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やよいの空は

 空は青、桜は満開。これぞ日本の春!
「と思うよね?」
「何が『と』なんだか判るかっ。」
「冬ちゃん冷たい……。」
  と先輩は並んで歩きつつ桜を見ているのだが、先程から話しかけても先輩は反応が冷たくて、 としては面白くない。
「なあ。」
 久し振りに会ったんだから、もう少し付き合い良くてもいいと思うんだけど。
「おい。」
 大体、 と一緒に歩いてくれないしさ。寂しいですよ?
「……こら。」
 そもそもわざわざ東京で桜を見ようと言い出したのは先輩なんだし、予定を組んだのだって先輩だし、 はそれに乗っかってるだけなんだから、名所案内をしてくれるとかしても良いと思うんだけど。
「………………Excuse me?
「煩いよ、政宗氏。」
「聞こえてんじゃねぇか。」
 無視してたんだよ。あ、先輩の腕にさぶイボ。多分、独眼竜の『Excuse me?』にやられたんだと思う。この人は気障な仕草とか台詞とかそういうものに拒否反応を良く示す。気障ったらしく聞こえたんだね。
「ほら、独眼竜のせいで冬ちゃん鳥肌立ててるじゃん。」
「人に振るなっ!  くん、行こう。」
「ああっ! 置いてかないでー。」
 逃げる様に先輩と が先に進む。慌てて追いかけようとしたのに、独眼竜が の髪の毛を掴んで止める。
「禿げるよ。」
「人が呼んでるのに聞かねェからだ。なぁアレ何だ?」
 そう言う独眼竜の指す方向には上野動物園。
 はい、 たちは今、隅田川沿いの桜を見た後、予定通り上野に来ています。
 途中電車に乗ったことの無い(当たり前だ)人々のせいで、色々手間取ったりしましたがまぁ皆さん流石に一国の主だったり重鎮だったりするせいか、飲み込みが早くて助かりました。それでまぁ、上野公園で桜を愛でつつ の用事を済ませようと歩いている真っ最中。
  の用事と言うのは、早い話が新学期が始まって直ぐに、部活動の一環で上野の美術館に部員一同で見学に来る事になっているのだけど、部長・副部長の たちが案内出来なければ話にならないと言う事で交通手段やら所要時間なんかを実地調査している次第なのだ。…因みに顧問はこういう事に全く向いていない。と言うか面倒くさがりなので たちに丸投げしている。ある意味自由に出来て楽は楽だけど、責任を押し付けるなー! と言いたくもなる。
 独眼竜が興味を示したのは、動物園だけではない。何もかも初めて見るものばかりなので、質問攻めに遭っている。 も勿論質問攻めで、先輩まで犠牲になっている。ただ、話している間に何時の間にか担当が決まったらしく、 はまぁ一番人数が多くて、独眼竜と姫親さんの他伊達軍二人の相手をしている。 はどういう訳か一番少なくて、わんこと猿ちゃん。…尤もわんこが暴走しないようにしないといけないのだから、猿ちゃんと二人で丁度良いかも知れない。で、先輩が残りの3人。
 先輩ははっきり言うとオタクの人で、 もオタクが高じて小説家になった口なので人のことは言えないが、とにかくディープな人だ。興味は多岐に亘り歴史にも精通している。専門は幕末らしいが、戦国時代もかなり詳しい。そんな訳でどうもおいさんや虎さんに興味津々と言うか話をするのを割と楽しんでいるようだ。
 楽しんではいるが、一緒に歩きたくもないらしい。そりゃそうだ、 だって歩きたくない。
 何故なら。

 彼らは男前過ぎる。
 そして目立つ。

 何が悲しくて、目立つのが嫌いな が視線に曝されなければならないのか。
 鰻屋を出て、隅田公園の桜を見て電車に乗って、上野に着いて。その間にどのくらいの人が彼等を隠し撮りした事か。携帯のカメラ機能なんて嫌いだ。手軽すぎる。周りでパシャパシャシャッター音が鳴るのが不思議だったらしく、 にそれがなんなのか聞いてきたのは一人や二人ではない。まぁトリップした時 が携帯を持っていたので、それの説明は割合簡単に出来た。問題は、何故自分達を写しているのか、と言う事。恰好良いからでしょ、と言って喜んだのは最初だけで流石に延々それが続くと不愉快になっていく。眼帯組はシャッター音がするとあからさまに睨んで、言っちゃなんだがその筋の人のようだ。
