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April―出会い・前編―

 桜舞う新学期、婆沙羅高校の最上級生となった生徒が4人。屋上で思い思いの時間を過ごしていた。
 校内でも有名人の彼等の名前は、伊達政宗・真田幸村・猿飛佐助・長曾我部元親と言う。
 本来今の時間は入学式の真っ最中で、全校生徒が式場に集まっている筈なのだが彼等は出席するのが面倒くさくてバックレたのだ。
 中等部があるとは言え一貫教育を謳っていないので当然入試もある。文武両道と自由な校風と言う相反する性質が個性的な生徒を集めるのか、婆沙羅高校には一風変わった生徒が多い。そしてそれらの生徒が目当てで進路を希望する生徒も多い為、合格率は低く偏差値は結構高い。
 そのうち、式典が終わったのか下の方からざわめきが聞こえ始めた。
「終わったみたいだね。」
 音楽を聴いていたのに何故か聞こえたらしい。佐助が呟いた。
「HR位出ねぇと拙いか。それともそっちもバックレルか?」
 雑誌を読んでいた元親も気付いて問いかける。どうしようかと相談する二人を余所に、政宗はフェンスに寄りかかり下を覗いていた。式場から出てくる在校生、新入生、父兄に教師。制服の波が移動するのを眺めつつポツリと呟く。
「やっぱ、此処からじゃ判らねぇか。」
 政宗の呟きが耳に入り、興味津々といった風情で佐助が訊いた。
「何? 何かあった?」
「いや……別に。」
「隠すな。隠すと余計気になる。」
 元親も加わり、三人で下を覗く。傍から見るとかなり変な光景だ。
 下は相変わらず制服の波が移動していて、判るのはせいぜい頭の色や男女の区別くらいで、屋上から見える風景としては特に変わった様子は見られない。政宗が何を気にしていたのか気になった二人は追及を始めた。
「何があったのさ。何だったら手伝うよ? 落し物? 人探し?」
「気になる台詞吐いといて、別にはねぇだろ。正直に吐けよ。」
「何でもねぇよ。」
 言い張る政宗だが、却って二人の追及が激しくなる結果となり、結局教えざるを得なくなった。
「単に……昨日会った変な女が見えるかな、と思っただけだ。」
「女? え? もしかして新しい彼女?」
「変なって何だよ、それ。」
 異口同音に聞き返され、仕方なく政宗は昨日の出来事を話す羽目になった。


 新学期が始まったものの、翌日に入学式を控え学校内はその準備に追われていた。生徒会や教師たちの他、一部生徒も駆り出され式場設営に当たっていたので授業は殆ど自習状態。三年生には進路指導が設けられていたものの、指定の時間までは自習なのに変わりは無い。早々に済ませた生徒の中には既に帰宅してしまった者もいる。
 政宗はそんな中、何処で時間を潰そうかと校内を回って図書室に辿り着いた。
 婆娑羅高校の図書室は、3つある。メインの図書室のほか、主に教師が活用する専門書の多い教務棟にある第二図書室と、専門棟にある小さな第三図書室。
 第三図書室は図書室とは名ばかりで、ほぼ準備室か倉庫に近い。直ぐ隣にメインの図書室があるのでそれも無理のないことではあるが、恐らく殆どの生徒はここが図書室とは気付いていないだろう。余り読まれなくなった本や傷んだ本、購入したばかりで貸し出せる状態になっていない本などが所狭しと置いてある。人も余り来ない場所なので隠れるには都合が良い。
 実はかなりの読書家である政宗は、この第三図書室は気に入りの場所の一つになっている。人も来ないし静かだし、そうそう手に入らなそうな稀覯本が有ったりと、一人になりたい時や暇を潰すにはもってこいだ。埃っぽいが少し暗い室内は、うたた寝するのにも向いている。
 昨夜うっかり夜更かしして寝不足な政宗は、此処で寝る事にした。人が来ないと言っても、何時来るとも限らないのでなるべく誰も読まなそうなジャンルの置いてある場所を選び、床に直接座って本棚に背を預ける。
