≪BACKMENUNEXT≫

しょにょにじゅーいちー。

 夜更けに妙な音がする、と政宗が部屋を覗くと が持ち歩いている妙な機械に向かって唸っていた。
…What were you doing?
「うわっはぁっ!!」
 声を掛けると同時に、集中していて気付かなかったのか素っ頓狂な叫びを上げて がバタバタと机周りを散らかした。珍しく慌てふためく に何をしているのか再度訊く。
「いや、ちょっと色々と整理を。」
 落ち着いてから溜息をつきつつ答える に、政宗は片眉を上げたもののそれ以上は聞かなかった。その代わり、部屋に腰を落ち着けて逆に訊く。
「徳川の事か。それとも織田か。」
「んー……どっちも、ですかねぇ。」
 本当はどちらでも無いのだが、気にしている事も事実なので素直に答える。
  が唸っていたのは『これから先』の事だった。昼間の訪問者の申し出により、いよいよ先が見えて来た事でそろそろ元の世界に帰る心積もりをしようと思い、今までの出来事やら思い付いた事をモバイルに打ち込んでいた時に声を掛けられたので、半分後ろめたさもあって慌てふためいたのだ。
 何時もなら多少の脚色も含め小説にしているのだが、今回はどうしようかな、と思う。余りに深く関わり過ぎて逆に彼等で商売――要するに小説のモデル――にしよう、とする気は起きない。だが折角の体験を無駄にするのも惜しいので、取敢えずは生活習慣やら街の様子や合戦の在り方等、本で知る事以上の、実際に体験しなければ判らない仔細を書き留められるだけ書き留めておこうと思う。
 結構な量の資料を作った事を確認してからモバイルの電源を落とすと、じっとその様子を見ていた政宗に向き直り が問いかける。
「独眼竜はどう思う? 昼間の話だけどさ。」
「アレか……どうもも何も俺が決める事じゃ無ェ。アンタが決めた事に俺達は従う、そう言う話だろ。」
「それはそうですけどね。少しは何か思う所は無いかなぁ、と思うんだけど?」
  の言葉に政宗が溜息をつく。
 少しは、どころか有り過ぎて言うのも躊躇われる程なのだが、それを言った所で が行動を迷うとも思えない。彼女は迷う事が無くなってから行動に移す。思いつきや行き当たりばったり、と口では言っているが基本の行動は思考錯誤の積み重ねの上だ。だから本筋を誤る事は有っても大筋ではぶれないで、直ぐに軌道修整出来る。行き当たりばったりなのは瑣末な事で、寧ろそれで物事が上手く良く場合もあるのだから口を挟むことも無く、政宗達はこの先どうなるのか心配する事はあっても不安に思う事は無い。

 実際、大将としては良くやってると思うぜ……。

 心の中でそんな呟きをしつつ政宗はじっと を見つめる。
 ここで見つめられて がまごつく様だったら可愛いんだが、と思いつつも全く動じる事無く何を考えているのか判らない表情に、政宗の方が諦めて話を続ける事にした。
「思う事が無い訳じゃ無ェが、アンタは多分直ぐに回答しないだろう。それよりそうならない様に考えを巡らす筈だ。だったら俺が訊ねる事は無ェ。」
「言われるままに行動するって事ですかい?」
「そうじゃねェ。アンタが間違えた時に止められる様に余力を残す、そう言ってるんだ。」
 その答えに が微笑む。信頼されるのは良い。そして盲信されないのはもっと良い。
  の行動に疑問を持っても信頼し、若しもの時のフォローをしてくれると言うのならそれ以上の事はない。一切合財を任されるよりもその方が としても安心出来る。
「その顔、止めろ。」
「ふん? 何で?」
「良いから止めろ。…襲うぞ。」
 後半は小さく口の中で呟いたので には聞こえない。それでも微笑むのを止めたので政宗はほっとした。
  が悪い訳ではないが、好きな相手の無防備な微笑みを何とも思わないでいられる訳が無い。ともすれば押し倒したくなる衝動に駆られる事もあるが、下手な事をして が逃げ出したら二度と会う事は出来無い気がする。いや、確実に。
 逃げられない様にするには自制するか、 をその気にさせるか、だが後者は先ず無いと思って良い。本人が既にその事は言っていた。だから自制して時々自分の気持ちを小出しにするしかないだろう。それは判っていても、突然思いがけず誘惑に駆られることもある。今がまさにそんな感じだったので普段の表情に戻った をほっとした面持ちで見つめる。
 そんな政宗を の方も複雑な心境で見ていた。