 それでもめげない人はいるもので、中には「あの〜。」と声を掛けてきて、一緒に花見をしませんか、とか写真に一緒に写ってもらえませんか、等と言って来るツワモノもいる。断るのは なんだよね……。申し訳ないけど、と断った時「何であんたにそんな事言われなきゃいけないの?」と言わんばかりの顔で睨まれるのは勘弁して欲しい。
 どうも余りに男前が揃っているので、新人俳優がドラマか映画の撮影に来ていると勘違いされているみたいだ。しかし、それってどんなドラマだ。こんな濃い人間ばっかり出して収拾がつくのか、教えて欲しい。
 ふと気付くと、独眼竜の他にも説明を待つ人多数、だったので慌てて教える。
「動物園。動物を飼育展示している施設です。珍しい動物とかを間近に見られるので人気があるんですよ。」
「動物……犬とか馬とかか?」
「いや、象とかキリンとか……。」
「麒麟! 見てぇな、それは。」
「キリン違いだよ。まぁ見れば吃驚する事請合いだけど……。」
 説明しながら考える。多分彼等は何もかもが珍しいから大人しく付いて来ているが、この大人数で移動するのは色々不都合がある。既に駅からここに到るまでの道程はともかく、時間の把握は出来なくなっている。まあ時間は電車の時間の都合を考えての事なんで、本数が多い東京なら別に気にしなくても良いかもしれないけど……。
 折角世話になった人が来た事だし、珍しいものを見せてあげるのも良いかもしれない。時間潰しにもなるし。
「冬ちゃん、 ちゃん、動物園コースと美術館コース分けない? 美術館は ちゃんが道判れば良いと思うんだよね。」
「私に責任を……いや、そうだね。その方が良いか。」
  は方向音痴では無いが道を覚えるのは得意ではない。だから一瞬拒否しかけたものの、分かれた方が良いと判断したようだ。やっぱり大人数の移動は無駄がある。
 先輩が が戦国組を動物園へ。恐らく美術館の方が早く終わるだろうから大まかな待ち合わせ場所を決めて、後は携帯で連絡を取り合うことにして二手に分かれた。



 動物園は意外と好評だった。特に虎。中国経由で伝わる動物だからか、実物は初めてでも絵で見たことがあるらしい。そんな動物が目の前で動いているんだから、確かに興奮するかも知れない。逆に人気が無かったのはライオンで、これは獅子と言っても実物とイメージが違うせいか、実物が寝てばかりいたせいか。不評と言うわけでもなかったが、やはり虎に負けていた。
 順路を予め決めておいたし、もし迷ったらここ、と集合場所も決めておいたのでほぼ自由行動。わんこちゃんなんか猿ちゃんの止めるのも聞かず、次々と動物を見て回っていた。ナルちゃんもそう。意外な事に姫親さんもずんずん先に進んで行ってしまった。もーりんはどうも姫親さんを監督しないといけないと思っているらしい。彼について行ってしまい、時々姫親さんに文句を言っている声が聞こえてくる。
 …ここまでしておいてそれで何故この人は の隣を歩いているんだろう。
「なぁ、アレなんだ?」
「……街灯。何で動物園に来て動物を見ないでそんなもんばっかり見るんですかさ。」
「珍しいんだ、仕方無ェだろ。で、ソレは何だ?」
「燈篭みたいなものかな。暗くなると明りが点いて、道を照らしてくれるの。あの雪洞も飾りだけど一応明りが点くみたいだね。電球が入ってる。」
「電球? …まぁ便利なモノって事か。」
 独眼竜は先刻から の隣を歩いて質問に余念が無い。色々興味津々なのは仕方無いとして、興味の対象が施設設備の方というのが何だか可笑しい。
 因みに何時も傍にいる筈の傳役殿は今回ナルちゃんに同行している。
様が政宗様の傍にいて御案内してくださるのなら心配ございません。」
 にこやかにそう言われて、いや困る、とは流石に言えなかった。
 並んで歩くとホモのカップルみたいで厭なんだけど、それは男に間違えられる にも問題があるしなぁ。髪の毛下ろしたら多少は違うだろうか。
 何となくそんな事を考え、髪を纏めていたゴムを取ると独眼竜が目を丸くした。
「珍しいな、どう言う風の吹き回しだ。」
「独眼竜と歩いてるとホ…衆道の人に間違えられそうだから、予防策。」
「…間違えられると何か問題あるのか?」
「…………あんまり無いな。あれ? どうしてだろう。」
 全く知らない人にホモのカップルに見られても別にどうって事も無いよなぁ。とすると何で厭だったんだろう?
