Boorin's All Works On Sacra-BBS

「豪快一郎が旅す」(その1)



 帝都の空は黒々と妖怪達に埋め尽くされている。
 防衛隊の奮戦もむなしく、帝都は妖怪の手に落ちつつあった。
 旧大帝国劇場跡に建設された皇帝府も、往事の壮麗さの見る影もなく破壊されつつある。
 その深奥、玉座には苦悩に沈む男の姿があった。

「我が理想もここで潰えるか」




「おう、おめえらに休暇をやるよ。のんびり羽でも伸ばしてきな」

 凶弾に傷つけられた体もようやく癒えた米田が発した言葉である。
 米田不在の間、厳しい状況を跳ね返し帝劇を守り通した花組へのご褒美であろう。
 最初は遠慮を見せた一同も、重ねて推す米田の言葉にやがてわいわいと大騒ぎしながら準備を始めた。
 行く先が熱海と決まると花組の面々は熱海に着いてからのプランについてかしましく話し合っている。
 バスの借り出し、宿の予約、部屋割りといった雑用はいつものように全て大神に任された。

「はぁ、疲れた。慰安旅行っていったって結局俺が疲れるのは一緒なんだなぁ。
 旅館もまだ取れてないし。はぁ。…ため息ばかりついていても仕方がない。
 さっさと風呂入って寝よう」

 ため息混じりに浴室の扉を音もなく開く。

ぼごんっ

 その時花組の仕掛けた害虫防止用の金ダライが大神の頭を直撃した。

♪ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃちゃちゃら。

「ちぇいんじ!すいっちおん!わん、つー、すりー!」

 大神一郎は頭に金ダライを喰らうと豪快一郎にちぇいんじする。

「はっはっはっ、何も悩むことなんかない。宿なんかどうにでもなる!
よし今すぐ出発だ!そうと決まればみんなをたたき起こすぞ!」


 豪快一郎はそう言うと10段抜かしで階段を駆け上がった。

「みんな起きろ!出発するぞ!」
「隊長、出発は明日の朝だったのでは?」
「はっはっはっ、心配するなマリア、善は急げというじゃないか。何とかなる!」
「………慣用句の使い方がいまいち納得できないんですが」
「はっはっはっ、小さい、小さいぞマリア!そんなことだから便秘なんだ!」
「た、隊長、そんなこと今言わなくても…。それに女の子には準備というものが」
「だあぁぁっ!男なら四の五の言わず出発だ!」
「だから男じゃないんですけど」
「そんな細かいことはどうだっていいっ!そんな暇があったら今やるすぐやるインバータスクロール!」

 そう言うと豪快一郎は、寝入りばなを起こされてむずかる花組の面々をバスに押し込めると熱海に向かって出発した。
 夜の闇の底を豪快一郎と花組を乗せたバスは行く。
 どのくらい走った頃だろうか、バスの中で身繕いを整えていたさくらが運転席の大神に声をかける。

「あら、大変。大神さん、サキさんが乗ってませんけど」
「ん?そうか」
「そうかって…いいんですか?サキさんも温泉を楽しみにしてたのに」
「はっはっはっ大丈夫だ。サキ君ならきっと自力で熱海まで来れる」
「…そんな問題じゃないと思うんですけど」
「はっはっはっ忘れたものは仕方ない。だが何とかなる!」
「引き返した方がいいんじゃないんですか?」
「はっはっはっ俺は道を知らないからもう戻れない!」
「え?!道を知らなくてどうやって熱海まで行くつもりだったんですか?」
「ん、適当に西の方へ走ってたら着く。きっと着く着く、つくつく法師だっ」
「そ、そんないい加減な」
「もういいじゃないか、さくら。こうなっちまった隊長にはもう何を言っても無駄だよ」
「そうそう、そんなことよりトランプでもしようよぉ」
「それもそうね」
「よっしゃ、ほな大富豪でもやろか」

 意外にいい加減な花組の面々であった。

 バスは更に西に進み、花組の面々もようやく大富豪にも飽きてきた頃、ふと外を見たさくらの目に異様な光景が飛び込んできた。
 なんとこの深夜に子供が数人道路の片隅に固まっているのだ。
 しかもよく見るとどうやら亀をいじめているようである。

「大神さん、停めて下さい」

 さくらは停止したバスから飛び降りると子供の方に向かって走り出した。
 後から花組の面々が追う。
 それはスキンヘッドに眉剃りの、年の頃なら12才くらいの子供達だった。
 半ズボンの少年達は「挫苦」、「愚夫」と白く染め抜いたランドセルを、スカートの少女は「努無」と染め抜いたランドセルを背負っている。

「あなた達何をしているの!」
「なんじゃい姉ちゃん、随分生意気な口を利くじゃねえか」
「そんな大勢で一匹の亀を苛めて恥ずかしくないの?」
「うるせぇっ!俺達の勝手だろう?それとも何かい?あんたが代わりになるってのかい?」

