「それ」は新たなる一年の最初の太陽と共に現れた。 丸い頭に三角錐の体。両腕はだらりと下げられて側方にある。そして背中には鵞鳥のような白い翼が生えていた。そして何よりも特徴的なのはその全身が透明で日の光が体の中で複雑に屈折しきらきらと虹色に輝いていることであり、見ようによっては天使のようでもあることであった。その大きさは神武、天武などの大型霊子甲冑とほぼ同じくらいであろうか。 「それ」はふわふわと東京湾上空に浮かび、ある種夢幻的でのどかな光景の一部をなしている。 だが、東京湾に浮かぶ豪華客船の甲板上で人の営みが始まる頃、「それ」から突然まばゆい白光が放たれ、甲板の人間を焼き払った。人々は驚愕し、逃げまどう。その光景を見た「それ」はふるふると身震いすると、それらの人々に向かって再び白光を放った。 「それ」は湾内の船を全て焼き払うと、ふるふると帝都上空に進入し、今度は街を焼き払い始める。事ここにいたって帝国華撃団に出撃命令が出た。 帝都に警報が鳴り響き翔鯨丸が飛び立つ。 警報に夢を破られ、起き出してきた都民が上空を行く翔鯨丸を不安そうに見上げた。 帝都上空20メートルに浮かぶ「それ」に火線が集中する。 やがて弾幕が途切れ視界がクリアになると「それ」は砲弾に身を弾かれ 位置を変えてはいたが、一切ダメージは受けていないようだ。 それを見た瞬間に翔鯨丸は回避運動に入る。 と同時に「それ」がキラリと光り、破壊の雷が翔鯨丸を襲う。 間一髪で光束をよけた翔鯨丸は一気に加速し「それ」の上方位置を占めた。 再び「それ」に向けて弾薬がなくなるまで斉射、花組の天武が側方へと射出されると同時に安全空域まで離脱した。翔鯨丸の運動性能ではいつか白光を喰らうことは明白だからである。 砲弾に押されて地上近くまで降りてきた「それ」に花組が次々と攻撃を仕掛ける。 「朝っぱらからぁ!まだ雑煮も食ってねえんだぞっ!ちぇすとぉ!」 「全く正月早々食べ物の話だなんて。この一年が思いやられますわ、このうどの大木さんは」 「あんだとこの!てめえの方こそ正月早々イヤミかよ!」 「二人ともいい加減にしなさい!」 「あーあ、相変わらずやなぁ、このお二人は」 「朝っぱら非常識でーす!私の寝起きの悪さを思い知らせてやりまーす!」 「でもこれはいったい何なんでしょう?」 「悪いものには見えないよぉ」 「…確かに邪気は感じない」 「…正体が何であれ帝都の人々を襲ったことには変わりがない。みんな、撃退するぞ」 「「「「「「「「了解!」」」」」」」」 口々に通信を交わしながらも花組の面々は「それ」に対して全力の攻撃をしかけていた。 しかし「それ」はふにふにくにゃくにゃとした手応えで全くダメージを負っていないように見える。 「それ」が頭部から光線を発する。 大神は半歩右に斜行し、光線をよけると同時に再び左前方に歩を進め「それ」との間合いを詰め必殺技を放つ。 「狼虎滅却・三刃成虎!」 「うめえ!」 思わずカンナがそう叫ぶほど巧みな動きだった。 誰もかわしもできず、受けもできない動きだった。 ましてや動き自体は俊敏さとはほど遠い「それ」にとっては。 大神の必殺技が炸裂すると「それ」の体の表面を霊力が電流のように流れる。 「それ」の内部が呼応して色とりどりの火花を上げる。 いっそ万華鏡のような美しい光景であった。 だが、「それ」の体には一筋の傷も付いてはいなかった。 「みんな一斉攻撃よ!トローイツァ!」 「破邪剣征・百花斉放!」 「神崎風塵流・飛竜の舞!」 「鷺牌五段!」 「球電ロボ!」 「イル・フラウト・マジーコ!」 「ディ・ワルキューレ!」 花組の必殺技が降る。 だが、「それ」は春の雨に袖を濡らして震える乙女のごとく身体を震わせるだけであった。 全く効いていない。 「それ」の頭が再び光を放ち始める。 「あぶない!避けるんだレニ!」 「…だめだ、回避不可能」 大神の叫びも虚しくレニの機体は咄嗟に動くことが出来ない。 