 どうも彼は最近おかしい。時々何か言いたげにしているが、はっきり口に出したり行動で示して来ないので何を言いたいのか判らない。

  自身は、そんな風に考えていたが実のところ既に政宗は何度か口でも態度でも示している。ただ が本気にしていない、若しくは忘れているだけだ。それが政宗には癪に障る。せめて『昨日起きた事』くらい覚えていても良いのに。
 何度か試してみて、 が忘れるのは本気が伝わる時だと気がついた。軽口程度だと何日かは覚えている。時には冗談か嫌がらせかと思っている様だ。本気だと悟らせない程度に愛を語るのは結構凹む。
 家臣達はそんな政宗を見守っている様で、時には励ましたり慰めてくれる。それが有り難いのか情け無いのか、政宗にも良く判らなかった。ただ一度ならず二度三度「Don't do the unnecessary worry。」と言って黙らせた事はあるが、それでも彼等なりに心配してくれているのだと思うと強くは言えなかった。
 沈黙が漂う中、突然クスリ、と が笑い政宗が訝る。
「…どうした?」
「いえね、豆千代くんも突然だなぁと思いましてね。彼なりに熟考した様ですけど、間が悪かったと思って。」
「ああ……。」
 政宗も言われて昼間の事を思い出す。



 西の空に浮かんだ黒い点は轟音とともにみるみる大きくなり、あっという間に爆風と共に周囲に砂煙を巻き上げた。 も含めその場にいた全員が勢い咄嗟に目を覆ったが、それでも隙間から一体何が現れたのか、と確認する。
 もうもうと立ち上る砂煙が収まり始める中ゆっくりと動く影が垣間見え、影二つのうち小さな影が近寄り に声をかける。
! 久しいの。」
「派手なご登場で。…ちょっとタイミング悪いですよ? 豆千代くん。」
 親しげに挨拶をしてきた人物に苦笑しつつ が挨拶を返す。その言葉に片眉を上げて何か言おうとしたが、その前に蘭丸が叫んだ。
「おいっ! お前! 何でここにいるんだよっ! 信長様を裏切る気かっ!?」
「森蘭丸? 何故おヌシがここにいるんじゃ。それこそワシの台詞じゃ!」
 内心の動揺はどうあれ、少しでも自分を優位に立たせようと言い返したのは徳川家康。本多忠勝と共に、 の元に来てみれば予想していたよりも多い各国武将と、蘭丸の姿に内心焦る。若しかして訪ねて来る日を間違えたかもしれない。
 そんな葛藤を知ってか知らずか、 は楽しげに二人に声をかけた。
「まぁここじゃ何ですから。中へどうぞ。五月雨丸くんも折角だから話が終わるまで待ってなさいな。尾張まで豆千代くんが送ってくれますよ。」
様?」
「何じゃ、ワシを早々に追い出す気か。」
「いや、話は見当ついてるからねェ。だとしたら の言いたい事も判ってるだろうし? 豆千代くんは長居しない方が無難ですよ。」
 廊下から庭先の家康と忠勝に中に入るように勧めて が振り向くと、苦虫を潰しまくった顔の政宗たちが居た。
 いい加減このパターンには慣れた方が良い、と思いつつも政宗は がいつ何処で家康と知り合ったのか聞いてみた。確かつい先頃、 がふらりといなくなった時があったがその時に三河に行った、と言うのは聞いた気がする。その時だろうかと思っていると、それよりも前、姉川で花見をした後だと言う。
「その時はそんなに長居はしなかったですよ。寄った理由が理由なだけに。」
「理由?」
「モバイルのバッテリーが切れかけまして。ちょっと充電させてもらおうと。」
「??」
  の説明は相変わらず要領を得ないが がそれを補足する。 自身それが正解かどうかは自信が無いが、多分そうだろう、と前置きしてモバイルの説明とそれに使用するバッテリー、そして電力について説明する。雷属性の攻撃の出来る二武将から電力を供給しようとするちゃっかりさに は呆れたものの、そういえば のモバイルのバッテリーがいつも充電されているのは何故だろうと疑問に思っていた事も思い出す。
「独眼竜がしょっちゅう訪ねて来るから助かるわー。勝手ながら重宝させて貰ってますよ。」
「…どうも位置が変わると思ってたら……Don't use without permission。」