  が悩んでいるとどう言う訳か独眼竜は急に機嫌が良くなった。…そんなに が悩むのが嬉しいんだろうかこの男は。ムッとして睨むと、ニヤニヤ笑いながら の手を取って歩き始める。
「間違えられたって構やしねぇなら、行こうぜ。迷わないようにしないとな。」
 あんまり独眼竜が道に迷う姿と言うのは思い浮かばないが、確かにここで迷われても困るので、大人しく手を引かれる事にした。時々質問をする独眼竜は頗る機嫌が良く、 も答えられることにはなるべく答えて。一通り見て回ってからまた公園に戻る。
「しっかし、見事な桜だな。ここまで見事なのはお目にかかった事が無ェ。」
「染井吉野って比較的新しい品種だからじゃ無いかなぁ。色とか咲き方とか、独眼竜の知ってる桜とは違うと思う。」
「桜も見事だが人間も見事だな。…見事にCrazyだ。」
「何、その表現。」
 満開の桜の下、宴会で出来上がってる人多数。これが夜になるともっと凄くなる、とは流石に言うのは控えた。
 そろそろ待ち合わせの場所に行こうか、と言おうとした所でいきなり「 先生じゃないですか。」と声がかかる。
 ギクリとして振り返ると、カメラを携えて寄って来たのは の担当のミュラーさん。いや、正しくは三浦さんなんだけど何となくミュラーさんと呼んでいる。本人には言わないけど。
 一応仕事のお付き合いもある事なので、独眼竜にちょっと待ってて、と言ってミュラーさんに挨拶。
「都内に来るなんて珍しいですね。やっぱり春休みで遠出がしやすいからですか?」
「そうですね。それに新学期に学校の関係でこっち方面に来る予定なんでその下見も兼ねて。三浦さんはカメラ持ってお仕事ですか。」
「何か記事に使えないかなーと思ってね。それより、もし時間が空いてるならちょっと次の本の打ち合わせをしませんか。小さい仕事も幾つかありますし。」
「あー、時間は無いんですよ。人を待たせてるんで。後でメールででも。」
 直接会って打ち合わせするのは細かい所が直ぐに確認出来て良いんだけど、流石に大勢引率している身となると今日は都合が悪い。 が断るとミュラーさんもやっぱりそう思ったのか、細々とした事を確認したかった、みたいな事を言う。
 それは もそうですけどねー、戦国組が待ってる以上余計な時間は取れないんですよ。
 苦笑いする の背後からいきなり手が伸びてきて、 の首をホールドして頭に顎の当たる感触。
「何時まで待たせるんだ。話が終わったんなら行くぞ。」
「あれ、お友達……彼氏ですか?」
「は? いや、違っ……。」「Yeah、久しぶりに逢ったんだ邪魔するんじゃ無ェ。」
 ミュラーさんに訊かれて慌てて否定しようとしたら、独眼竜が の首を更に絞めて言葉を被せる。ちょっと、苦しいんですけど!?
「お邪魔でしたか。じゃあ打ち合わせはまた次の機会に。 先生、今度都内に来る事があったら連絡くださいね。」
「わ、判りました……。」
 独眼竜の迫力に押されたのかミュラーさんはあっさり引き下がり、 も首を抱えられた形で歩かされて仕方なくミュラーさんに別れを告げる。
 何か物凄く歩き辛いし苦しいんですけど。そう言おうと思っても早足で歩いて転ばないようにするのが精一杯。文句は後で言う事にして歩くのに集中しよう。
 そう決心した途端、独眼竜がピタリと止まった。どうやら目的地に着いたらしい。



 目的地と言っても、独眼竜がこの辺の地理に詳しいわけは無いので、ただ単に彼にとって都合の良い場所に着いたと言うだけの話。植え込みに囲まれたその場所は、上手い具合に人気が無く、周囲の喧騒も遠くに聞こえるだけで良く目敏く見つけたなぁ、と妙なところで感心してしまう。いや、感心してる場合ではなく。
「あのね、いきなりなんですかさ。ミュラーさんが驚いてたでしょう! お仕事の話してたのに。」
 首が解放されたところで独眼竜に向き直って文句を言う。と、先程とはうってかわって不機嫌な顔に驚く。
 な、何だか感情の起伏が激しいよ。どうしたんだ、この人。
「仕事の話なんて何時でも出来るんだろう。俺は二度と会えないかも知れねぇんだ、こっちを優先しろ、コッチを。」
「あらやだ、焼きもちですか? 政宗くんたら。」
 思わず茶化してそう言うと、「悪いか。」と返事。……は?