必殺技直後の硬直が解けきっていないのだ。 その時轟音と共に一筋の雷光が「それ」を襲う。 「鬼神轟天殺!」 「それ」は頭をくるりと動かし周りを見渡した。 そこに立ったのは黄金色の魔繰機兵であった。 「へっへっへっ、ザマあねえなぁ、帝国華撃団!大神一郎!」 「金剛!貴様生きていたのか」 「この俺様がお前ら程度にやられるかよ!」 「………何故俺達を助けた?」 「へっ、勘違いすんなよ。帝都は俺達がぶっ潰すんだよ。あんな訳のわからねえモンに壊されてたまるか」 「それが京極様のお望みなのさ」 「!土蜘蛛っ!」 「心配しなくてもあれを狩った後にお前達も狩ってやるよ」 そう言いかわしながらも機体は位置を目まぐるしく変える。そうせねば「それ」が攻撃してくるのだ。 「隊長、信用できるのでしょうか?」 「全面的には信用できないだろう。だが今は手が多いのに越したことはない。彼らの戦闘力は単体としてみれば俺達の誰よりも大きい。これを使わない手はないだろう」 「分かりました。隊長の判断を信じます」 「それ」は既に誰かを狙うことをあきらめたようだ。白光をあたり構わず吐き始めた。 その光に触れた帝都の町並みは抗すべくもなく焼かれ、夢の内に人々は焼かれた。 「いけない!このままでは帝都の受ける被害が大きすぎる。俺が囮になって奴の光線を受けるから、その間にみんなは攻撃を仕掛けてくれ。どうやら物理攻撃で奴の位置を変えることは出来そうだ。少しずつ市街地から押し出すぞ」 「「「「「「「「了解!」」」」」」」」 「九印曼陀羅!」 動きを停めた大神に向かって「それ」が照準を合わせた刹那、土蜘蛛の必殺技が炸裂する。 しかし「それ」には傷一つつかない。 「はん、効いてないようだね」 「どきな土蜘蛛!俺がぶった斬ってやる!」 金剛の剛剣が「それ」を横凪に撃つ。 空中に浮遊する「それ」は物理的な力に対する抵抗がほとんどないようだ。その衝撃にふらふらと位置を変える。 その正面にはさくらの機体があった。 「それ」から白い光がさくら目がけて放たれる。 すかさず大神がさくらをかばいに入った。 しかし信じられぬ事に「それ」の白光は無敵を誇る大神の絶対防御を打ち破りその機体を大破させたのだ。その後ろにいたさくら機も無傷ではない。 「!なんてこと!アイリス急いで回復を!」 「はい!イリス・ポワット・ド・スクール!」 アイリスの必殺技が二人の機体をみるみる回復させる。 大神一郎の「絶対防御」は一切の雑念が払われた時にのみ働く無極性の力の壁である。 極性を全く持たない霊力。したがってその壁は一切の相互作用を排することの出来る無敵の力である筈だった。この技を意識的に何度も使えるのは帝都に大神一郎と金剛あるのみである。それほど極度の精神集中を要求される超絶技が今破られた。 そもそもこれは何者なのか。 この時初めて大神一郎の心に驚愕と焦りが生まれた。 「なんてことだ、俺の絶対防御が破られるなんて」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「ほう、大神の絶対防御を破ったか。ふん、なるほど読めたぞ奴の正体が。 ………。 となると奴を倒すためにはあれがいるな」 「………」 「急ぎ八鬼門封魔陣の封印を解くぞ真宮寺」 「………何故?」 「ふふふお前ほどのものが今更何を言う?気づいているのだろう? 奴を倒すにはこの京極と鬼王ではない貴様の力とあれが必要だと。 だから貴様の心を解放したのだ」 「私が言っているのは何故お前が命をかけるのかということだ」 「…ふん、私の理想のためだ。人と魔の共存する世界のな。 あのような人でも魔でもないものに私の帝都を蹂躙させるわけにはいかん」 「ふむ。お前は信用できない男だが、帝都を我がものにしようとするその一点だけは信用できる。 ………いいだろう、今は協力しよう」 そう答える鬼王の顔からはすでに鬼面は剥がれ落ちていた。 (次へ) ご感想は |