  が言外に政宗の愛刀を電池代わりに使っていると言うと、政宗は溜息まじりに注意する。それに対して も「Sorry、Sorry、I'm sorry。」と返したが、本当に判っているんだろうかと疑問に思う。
 詳しい説明は後にして貰うとして、今は家康だ。忠勝を伴い鷹揚そうに構える家康の訪問の理由を政宗が訊ねる。
 質問に答える様子の無い家康に苛立ち、再度質問をしようとした所で が割って入った。
「豆千代くん、正直におっしゃいなさい。わざわざ平ちゃんと二人きりで を訪ねて来たって事は……どっち?」
 珍しくにっこりと笑う に対し家康はニヤリと笑って答えた。
「同盟じゃ。ただし、ワシは知っての通り信長様と同盟を組んでおる。じゃから内密に、と言う処だ。」
「内密ゥ?」「アァン?」「二心を持つと言うか!」
 家康の言葉に異口同音に非難の言葉が漏れる。だが はそれら全てを無視して頷く。
「良いでしょう、望む所ですよ。…魔王殿と対戦する時は静観願いますよ?」
「判っておる。どちらが勝とうとワシは手出しはせん。」
 どうやら二人の間では予め取り決めがされていた様だと気付き、どう言う事かと再度訊ねると今度は素直に答えが返る。
「こやつが言うたのよ、先々を考えておけとな。信長様と同盟を組んでいる限り、ワシの国は安泰じゃ。だが戦は続けられて民は減るじゃろう。しかし同盟を破棄した途端、信長様には裏切り者として討伐される。ワシら三河武士は最後まで戦うじゃろうが、無益な戦いはしたくない。」
 背後に控える本多忠勝はピクリとも動かないが、家康は振り仰いで話を続ける。
「戦国最強の呼び名も高い忠勝が居れば、勝機も確かに有ろう。しかし例え勝った所で国が無うてはどうしようもない。天下の夢を諦めた訳ではない、だが……。」
「魔王殿と刺し違え様と思っても豆千代くんの家臣はそれを善しとしない、我先にと己が身を顧みず向かっていく忠義者ばかり。だったらまぁ二心有りと言われてももう一つの勢力と同盟を結んだ方が得策、と言う訳ですか。」
「そう言うことじゃ。」
 天下の夢を諦めた訳ではない、と言う家康の言葉に政宗を始めとして同席者一同に疑念が湧く。
 それでは が天下を取った時、寝首をかかれるのではないか、そう考えた時に が笑った。
「まぁねー、天下人になる夢を捨てないのは結構ですよ! 独眼竜と虎さんが良いって言えば、豆千代くんが天下人になったって一向に構いませんよ、 はね。」
 だけど、と続けて は言った。
が天下統一を果たした後、後を継ぐのは独眼竜か虎さんに決めてます。そう言う約束だから。それを今更他の候補も居るなんて言うのはうそつき以外の何者でもないから、若し自分も候補になりたいと言うのなら、 と勝負してからにしてください。」
「おい!?」「 殿!!」
 慌てる政宗たちを尻目に、 と家康がお互いをしっかりと見る。睨み合っていると言って良いだろう。
 先に視線を外したのは家康で、何となく諦めの表情が滲み出ている。
「おぬしには敵わん気がするから、止めておく。…噂には聞いておるわ、島津殿の首を取れるのに取らなかったとか、異国の宣教師を手懐けたとか、信長様だけでなく、あの光秀と利家たちにも一目置かれているとな。」
 溜息をつきつつ言うその内容に。一同目を丸くする。ザビーの事は聞いた事があるが、義久と遣り合ったなどと聞いた事がない。思わず を睨む政宗だったが、本人は知らぬ顔をしている。
「おまけについ先頃、義元様が武田に降ったと聞いたが、黒幕は 、おぬしだそうではないか。続けてあの軍神上杉殿まで同盟軍に荷担したと有っては、ワシも流石に手が出せん。」
 ちらりと同席している謙信に目を走らせ、鋭い目で見られた家康は慌てて視線をはずす。
「全く、ワシが仕掛けて来ぬと判って言っているじゃろう、おぬし。下手に手出しをしたら、それこそ我先にとおぬしを守る為に己が身を顧みず戦うような目をした連中ばかりが控えておる。やらぬ、やらぬ。」
 本気で言っているのか、苦笑しつつも残念そうではない。寧ろ晴れやかな顔になって「好かれてるな、おぬし。」と真顔で言った。



