み血を求める光秀とどう戦うつもりなのか、 の立てた計画を一同熱心に聞き入る。
「今回は迅速をモットーに行動しますんで。一網打尽に出来るくらい迅速に行動出来る統率の取れてる軍て事で、合戦場の一般兵はもーりんの軍に任せます。そのつもりでお手紙出したし、わんこちゃんとか姫親さんは の護衛をちょっと頼みたい。」
「無論この幸村、 殿に傷一つ付けさせませぬ様お護り致しますぞ! うぉぉぉ……!!」
「虎さん、武田軍から何部隊か貸してもらえます?」
 叫ぶ幸村を無視して が信玄に訊ねる。迅速を旨とするなら騎馬隊が良かろうと、信玄は数部隊用意することを約束した。
 迅速を旨にと言いつつ人海戦術に頼ろうとする に、何人かが疑問を投げる。
「そんなに兵が多くちゃ動くのもままならねぇだろう? 大丈夫なのか。」
「だから統率の取れてる軍を投入するんだって。烏合の衆ばかりじゃ確かに命令するのも大変だけど、統率が取れてれば問題無い。」
「だったらおらの村の皆も駆り出した方がいいだべか? 一揆衆は弱いかもしれねぇけど、統率は取れてるべ。」
「それはダメ。一揆衆は農民であって兵士じゃない。秋の実りの事を考えてなさい。」
 それに『頭』がやられると途端に陣形が崩れるし、とは流石に は言わなかったが気配で察したのだろう。いつきがしゅんとなり、 が励ます様に背中を撫でるのを横目で見ていた は苦笑した。
が心配してるのは戦況が長引けば長引くほど、明智軍に被害が広がる事なんですよ。こっちじゃなくてね。」
「どういうことでしょう。」
「そのままの意味ですよ。ミッチーは自軍の兵士も平気で手にかけられる人ですからねぇ。こっちが死人を出さない様に頑張っても、向こうが出したら元も子もないじゃないですかさ。そんな訳でちょっくら助っ人を頼みました。」
「助っ人?」「まさか本多忠勝殿?」「四神殿だろうか。」
「四神はまぁ多分困ったら頼むだろうけど、取敢えず助っ人とは違います。ちょっと闇に紛れて生きる人なんで、会えるまでは名前はヒミツ〜。」
  はそう言ってガサガサと何処から手に入れたのか、地図を広げる。目下の合戦場となる予定の地図らしいが、幾つかの場所にバツ印をつけて、説明を始めた。
「この印の所が防衛地点の要なんで、 の護衛をしつつ防衛隊長を倒して欲しいんですよ。言っとくけど戦えないようにするだけ、ですからね。向こうはともかくこっちはそれは徹底して欲しい。」
「あい判った。」「承知。」
 信玄や謙信は が地図を見ただけで防衛地点に即座に印をつけた事に、良くその判断が出来るものだと感心した。確かにぱっと見はごく普通の地形に見えるが川や山、橋など要所には防衛線が張られるのだから、それを潰せば戦いは楽になるだろう。流石にこの個性豊かな同盟軍の盟主になるだけはある、と相好を崩すが にしてみれば単に頭の中に既に暗記している攻略ポイントを挙げていったのに過ぎない。妙に機嫌の良い信玄たちを訝りながら、 は地図をまた仕舞いながら言った。
「いつも通り被害は最少に食い止めるって事だけ守ってくれれば、特にこれと言って戦略は無いんです。とにかくミッチーが自軍の兵を手にかける前に対峙したい。その為の迅速行動ですから、それだけはお忘れなく。」
 ゲームのシステム上、プレイヤーキャラクターの軍の兵士・武将は次の合戦時には復活している。プレイヤーが死ななければゲームは終わらない。それがあるので は幸村や元親、信玄や謙信たちが合戦中に命を落とすとは考えていない。若しかすると大怪我はするかもしれないが、死ぬ事は無いだろう。だが敵軍は違う。
 倒せばそのまま消え逝く命を無くすには早いところ敵総大将を倒す事だ。光秀が自軍の兵を手にかける前に何とかそれを食い止めないと、と は念をおした。
 説明も殆ど終わり、後は出陣の準備をするだけ、と言った所で屋敷の表が騒がしくなった。
 何人かがどうしたのかと腰を浮かせて様子を見に行こうとしたが、騒々しく廊下を走る音が聞こえたと思った途端、政宗が現われ息を弾ませながら に訊いた。
Was I lete?
「お早いお戻りで。じゃあ独眼竜も参加する?」
Of course。
 全く話の内容が判らないと言うのに政宗は即座に頷いた。その反応の速さに思わず は笑いながら「詳しい説明はまた後で。」と言い、一頻り笑い終わると立ち上がり深呼吸をして言った。
「それじゃ目指せ山崎! っつー訳でHere we go!
Yeah!」「いえいでござる!」
 いつの間にやらお馴染みになりつつある掛け声を一同で叫んだ。

≪BACKMENUNEXT≫

何でか知りませんが、政宗さんが鬱々としています。不貞腐れています。ヘタレもここまで来ると見事です。
何でこんな性格にしちゃったんだろう……。もう少しイケイケな人だった筈なんだけど。

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ごめんなさい。比喩的表現が非常に多いので判り辛い話になってます。何か悩んじゃってね……。

また新キャラが出てます。オリジナルと言いたい所ですがモデルになったキャラクターがおります。それはまた追々。苗字以外はほぼモデルキャラクターと一緒です。それにオリジナル設定を付け加えただけ……。

成実は史実と同じく政宗の従兄弟ですがそれと同時に大叔父でもあります。政宗の父・輝宗の従兄弟。と言うか、父が政宗の曽祖父稙宗の子で母が政宗の父の妹……。ややこしい。