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「その名の下に」〜荒鷹〜その2
仙台。
古来よりまつろわぬ者達の住処とされ幾たびと大和政権の侵略を受けた土地。
それゆえ彼の地において大和に対する不信と怨念は凝り固り石となった。
二剣二刀。
古来より伝わる封魔の刀剣。それを用い魔を封ずる定めを負った一族があり、彼らは朱雀、玄武、青竜、白虎の四つに分家しているため四神家と呼ばれた。
このうち陸奥にある怨念石を封印するために彼の地に移り住み真宮寺を名乗ったのが四神家の一、北方の守護神玄武を祀る家であった。
同じように薩摩に下ったのが後に「隼人」と呼ばれる朱雀家。京にあって主上を守護奉るのが藤堂と名乗った青竜家。山城と摂津の界、山崎にあって古の都より押し寄せる怨念の防人となった白虎家は土地の名をとって山崎と名乗った。やがて山崎家が闇の歴史からも姿を消し、残る三家がやがて裏御三家と呼ばれることになるのはずっと時代が下った頃のことである。
裏御三家と呼ばれた家々も度重なる魔物共との戦いに弊れ、今となっては仙台の真宮寺だけがその命脈を保っていた。彼の者達の伝えし二剣二刀のうち、所在が判明しているのは二振りのみ。うち神刀滅却は自らの手にある。もう一振りの霊剣荒鷹を所持しているのが裏御三家直系最後の生き残り真宮寺家の当主、一馬であった。
この五年間、一基はみずきとの約束を自分だけの力で果たそうと残る二振りを発見すべく手を尽くしてきた。しかし今まで世に隠れてきたものがそうそう簡単に見つかるはずもない。例え真宮寺に協力を要請したところでそれは同じであったろう。残る二振りはひっそりと世に出る時が来るのを待っているのだ。
だが再び帝都に魔の跳梁する予兆があった今、その時が来たと言えるのではないか。
一基は直感的にそう考えた。
一基本来の目的は二剣二刀全てを揃え来るべき魔に備えること。であるならば自分だけで探すことに固執せず真宮寺に協力を求めるのが筋であった。
そんなわけで一基は長駆して仙台にいたり真宮寺の門を叩いた。
一基の訪いに応えたのは一見平凡な老使用人であった。彼は一旦引っ込むとやがて門を開いた。
「お目にかかると申しております」
そう言って老人は案内にたつ。
老人の後を歩きながら一基はひしひしとその家の実力を感じていた。
使用人の動作にさえ微塵の隙も淀みもない。
この老人も剣を握れば相当の実力者であるはずだ。
ならば当主たる真宮寺一馬の力量はいかばかりなるか計り知れない。
一方、真宮寺家の家宰、岩井権太郎も内心で感嘆している。
真宮寺家の家宰ともなれば霊力を感じることも剣の腕を見抜くことも常人以上である。一基からは霊力は感じられないものの燃えさかる夏の太陽のような生命力を感じるのだ。
しかもその剣の腕前を読み切れない。つまるところ強いのか弱いのか分からないのだ。
それ程の人物が滅却を手に現れたと言うことは真宮寺の家に大きな運命のうねりが押し寄せたということだろうかと権太郎は漠然とした不安に襲われた。
その時である。
「たあーっ」
明るくあどけない声が権太郎の不安を吹き飛ばすかのように響きわたった。
声のした方を振り向くと桜色した道着姿の幼女が一心不乱に剣を振っている。
傍らにはこれまた道着姿に長髪を後ろで束ねた男が立っていた。
厳しさと愛情をたたえたその佇まいに一基はこれが真宮寺家当主、一馬であることを直感した。
「一馬様、米田中将閣下をお連れしました」
果たして男はその声に振り向くと一基に向かって一礼した。
一基も礼を返す。
「このような格好で失礼いたします。娘に稽古をつけていたものですから」
「いえ、お気になさらず。突然伺ったのはこちらの方ですから」
「ではお言葉に甘えまして。…さくら、お客様にご挨拶なさい」
「こんにちは、おじさま」
「こんにちは、さくらちゃん」
「私はお客様とお話があるからあとは一人で続けなさい」
「…はい、お父様」
幼女は父親との稽古を邪魔されて明らかに残念顔であったが、それでもちゃんと返事を返した。きちんとした躾がされている証拠である。そんなところにもこの真宮寺一馬という男の人柄が表れているようであった。
「後は私がご案内するからお前はお茶の用意を頼む」
「かしこまりました」
「娘さんはかわいい盛りですね」
「なんの、これからもっと可愛くなります。あ、いや失礼。初対面の方にこのようなことを」
「いえ良いんですよ。私には子がいないのでまぶしく思えましてね」
この幼女がみずきの消えた夜に生まれたことも、後に帝国華撃団の一員として共に戦うことになることも、まだこのときの一基は知る由もなかった。
真宮寺家の客間に一基と一馬は相対する。
「米田中将閣下のご高名はかねがね伝え聞いております。一度お会いしたいと思っておりましたのでわざわざこのような草深いあばら屋にお運びいただき大変恐縮しながらも嬉しく思っております」
「あ、いやこちらこそ裏御三家最強の真宮寺家の噂は聞かせていただいておりました。本来ならもっと早くお訪ねせねばならぬところだったのですが」
挨拶を交わしながら話の糸口を探す一基に一馬が助け船を出す。
「ところで当家にはどのようなご用向きで?」
「実はお願いしたいことがあって参上しました」
一馬は黙して少し首を傾げる。
「昨夜、この滅却が鍔鳴りしました。真宮寺さんならその意味がお分かりと思いますが、近々帝都に魔が跳梁する気配があります」
「確かに帝都方面に災いの星を感じましたが」
「やはり。聞けば二剣二刀の儀は魔の力を無効化する力があるとのこと。その力が必要だという予感があるのです」
「二剣二刀の儀は強力な呪法です。ですが、今そのうちの二振りは失われているのです」
「ですからご協力をお願いしたいのです。私と共に残る二振りを探していただけないでしょうか?そして帝都を災厄から守っていただけないでしょうか?」
「…分かりました。そういうことなら協力させていただきましょう。ただ一つ確認したいことがあります」
「なんなりと」
「閣下の腕を試させていただきたいのです。二剣二刀は本来四神家に伝わるもの。それを使いこなすには資格がいるのです。閣下にそれがあるか確かめさせていただきたいのです。そうでなければ神刀滅却はかえって閣下を害すことになるでしょう」
「…分かりました。当然のことです」
「では」
一馬は荒鷹を手に道場に向かった。
一基も滅却を手に続く。
「死合いましょう。そのくらいの覚悟でないと計れないないのです」
「分かりました」
ぞくぞくと背中の毛が逆立つ。
こんな感じは久しぶりだ。
そう「隼人」と立ち会った時と同じ感じがする。
ただ今回の場合は命がかかっている。
その事実の前に一基の中の剣士としての本能が再び目覚め始めた。
───面白ぇ、やってやろうじゃねぇか!
(次へ)
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