 その後、密約と言う形で同盟を結んだ徳川家康は、来た時と同じ様に本多忠勝に乗って帰っていった。ただし今度は森蘭丸を伴って。
 流石に話の内容が内容なだけに一人ぽつんと別室で待たされていた蘭丸は少々機嫌が悪かったものの、 から手土産を沢山貰ったからか帰る頃には機嫌が良くなっていた。
 帰り際、家康は居並ぶ武将たちを見て に言った。
「全くおぬしは……どうもその言動からは此処まで好かれるとは思えんのじゃがなぁ。」
「おや、だったら豆千代くんは好かない相手と同盟を組んで良いんですかい?」
「誰もそんな事は言っておらんわ。ワシとて、おぬしは気に入っておる。ただ、それが解せんと言うだけじゃ。」
  の言葉に慌てて言い返す家康だったが、クスリと笑いの零れる にからかわれたのだと判ると、鼻を鳴らして忠勝に乗った。その後ろから が声をかける。
「豆千代くん。 が好かれている理由はね、 が皆を好きだからですよ。それこそもう、どうしようもなく、ね。」
「…ワシもか?」
「豆千代くんも、五月雨丸くんも平ちゃんも。好きですよ。」
 真顔で言う に、家康はブツブツ呟いていたものの、そのまま帰っていった。
 爆風に耐えつつ が振り返ると、呆れ顔の と、真っ赤になったり嬉しそうだったり戸惑った表情の面々の中、一人憮然とする政宗がいた。
 その時の事を思い出し、 が訊ねた。
「何でさぁ、あんなに不機嫌だったの?」
「何が。」
「あの時。」
「何時だ。」
「…何惚けてるの?」
 呆れた様に言う だが、続く言葉は無い。どちらもだんまりを決め込んでそろそろ沈黙が辛くなった辺りでカラリと障子が開かれた。
「あれ? 政宗さん居たんですか。」
 さも意外そうに言う に、政宗が不機嫌に答える。
「……居ちゃ悪いか。」
「何を卑屈になってるんだ、可愛くないぞ。」
「男が可愛くてどうするんだ。」
「わんこちゃんなんか素直で可愛いじゃないですかさ。」
「どうせ俺は捻くれてて可愛くない。」
 むすっと言い返す政宗に、 は顔を見合せて吹き出した。
「いや、結構そう言う所可愛いですよ。 は好きだなぁ。」
  が笑いながら言うと、 も頷く。流石に笑うのだけは堪えている様だが肩が震えている。
 ムッとして言い返そうと思う政宗だったが、どうせそれも可愛いで済まされるんだろうと思うと言うのも莫迦らしい。その代わりに話題を逸らす様に に話を向けた。
「アンタはどうした。あの小娘と一緒じゃなかったのか。」
「こ……いつきちゃんだったら、幸村さんと一緒ですよ。そろそろ寝る時間なんで私が先に の様子を見に来たんですけど……。」
「様子? なして?」
「政宗さんがいると困るなぁと思って。そしたら本当にいるしなぁ。」
 困った様に言う に政宗が噛みついた。
「俺がいちゃ悪いのか。アァン?」
「別に悪くは無いですけど、いつきちゃんが寝られないじゃないですか。…何を話していたか知りませんけど、そろそろお開きにしたらどうですか。」
 そう言われて素直に立ち上がる気はないが、確かにこの場にいつきが来たら、お互い を挟んで睨み合うだけな気がする。
 其々部屋をあてがわれてはいるが、いつきは年少と言うことも有り たちと同じ部屋で寝泊まりしている。だから寝る時間だと言われれば追い出されても仕方無いが、素直に追い出される気は無い。
 政宗は立ちあがるとついでの様に の手を引き、立たせて歩き出した。
「話の途中だ。続きは俺の部屋でな。」
「…途中だったっけ?」
 確かお互い沈黙している所に が来た気がするんだが、と が考えている後ろから が声を送る。
「政宗さーん、程ほどにねー。」
Well、let me see。
 答える政宗たちの背後で がやれやれとばかりに肩を竦めた。