「…埃だらけだな……まぁ良いか。」
 呟いて目を閉じると忽ち睡魔が襲う。一応腕時計の目覚まし機能もセットしたので進路指導の時間には間に合うだろう。そんな事を考えつつ政宗は眠りに落ちた。
 目が覚めた時、時間には未だ余裕があった。別にサボっても構わないと思っていただけに、時間前に目が覚めたのが多少癪にさわり、無意識に胸ポケットからタバコを取り出して口に咥える。と。
「あ、校則違反。」
 驚いて声のした方に目をやると、見かけない女生徒が政宗と同じ様に本棚に背を預けて座って本を読んでいた。
 しまった、と思ったが相手がそれきり話しかけてこず本に没頭しているのに気付いて政宗の方から声を掛けた。
「チクるか?」
「いえ? まぁ図書室でタバコを吸うなんて暴挙に出るならそれも吝かでないと思いますが。咥えただけなら別に。」
 独特の言い回しに政宗の興味が湧いた。
「まぁ俺も此処で吸おうなんて思わねぇよ。アンタ何だ? 図書委員か?」
「いいえ。借りてた本を返そうと思って来ただけです。…丁度返却する棚に貴方が寄りかかって気持ち良さそうに寝ていたので、どうしようかと。まぁ起きたならどいてくださいますか。」
 言われるまま身体をどかすと、確かに政宗の背中の辺りに空間があった。かなり厚めの空間で何冊借りたのかと思ったら、どうやら辞書らしい。1冊その空間に丸々収まる。何の辞書かタイトルを見て政宗は思わず言った。
「梵語辞典……渋いな。」
「調べたい事があったんですよ。それじゃどうも、昼寝の邪魔して済みません。ごゆっくり。」
 そう言って立ち上がる。何か言われるかと思っていた政宗は拍子抜けして訊いて見た。
「アンタ俺に貸しを作るつもりか?」
「は? 貸し? いえ別に。何でですか?」
 逆に訊かれて政宗は言葉に詰まる。その間に相手は「それじゃ。」と言って立ち去ってしまった。
 貸しを作って、自分と懇意になろうと思っているんじゃないか、等と言ったらかなり自意識過剰と見られるだろう。だが今までのパターンからするとそう考えてもおかしくない状況だったので、多少身構えていたところへ特に何もリアクション無く立ち去られると逆に気になる。
 名前だけでも調べようと先程本棚に戻された辞書をもう一度出して図書カードを取り出す。だがどうも勝手に借りたのか、名前が記入されていない。最新の貸出日は5年も前になっている。舌打ちして急いで廊下に出たものの、とっくに姿は見えなくなっていた。


「後から考えると、あんな女この3年間どころか中等部の時でも見た事ないし、制服も真新しかったからもしかして新入生かと思ったんだが、それだったら昨日会うってのは……。」
「入学前から学校に来るってのは学校説明会くらいじゃ無いの?」
「でなければ新入生代表の挨拶の練習とか?」
 その線も考えないでは無かったが、だとしてもあの第三図書室に居た理由にはならない。あの場所は人が来ないからこそ政宗が入り浸っていたのであって、入学前の生徒が早々に来てしかも本を借りるなど先ず無い。
「でも良かったじゃない、旦那。チクられなくてさ。」
「アレは吸うつもり無かったんだ。単に習慣で手が伸びただけで。まさか進路指導の前に吸ってタバコの臭いさせる訳にはいかねぇだろ。」
「旦那といえば幸村そろそろ起こした方が良いぞ。」
 元親が背後で気持ち良さそうに寝ている幸村を指差す。佐助は言われて慌てて起こしに行った。
「しかしお前に興味を示さないなんて変わった女だなー。もしかして見てくれが物凄く悪かったとか。」
 元親が冗談交じりに言う。見てくれ云々はともかく、政宗に興味を示さないと言うのは確かに珍しい。こう言っては何だが、政宗はかなりもてる。告白される事も付き合った女の数も数知れず、親衛隊なるものまで結成されている。全ての女性徒がそうだとは言わないが、政宗に興味を抱いている人間は多い。それだけにほぼ関心を示さなかったのはかなり貴重だ。
