「おぅ、そうか。それはめでてぇな。よし、引き受けた」 「ありがとうございます。ほっとしました」 「しかし、本当にご両親を呼ばなくてもいいのか?」 「はい、すみれくんのところも、ああいう事情ですので」 大帝国劇場支配人室。 今は大神が帝撃の司令ではあるが、帝劇の支配人は今も米田である。 大神は米田にすみれとの結婚式の介添人になって欲しいと頼みに来たのだ。 というのも神崎忠義はいまだにすみれを義絶したままであるからである。 忠義の意志は神崎の意志。 例え娘の結婚式でもすみれの両親が式に出ることはできなかった。 そこで大神は式自体をこじんまりと帝劇関係者だけで行うことにし、 米田に見届け人の代表としてすみれの介添えをしてもらうことにしたのだ。 大神の介添えは大尉に昇進したかえでに頼んである。 「ふーん、まあいい。とにかく介添えのことは引き受けた。任しときなっ」 「ありがとうございます。では、失礼します」 「で、式の後は夜から仮面舞踏会を開いて色んな人に来て貰おうと思うんだ。 やはり、帝劇のトップスタアの結婚式なんだから少しは華やかなこともないとね」 「まあ、少佐ったら」 そういいながらもすみれは嬉しそうである。 人生最良の日を多くの人々に祝って貰うのが嬉しくないわけはない。 それに舞踏会ならホステス役はお手の物である。 あれこれと段取りを考える二人。 そして、時間は瞬く間に過ぎていった。 梅雨の谷間の五月晴れ。 その日の空気は朝から澄みわたっていた。 控え室では、さくらとアイリスがすみれの着付けを手伝っている。 純白のドレス。 栗色の髪には銀の髪飾り。 少し大きめに開いた胸元には真珠の首飾り。 シンプルな中にも気品のある姿である。 「わぁ、すみれ綺麗だよ」 「本当、良く似合ってますね」 帝劇の面々が、次々と入れ替わり立ち替わり部屋に入ってくる。 「へぇ、サボテンの花ってのも綺麗なもんなんだなぁ。 おっとぉ、そんな怖い顔すんなよっ。ははは、おめでとう」 「おめでとう、すみれ。よく似合ってるわ」 「ほんまやぁ、最初はこないに地味なドレス、イメージに合わん思たけど、よう似合うてるわ」 「ヘェー、愛の力デスかねー。こういうの着こなすの結構難しいのにぃ」 「美麗度150%上昇」 大神の着付けは三人娘が担当している。 純白のタキシード。 胸にはすみれ色の花飾り。 オールバックになでつけたつもりがやはり逆立つ髪。 「でもどうして海軍の礼装にしなかったんですか?」 かすみの問いに大神は、海軍軍人としてすみれと結婚するわけではないからと答えた。 「でも、大神さん。どんな服着ても似合いますね」 「新婚生活のお話聞かせて下さいね」 「よう、大神ぃ。俺は幸せだなぁ。お前の結婚式に出られるなんて。 『千里の道も一歩から』。幸せにな」 中尉になった加山もタキシードに身を固めて祝福する。 ギターを抱えている分だけ式場では大神より目立ってしまうのが玉に瑕である。 やがて、式が始まる。 かえでと米田に導かれた二人は、神ではなく集まった帝劇の面々の前に愛を誓う。 「いつか死が二人を分かつとも、二人は共にあることを誓います」 和やかでありながら、厳粛に式は終わった。 宵の空気に軽やかな音楽が漂っている。 その調べは大帝国劇場から聞こえてくるようだ。 さんざめく笑い声がそれに混じる。 帝劇のトップスタア神崎すみれとモギリの大神一郎の結婚祝いの仮面舞踏会。 帝都の人々はそれを聞いたとき驚きもし、納得もした。 確かに大神はモギリだが、働き者だし男前だからいいんじゃねえかと言う意見が大勢をしめた。 それに今日の舞踏会は誰でも参加して良いという話なので盛大に祝ってやろうと言うことになり、劇場の常連客が大挙して足を運んだのだ。 客は入り口で簡素な仮面を配られる。 それを顔につけ、踊ったこともないワルツやタンゴを踊るお客達。 みんな幸せそうな笑みを口元に浮かべている。 大神とすみれは主賓席で寄り添いながら、それを楽しそうに見つめている。 やがて二人は立ち上がり、柄のついた仮面を顔に当てお客の間を歩き回る。 みなの祝福に答える二人。 「おめでとう、すみれ」 その声に振り返ると、自前の立派な仮面を付けた紳士が立っている。 仮面をつけていても、その体躯からあふれ出る威厳が正体を告げていた。 「おじい・・・」 「野暮はよせ。これは仮面舞踏会だろう?」 「おめでとう、すみれさん」 「うぅ、すみれ。すみれぇ」 「(お父様、お母様。)」 「俺はもう少しここのお客さんに挨拶して回るよ。行っておいで」 「ありがとうございます。・・・それでは、中庭の方にでも行きましょうか」 4つの仮面は連れ立って中庭に消える。 大神が仮面舞踏会を提案したのは一つにはこのためであった。 仮面舞踏会ならすみれの祖父、両親も来ることが出来る。 「良かったな、すみれくん」 大神は微笑みながら再びお客の中に消えていった。 中庭には、4つの影が歩いている。 「どうだね、最近は」 「はい、劇場の方も順調。帝都も平和そのもの。順風満帆ですわ」 「そうか、それは良かった」 「・・・」 「大神君は良い青年だ。きっと幸せになれるだろう。・・・良かった。本当に良かった」 偽りの仮面の下から聞こえる言葉には真実の声音がある。 人には仮面を被って初めて真実を語ることが出来るということがあるのかも知れない。 すみれは仮面の紳士の大柄な身体に抱きつき、その胸に顔を埋めた。 仮面の紳士は、そんなすみれをやさしく包み込む。 「ありがとう、(おじいさま。)」 夏の宵の中庭で、飽くこともなく語り合う4つの影を月の光はただ優しく見守るのであった。 (了)
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