Boorin's All Works On Sacra-BBS
「その名の下に」〜西道の乱〜その2
今まさに城をこじ開けようとしていた倉田隊の前に異様なものが立ちはだかった。
玄亀の妖魔部隊である。
一目で化け物と分かる異様な黒い影共にさしもの勇猛な倉田隊も浮き足立つ。
鉄砲を撃つも妖魔相手に通常攻撃は通じない。
その間にも妖魔は倉田隊の突出部を食い破っていた。
形勢不利と見た倉田は速やかに後退命令を出す。
突出部の兵が犠牲になっている間に残りの兵を温存させるためである。
よく訓練された倉田隊は遅滞なく後退を完了した。
そうして出来た玄亀隊との間のスペースに米田隊は降り立ったのである。
「陸軍抜刀隊見参!おめえら!化け物共を一匹たりとも船に近づけるんじゃねぇぞ!」
その米田の檄に抜刀隊の全員が応える。
抜刀隊は逆八の字の隊形を取っている。
その開いた両翼は最も戦闘力の高い隼人と半次郎、二段目には幻斎と右近、最深部には米田が位置している。
そしてそれぞれの後ろには各3人ずつの一般隊士がついている。
図にするなら次のようなものである。
隼人 半次郎
幻斎 右近
米田
「みんな頑張れ!こいつが終わったら宴会だ!」
米田は妖魔に斬りつけながらも声を枯らして隊士を励ます。
実際、米田には不思議な力があった。
米田の声を聞いた隊士は自分の力が上がっていくのを感じるのだ。
それは気のせいではなかった。
霊力を感知する力を持つ隼人には隊全体の霊力値が平常時より格段に上がっていることが分かった。
そう、本人は気づいていないようだが米田基次には触媒の力が備わっていたのだ。
自らの霊力はそれほど大したものではないものの、この触媒の力はそれを補ってあまりあるものだった。
そのおかげで数十体の妖魔相手になんとか互角以上の戦いをすることができていた。
「むぅ、やはり隼人の力侮れぬ。それにあの隊長。何か特別な力があるようだ。秋人!頼む!」
「おぅ!任せときなぁ!…野郎共突撃だぁ!」
妖魔の影に隠れて二階堂の斬り込み隊が突撃してきた。
なんというシステマティックな攻撃であろうか。
元来本能のままに行動する妖魔をそれほどまでに統制しうる吉矢玄亀の魔繰の技の恐ろしさよ。
その攻撃に隼人、半次郎らは対応できるものの一般隊士にはこの二重の攻撃を跳ね返す力はなかった。
たちまち3〜4人が倒される。
「いけねぇ!みんな固まれ!一丸となって敵を突破!後ろの妖術使いをたたくぞ!」
米田の号令に隊士が集まってくる。
「そうはさせないんだなぁ!」
二階堂が突進してくる。
隼人が受ける。
しかし二階堂は身長2メートルに近い偉丈夫、しかも剣技に関しては隼人と互角以上。
さしもの隼人も受けるのが精一杯であった。
すかさず幻斎が二階堂の側面から斬りつける。
二階堂はそれを嫌い体をずらす。
隼人をかばうように幻斎が二階堂に畳みかける。
「ほう、やるもんだ」
二階堂は敵の思わぬ連携に感心する。しかし、それは所詮余裕の現れでもあったのだ。
隼人と幻斎の連係攻撃をも捌きながらその隙を窺う二階堂は紛れもなくこの場における最強の剣士であった。
米田の指令にも関わらず妖魔と斬り込み隊の動きによって思うように密集隊形の取れない抜刀隊の一般隊士は見る見る倒されていった。
「けっ!仕方ない。我が術を見せるか」
右近はそう呟きながら懐からスキットルを取り出し酒を呷る。
ぐびぐびぐび
相当量の酒を飲んだ後、げっぷを放つ。
げふ
げっぷは霧となりたちまち辺りを覆う。
その霧に包まれた者はたちまち酒に酔ったように意識が朧となる。
その隙を縫って右近が手近にいる二階堂の斬り込み隊と3〜4体の妖魔を斬り捨てた。
「これぞ忍法朧月」
「あ、やったなぁ!赦さねぇ!」
隼人と幻斎の相手をしていた二階堂が右近に突撃してくる。
その二階堂の突進を今度は半次郎が受ける。
がきぃいいいいん!
「く、そこをどけ!小僧!」
「どけって言われてどけるか馬鹿野郎!おととい来やがれ!」
二階堂が剣を押しつけてくるのを返しながら半次郎は悪態をつく。
鍔迫り合いでは両者ほぼ互角。
「(なんだこのガキの力は!しかし剣の腕なら俺の方が上だ!)」
二階堂の押しを半次郎が押し返したその瞬間、二階堂は剣を引いた。
つんのめるように体の泳いだ半次郎目がけて二階堂の剣が飛ぶ。
「あぶない!半次郎!」
右近が二階堂に斬りつける。
二階堂は剣を反転させて受けると、素早く飛びすさって間合いを取った。
「右近!半次郎!下がっておれ!」
ぷつ!
ぷつ!
ぷつ!
ぷつ!
