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「その名の下に」〜風雪の涯〜その4
「「「右近!」」」
残された三人には感傷に浸る間も与えられない。
前軍壊滅と見るや、すかさず押し出した敵中軍の将、氷雪のイワンの軍団が幻斎の白虎隊に襲いかかろうとしていたのだ。
幻斎危うしと見た一基の指揮で玄武隊の砲撃がイワンの軍団を砕く。一基の力は霊力ではない。生命力そのものである。その力が玄武隊兵士の霊力を載せて砲弾に宿っている。
一基の生命力のその圧倒的なエネルギーに玄武隊兵士達が霊力の色を帯びさせることにより妖魔を倒す力となり得ているのである。すなわち一基と玄武隊は霊的戦闘においては相互に不可分の関係にあった。
玄武隊の砲撃による牽制によって米田旅団は素早く後退、距離を取って体勢を立て直す。
その様を見たラスプーシンは立ち上がった。
「素晴らしい。まさに命の力の結晶。あれを取り込めば私は完全なる不死の力を得よう」
ラスプーシンの手の一振りに、直轄軍がその行軍を開始した。
「白虎隊突撃じゃ!」
さらに迫り来る死鬼の群を迎え撃ち、幻斎の白虎隊が敵を疾風のように切り裂く。
円を描くようにくるくると敵中に突撃しては離脱を繰り返していた。
幻斎の手には鏡と右近に託された珠がある。
その力によって騎兵の剣は死鬼を滅ぼすことができるのである。
この白虎隊の活躍により朱雀隊、玄武隊はさらに後退の距離を稼ぐことができた。
「逃さぬ。この氷雪のイワン、セルゲイを破ったほどの相手を侮りはせん。我が力の全てで葬ってくれる」
敵将イワンは両手を組み祈りの文句を唱える。
風がその勢いを増し、雪は猛吹雪となる。そのため1m以上離れると何も見えないほどであった。
セルゲイの作り出したのが黒い闇なら、イワンの作り出したのはまさに白い闇であった。しかもこの闇は物理的な圧力、威力を持っている。風と雪が生身の兵士や馬の体温を急激に奪うのだ。
最前線の騎馬はたちまち氷の像と化した。死鬼共は前進を続け立ちはだかる氷像は砕かれる。その澄んだ金属的な美しい音は、しかし白虎隊壊滅の音であった。
あまりの寒さに生き残った青竜隊の銃も作動しない。
まさに万事休す。
「ふむ、どうやら儂も年貢の納め時が来たようじゃの。…誰か!」
幻斎の声に駆け寄った兵士に幻斎は珠と鏡を手渡す。
「御屋形にこれを届けてくれんか。それとこれもな」
そう言って幻斎は懐から取り出した紙に何かを書き付けて兵士に託した。
兵士はそれを受け取ると馬を飛ばして朱雀隊のある方角に消えた。
幻斎は白い闇の向こうに紅い人影を探すかのように目を凝らす。
───右近よ、わしも同じ穴の狢のようじゃ。最期くらいは男として終わりたい。
幻斎は懐から取り出した凧に乗り、イワンの作り出した吹雪に乗って上空高く舞い上がる。
天空よりイワンの死鬼共を囲むように風車を投げた。
「忍法、龍風車!」
風車から巻き起こった風は雪を雹に変え死鬼共々舞い上げる。
それを見たイワンは呪法を変えた。
自らの体の周りに氷の板を作り出し龍風車の巻き込みを逃れると次なる呪文を唱える。
ズバッ
ズバッ
ズバッ
足下の雪面から鋭い氷錘が何本も突き出ると上空向かって飛び立つ。
氷のミサイルは幻斎の作り出す竜巻によって加速され凧を切り裂いた。
安定を失った凧はくるくると回りながら落下する。
「…一基よ、後は頼んだぞい!忍法龍撃雷!」
幻斎は凧から飛び降りると印を結ぶ。
同時に落下する幻斎の前方の空気は渦を巻き始め、龍のごとく螺旋を描いて猛烈な勢いで後方に流れ去って行く。
幻斎の身体はたちまち青白い電光を帯びていく。風を自らの身体にまとわりつかせるように流すことによって、摩擦距離を稼ぎより多くの静電エネルギーを蓄積する。そして蓄えられた巨大なエネルギーを敵目がけて一気に放出するのだ。これぞ幻斎の最終奥義龍撃雷。
イワンはまだ幻斎に気づいていない。自らを守るために築いた氷の板がその視界を奪っているのだ。
落下する幻斎の身体からバチバチと青白い火花が弾け始める。
「さらば御屋形!」
その言葉と共に幻斎の身体は白熱し巨大な雷がイワン目がけて落ちた。
耳を聾する轟音と共に戦場は一面の水蒸気と舞い上げられた風花に煙る。
それが晴れた後、残っているのは鼻を突くオゾンの臭いと深くえぐれた雪面だけだった。
しのぶれど おのこなりけり わがこころ
ちりゆくときに おどる風花
(忍びとして心を隠してきましたが、やはり私の心は男なのです。
あなたのために死ぬ時に 舞い散る風花のように私の心は躍るのです)
幻斎が隼人に送った紙切れにはこのような歌が書き付けられていた。
「幻斎…」
死に瀕して始めて心を明かした男の真情に隼人は何を思ったのか。
幻斎の辞世の歌を握りしめる隼人の耳に一基の声が聞こえる。
「隼人、危ねえ!」
その声に顔を上げると眼前には黒々とした死鬼の群。
ラスプーシン率いる後軍が間近まで迫っていた。
その圧力は前軍、中軍の比ではない。遙かに凶々しくも背筋を凍らせるような瘴気が漂っている。それは死鬼の群の遙か後方から放射されていた。隼人の目には、はっきりと黒いローブ姿の男の姿が霊視されている。
───私が止めねば一基は死ぬ。
隼人は直感的にそう思った。この圧倒的なまでの闇の力には一基と玄武隊では対抗できない。唯一対抗できる可能性があるのは自分の持つ力だけであると。
その思いに隼人の血が沸き立つ。一瞬にしてその心は戦闘態勢に入った。
「朱雀隊、紡錘隊形!敵中を突破し一気に敵将を討つ!」
朱雀隊は素早く隊形を調え、錐のように死鬼の群に突入した。隼人を先頭に阿修羅のように剣を振るう朱雀隊兵士達は米田旅団の中でも武芸の腕に特に覚えのある面々で構成されていた。その振るう剣には魔神器を通して隼人の増幅された霊力が込められ死鬼の群を無に返して行く。
玄武隊の役割は後方からの支援。朱雀隊に割られた両翼の死鬼の群を砲弾が粉砕する。
「隼人は大分前に行ったな。よし炸裂弾発射!」
一基の号令に砲が発せられる。砲弾は空中で炸裂し破片を広範囲にまき散らす。死鬼の群は霊力を帯びた破片を浴びて次々と崩れ落ちその数を減らしていった。
ラスプーシンは己の軍勢が退勢に傾くのを見ても何ら手を打とうとはしない。勿論気死しているわけでないのは明白である。なぜならその圧倒的なまでの力は一向に減じていないのだ。
隼人は訳もなく焦燥感に駆られてひたすらに黒衣の男を目指す。そして朱色の錐が青白き死鬼の海を2つに切り裂き黒衣の男に達した時、男は突如としてその姿を消した。
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