「作戦かと思ったんだが、そういうのは結構判るじゃねぇか。本当にアイツは俺に関心が無かったみたいなんだ。」
 わざと興味を示さないふりをして此方の興味を引く作戦、というのも以前あったが、政宗が言う通りその手の事は割合ばれやすい。もし作戦なら余程の演技派だ。
「まあ可能性は三つだね。一、わざと無関心を装う作戦。二、緊張してて逆に素っ気無くなった。三、真面目一方のカタブツでそっち方面に興味が無い。どれだと思う?」
 佐助が指折り数えて可能性を挙げる。どれもピンと来ない。
「ああ、だが真面目ってのは有るかもな。真新しい制服って言ったろ? それにしたって今時膝丈のスカートだぜ?」
「有り得なーい!」
 元親と佐助の叫びに、半分寝惚けていた幸村が驚いた。
「な、何事でござるか!?」
「何でもないよ、旦那。」
 慌てて周囲を見回す幸村を誤魔化す。
「真面目そうな女生徒って言うとアレだな。三つ編、メガネ、白の三つ折靴下。スカートは勿論膝下5cm。どうだ?」
 ニヤニヤと笑いながら元親が政宗に言う。完全に面白がっている。
「あのな、別に見つけたからってどうこうする気は無ェんだから。ただちょっと気になったってだけだろ。…髪型は後ろに束ねて、メガネは無し。白のハイソックス、スカート丈は校則通り。以上。」
「探すんなら顔の特徴も教えてよー。」
「ちょっと会っただけでそんな詳細覚えてるか、バカ。」
 いい加減追求されるのが厭になり、政宗は話を打ちきった。
 入学式をサボった上HRまでとなるとまた色々嫌味の応酬があるだろうとの意見により、4人は教室に戻る事にした。
 屋上から階段へ続く扉を開けて政宗はふと上を見た。
 実は屋上が最上階ではない。まだ上がある。一部屋だけ階段の上に作られた部屋があるのだが、何の部屋かはさっぱり判らない。鍵がかかって入れない上、取り付けられた窓にもカーテンがかかっていて中が見えないようになっているからだ。とりあえず隙間から覗いた事もあったが、見える範囲はたかが知れていて何か器材のようなものが見えた、と一番身軽な佐助が言った事がある。まぁ多分必要の無くなった備品でも入っているのだろう、と言うのが4人の見解だった。
 相変わらず閉じられた扉を開けたくなる時もあるが、無理矢理こじ開けたくなるほどでもない。だがあと1年で卒業となると、一回は中に入ってみたいと言う気もある。
 政宗は肩を竦めると先に下に降りた3人を追って行った。


 政宗と幸村が教室に戻ると、まだHRは始まっていなかった。安心して席に戻ると、声が掛けられる。
「二人とも何処行ってたんだ? 女子が騒いで訊かれて大変だったんだぞ。」
「そりゃSorry。入学式なんてかったるいもん、出たって仕方ないだろう。どうせ元就の長説教につき合わされるのが判っているんだぜ?」
「ううう、やっぱり出た方がよかったであろうか。」
 二人の返事に声を掛けた方は苦笑してそのまま席に戻った。
 幸村は本来真面目なので行事に参加するのを善しとする方なのだが、今回サボったのは政宗や佐助に言われたからだ。実は昨年出席した時は、途中で式典の余りの長さとつまらなさにうっかり寝てしまい、椅子ごと倒れて大騒ぎになった。その事もあって、どうせ今回も式典を滅茶苦茶にするのなら、と説得されて屋上に連れて行かれた。その後は何時の間にか眠ってしまい、今に至ると言う訳だ。
 因みに二人は共にE組。別名男子クラスと言われている。婆娑羅高校は男子生徒の割合が多いため、どうしても1クラスは男子のみのクラスが出来てしまう。
 A組は大学進学クラスと呼ばれ成績優秀な者が集められている。B・Cは就職や専門学校、短大など一般的な進路を対象とし、D組は成績を問わず多少なりとも問題児と呼ばれる者が多い。
