ぴちょん。 薄暗い部屋の中で一つの影が黙々と手を動かしている。 ぴちゃ。 ぺたっ。 びちゃ。 「駄目だ、これも合わない。………待っておいで。じきにぴったりのを探してきてやるからね」 影はそう呟くと、ゆらりと立ち上がった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 災厄の時が去り一時の平和を取り戻した帝都に、新たなる陰鬱な影が射し人々の間に不安げなざわめきをもたらしていた。 その源はここ数日立て続けに起こっている少年少女の行方不明事件である。 年端も行かない子供たちがある日突然姿を消すのだ。 階層にも住まいにも全く共通点がなく警察も半ばお手上げの状態だった。 そんな折り、ついに子供がさらわれるのを目撃したものが現れた。 それは酔っぱらいの男で、家の屋根から何か影のようなものが子供を抱えて消えていくのを見たというのだ。その動きは到底人間業ではなかったという。 事ここにいたって、ついに帝国華撃団に調査が委ねられた。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 人気のないサロンに珍しく疲れた顔で腰を下ろす加山の姿を見かけた大神は向かいの席に腰を下ろすと黙ってタバコを差し出した。 「すまんな」 そう言うと加山は気だるげにタバコを取り火を付けると目を閉じた。 薄い煙が立ち上り、その向こうに加山の表情は茫洋とかすんだ。 「調査がはかばかしくないのか」 「ん?………いや、進展はあった。被害者の子供たちに共通点があった」 「どんな?」 「顔だよ。行方不明になった子供たちは皆、面差しが似ているんだ。被害者の家を霊視した夢組が発見したのさ」 「顔が似ている、………ということは犯人は誰かを捜しているということになるな」 「俺もまさしくそう考えた」 夢組の報告を受けた加山は、地図上に事件の起きた地点を書き込み、捜索範囲を絞った。その範囲内の同年代の被害者たちと似たような面差しの子供がいる家に月組隊員を張り付けたのだ。 「鬼」が現れたのは張り込みを始めてから3日目だった。 家々の屋根づたいに走ってきた影が、その家の屋根に取り付くとずぶずぶとめり込むように姿を消した。担当の月組隊員・下弦は影伝えの術により、近くの仲間に応援を求めると、やがて子供を抱えて姿を現した鬼を尾け始めた。だが鬼もさるもの、尾行に気づくと気絶した子供を丁寧に地に下ろし下弦に襲いかかったのだ。 月組隊員は隠密捜査員である。必要最小限の戦闘訓練は受けているが、花組のように霊力を以て魔を退治する力はない。ただ鬼の攻撃を必死にかわすのが精一杯だった。そこに下弦の体から分かれた影が同じく月組隊員・上弦を導き子供を救出しようとした刹那、鬼の動きが加速した。 鬼は一瞬で子供の元まで戻ると上弦を攻撃する。子供に気を取られていた上弦は、為すすべもなく一撃で倒されてしまった。鬼は子供を抱きかかえると跳躍し、下弦の前から姿を消した。まさに異常な執念である。下弦はすぐさま後を追った。 「それが昨夜のことだ。そして今朝、鬼を追っていった下弦の遺体が見つかった。………俺たちは子供を守れなかった」 「………加山」 「鬼の消えた家は下弦が最後の力を振り絞って「血粧示(けしょうし)」の術で教えてくれた。十中八九その家の住人が鬼だ。………結局、最後はいつもお前と花組に頼ってしまう」 「それが俺たちの仕事でありお前たちの仕事だ」 大神の言葉に加山の顔が上がる。 加山の中で何かが吹っ切れたようだった。 自分に出来ないことは仕方がない、その代わり出来ることだけは精一杯やるだけだと。 「ふ、確かにそれはそうだ。………その家のことを調べてみた。人形師の男が独りで暮らしているそうだ。………先の災厄で一人息子を亡くしているらしい」 「分かった」 「………後は頼んだぞ。とうっ!」 加山はそう言って立ち上がると窓に消えた。 「………加山、こんな時でもお前は窓から出て行くんだな」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 花組の隊員は、鬼の家と月組が調べ上げた標的候補の何軒かの家に別れて張り込みを始めた。 鬼の家には大神自身が詰めている。 張り込みを始めてから2日目の夜、ついに鬼は動き出した。 その家から鬼気が立ち上り、あたりの気温がぐっと下がった。 「これほどとは………」 大神は正直言って驚いていた。 先の災厄で悪魔王サタンを倒した自分たちにしてみれば、ただ一体の鬼など何ほどのものかという侮りがあった。 だがこの鬼気の強さは生半可ではない。 決して侮って勝てる相手ではなかった。霊子甲冑に乗っていても一人では勝てるかどうか分からないくらいの力を感じるのだ。 大神は気を引き締めると抜刀して鬼の前に立った。 「お前を行かせるわけにはいかない」 剣を構える大神の前に一瞬動きを止めた鬼の脚の筋肉がぐぐっと盛り上がったと見ると、一瞬後には大神の目の前まで歩を詰め、鋭い爪の横凪の一撃を送る。 速い! 辛くも身を沈めその攻撃をかわした大神は下から逆袈裟に切り上げる。 鬼は大きく後ろへ下がってかわすと再び間合いを詰め、今度は低い姿勢で大神の脚を取りに来た。 咄嗟に剣を地に突き立てる。 このまま鬼が突進してくれば真っ二つに出来るはずだった。 しかし鬼は沈めた身を跳躍に変え、大神を飛び越していった。 鬼にとっての大事は子供をさらうこと。大神など眼中になかったのだ。 「ちっ、しまった!知性も上級降魔以上だとは」 大神はキネマトロンで加山に鬼の家の捜索を依頼すると鬼の後を追った。 ご感想は |