港では情報部大佐となった加山が大神を待っていた。 「大神、大変なことになった」 「どうしたんだ?」 「マリア、紅蘭、アイリスが特務警察に連行された。 アイリスをかばおうとした米田閣下は、 傷を負って陸軍病院に入院されている」 「なんだって!一体どういうことだ!」 「いよいよ外国人排斥が本格的になってきたという事かもしれん。 それに彼女たちは霊子機関や霊子兵器について知りすぎていると言うことだろう。 いずれにせよ、現在部下達が連行先を探っている」 「頼む、一刻も早く居場所を探してくれ。何か嫌な予感がする」 「居場所が分かり次第連絡する。だからそれまではいらないことを考えすぎるなよ。 アディオス!」 そういうと加山は姿を消した。 「貴様ら、どうしても我々に協力せんと言うのか」 「当たり前よ。私たちは軍人ではありません。スパイなどまっぴらだわ」 「そうや!同じ国の人間をだますやなんてことできるかいなっ!」 「わたしも遠慮します。シャトーブリアンの名に泥を塗る気はありません」 「ふんっ!貴様ら後悔するなよ。 ・・・マリア・タチバナ、李紅蘭、イリス・シャトーブリアン の三名を明朝処刑する。罪状は国家騒擾罪だ。 それまで部屋に閉じこめておけ」 「はっ」 「すまねえ、俺がついていながら。・・・情けねえっ。 あんなヒヨっ子どもにこのザマだ」 「いえ、怪我が大事無くて幸いでした。支配人にもしもの事があれば みんなが悲しみます」 「やつらはマリア達の特殊技能に目をつけたんだろう。 マリアは帝撃に来る前まではゲリラ戦のエキスパートだった。 紅蘭の霊子機関や霊子兵器に関する造詣はトップクラスだ。 アイリスの実家であるシャトーブリアン家のヨーロッパにおける 影響力というものも侮れないしな」 「しかし、彼女たちが協力するとは思えませんが」 「それを俺も心配している。下手すると最悪の事態になりかねん」 それきり二人は沈黙の中に思いを馳せた。 携帯式超小型キネマトロンの着信音が鳴った。 加山からの連絡である。 「マリア達の居場所が分かった。品川だ。 まずいことになっている。明朝処刑だそうだ」 「何て事だ。分かった・・・色々すまん。 頼まれついでに車を奴らの隠れ家付近に用意しておいてくれないか」 「お安いご用だ。俺はこれから賢人機関に連絡を取って迎えの船を手配させる。 後で会おう」 「あなた」 「すみれ。子供達を呼んでくれないか」 「はい」 大神はすみれと子供達の前で姿勢を正した。 「俺はいまから男として人間としてやらなくてはならないことができた。 君たちには迷惑をかけることになるだろう。だから、俺は君たちを離・・・」 「野暮なことを仰らないで下さいまし。 あなたのことだからそう仰るだろうと思っていました。 それでこそわたくしの大神一郎ですわ。 ですが、あなたが大神一郎であるように、わたくしは大神すみれです。 それ以外のものになるつもりはありません」 「すみれ」 「このわたくしが困難から逃げ出すとお思いですか。冗談じゃありませんわ。 そんな困難などあなたと別れなくてはならないことに比べたら大したことではありません。 それにあなたのやろうとしていることは絶対に正しいことです。 真一や真矢もそれくらいは分かっているはずです」 「そうだよ、父ちゃん。心配しなくてもいいよ。 俺が母ちゃんを守ってやるから」 「そうだよ。あたしたちはパパのことを信じてるもん」 おそらく子供達は大神のやろうとしていることがどんな結果を生むか、 本当の意味では分かっていないだろう。 しかし大神は、彼らが自分のことを信じ励まそうとしてくれていることに 胸からこみ上げる思いを抑えることが出来なかった。 大神はすみれ、真一、真矢を抱き寄せた。 大神の大きな腕が母子を強く抱きしめる。 すみれは肩に置かれた大神の手に触れた。 