その声と同時に二階堂の四方の地面に風車が刺さる。
「見るが良い!忍法龍風車」
風車が勢いよく回転を始めると強烈な風が起こった。
四方からの風はらせんを描くように一つにまとまり二階堂を巻き込むように強烈な竜巻となる。
さしもの二階堂も巻き上げられぬように刀を地に刺し耐えるほかなかった。
その間にも四方からの風の刃は二階堂を切り刻んでいく。
傷口から血が風によって煙のように吸い上げられて行く。
やがて術の効力が切れ風が止む。
秋人はがっくりと膝をついたままなかなか立ち上がれない。
隼人、幻斎、右近、半次郎が二階堂に詰め寄る。
「秋人!」
秋人の窮地に一瞬冷静さを失った玄亀は妖魔共のコントロールを失ってしまった。
途端にそれまで整然と攻撃を繰り出していた妖魔は敵味方の区別なく人間を襲う。
ことに二階堂隊の被害は甚大であった。
今まで味方だと思っていた妖魔に掌を返したように襲われ全滅してしまったのだ。
そして悪いことにコントロールが解けたことによって妖魔の力は増していた。
人の血の臭いに猛り狂っているのだ。
その妖魔共が今度は二階堂の血の臭いにつられて押し寄せてくる。
「いけない!敵とはいえ人間をみすみす妖魔に殺させるわけにはいかない!ならば!」
隼人はそう呟くと右手の神刀滅却を刀身を寝かせ頭上で構えた。
左手は切っ先を支えている。
「破邪剣征・橘香浄滅!」
隼人は舞うが如く体を回転させながら剣を振り下ろす。
螺旋を描く切っ先から黄金の光の粒子が流れ出るとその密度を増し隼人の周囲から外に向かって膨張し妖魔を包んでいく。
その光に包まれた妖魔は一瞬びくんと体を震わせておとなしくなりやがて光の中に溶けていった。
光が薄れ完全に消える頃には妖魔の姿は影形なく消え去っている。
後には馥郁とした橘の香りが漂うのみ。
裏御三家とはいえまだ年少、気力を使い果たした隼人が地に膝をつく。
その時二階堂が立ち上がった。
「「いかん!」」
そう叫んで幻斎と右近は二階堂に斬りかかる。
二階堂はふらつきながらも二人の剣を受ける。
半次郎は隼人をかばうように剣を構えている。
「まずい!今もう一度化け物を呼ばれたらやられる!」
米田は玄亀を倒すために駆け出し始めた。
それを見た二階堂は最後の気力を振り絞り駆け出す。
なんとしても玄亀だけは逃すつもりだった。
米田の前に立ちふさがると斬りつけながら叫ぶ。
「玄亀!逃げろぉ!俺はもういかぁん!」
「馬鹿な!お主をおいて逃げられるか!」
「馬鹿はお前だぁっ!この出血では俺はもう助からーん!
そうなったら俺の仇は誰が取る!お前しかおらんだろうがーっ!」
「秋人!」
「早く行け!俺の頼みがきけないのかぁ!」
「秋人!きっと!」
涙を浮かべながら呪文を唱え玄亀は地中に没し逃れ去った。
「へん仇なんてどうでもいい。俺の分まで生きろよぉ玄亀ぃ。
さぁて…冥土の土産にせめて一人でも道連れにしてやる!」
二階堂は米田に向かって突撃する。
幻斎、右近、半次郎が駆ける。
二階堂の稲妻のような突きが米田を襲う。
半次郎は咄嗟に米田を突き飛ばしその身をさらした。
左胸と肩の間にずぶりと剣が刺さる。
同時に幻斎と右近の剣と共に半次郎の剣も二階堂の体を貫いていた。
二階堂はにやりと笑いながら事切れた。
「半次郎!」
米田が半次郎を抱き起こす。
「だ、大丈夫だよおっさん!俺の体は特別製なんだ」
そう言って半次郎は体に刺さった剣を抜く。
流れ出る血が軍服を濡らす。
しかしどういった訳かその血はすぐに止まった。
その旺盛な生命エネルギーが傷の治りを早めているのだろうか。
「俺は昔から傷の治りが妙に早いんだ。だからこれくらいの傷なら大したことねぇんだよ」
「は、半次郎、お前まさか最初から自分が刺されるつもりで飛び込んだのか?」
「ああそうだよ!肉を斬らせて骨を断つってやつさ」
ばしん!
半次郎の頬が鳴った。
「馬鹿野郎!誰がそんな戦い方しろって言った!
いくら傷の治りが早いって言ったって心の臓に喰らえばただじゃすまねぇ!
そんな事になったときの俺達の気持ちを考えやがれ!
お前ぇはもう一人ぼっちじゃねぇんだ!」
頬を抑えながら半次郎は俯いた。
自分は本能的に急所を外して受けたのだ。
だから死ぬ気遣いはなかった。
だが半次郎はそれほどまでに自分のことを心配してくれる基次の気持ちが嬉しかった。
だから頭を下げた。
「悪かったよ、…おっさん。これからは気をつけるよ」
「お、おう。分かりゃいいんだよ。おい誰か!念のため手当をしてやれ」
半次郎の手当が済む頃には再び倉田隊が押し出し、城を攻撃していた。
半時間後砲撃に破れた門から突入した倉田隊は城を制圧した。
西道本軍も圧倒的な数の差に押されついに退却を開始した。
伊集院烈日斎は西道を逃すために殿を買って出ると相当数の官軍を道連れに玉砕した。
逃れた者も谷隊の待ち伏せに会い薩摩に帰り着いた頃には進発時に1万3000いた兵がわづか200名ほどに減っていた。
観念した西道は残りの将兵の助命を条件に自決。
ここに最大最後の士族反乱である西道の乱は終結した。
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