 年端も行かない少年がそんな汚い言葉を使ったことにさくらは目眩を覚えてよろめいた。
 それを見た少年達はニヤリと笑うとさくらを囲もうとする。

「はっはっはっ、小さい、小さいぞお前達。そんなことだから背が伸びんのだ」
「!?おっさん、何言ってんだ?俺たちゃ子供だから小さいんだよ」
「はっはっはっ、子供でも大人でもそんな細かいことはどうだっていい。それより亀なんか虐めてる暇があったら俺と遊ぼう!」

 豪快一郎の身体から豪気が吹き出す。
 それは魔繰機兵をも一撃で葬り去るほどの力だった。

「あ、あほだ、あほだっ。アホほど怖い者はないってオヤジが言ってたぜ!逃げろぉ〜っ」

 物理的な圧力さえ感じさせる圧倒的な豪気の前に恐怖した悪ガキ共は飛ぶように逃げていった。

「隊長、子供相手にちょっと脅かし過ぎじゃないか?」
「はっはっはっ、豪快は子供と遊ぶときにも全力を尽くす!手加減はなしだっ」
「………(普通手加減しないと死んじゃうんだけど………^^;)」
「あ、あのぉ、ありがとうございました」
「お?この亀口が利けるのか」
「はい。私は竜宮城に勤める亀太郎と申す者です。助けていただいたお礼に竜宮城までご案内いたしましょう」
「いやあ、あたい達はこれから熱海へ行く予定なんだよ」
「おお、それなら丁度いいです。竜宮城は熱海の近くにあるんですよ」
「でもなぁ」
「はっはっはっ、いいじゃないか。細かいことは気にしない気にしない。予定変更だ。竜宮城へ行くぞ」

 豪快一郎はそう言うとさっさと亀にまたがる。

「では皆さんも私の背中にお乗り下さい」

 一同はみるみる大きくなった亀太郎の背中に乗り込み、一路竜宮城を目指した。

「♪悪ガキのぉ魔の手からぁ、たぁすけたかぁめぇにぃ〜、
 竜ぅぅ宮じょぉおへ招待されたのぉだぁ〜。
 もっぐっれぇ〜こぉそくのぉ〜ていこぉく亀騎だぁん〜、
 うなぁれぇしょおげきのぉ、ていこぉく亀騎団〜」


 楽しく鼻歌を口ずさむうちに亀は海中深く沈み行く。
 水の青が黒ずみ全ての光が消えた頃、前方にぼんやりとした灯りが二列縦隊でずっと下方に向けて次々と点灯してゆく。
 灯りの近くまで亀が進むとそれは「おいでませ、竜宮城へ」という文字を書き込んだ提灯を持つアンコウだった。
 そして水底にはぼんやりと蒼く輝く竜宮城が見えて来る。

「あら、なかなか幻想的な歓迎ですわね」
「ふぁんたすてぃっくで〜す」

 門を入り竜宮城主乙姫との謁見の間に通された一同はその部屋の壮麗さにしばし息を呑んだ。
 どういう素材なのか四方の柱や壁は蒼く透明な輝きを放っている。
 その輝きが一層増したと見ると紗をまとった貴人が現れた。

「おいでやす、竜宮城へ。うちの亀太郎を助けてもうたそうで。ほんにありがたいことです。どうか何日でも好きなだけ滞在して楽しんでおくれやす」

 乙姫はそう言うとあっさりと引っ込んだ。

「なんか拍子抜けやなぁ」
「まあいいじゃねえか。料理も出てきたことだしよ」
「全く、いつもあなたは食べることだけなんですのね」
「あんだと?このイヤミ女が!」
「はっはっはっ、カンナもすみれくんもこの刺身食えば?塩味が効いてて旨いぞ」
「海の中だから塩味が効いているのは当たり前」
「はっはっはっ、それもそうだなレニ」

 花組の面々は豪華な料理を楽しみ、寝床で誰に止められるわけでもなく思う存分海月の枕投げを楽しんだ。
 そして瞬く間に時は過ぎ楽しい休暇は終わった。

「はっはっはっ、じゃ乙姫さんに挨拶してぼちぼち帰るとするか」
「ではご案内いたします」

 謁見の間には既に乙姫が待っていた。
 その手に何やら箱のような物が見える。

「皆様、もうお帰りとか。いつまで居ていただいてもよろしいのですが」
「はっはっはっ、楽しい時を過ごさせてもらいましたわっ。でも楽しい時と言うのはたまにあるから楽しいんですわ。だからそろそろ帰らせてもらいます。招待ありがとうございましたっ!」
「そうですか、では記念にお土産をお持ちやす。これは玉手箱というもんです。ただ一つ注意していただきたいんですが、これは絶対に開けないでおくれやす」
「はっはっはっ、そんな役にたたん土産ならいらんですわ!貰ってもかさばるだけですわっ!」
「あ、いや、それは困るんですけど。どうしても持ち帰ってくれはらんと時空のねじれが修正でけへんのですわ」
「はっはっはっ、そこまで仰るんならありがたくもらって帰りますわ。それじゃ!」

 そう言ってあっさりと玉手箱を受け取った豪快一郎と花組の面々は大帝国劇場への帰途についた。






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