「…そうストレートに言われると、リアクションに困るんだけど。」
「困る? Ha! せいぜい困れよ、俺は再三言ってたからな。アンタが本気にしなかっただけだ。」
 投げやりに言う独眼竜は、少しだけ怒って少しだけ照れている様だった。
 再三言ってたって……アレか。冗談と言うか虐めと言うか、そんなモノだと思ってたよ。
「……本気に出来なかったから仕方無いじゃん。」
「アンタの事情は知ってるから、ソレは別に良い。だが『今』くらいは受け止めろ。」
  が俯いて呟くと、独眼竜も溜息交じりに言った。でも受け止めた所で、返せないのは向こうだって判ってる筈。ああ、だから溜息なのか。
 確かに言われてみればあっちの世界で独眼竜は、天下統一の半ば以降 に対して良く好きだの愛してるだの言っていた……気がする。何かの冗談とか虐めかと思っていたが、本気だとは思わなかった。と言うより思えなかった、と言うのが正しい。 の事情と言うのはまぁ恋愛感情が発展しない、と言う制約に拠るものなんだけど。『気がする』と言う辺りに既に の中で感情のすり替えが行われていた事が判る。
 お互い今更そんな事を、と思ってるのがありありとわかる気まずい雰囲気に耐えられなくなって、 は話題を変えた。
「それにしても皆なんでコッチに来たのかな?  は自分が行く事は有っても呼び出しは出来ない筈なんだけど。」
 いきなり話を変えられて独眼竜は眉を上げたものの、 の意図も判るのだろう、肩を竦めて答えた。
「アンタが判らないんだ、コッチが判る訳無いだろう。…集まっていたのはアレだ、何となく……偶々揃ったからな。」
「皆が集まった所でコッチに来ちゃったの? 何で?」
「だから知らねぇ……ああ、集まってた理由か。アンタを喜ばせるのも癪に障るが、時々行くんだよ。アンタが拠点にしていた屋敷に。」
「え?」
 驚いて訊き返す に、厭そうに説明してくれた。
  がBASARA界で拠点にしていた屋敷に、 が居ない事は判っていても時々訪ねて行くそうだ。すると同じ事を思うのか、各国の人間が居たり居なかったり。居ない場合は無人の屋敷で暫くボンヤリ過ごして、居た場合はお互いの近況を報告したり色々。今回は偶々訪ねて行った人間が多かったらしい。
「…思い出に浸る歳でも無いでしょう。」
「少しは浸らせろ。アンタには二度と会えねぇと思ってたんだ……I'm glad to see you again。」
も。思いがけない事でしたけどね。」
 ああ、折角話題を変えたのに。何だかしんみりしてしまう。嬉しくて寂しくて。
 また俯いていると、独眼竜が を軽く引き寄せて頭に顎を乗せた。何だか抱き締められてる恰好なんだけど……仕方ない、サービス、サービス。じっとされるがままにしていると、「珍しく大人しいじゃねェか。」と笑いを含んだ声が上からするので、偶にはサービス、と答えておいた。
Service、ね。何時まで続くんだか。…まぁ兎に角そんな訳で珍しく一通り集まった事だし、花見でもするかって事になったんだ。」
「花見?」
 意外な話に顔を上げると思っていたより近い場所に独眼竜の顔が有って、青空の中表情が翳になって判らないけど微かに笑っている様に見えた。
「アンタ、桜が好きだったろう? 丁度見事に桜が咲いていて、それを思い出したから……おい、どうした?」
 話途中で独眼竜が慌て始める。何を慌ててるんだろう、と思ったら の視界が滲んでいるのに漸く気付く。どうも不覚にも涙が零れたらしい。
「…嬉し泣きじゃ、ボケ! 何でそんな事覚えてるかなぁ、嬉しくて泣けてくるじゃないですかさ。不覚。」
 半分泣き笑いの様になって右目の涙を拭うと、独眼竜が左目の涙を拭ってくれた。ゴメン、なんか物凄く鳥肌立つんですけど。
「気障だよ、それ。」
「口の減らねェ女だな。折角良い雰囲気なんだ、浸らせろ。」
 苦笑する独眼竜は の顔を自分の肩に押しつけて、頭を軽く撫でる。
 人気が無くて良かった。傍から見たら物凄いラブラブホモカップルに見えるんじゃ無いだろうか。そんな余計な事を考える辺り、 は本当に恋愛に向いていない。
「何だかさ、不思議だよね。もう二度と会えないと思ってたのにこうして会えて。」
「…だな。また会えるか?」
「判らない。若し会ったとしても……独眼竜たちが の事を憶えてるかどうか。」