 成績だけなら政宗はA組にいておかしくないのだが、女生徒の人気の高さからかE組になっている。1年の時は単純に成績で振り分けられたのだが、その1年間同じクラスだった女生徒は政宗に夢中になったからか成績が軒並み下がった。幸村はと言えば、女生徒が苦手で男子クラスの方が良いと直談判し、結果、二人は同じクラスになった。
 佐助はC組、元親はD組だ。ついでながら、生徒会長の毛利元就はA組である。
 HRの間、政宗は再び物思いに耽った。
 何故ほんの僅かしか話していない相手をこんなに気にするのか判らないが、気になるものは仕方無い。何か胸にもやもやとしたものが残り、気分が悪い。
 室内が薄暗かった為、顔の印象は殆ど無いが背が高かったのは覚えている。そしてあの口調。我関せずと言った風の興味の無さそうな口調が逆に此方の興味を掻き立てた。恐らくどんな人物か判ったら興味も褪めるだろう。
 誰に訊けば手っ取り早いか考えて、1年下の従兄弟の伊達成実を思いつく。放課後に呼び出して訊こうと決めて漸く気分が良くなった。
 そしてふと気がついて片倉小十郎に連絡を入れる。放課後の予定の確認だ。
 政宗は昨年父親を亡くし、その際父親の事業を引き継いだ。引き継いだと言っても実際の業務は叔父達が行っており、政宗は将来本格的に引き継ぐ時の為に時折会社に行って業務の流れを教わっている。小十郎は父に命じられ幼い時から政宗の教育係となっている、政宗にとっては兄のような父親のような存在だ。
 春休み中会社の仕事をやっていたし、今日も本来なら半日で学校は終了する為、もしかすると予定を入れているかも知れない。そんな事を考えての連絡だったが、小十郎は小十郎で考えたらしい。
 学校が始まったのならどんな理由にせよそちらを優先させる事、と返事が返ってきた。
「政宗様は会社が気になったら出社なされば宜しい。高校生のうちでなければ体験できない事も沢山あります、そちらを存分になされよ。ですが勿論緊急の事であれば貴方様を呼び出すことも厭いません。
「厳しいねぇ……でもまぁ、Thanks。」
 会社を疎かにするな、と暗に言われているのに気付き苦笑しつつも礼を言う。会社の方は、また次がある。今の気がかりを何とかしない事には、仕事の事も頭に入らないだろう。取り敢えず成実を探そうと2年の教室に向かう。


 来たは良いものの何組か聞いていなかったので、その辺にいた女子生徒を捕まえて成実の組を尋ねる。
「えー、成実くんだったらぁ、D組ですよぅ。あたし、一緒の組じゃなくてスッゴク残念〜。」
Thank you。」
 短く礼を言ってD組に向かう。後ろの方で「政宗先輩とお話しちゃった。」とはしゃぐ声が聞こえ、何であんなバカみたいな話し方をするんだとうんざりする。
 媚を売るような態度や話し方は好きではない。3年の女子はその事を知っているので、そんな態度は取らないが流石に下級生には伝わっていないようだ。多少苛つきながらも目的の場所に到着する。
 D組に成実はいなかった。今度は男子生徒を捕まえて訊くと、どうやら日直で職員室へ行っているらしい。春だというのに秋波を送ってくる女生徒の群れから逃げたくなって、後で「いつもの場所」へ来るように伝言を頼んで逃げる。迂闊に「屋上」等と言って、余計なおまけまで来られたら堪らない。
 教室に戻って自分の荷物を持って屋上へ行くと、先客がいた。幸村たちだ。
「何だよ、またこのメンツかぁ?」
 何処にも行く所が無いのかと呆れて言うと、購買部で買ったらしいパンを食べつつ元親が答えた。
「いや、例の気になる女ってのがこっちも気になってな。もうちっと詳しく聞こうかと。」
「あと旦那が英語教えてくれって。」
「佐助、ソレくらい自分で言う。」
