Boorin's All Works On Sacra-BBS

「その名の下に」〜西道の乱〜




 隼人は本来九州の地にあり魔を封じる者である。
 それがなぜ今帝都に滞在しているのか。
 それには訳がある。すなわち九州南部における大規模な挙兵。
 しかもその首謀者である元帝国宰相・西道高望(たかもち)は不平士族のみならず下級妖魔まで繰り出しているらしい。
 わずかな妖魔だけであるならば隼人の力だけで十分対処できるのだが、相当数の士族と相当数の妖魔が動員されていては到底太刀打ちできない。
 そこで陸軍の出動を要請すると共に、主上に働きかけ対妖魔部隊を編成するために隼人は上京したのだ。
 陸軍の派遣についてはこれを機会に反乱軍として完全に政敵西道の息の根を止めたい政府首脳にとっては願ったり適ったりであるが、対妖魔部隊の必要性については疑問視する声も少なくなかった。
 しかし結局は主上の鶴の一声で急遽抜刀隊が組織されることになる。これほど素早く主上の宣旨を賜れたのは隼人が裏御三家であったからこそといえよう。
 ただ裏の人間でありかつ弱冠十四の隼人が隊を率いるのは適当ではないだろうということで、抜刀隊の隊長には僅かなりとも霊力を備えた陸軍大佐米田基次が抜擢されると共に陸軍中将花小路伯麾下に配属された。ただし抜刀隊は任務の性格上特殊技能を要するために正式な陸軍士官は米田ただ一人であり、残りは全て特務士官扱いであった。このような理由から抜刀隊は花小路中将との緊密な連絡を条件に自在に行動する自由を与えられていたので事実上は独立遊撃部隊であったといって良い。

 抜刀隊の陣容が整うまでの間、隼人は人材の見極めのために帝都に留まる必要があった。
 そんなわけで妻を早くに亡くし子のいない米田はこれ幸いと上京中の隼人を家に滞在させその後見人となったのだ。
 米田は事情を知らぬ周囲から見れば異例のことながら、しかし本人としては当然の事ながら、抜刀隊の編成については裏御三家としての隼人を立てることを忘れなかった。
 なにしろ魔物と戦ったことなどない米田にしてみれば、若年とはいえ家の持つ豊富な経験を継承した隼人に任せるのが得策であろうという現実的な判断からである。
 しかし任務を離れて家に帰ると米田は隼人を我が子のように可愛がり何かと構いたがった。
 隼人の方も相変わらず笑いはしないものの満更でもないようだった。

 その生活に半次郎が加わった。この男はとにかく騒がしい。
 ありあまる精気を持て余しているのだ。
 そして何かというと初戦の雪辱を期して隼人に勝負を挑む。
 しかしそこに暗さは微塵もない。純粋に自分より強い相手との勝負を楽しんでいるのである。それだからこそであろうか、半次郎の腕は瞬く間に上がり、隼人からでさえ3本に1本は取れるようになっていた。
 と言っても技を覚えたとかそういうことではない。太刀筋自体は鋭さはあるものの至って素直なものである。
 では、何が上達したかというと間の取り方である。
 もともと半次郎の剣は獣相手の我流であるから型はないのだ。あるのは必殺の一撃を放つタイミングだけである。
 隼人ほどの者になれば、半次郎の闘気の強弱を感じることができる。初戦で半次郎の鋭い一撃を真っ向から叩き伏せることができたのも気の膨らみを読んだからである。
 度重なる隼人との立ち会いの中でそれを感じた半次郎は気の出し具合と攻撃のタイミングを自在にずらすことを覚えたのだ。
 勿論隼人の方も半次郎の成長に引っ張られる形で駆け引きの腕を上げていった。
 こうして半次郎のペースに巻き込まれ、いつしか隼人も半次郎との勝負を楽しみにするようになっていたのだ。

「ようお前、何でそんなに強いんだ?」

 ある日の試合の後、縁側に寝ころんだ半次郎が傍らに姿勢良く腰掛ける隼人に尋ねる。

「それが私の定めだから」
「定め?」
「そう、定めだ。だから立つことを覚える前から私は剣を握っていた」
「なんだよ、そりゃ。それじゃなかなか追いつけねぇ訳だ。
 …だが見てろよ。今にぶっ倒してやるからな」
「強くなってどうする?」
「あ?そんな事は考えたこともなかったな。ただ強くなりゃぁもっと強い奴と戦えるってだけかなぁ」
「…羨ましい」
「なんでだよ?お前の方が強いんだぜ。羨ましがるんなら俺がお前より強くなってからにしな!」
「ふふ、その単純なところが羨ましいんだよ。私もそういう生き方がしたかった」
「すりゃいいじゃねえか。俺はいつでもつき合ってやるぜ」
「………できればな」