「アンタを忘れるわけ無いだろう?」
「さて、どうだか。」
 不満そうな独眼竜だけど此ればかりは判らない。同じゲームにトリップした事もあったけど、その時は登場人物の記憶に混乱が生じていた。 と出会った時期とか場所とか。久し振りに会った、と言う人も居れば前回会った事があるのに初めて会ったと言う人もいて、まぁそれはストーリーへの関わり具合に拠るんだろうけど。シリーズものだとまた少し違うんだよね。
 また独眼竜たちの世界にトリップしたら――十中八九彼等は と初対面となると思う。あの世界に は関わり過ぎたから。寂しい話ではあるけど仕方無い。『次』があったら、今度は何時も通りこっそり陰から覗くだけにしておこう。
 気がつくと独眼竜が の顎を持ち上げて顔を近付けていた。こら待て。
「はい、Stop。」
 右手で独眼竜の口を塞ぐと、掌の向こうで「Shit。」と舌打ち。
「アンタ本っ当にケチだな。こういう場合少しは流されてみろよ。」
「ケチで結構。誰が流されるもんか。ケチな自分勝手女なんでしょ、 は。」
 笑って独眼竜から離れると、大きく伸びを一つ。
「自分勝手で良いじゃない? 独眼竜だって が従順だったら面白くないでしょ。」
「…見たいような見たくないような、って所か。」
「だったら良いじゃないですかさ、別にこのままで。Okey-doke?
  の言葉に、独眼竜は肩を竦める。仕方無いと思ったのか諦めたのか。
 そろそろ待ち合せ場所に行かないと、と言って歩き始めた の手を独眼竜が掴んで止める。
「じゃあな、一つ言っておく。若し次にアンタに会ったら、先刻の続きをするからな。」
「続き? …厭だよ、と言いたい所だけど……まぁ独眼竜が憶えてればね。」
「俺は忘れねェ。言っとくが逃げるのは無しだからな。」
「ハイハイ、それじゃ行こう。」
  の投げやりな返事に独眼竜はそれでも満足したらしい。大人しくついて来る。
 先刻の続きと言っても叶うかどうか判らないのに、それでも良いのか、と思うと呆れるやら恥ずかしいやら困るやら嬉しいやら。…まぁ憶えていれば、ね。



 待ち合せ場所に着くと、既に全員集まっていた。今まさに携帯に連絡を入れようとしていたらしく、先輩が携帯を握り締めていて、 の顔をみるなり一言。
くん遅い。何をいちゃついてたの。」
「いちゃついてませんて。」「Sorry、久し振りにHoneyに会ってTrystを愉しんでた。」
 二人同時に言うと、 が「Tryst? 何?」と突っ込んでいた。この際独眼竜の発言は無視しておこう。今この場で意味が判った人間は、ナルちゃんと傳役殿だけのようだから。 と先輩も意味は判らないらしい。 も正確には判らないが、今までの経緯から何となく想像がついただけ。 がケチなら独眼竜は口の減らない男だと思う。
「で、一通り用事は済んだんだけどこの人たちはどうするの?」
 先輩が時間を確認しながら言う。
 どうしようも何も、帰り方が判らない以上何も出来ない。…もしかして、暫く預からなきゃダメなのかなぁ。ウチはそんなに広い訳でも無いから全員は泊められないし、下手に分散させて迷子になられても困るし。かと言ってホテルに泊めるって言っても一晩くらいならともかく、こんな大人数を長期に泊められるほどお金が無い。
 さて困ったと思っていると、姫親さんが言う。
「泊まる場所の心配なら別に構わないぜ。戦で野宿は慣れてるからな。」
「そんなイケメン集団のルンペンもどきは願い下げです。」
 さくっと言うと先輩と が吹き出す。言われた方は、カタカナ言葉の意味が判らず戸惑い顔。異国語を操るのがお得意な独眼竜もカタカナ言葉は判らない様で、でも野宿はダメと言う事は判ったらしい。
「それじゃどうするつもりだ。」
「うーん、初心に戻ってこっちに来た時の状況を教えてくれない?」
 何かしら理由ときっかけが有ってこの世界に来たんだろうから、状況が判れば戻り方も判るかも知れない。
  の問いに、一同顔を見合わせる。
「状況って言ってもなぁ……先刻も言ったが、花見をしようかって話になって気がついたらアンタに逢った、って所か?」
殿の話をしていた所に二人の姿が見え、幸村驚きましたぞ。」
「花見……。」
 呟いて考える。花見に行こうとした戦国組と、同じく花見に行こうとした たち。同じ状況。コレがキーワード?