 政宗の部屋には直ぐに着いたが、それで話の続きは何、と言うと政宗は黙り込んだ。
 特に話が有った訳ではなくただ単にもう暫く一緒にいたかっただけだ、とは口が裂けても言いたくはないが何か言わなければ今度こそ本当にお開きだ。何を言えば良いのか迷う政宗に、 が訊ねた。
「…惚けてるのを言う気になった?」
 一瞬何を言われているのか判らなかったが、そう言えば、と が来る前に話していた事を思い出した。確か家康の去り際に不機嫌だった理由を訊かれたのだった。ここまで引っ張られたら言うしかないだろう。
「…家康には簡単に言う癖に、俺には言わないから腹が立った。」
「……済みませんが、主語と述語と目的語をハッキリしてくれませんかね?」
 本気で眉を寄せている に、政宗は一度溜息を吐いてから言われた通りにした。
「殆ど会った事の無い家康には簡単に『好き』だなんて言う癖に、付き合いの長い俺にはそうそう言わないから腹が立った。…これで良いか。」
「説明どうも有難う。」
 首を傾げつつ言う だが、それでどうして機嫌が悪くなるのか、と言う因果関係に思い至らないようだ。政宗は説明を半ば諦めて、「ちょっと良いか。」と言って の手を引いて身体を自分の腕に引き寄せた。
「…なに?」
「ちょっと、な。アンタだって時々は他人に縋りたくなる事があるだろう。そう言う事だ。」
「……珍しいね。」
 ポツリと呟く だが、逃げ出す様子は無い。逆に背中をポンポンと叩かれ、何だかあやされている様だ、と政宗は思う。
 此処までしても は結局自分の想いに気がつかない、若しくは気がついても次の瞬間忘れてしまうかと思うとやり切れない思いが残るが、せめてもう暫くはこうして居たいと政宗は の背に回した腕に逃げられない様に力を込めつつ、少しだけ隙を作る。こうすれば実際には逃げる事は難しいが、隙がある分油断してくれる。少しでも長く、と思っていると が身動いだ。
「ちょっとこの体勢辛い……逆、向いて良い?」
「……話辛いがまぁ良いぜ。」
Thanks。…よっ……と、これで楽になった。」
 腕の中で回れ右するように方向を変えて、 は政宗に寄りかかった。
「寄りかかるのが好きだな。」
「うん。楽だから。」
 他愛ない会話の中で、政宗は腕の位置をどうしようかと考えていた。向き合ったままの時は背中にあった手の位置が、今は丁度胸の辺りにある。幾ら胸が殆ど無いとは言え、そこに置くのはどうかと思うし第一自分がそれで平気でいられるとも思えない。葛藤は一瞬だったが結構長く感じられた。緊張しつつ回した腕をそっと胸の下に移動して、抱え直す。
「…温かいね。背中。」
「俺は腹が温けぇ。」
 ポツリと呟かれた言葉に返事をすると、どちらからとも無く笑いが零れる。
「アンタ……もうじき、なんだろ。元の世界とやらに戻るのは。」
 政宗の言葉に がやっと合点がいった、と言う表情になった。どうやら が元の世界に戻るのを気にしての行動だと思ったらしい。それもまた理由のひとつでは有るので、政宗は肩に顔を埋める様にして低く呟く。
「天下を取ったら……アンタじゃなくても、誰かが天下を取ったら居なくなるんだな。」
「うん。元々この世界の人間じゃないからね。…でも結構長く居たと思わない?  ちゃんが一緒だからもっと早く戻らなきゃ、と思ってた筈なんだけど結局居心地が良くてずるずる居ついてる。」
「…そうだな。 だけ帰す、って事は出来ねェのか?」
「そんな事してどうするのさ。 ちゃんだけ残る、って事は出来るかも知れないけど。多分それも無く、来るべき時が来たら たち二人ともいなくなるだろうね。」
「そうか。」
 短く答えて沈黙する。 が残された所で政宗には意味が無い。喩えどんなに似ていた所で では無いし、 自身もこの世界に残る事を選択するとは思えない。
  は今まで何度も『異世界』を訪ねてその経験からずっとその世界にいる事が出来ない、と言う事を学んだのだろう。今までどんな世界を訪ねて来たのか、興味が湧いて訊いてみる。
「色々かな。平安時代とか源平合戦の時代とか。もっとずっと先の時代とか、未来とか。…歴史的には似てるから判るよね?」
「まぁな。だが俺の知ってるその時代とも、アンタの世界の過去とも違う世界なんだな。」
「うん、そう。後はまるっきり世界の違う、ヨーロッパ風……異国風の世界が多いかな。ああ、それと の世界とほぼ同じ時代と歴史と風俗だけど違う世界、ってのもあるかな。」
「ほぼ同じ世界ってどう見分けるんだ。」
「ヘルパーがいるかいないかじゃないかな。」
Helper?
「独眼竜も知ってるでしょ、四天の守護者。彼等もヘルパーの一種。基本的には彼等が を守るんだけど、彼等が出現しにくい世界もあるんで、その時にお手伝いしてくれる人がいるんですよ。」
「人間なのか。」
「多分。まぁいつも決まった容姿で決まった名前で決まった職種についてるんで、判り易いっちゃ判り易いか。とにかくその人が居たら、そこは異世界。」
 多分、と言うのが気になるが余りしつこく質問してもはぐらかされるだけだろうと思い、その件はまた後日、と心に決めて政宗はもう一度 の存在を確かめる様に腕に力を込めた。
「アンタをいい気にさせたくは無いんだが、一応言っとく。I'm lonesome unless there is you。
「…随分とまた素直だねェ。有難う、そう言ってくれて。」
「……冗談じゃ無ェからな。それとコレも言っとく。アンタに会えて良かった……俺は……アンタにずっと此処にいて欲しい……きだ。」
「それは叶わぬ願いってヤツですよ。冗談でも嬉しいけどね。」
 くぐもった声で呟く政宗の腕を軽く叩いて、 は苦笑した。語尾が聞き取り辛かったが、以前再会して直ぐ寝込んだ時に枕元で呟かれたのと同じ言葉を言う政宗が何だか元服前の少年に感じられる。この世界に来て最初に会った、利発な梵天丸少年が自分の背中にしがみ付いて泣いているみたいだ、と は思う。だが実際は奥州筆頭伊達政宗その人だし、その彼が此処まで自分の気持ちを吐露する事に深い感慨を覚える。
 何だか愛の告白をされたような気がする、と は背中の温もりを感じつつ思った。そんな事はある訳は無いがそれでもそう思う事に嬉しさと気恥ずかしさを感じる。元々政宗の事が一番のお気に入りキャラクターで、彼でゲームをプレイする度にのめり込んで行ったのだから感慨も一入だ。
 好かれてる事は知っている。何故かこの世界の住人は に好意的で、それが嬉しくも有り気恥ずかしくも有りで、その好意に応えられないのが歯痒くもあるのだが、だがせめて同じ世界に居られる間は出来るだけ彼等の想いや期待を裏切らないようにしたいと思う。