 成実が来たら更に賑やかになるな、と考えつつ政宗は腰を下ろしながら其々に答える。
「詳しい話は成実が知ってるかも知れねぇから呼び出した。で、何処が判らないって?」
 幸村の質問に答えつつ、成実が来るのを待っていると漸く階段の方から足音が聞こえて来た。だが何時もなら呼び出せば駆け上がって来る成実が、今回は歩いているようだ。珍しい事もあるものだと待っていると、話し声も聞こえる。誰かと一緒に来たようで、政宗は思わず顔を顰めた。
「アイツ……まさか余計なOption連れて来たんじゃ無いだろうな。」
 一人で来い、とは言わなかったがソレくらい判っていそうなものだと思いつつ身構えていると、どうやら屋上へ通じる扉の前で別れるようだ。挨拶が聞こえる。
「それじゃ、オレはこっちに用があるから。うん、ついでだからね。それじゃまた明日。」
 その言葉と同時に扉が開いて成実が顔を覗かせる。
「あ、政ニィ。何か用?」
「…まぁな。訊きたい事があったんだが……今、誰かと来たのか?」
 屋上まで一緒に来ておきながら手前で別れる理由が判らず、訊いてみる。すると意外な答えが返ってきた。
「ああ、なんかさ、この上の開かずの部屋に用があるんだって。何処か知らないから案内してくれって頼まれたんだよ。」
「開かずの部屋に?」
「また物好きだな。」
 思わず開かずの部屋を仰ぎ見ると、物音が聞こえてきて更に驚く。
「あの部屋、開けられたのか。」
「鍵があったんでござるな。」
 鍵など無いものと思っていたが、よく考えれば使わない部屋は鍵をかけて管理するのは当然だ。それについても成実が説明する。
「なんかさー、今日一緒に日直やってたんだけど、話のついでに開かずの部屋の事になって。興味があるから見てみたいっつって鬼島津に訊いたんだよ。鍵が有るのかって。そしたらどうも北条が持ってたみたい。」
「ジジィか!」
「鬼島津って、何だお前さん担任鬼島津か?」
 古文の北条、学年主任の島津、共に在籍が長いので開かずの部屋の事も知っていたようだ。
 そんな事よりも、と政宗が話を戻そうとした瞬間、上の方から窓を開ける音がした。音に気付き一同がまた見上げて開けた主を確認する。
「あ、 さん。どう?」
 成実が呼びかけると、嬉しそうな返事が返ってきた。
「伊達くん、オッケーですよ、ありがとう。掃除すれば何とかなりそう。」
 そう言うとまた窓が閉められる。確認作業が終わったようだ、と見て成実が政宗に向き直る。
「で? 訊きたい事って?」 
 訊いたものの政宗の様子がおかしい事に気付く。唖然とした顔で未だ窓を凝視している。
「政ニィ?」
「悪い……話は後だ!」
 言うなり政宗は駆け出して階段へと向かう。未だ間に合うかもしれない、と扉を開けて階段を確認すると、丁度開かずの部屋に鍵をかけている最中の人物を見つけた。
「おい、アンタ……!」
 呼びかけて振り向いたのは、探していた当の女生徒で。振り向いて直ぐに政宗に気付き、言った言葉は「あ、校則違反の人。」だった。


 相手が、自分の事を知らないと言う事に政宗は直ぐに気付いた。
 昨日の今日なので、流石に顔は覚えていた様だが校内でも有名人の政宗を知らないという事に驚き、何故か苛立った。
 呼びかけたものの、何を言って良いか思いつかず躊躇っていると後ろの扉から成実達が現われた。
「政ニィ、どうしたんだよ。…あ、 さん……?」
 二人の間の妙な空気を感じ取ったのか、成実が二人の顔を交互に見る。そして 、と呼ばれた女生徒は成実に話しかけようとしたのか、そちらに顔を向け、驚いた顔になった。
「あれ、何で居るんですか、チョカベさん?」
「え? あ、あれ? お前、もしかして か?」
 政宗の後ろからやはり驚いた声で元親が答える。自分を飛び越して元親と話す、と言うより知り合いらしい事に驚き、政宗が訊く。
「お前ら知り合いか?」