 それっきり黙ってしまった隼人を半次郎は不思議なものを見るように見ている。
 そんな二人を時ならぬそよ風がやさしく撫でるのだった。

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 やがて準備の整った官軍が進発することとなり騒がしくも穏やかな日々は終わりを告げた。
 抜刀隊は先遣部隊として従軍する。
 現地に到着次第神出鬼没の敵妖魔部隊を追跡し、これを殲滅するのが任務である。
 隊長の米田基次、(緒方)隼人、風魔幻斎、水無月右近、米田半次郎(一基)の他、霊的戦闘力の格段に劣る一般隊士が16名という小規模部隊であった。
 これで敵妖魔部隊を殲滅せねばならぬのだからその任務は困難を究める。
 裏御三家の一つ、東北の真宮寺家が抜刀隊に参加していたら後の悲劇は起こらなかったかも知れない。
 しかし、鬼門守護の真宮寺、裏鬼門守護の隼人と並ぶ御所守護の藤堂なき今、裏御三家最強と言われる真宮寺が鬼門と御所すなわち現在であれば帝都を守護せざるを得ないのである。全ては抗い得ない歴史の流れの中にあった。

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 夜もまだ明け切らぬ濃い闇に浮かぶ黒々とした城の一室から薄明かりが漏れている。
 薩摩有数の豪族にして維新の元勲、西道高望の籠もる熊本城であった。
 薩摩より電撃的に発した西道軍は難攻不落と言われた熊本城を妖魔部隊を用いて一気に落とすと自らの拠点としたのだ。
 この占拠により西道軍の形成は一挙に有利になったといえる。

「政府が軍を発したようです」
「腰抜け共がようやく動き出したか。面白い。我が力存分に見せてくれようぞ」
「密偵の情報によれば奴らはどうやら玄亀の使う化け物に対抗する部隊を結成したようですな」
「ふん、大勢に影響ないわ。玄亀の化け物部隊はいわば敵を恐怖させ攪乱させるためだけのもの。
 敵を制するはあくまでもこの西道の武よ」
「それを聞いて一安心。
 妖物に頼るとは西道どんも耄碌したかと心配しており申した」
「抜かせ、烈日斎。化け物を操るは人。ならば化け物が人に勝てるかよ。
 …しかし玄亀も不憫と言えば不憫。
 吉矢家と言えばかつて京の都で化け物使いとして盛名を誇っておった名家。
 この機に家を再興しようという気持ちは分からんでもない」
「二階堂が斬り込み隊を率いて玄亀に付いてござる」
「化け物が敵を攪乱し、二階堂が切り裂く。良いかもしれんな。
 …俺に言わせれば奴の剣こそ化け物より恐ろしい。お主でも勝てるかどうか」
「何の二階堂ごとき青二才!」
「ふ、相変わらず負けん気の強い事よ。まあ、確かに『人斬り伊右衛門』と呼ばれた頃のお主ならあるいは勝てたかもしれんな」
「………」

 かつて西道を囲んだ敵刺客十数人を一瞬で斬ってのけ「人斬り伊右衛門」と恐れられ今は烈日斎と号す男、伊集院惟親(ただちか)は無言を保った。それは暗に西道の言葉を認めているようでもあった。となれば二階堂秋人なる男の剣もまた恐るべきものを持っていると言えよう。

「いずれにせよ、賽は投げられた。撃って出るぞ!俺らは日の本一の兵(もののふ)よ。敵軍を返り討ちにした勢いのまま帝都に攻め上り腰抜け共に目に物見せてくれるわ!」

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「玄亀よぉ、政府の野郎どもはお前の化け物を討ち果たすために抜刀隊とかいうのを軍につけたようだぜ」
「聞き及んでおる。『隼人』が動いたのじゃろう。
 じゃが我が西道様のお役に立てるのは魔操の技くらいなもの。
 我を拾うて下さった恩には報いねばならん。
 例え魔を狩る者、『隼人』が相手といえども退くわけにはいかんのだ」