 早く平和な世にする基盤を作らないと。その為には―――。

 暫く無言で を抱きしめていた政宗は、彼女の反応の無さに若しかして眠っているのか、とそっと顔を覗き込んで驚いた。何時に無く真面目な表情の だが、政宗の視線に気付いた途端へらりと笑う。
「ごめんね、独眼竜。」
 いきなり謝られて政宗は戸惑った。何に対しての謝罪なのか。そう思っていると再度「ゴメン。」と声が重なる。
「何を謝る。」
 まさか自分が先程呟いた言葉を聞き取っていたとは思わない。聞いていなくても良いから「好きだ。」と呟いたのは、その方が彼女の心の片隅に少しでも残るかも知れない、と思ったからだ。冗談めかして言うのではなく、真剣に伝えたかった。だが少しでも真剣さが伝わると彼女の記憶に残らない。だから聞こえるか聞こえないか位で呟いた。その返事が「ゴメン。」では立つ瀬が無い。
 そんな政宗の虞に対して は全く別の意味で謝ったようだった。
「天下統一、本当は自分がしたかったでしょ。 が出張っちゃって悪いと思ってる、本当に。」
  のその言葉に政宗の緊張が解け、軽く溜息を吐いた後思ったとおりの事を口にする。
「…今更言うな。確かに天下は獲りてェ。だが今の状況は……俺は決して嫌いじゃねェ。」
「本当に?」
I mean it。
 しつこいとばかりにそう言うと は苦笑して身体を預けてきた。
「なら良いんだ。あの時独眼竜が歯切れの悪い返事をしたから少し気になってたんだ。 の勝手で決めちゃったから若しかして天下獲りにウズウズしてるかと思ってさ。」
「確かに天下は獲りたいと思ってた。だがアンタの目指す天下と俺の目指す天下とどう違う? それにアンタは俺か信玄公のどちらかに天下を譲ると言っただろ。」
「まぁね。でも自分で獲りたいかなーと思いましてね。」
「要らぬ心配だ。俺が思うようにやってるんだ、アンタが気にする事は無ェ。」
 政宗の言葉に嘘は無い。確かに同盟を組む事になった時、自分の手で天下を掴む事が出来ない事に苛立ちも感じたが、今こうして次々と同盟を組んだり麾下にしたりしてみると、自分がただ闇雲に攻め込むよりも余程面白い、と思う。
 国獲りを面白いと言うのは語弊があるかも知れない。だが幸村や佐助、そして謙信やいつき、元親等西国の人間たちとこうして話が出来るのは が大将だからだ。自分が攻め込んだとしたら余程の事が無い限り大将首を見逃す事は無いと思う。討ち取って終りだ。それが普通だと信じていたし今も自軍のみで戦うのならそうするだろう。だが討ち取ったらその後は話をする事も出来ない、その人を知ることも出来ない、それは結構つまらない事ではないかと思う。
 幸村と手合わせをしたり佐助をからかってみたり、元親と喧嘩をしたり信玄と国政の事で話し合う、そんな事が出来るのは彼等と同盟を組んで対等の立場で居るからだ。命が無ければ――そんな事は出来ない。
「アンタは何も気にするな。自分の思うようにやれば良い。今までだってそうだったし、これからも――そうだろ?」
「まぁね。それじゃお言葉に甘えて好き勝手やらせていただきますかねェ。」
 クスリ、と笑って は政宗に向き直った。
 いきなり目の前に顔が近付いて驚く政宗に、 は微かに微笑み耳元で囁く。
「豆千代君に言ったのは本当ですよ。独眼竜たちが を好きだと思う以上に、 は貴方たちが好きだから。だから は……絶対に護るよ。貴方たち一人も欠ける事の無い様に。好きな人を護るのに理由なんか無いからね。…………政宗氏。」
 ゾクリ、とした。
 耳元で囁く声にも、首に回された腕にも。
 何より小さく呟かれた言葉。それが一番効いた。
 思わず力が抜けて、呆然と呟く。
「今のは……効いた。」
「そう? まぁ一応言っておこうと思いましてね。ああ、あとわんこちゃんと猿ちゃんにも言わないと。お世話になってる事だしね。」
 いつも通りのけろりとした態度で言う に政宗はガクリと項垂れた。
「………どうせその程度だよな。」
「ん? 何か言った?」
 何時の間にか普通に座る に、政宗は手を振り「何でも無い。」と答える。