「いや、知り合いっつーか2年くらい前に世話になった家の……お前、女だったのか?」
 しみじみ の全身を見て元親が呟く。それを聞いて は溜息をつきつつ返事をする。
「道理で……生まれてこの方男になった事は無いですよ。まぁ2年前は髪も短かったから、男と思われても仕方ないかな、とは思いますけど。それより何でチョカベさんが高校に、制服着ているんですか。確か より2歳は年上の筈じゃ……。」
 言外にとっくに卒業している筈、と言う に元親が僅かに顔を赤らめて答える。
「うるせぇ。判るだろうが、留年したんだよ。1年間ほっつき歩いていたからな。」
「ああ、成る程ね。それじゃ仕方ないですね。」
 納得したのか頷く
 元親の留年の理由は、サーフィンだ。サーフィンにのめり込み、1年間休学して良い波を求めて放浪していた。どうやらその頃に と知り合ったようだ。
「そういうお前は何でわざわざこんな遠い学校に来てるんだ? …と言うか、お前去年居たか?」
「いえ、3月に編入して来たんです。兄の大学進学に伴って色々環境が変わる事になったので。」
「そうなのか。みんな元気か?」
「ええ、お陰様で。」
 二人の世間話が続く中、この頃になると流石に佐助や幸村にも が政宗の探していた『変わった女生徒』だと見当がつく。確かに今時珍しく規定通りのスカート丈に、白いソックス。三つ編では無いものの、髪の毛をきっちり一纏めにしているのは見るからに『真面目そう』だった。
 しかしそれよりも政宗の説明に無かった事の方が印象深い、と思う。
 背が高く、容貌も美人と言うより少年のようで、普段自分たちの肩より下に頭のある女子を見慣れているだけに、下を向いて話さなくても事が足りるという事に驚く。俄然興味が湧き、佐助は二人の会話に割って入った。
「ねーねー、そこで内輪の話してないでさ。どうせだったらコレも何かの縁だし。自己紹介でもしない?」
 そう言って佐助は屋上へと戻り、全員を手招きする。それもそうかと納得する幸村と成実に続き、渋る の背中を押して元親も後に続き、政宗が最後に扉を閉めた。


「なぁ、開かずの間に何の用だったんだ?」
 一通りの紹介が終わり、元親が尋ねる。
「放課後と昼休みの活動拠点が欲しくて。…お誂え向きの器材も揃ってたんで、同好会でも作ろうかな。作り方知ってますか、先輩方。」
  の呼びかけに政宗が渋い顔で答える。
「有志3人いれば同好会申請出来る。5人と顧問見つけりゃ部だな。受理されるかどうかは元就の胸一つだけどな。」
「もと……ああ、生徒会長サンか。ありがとうございます、伊達先輩。」
 礼を述べる に、政宗は「ソレだ。」と口を挟む。
「ソレ? どれ?」
「その『伊達先輩』ってのは止めろ。」
 キョロキョロと辺りを見回す にそう言うと、今度は が渋い顔をした。
「だって先輩じゃないですか。伊達サンと呼べと?」
「政宗で良い……あんまり姓を呼ばれた事無ェんだ、どうせ他の連中もそう呼んでるんだから、名前で良い。」
「だったらオレも名前が良いなー。『伊達くん』なんて呼ばれ慣れてないから、変な感じなんだよね。」
 成実もうんうんと頷きながら言うが、 は益々渋い顔になる。
「厭ですよ。伊達くんと伊達先輩で良いじゃないですかさ。同じ姓でもちゃんと区別ついて呼び分けされてるし。」
「もしかしてあんまりフレンドリーじゃ無い方?」
 佐助の問いかけに軽く頷き、それでも一応説明が必要だろうと思ったのだろう、 は厭そうに話し始めた。
「どちらかと言えば は人見知りのほうでして。元々そんなに初対面の人と友好的にって言うのは苦手なんですよ。それに昨日、伊達先輩に会った時は暗かったから気付かなかったんですけどね。明るい中で改めて見ると、先輩方そろいも揃って腹が立つほど顔が良いじゃないですか。人気もあるんでしょう? … 、人気者には極力近付きたくないんですよ。」
