星をも焦がすかのような紅蓮の炎。 逃げまどう人々の声。 避難する人の波に押されて寺の境内にたどり着く。 両親とは、どこかではぐれてしまった。 途方に暮れて、立ちつくす。 その時彼に出逢った。 切れ長の優しい目、細面の白い顔。 寺小姓のようだ。 「どうしました」 問いかける声も暖かく優しい。 「おとっつぁん、おっかさんとはぐれてしまいましたの」 「そうですか。では、私も一緒に探してあげましょう。 私は吉三郎、娘さん、お名前は?」 「お七と申します」 帝国歌劇団、特別公演「心の炎」。 有名な八百屋お七を主人公とした芝居である。 主演は神崎すみれ、相手役はマリア・タチバナ。 すみれの演技にもマリアの演技にも迫真の力がこめられている。 今回は裏方に回ったレニは、 二人の演技をじっと見つめている。 頬が少し紅潮しているのが分かる。 「ねえ、レニぃ。すみれとマリア、すごいねぇ」 「・・・」 「レニ?」 アイリスが話しかけたのも気づかないほど、 レニは芝居の世界に入り込んでいる。 「(あはは、レニったらおしばいにむちゅうだね。)」 焼けてしまった家が建て直るまでの間、 お七親子は寺で暮らすことになった。 何かと面倒を見てくれる寺小姓の吉三郎。 ある日、お七はあやまって指に棘を刺してしまった。 優しく、しかし思い切りよく指に刺さった棘を抜いてやる吉三郎。 手と手が触れ合い、心が通う。 二人は恋に落ちた。 重ねる逢瀬。 流れゆく日々。 やがて二人は結ばれる。 だが、別れは近づいていた。 家が再建したのだ。 泣く泣く別れる二人。 レニの華奢な肩は震えていた。 涙こそ見せないが、目はやや赤く充血している。 それでも、舞台の方を一心に見つめている。 「吉三郎様に逢いたい」 朝、仏間にお供えをするとき、ふと香る線香の匂いに 吉三郎を思い出す。 昼、稽古事の琴をつま弾くとき、吉三郎の笛の音を思い出す。 夜、寝床の中で優しい吉三郎の抱擁を思い出す。 お七の吉三郎に対する思いは募るばかり。 ついにお七は心を決めた。 吉三郎様に逢いに行こう。 明け方こっそり家を抜け出し寺へ急ぐお七。 だが、不審に思った下男が家人に知らせ、 お七は連れ戻されてしまう。 座敷に閉じこめられ、 外出を一切禁じられるお七。 だが、そのことによって お七の恋情はますます燃え上がった。 夜半過ぎ。 外を風が轟々と吹いている。 暗闇にお七は燭台を持ち立っていた。 油を備蓄してある部屋まで歩いて行く。 そして、ろうそくの火を障子に燃え移らせた。 一気に燃え広がる火。 お七の家はたちまち業火に包まれた。 折からの強風に、たちまち火は燃え広がり、 江戸中が炎に包まれた。 「これでまた、吉三郎様に会える」 「もうすぐ会いに行くことを吉三郎様に知らせなくては」 お七は火の見櫓に登り、半鐘を打ち鳴らす。 「これで会える。吉三郎様に会える」 これを見た人々は、まるでお七の身体から 炎がふき上がっているようだったと後に語った。 レニは、やにわに振り返ると ものすごい勢いで舞台袖から出ていった。 「レニ。どうかしたのかなぁ」 アイリスは、止める間もなく出ていった友人を思った。 やがて舞台の幕がおり、役者達が楽屋に戻ってきた。 「おつかれさま、すみれ、マリア。すごくよかったよぉ」 「おーっほっほっほほ、当然ですわ。お七の燃えさかる恋心を舞台の上で 表現しつくせるのは、この神崎すみれをおいて他にはありませんわ」 「ふふ、ありがとう、アイリス。やっぱり舞台は良いわね」 「でもね、なんかレニが変なんだよ。さっきまですごくいっしょうけんめい 見てたのに、きゅうに走ってでていっちゃったんだよ」 「そう、じゃあ後で様子を見に行きましょうか」 「うん。ありがとうマリア」 その時、廊下を何者かが走り去る音がした。 「あ、レニ、どこ行くの!」 かえでの声が聞こえる。 「レニがどうかしたんですか、かえでさん」 「ええ、何だか思い詰めたみたいな眼をして 出て行っちゃったのよ」 「みんな、急いで追いましょう。アイリスも先刻からレニの様子が おかしいと言ってることだし、何かあってからでは遅いわ」 花組の面々は、それぞれに急いでレニを追う。 道を行く人に、尋ねながらレニを追っていく。 どうやら港の方へ行ったようだ。 (次へ) |