 総髪を後ろで束ねた長身の偉丈夫に対して、骨と皮だけのようにやせ細った小柄な体の目だけがぎょろぎょろと妖しい光を放つ男が応える。
 偉丈夫は二階堂秋人、骨皮は吉矢玄亀。
 何とも奇妙な二人組であるが実はこの二人、親友であった。
 虚弱な体と特異な容貌、そして魔の使い手というややもすれば邪悪な男と思われがちな経歴であるにも関わらず信義を重んじる玄亀の一途な性格に、こちらはその堂々とした容貌に似ず、どちらかというといい加減な性格の二階堂が惚れ込んでいるというのが実際であった。

「ま、心配するなや。その『隼人』とかいう奴は俺が斬ってやるよぉ。
 お前は安心して化け物どもを操ってればいいのさぁ」
「じゃが、『隼人』は武にも優れておるぞ」
「大丈夫だぁ。俺を誰だと思ってるんだぁ?ホントの所はあの伊集院のおっさんでも俺には勝てねぇんだぜぇ」
「分かっているが。…いつもすまんな」
「へん、お前見てると危なっかしいんだよ。
 弱っちいくせして相手を倒すまでは絶対退かねぇもんなー。
 もっとも俺ァお前のそういうところが気に入ってるんだがねー」
「…なんにせよ我らの出番はおそらく奇襲以外にはないじゃろうな。いつでも出れる用意だけはしておかねば」

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 官軍総大将、板崎正宗陸軍大将の作戦はこうである。
 おそらく西道軍は強兵を恃みその兵力の大部分を以て野戦に出るだろう。
 それを正面から大兵力で迎え撃ち、同時に海から別働隊が熊本城を陥とす。
 拠点を失った西道軍に退路を残しておき敗走する軍をさらなる別働隊が側面を衝く。
 つまり板崎は速攻で片を付ける気でいた。
 一地方軍の制圧にぐずぐずと時間を取られ日和見の士族共が四国ででも蜂起されてはたまらぬからである。
 しかし強兵で知られる西道軍を確実に倒すためには何をせねばならぬか。
 官軍が明らかに西道軍より勝るものは何か。
 それは物量である。
 この利点を徹底的に拡大するつもりであった。
 すなわち圧倒的な火力と軍勢で西道軍を粉砕する。
 具体的には西道軍総勢1万3千に対し自ら率いる本軍3万に倉田清輝少将率いる衝背部隊に1万、谷寛城少将の待ち伏せ部隊に1万、総勢5万の軍を動かす気でいた。
 熊本城は海軍の協力を得て戦艦からの艦砲射撃でぶち砕く。
 つまり板崎は信長、秀吉ばりの大兵力集中攻撃を目指していた。

「西道よ、ようやく定まった天下を乱す者はお前であろうと許さん。
 せめて友たる儂の手で引導を渡してくれるわ」

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 板崎の読み通り敢えて城から撃って出た西道軍1万と官軍3万が対峙している。

「かかれぇえええええっ!」

 伊集院の騎馬隊がまず突撃を敢行する。
 官軍は鉄砲の一斉射撃で迎え撃つ。
 こうして激戦の幕は上がった。

 同時刻に白川からは艦砲射撃が熊本城に向けて発せられる。
 その破壊力に城に籠もる3000の兵は恐慌を来していた。
 伝令が西道の下に走る。

「なんだと?まさか戦艦が川を遡るとは!…玄亀っ!」
「ここに」
「城が戦艦からの砲撃に手も足も出ぬようだ。
 あれを陥とされてはまずい。船を沈めろ」
「かしこまりました」

 玄亀が呪文を唱えると地の中より獣のような数十体の黒い影が立ち上がった。
 黒い影がわさわさと集まる。
 きぃきぃと鳴く黒い雲の上に乗り玄亀、二階堂らは異常なスピードで走り去った。

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「む、あれは!」
「敵の妖魔部隊のようですね」

 米田の声に隼人がそう応え傍らの神刀滅却を引き寄せる。

「ようやくお出ましかよ!腕が鳴るぜ」
「目に物見せてやろう」

 猛り立つ半次郎と右近。

「では儂らも急ぐかの」

 そういうと幻斎は懐から何かを宙に放り投げる。
 見る間にそれは巨大な凧に変わった。
 抜刀隊の全員を乗せた凧は直ちに妖魔の群を追って宙を行く。