 やや暫く考えて不確かではあるものの、答えらしきものが見えてきた。
「それじゃ、帰る準備しようか。」
「え? 何を突然。」
 驚いて訊き返す と先輩、独眼竜たちに説明する。
「帰るって思う事が大事なんですよ。 と、独眼竜たちがね。同じ行動をとった事が原因じゃないかなぁ。お花見しよう、って決めたらこういう状況になった訳だし。だったら逆に家に帰る、って思えば帰れるんじゃないかな?」
「そんな簡単にいくか?」
「だってそれ以外思いつくものも無いし。試してみる価値有りですよ。」
 まあ多分コレが正解だろう。実際 の方は『帰ろう』と言った瞬間から、例のトリップ癖の感覚が甦ってきた。それを にコッソリ言うと、ああ、と納得した顔になる。
 ロッカーに預けておいた彼等の荷物を引取り、其々に渡す。この際着替えはしないでも良いか。折角だから彼等にも思い出の縁くらい残しても良いかも知れない。元の世界に戻ったら、無くなるかも知れないけど。
「帰ろう? 家に。… は貴方達にまた会えて夢みたいに嬉しい。だけど夢は終わらせないとね。ちゃんと元の世界に、自分たちの在るべき場所に戻らないと。」
  の言葉を彼等が理解したのかどうか判らないけれど、一応試してくれたらしい。見ると少し彼等の影が朧になりつつあった。その事に気付いたのか驚いた顔で と自分の透けていく身体を見る独眼竜たち。
「じゃあね、Good-bye and good luck!
 消え行く彼らに言葉を投げると、独眼竜が最後に叫んだ。
「約束、憶えてろよ!」
「厭なこった!」
Cheapskate!
 最後の最後にケチって言われるのも情けないけど、その声は笑いを含んでいたからまぁ良いか、とも思う。
 彼等の消えた場所をしみじみ見ていると、 が訊ねる。
「約束って、何?」
「ん? ヒミツ。」
 にっこりと笑いながら答えると、 と先輩は顔を見合わせて溜息をつく。
 空はいつの間にか薄紫に変わりつつあり、もう家に帰る時間だと教えてくれる。 たちも家に帰らないと。
「じゃあ帰ろう?」
「…そうだね、帰ろう。」
 二人に告げて駅に向かい、もう一度だけ振り返る。

 僅か半日くらいの夢の名残。楽しくて懐かしくて、嬉しかった。
 当ての無い約束は守れるかどうか判らないけど、もしまた彼等の世界に行く事が有ったら、少しはサービスしても良いかな等と思う。
  がそんな事を思うなんて破格の扱いですよ、政宗氏。本当はそれ位好きだった、なんて知らないだろうけれど教える気も無い。
 思い出の縁に頼るのは寧ろ の方だったりするなんて事も、ケチだから教えない。…教えたくても、教えられないけどね。
 気がつくと と先輩はかなり先を歩いていた。置いて行かれまいと慌てて追いかける。

 春の夢は現の夢。
 忘れ難い一日。

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本編が終わった後の話なので、なかなか続きが書けなかったというのはあります。
でもあまりにも間が空き過ぎててキャラクターの関係とか性格とか若干変わってたりするのが痛いかも。

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という訳で番外編1の続きです。(漸く)
何せ1を書いたのが約1年前でその後ずっと放ったらかしの後編……。まぁ続きを書くかどうかは決めてなかったんですが、何となく本編にあわせた内容を思いついたので。やっと書けたと言うのが真相。
このテキスト、前半はやっぱり1年前に書いてあって後半部分(動物園の辺りから)で悩んでました。でもケチ云々の所は元々入れる予定だったんで書けて良かったです。
思ってた以上に伊達さんがラブ度高くてビックリしましたけど(笑)