「何だ、その理由?」
 顔が良いと言われても、それで近付きたくないと言われて良い気はしない。しかもわざわざ「腹が立つほど」と前置きしている。
「はっきり言っちゃうと、取り巻きだのファンクラブだの親衛隊だのがあるような人に近付くと、碌な事が無い。と思ってるんで。」
 その言葉に全員の視線が政宗に集まる。
 確かに全員人気があるのでそれぞれに取り巻きはいる。男女問わず人気があるが、中でも政宗は女子の比率が高い。逆に元親は男子が多い。人数も学年問わず多いのは政宗だろう。それは彼の来るものは拒まず、去る者は追わずアフターフォローはバッチリ、と言う付き合い方に理由があるのだろう。
 眉を寄せて政宗は に噛みついた。
「酷い理由だな。じゃあアンタはそう言うのとは絶対付き合わないってか?」
「言い方が拙かったですか。人となりが判らない内に、そうそう親しくは出来ないって事です。」
「付き合ってみなきゃ人となりなんて判らねぇだろう。」
「だから極力、ですよ。顔見知りになって挨拶をして話をするようになって、お互いの事を友人と思うようだったら顔の良し悪しは関係ないですよ、勿論。」
 顔よりはやっぱり性格と相性でしょう、と が話を結ぶ。
 黙って話を聞いていた元親は、呆れた様に言った。
「お前……以前世話になってた時、全然話さないと思ったらそういう理由か。」
「ああ、あの時はすみません。手負いの獣みたいって良く言われるんで、少しは直したんですよ、これでも。」
 悪びれもせず は言い、これで話は終わりとばかりに立ち上がる。
「それじゃ はこれで。鍵を返さなきゃいけないんで失礼します。」
「アンタ、愛想が悪すぎるぞ。」
「それはこういう性分ですから。まぁ縁があったらまた話す機会もあるでしょう。そしたらヨロシク先輩方。ではね。」
 軽く手を振って別れの挨拶をする に、政宗以外は思わず同じ様に手を振り返す。政宗だけは憮然とした表情で が立ち去るのを見送っていた。
  が立ち去った後、政宗の不機嫌そうな空気に気がついて場を和ませようとしたのか佐助が言った。
「……面白い子だね、 さんだっけ? 成実くん仲良いの?」
 いきなり振られて慌てる成実だったが、一応この場の雰囲気をどうにかしたい一心で焦って答える。
「悪くは無いけど、あんまり喋った事無いんだよ。何せ さんも言ってたけど、彼女転入して来たのが3月でしかも終わりの頃だよ? その時偶然隣の席になって、それで2年になったらまた同じクラスになったからさー……。」
「D組って事は何か問題あるのか? 成績が悪いとか、素行が悪いとか……ってそれは無いか。」
 元親が2年前のことを思い出し、自分の発言を否定する。余り話さなかったとは言え、時々は話していてその時頭の回転は速かったと記憶している。素行については言わずもがなで、見るからに真面目そうな彼女をそう簡単に素行が悪いと決め付ける教師もいないだろう。とすると単純に生徒を割り振って偶々D組になった可能性もある。可も無く不可もなく、と言う生徒はA・E以外の組に成績順で振り分けられるからだ。
「コッチは気に入っても向こうは俺達の事お気に召さなかったようだね。」
 苦笑いして佐助が言うと、突然政宗が不敵な笑いをし始めた。
「面白れぇ……。この俺を一刀両断に斬り捨てたんだ、こうなったら何が何でも『知り合って』オトモダチになってやらぁ。」
「あ、俺も。成実く〜ん、協力してね。」
 佐助もすかさず手を上げて成実に頼む。協力と言っても何を、と成実は思ったが同じクラスのよしみでと言う事だろう。自分も とはもう少しくだけた話をしたいので頷く。元親と幸村もそれならと加わった。

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パラレルな学園物。4月は出会いの季節。