その顔には幸せそうな微笑みがある。 大神は家族を持つことの幸福を強くかみしめた。 例えそれがつかの間のものであったにせよ、 いやだからこそ、今だけはその想いに浸っていたかった。 「ありがとう。君たちに出会えて本当に良かった」 大神邸周辺の物陰に潜む影がある。 特務警察の手の者である。 2人で連携をとって大神の動向を探っているのだ。 一人目の男は暇を持て余していた。 大神は帰宅してからは一歩も家を出ていない。 「今日はもう出かけないんじゃないか」 そう思った男の耳に声が聞こえた。 「神崎風塵流参る」 男は一瞬の早業に訳も分からず気を失った。 「あなた、お気をつけて」 すみれは大神の方に視線を送ると長刀をたたんで家に戻った。 同じ頃、もう一人の男も何が起こったのか分からないまま倒されていた。 その傍らには花組の制服を着た大神が立っている。 「すみれ、すまない。君を連れて行くわけにはいかないんだ。だが、俺たちはいつも一緒だ」 大神は胸の懐中時計に手を当てて呟いた。 「お兄ちゃん来てくれるかなぁ」 「当たり前でしょう。隊長はきっと来て下さるわ」 「そうやでアイリス。大神はんは今日帰国した筈や。 うちらの事を聞いたらきっと来てくれる」 「そうだね。信じなくちゃね」 闇の中を駆ける白い影。 手には二刀を携えて。 帝国華撃団花組隊長、大神一郎は行く。 その傍らにもう一つ、桜色の影が寄り添った。 「わたしもお供します」 「さくらくん!」 「水くさいですよ、大神さん。大神さんの考えている事なんて私にはお見通しなんですからね」 「・・・ありがとう」 「でも、大神さんの隊長服見るの久しぶりですね。私も少し太ったから 戦闘服入るかどうか心配だったけど、なんとか大丈夫みたいです」 「やっぱり俺達にはこの戦闘服が似合うようだね」 二人は笑みを交わす。 「急いだ方がいいと思うけど」 二人の傍らに蒼い影が立つ。 「レニも!」 「隊長の性格ならこうする。 そんなことに特に難しい推論など必要ない。 当然ボクも行くよ。 花組は一つだ」 「ありがとうレニ」 先を急ぐ三人の頭上から陽気な声と共にイタリアンローズの影が降ってきた。 「チャオ!遅かったですねー、隊長サン。待ちくたびれちゃいましたヨ」 「織姫くん!」 「わたしだって花組の一員なんですからねー。仲間外れはなしですよー」 「ありがとう、織姫くん」 「ふふ、急ぎましょー」 その時、目の前に巨大な赤い影が立ちふさがった。 「あたいを置いていくってことはないよな、隊長」 「カンナっ!」 「久しぶりに大暴れが出来そうだぜ。ところで、すみれの奴はどうしたんだ?」 「すみれには子供達のために無理を言って残ってもらった。 だが、彼女の心は俺と共に、そして君たちと共にある」 「へへ、そうかい。そんじゃすみれの分まで大暴れしてやっかぁ。ハハハハハ」 「そいつは頼もしいね。じゃ、行こうか」 かつて襲いきた二度の大災厄から帝都を守った伝説の秘密部隊、帝国華撃団花組の初期メンバーが今再び結集した。 「「「「「我らは一つ。帝国華撃団出動せよ」」」」」 特務警察のアジトにはもう一つの白い影、 加山雄一が立っていた。 「賢人機関の船は三浦沖まで来てくれるそうだ。 とりあえずはアメリカに向かうことになるだろう。車は囮も含めて5台用意した」 「すまない、加山。何から何まで世話になる」 「ふ、水臭いことを言うなよ。『魚心あれば水心あり』だ」 二人は固い握手を交わした。 大神は花組の面々を振り返る。 「俺は正門から押し入る。みんなはその騒ぎに紛れて侵入してマリア達を助け出してくれ」 「あたいも正門から行く。隊長一人じゃ心細いだろ」 「いや、カンナ。それは危険だ。君も他のみんなと一緒に裏から行ってくれ」 「バカ言ってんじゃないよ。あたいみたいなでかいのがこそこそ動けないよ。 