 面と向かって言うのは今回だけ。好きですよ、政宗氏。

 そんな言葉を耳元で囁かれて平気で居られるほど自分は出来た人間ではない。 にとっては単に友人や仲間に対する好意を示したに過ぎないだろうが、今までこれ程真剣に言われた事が無かったからか、動揺の方が先に立って反応が出来ない。気付けば動悸が激しくなって顔が熱い。
 政宗が俯いたままなのを不審に思った が顔を覗き込もうとするので、慌てて顔を上げた。
「…顔、赤いよ?」
「気のせいだ。アンタはそろそろ部屋に戻らなくて良いのか。 と小娘が待ってるんじゃねェか。」
 視線を外して話を逸らすと、 はあからさまに不審そうな表情になった。
「話があるって連れ込んだり、戻れって言ったり、何を言ってるんだ独眼竜は。別に は話が有るなら一晩中でも付き合っても良いんだけど?」
 話が無いなら戻ろうかな、そう呟いて立ち上がろうとした の手を政宗はつい握ってしまった。
「……あのね? 話があるんだったら付き合うけどさ。どうしたの一体。何か言いにくい事でも有るの?」
 呆れるように言う の手を掴んだまま、政宗は溜息を吐く。
 話は山ほどあるし、言いにくい事この上ない。本当に言いたい事は言えないのだから此処で部屋に戻らせるのが一番良いのは判っているが、どうしても手を離す事が出来ない。
「その……。」
「ん?」
 言い淀む政宗に は首を傾げながら話を促した。
「どうせアンタの事だから明日から織田軍攻略の事でも考えるんだろ。下手したら明日にでも尾張に行きかねねぇ。だから……。」
 言葉に詰まる政宗だが、 には通じたようだった。
「確かに明日から忙しくなるかもだし。今夜くらいはゆっくり昔話でもする?」
「そうだな。アンタがあの後どうしたか、詳しく聞きたかったしな。」
はあの可愛い〜梵ちゃんがいつ頃こんなふてぶてしい竜になったのか知りたいね。」
 クスリと笑って が座り直した所で政宗は漸く手を離した。