正面突破あるのみさ」 「ふ、分かったよ。では正門は俺とカンナ。 さくらくん、レニ、織姫くんは三人を助け出したら加山の車で海岸まで走れ」 「「「「了解!」」」」 「では行くぞ」 大神は抜刀して走り出す。 それを追うカンナ。 「私は帝国華撃団花組隊長の大神一郎。うちの隊員をもらい受けに来た。 ここを開けられよ!!」 「同じく花組の桐島カンナだ。仲間を返して貰うぜっ!」 カンナはそういうと正門を蹴破る。 派手な音を立てて吹っ飛ぶ正門。 中から警備の連中が飛び出してくる。 「貴様らっ、こんな事をしてただで済むと思うなよ。引っ捕らえろ!」 大神とカンナは次々と押し寄せる特務警察官を相手に乱闘を始めた。 それを見たサクラ、レニ、織姫は裏へ回る。 「今よ。裏の警備は手薄になってるわ」 「ボクが先に行く」 裏口のガラスに粘着テープを貼り拳で一撃。 破れ目から手をいれて解錠したレニは音もなく屋敷内に忍び込む。 「大丈夫だ。マリア達を探そう」 「表が騒がしいわ」 「お兄ちゃんだよ、きっと」 「そや。こうしちゃおれんわ。おーい、大神は〜ん。うちらはここやでーっ」 「おいっ、おとなしくしろっ!」 「あほ言いなっ。ここでおとなししても、うちらには何にもエエ事ないやんかっ」 「そうよ、そうよっ。お兄ちゃ〜ん」 「隊長ーっ」 「階上(うえ)から紅蘭さんの声がしまーす」 「ホントだ。マリアさんとアイリスの声もするわ」 「急ごう」 三人は音もなく階段を駆け上がる。 見張りが部屋に向かって何か怒鳴っている。 織姫は、階段を上りきったところで遠隔攻撃によりその警察官を倒した。 他の部屋から出てきた見張りはレニが倒す。 さくらは荒鷹を抜き放つと、ドアを一刀両断した。 「みんなっ、助けに来ましたよっ」 「さくら!レニ!織姫!」 「みんな来てくれたんだね。ありがとう」 「おおきに。外で暴れてるんは大神はん?」 「そうでーす、隊長さんとカンナさんが囮になって警官を引きつけてくれてマース」 「外に車が用意してある。いくら隊長達でも長くは保たない」 「そうね。急ぎましょう。行くわよ」 「ふう、さすがにきついな」 「へへん、隊長。練習サボってたんじゃねえのか?」 「ははは、潜水艦の中じゃ剣は振れないからね」 「ははは、違いねえや」 「何だ貴様ら、戦いの最中に雑談などとなめおって。 かかれっ、かかれーい」 その時大神の目にさくらの姿が映った。 救出成功のサインだ。 「(カンナ、救出成功だ。)」 「(お、ホントか。それじゃあたい達もぼちぼち行くとするか。)」 「(俺が天狼転化を放つから、奴らの目が眩んでるうちにカンナは 車に乗って脱出しろ。)」 「(隊長は?)」 「(俺は残る。俺が逃げるとすみれに何があるか分からん。)」 「(じゃ、あたいも残るよ。どうせ顔は見られているんだから。)」 「(駄目だ。俺はともかく君は捕まったら確実に殺される。 マリア達と一緒に国外へ脱出するんだ。)」 「・・・(分かったよ。くれぐれも無理すんなよ。)」 大神は一つ頷くと二刀を構える。 「狼虎滅却・・・」 「な、何だ?」 「天狼転化!!」 その瞬間、白く眩い霊光の輝きが辺りを包む。 特務警察の警官達は目を眩まされて蹲る。 その耳に自動車の爆音が轟き、遠ざかっていくのが聞こえる。 「し、しまった。追えっ、あの車を追うんだ」 視力を取り戻した時、彼らが見たのは二刀を鞘に収めて立つ大神の姿だけだった。 「私は逃げも隠れもしない。どこへなりと連行されよ」 「「「隊長!」」」 「大神はん!」 「お兄ちゃん!」 「大神さん!」 「隊長サン!」 花組の面々は、次第に遠ざかる二刀を構えた大神の背中を見つめている。 「どうかご無事で」 翌日。帝国海軍大佐「真珠湾の軍神」大神一郎は国家反逆罪で官位剥奪の上投獄された。 (了)
(次へ) |