 未だ、もう少し。居なくなるのはもう少し、先。



「…やれやれな人たちだよね。」
「……ふざけてばかりでも無いのだな……。」
 天井裏で下の様子を窺いながら、二人ともそれとなく呟く。
「まあ彼女はあんな風だけど、嘘は言わないよ。茶化す事の方が多いからつい騙されるけどさ。何時だって、本当の事しか言わない。」
「だからか。謙信様があれほど……。」
 謙信には初めから見えていたのだろうか。 の態度の裏側を。ふざけた態度としか見えなかったその裏で、 がどれだけ真剣に対応していたか。だからあっさりと上杉全軍を に託したのか。
 かすがが生真面目に考える脇で、佐助は下から漏れ聞こえる他愛無い話を静かに聞いていた。
 いきなりやって来て散々遊ばれた覚えしか無いが、この先彼女達が居なくなったら寂しいと思うのだろうか。そんな事を考えて僅かに口を歪ませる。
 忍びが感傷に浸ってどうするんだ。
「…絶対言いそう。」
 つい自分の考えた の言葉の感想を呟き、かすがが聞き咎める。
「何を言うって?」
「いやコッチの話。」
 慌てて誤魔化す佐助にかすがは顔を顰めたが、追求するのは止めておいた。どうせ訊いても誤魔化すだけだ。ならば、と下の様子を続けて窺う事にした。



 シンとした部屋の中で、頻繁に寝返りを打つ気配がする。
「…眠れないの? いつきちゃん。」
  がそっと訊ねると、いつきは暫く無言だったがやがてポツリと返事をした。
ちゃん……戻ってこないだな。」
「ああ……。まぁ政宗さんと話し込んでるんだったら……途中で動くのが厭とか言ってそのまま寝てそうだけど。」
 政宗が と話をしたいと言ったのは嘘では無いだろうが、単に傍に居たいだけなんだろうなぁ、と は思う。つい最近政宗と話した時に、彼が の事を好きだと聞かされ驚いたが、それもまぁ無理の無い事かもしれないとも思う。
  にしてみれば何処が良いのか判らない、としか言い様が無いが政宗の幼い頃の話を思い返すと『憧れの人』は『初恋の人』に置き換えても良いんじゃないかと思う。
 初恋の人は特別だって言うしねぇ……。
 そんな事を考えながらも、政宗と二人きりで部屋に居る筈の の事は余り心配にならない。
 普通夜中に男と二人きりで部屋に篭るなどと言ったら、その先に有るのは一つしかないだろうと思いつつ、でもやはり と政宗では何か起こりようもない気がする。
 彼は に対して少し遠慮している節がある。 に対しては結構傍若無人に振舞う癖に、 には何故か一歩引く。それが逆に に寂しい思いをさせている事に彼は気付いているんだろうか。
「気付いていないっぽいよねェ……。」
 小さく呟いたつもりだったが、夜の闇の中では小さくも無いらしい。いつきが「何に?」と訊いてきた。
「ああ、いや、政宗さんがね……。」
 其処まで言って は口を噤む。これは自分が言う事ではない。しかも他人に。
 そのまま黙り込んだ に、いつきは何か察したのか溜息を吐く。
「青いおさむらいは嫌いだ……。 ちゃんを独り占めする癖におらたちがそうすると直ぐ怒る。」

 だけど彼は自分たちを助けてくれた。

「おさむらいならおさむらいらしく、もっと偉そうにしてればイイだ。そうしたら……。」

 もっと嫌いになれるのに。

 彼が を好きなのは、自分の好きとは似て異なる。だから彼と張り合うのは本当は意味が無い。それは判っているが、それでもやはり彼の態度は気に入らない。
「やっぱり嫌いだ……。」
 いつきはそう呟くと頭からすっぽりと布団を被ってそれきり何も言わなくなった。
  はその様子を見て思う。

 やっぱりどうもピンと来ない。
 どうしてこんなに好かれてるんだろうなぁ、 ってば。

 どうも彼等の目には何か特殊フィルターでもついているのでは無いか、と疑いつつ は睡魔が襲うのを感じて目を閉じた。
 朝には多分、 が戻っている。
 多分いつも通りに飄々とした顔で言うんだろう。

 じゃ、今後の予定でも話し合いますか。

 多分、きっと。
  はそのまま眠りに落ちた。
 もう直ぐ終わりなんだな。そんな事を考えつつ。

≪BACKMENUNEXT≫

また二人で会話。っつーか伊達のお悩み相談室。なんと言うか素直といえば素直なのかも知れない、と思う反応です。
何でこんなに主人公の事が好きなのか、未だに判りません。(酷)

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徳川軍登場と同時に退場。いや、あまりにも増やし過ぎてるんでちょっと抑えないと、と思って。そしたら何か考えてたのと別の話になってた。予定外の話になったんで、予定に有った人を出してます。そしたら益々話が明後日の方向に。
贔屓が激しいので、さっぱり出てこなくなった人も居るんで今度はその人を出そうと思います。
どうでも良いがかなりヘタレだ、伊達……。