Boorin's All Works On Sacra-BBS

「時計」〜手紙〜前編




『真珠湾の軍神』大神一郎大佐逮捕。
昨夜未明、特務警察は帝国海軍大佐、大神一郎を逮捕したと発表した。
国賊の逃亡幇助による国家反逆罪が適用され銃殺される模様。



「馬鹿なっ!一体どういう事だっ!」

帝都日報を読みながら激怒する一人の男がいた。
陸軍大臣、板崎兵志郎である。

板崎は電話機に向かって怒鳴っている。

「山口、貴様の所は若い者にどういう教育をしとるんだっ!
今がどういう時期か分かっているのか?」
「そんなことは言われなくとも分かっておるわっ。
開戦直後、ジュリアン・フォードを沈めた大神を前面に押し出して
国内の機運を盛り上げようとしたんだが、内務省の馬鹿どもが
勇み足をしおったのだ」
「一体どうするつもりだ?」
「内務省に掛け合って発表を取り消させるしかあるまい。
大神の処分はそれからだ」
「全く忌々しい馬鹿どもだ。戦というものが全く分かっておらん。
よかろう、わしの方からも圧力をかけておく。
とにかく今は戦局に集中すべき時だ」
「よろしく頼む」
「うむ」

「車の用意をしろ!内務省の奴らの馬鹿面をひっぱたきに行くぞっ!」
板崎は、側近を呼びつけ荒々しく席を立った。




「これでいいのかな」

「恐れ入ります」

「全く、大神にも困ったものだ。まあ、彼らしいといえば彼らしいが」

「私が大神でもああしたでしょう」

「ふむ、しかし内務省の奴らの慌てふためく様が見えるようだな。
自分たちが発表した覚えのないことで、『鬼の板崎』の逆鱗に触れたのだからな。
儂の方からも圧力をかけておく。
まあ、あれほどのことをしたんだ、無罪放免とまではいかんが
なんとか最悪の事態だけは免れるだろう」

「ありがとうございます」

「しかし、故意に情報を漏洩するとは考えたな。
これでは特務警察もうっかりした動きはできんだろうし、
「軍神」と奉り上げた手前、軍としても面子にかけて
大神を殺させるわけにはいかん。
何よりも板崎の怒りを誘い協力させることが出来たのが大きいな」

「はい」

板崎家は維新以来の名門である。
内務省をはじめとする政府高官にも影響力が大きい。
かといって直接板崎に話を持ちかけても、
怒りの矛先は大神に向くだけである。
そこで大神逮捕の情報を特務警察を装って
新聞社に漏洩し板崎の怒りを特務警察、内務省に
向けさせたのだ。

「ところで、加山。大神がああいう状況だ。
現場としては優秀な人材を必要としておるのだが、
現場に復帰するつもりはないか」

「いえ、ありがたいお言葉ですが、私はあくまでも影。
私のつとめは大神を補佐することだと思っています。
それに大神を密殺する動きも出てくるでしょう。
そういった動きから大神を守らねばなりません。
それには情報部にいる方が何かと都合がよいのです」

「ふ、そう言うと思ったわ。大神はよい友を持ったな」

「は、では私はこの辺で失礼します」

加山は一礼すると姿を消した。

「今度は儂の番だな。戦後のためにも大神を失うわけにはいかん」

そう呟いて、山口は電話をとった。




帝都日報:

『大神大佐逮捕を内務省は否定。』
内務省は先日の大神大佐逮捕を事実無根と完全否定した。
内務省の調査の結果、大神大佐は敵国の陰謀により負傷、療養中。
大神大佐逮捕の報は国内混乱を狙う敵国の陰謀と判明したとのこと。






「提督、お手紙です」

「その提督は止めていただけませんか。
私はもう軍人ではありませんし、
現役の時も大佐であったに過ぎません」

「いえ、私たちは皆、囚人達や看守、所長も含めて
閣下を敬愛いたしております。
だから敬意を込めて提督とお呼びするのです」

「ありがとう」

大神は苦笑いをしながら分厚い手紙を受け取ると、看守に礼を言った。
特務警察の拷問により脚の力を失った大神は、
銃殺は免れたものの思想犯達を収容した牢獄に幽閉されていた。
逮捕から半年、大神の人当たりの素直さと武人らしい毅然とした態度に、
最初は反発していた思想犯達や看守達も今では皆大神を慕っている。
こういった手紙のやりとりも、所長を含めた収容所の職員全部の協力で可能となっているのだ。

大神は車椅子を鳴らしながら文机に戻る。
ゆっくりとした動作で封を切ると手紙を取り出した。




「前略、あなた。
お体の具合は如何ですか。わたくしたちはみな元気です。
この手紙を加山さんに託します。

わたくし、外に働きに出ることにしました。
真一と真矢も協力すると言ってくれています。
今からお仕事を探しに行くところです。

神崎からは戻ってくるように言われましたが、断りました。
今のわたくしは大神すみれです。
神崎に頼らず自分の力で生活し子供達を育てたいのです。
そしてあなたが帰ってくるのをいつまでも待っています。

あなたの
すみれ





「前略、すみれ
手紙ありがとう。みんな元気なようで安心したよ。
苦労をかけるね。
俺は自分のしたことを後悔はしていない。
だけど、君にはすまないことをしたと思っている。
何よりも君や子供達に会えないのが辛いよ。

いつも君を想っている
一郎





「前略、あなた
わたくしもあなたに会えなくて寂しいですわ。
でも一日一回あなたに頂いた時計のねじを巻くときに、
どんなに離れていてもわたくしはあなたと一緒だと感じます。
この時計のぬくもりはあなたのぬくもりです。

苦労だなんて一体何のことでしょう。
わたくしは今まで苦労などしたことはございませんわ。
特にあなたと一緒になってからは。
毎日が充実しています。

それより聞いて下さいな。
お仕事が見つかりました。
うちから少し離れたところにある食堂です。
そこのご主人が昔よく帝劇に足を運ばれたとか。
帝劇が閉鎖されたのをひどく残念がっておられましたわ。
それでわたくしが働きたいというのを快く受け入れて下さいました。
今はまだ給仕だけですけど、そのうちに厨房に入れてもらえるように頑張りますわ。
あなたが帰ってきたら新メニューをお出しできると思います。
楽しみにしていて下さいな。

家のことは真一と真矢がやってくれています。
みんなで協力してあなたが帰るまで大神の家を守っています。
だから心配なさらないでね。

いつも想っています
すみれ





「前略、すみれ
ははは、それは楽しみだね。
最初に君がごちそうしてくれた料理にはびっくりしたけど、
今ではあの斬新な味付けが懐かしいよ。
ここの料理もおいしいけど君の作った物にはかなわないね。

こんな時代に子供の時を過ごさねばならないのは可哀想だけど、
子供達もいい子に育ってくれているようで嬉しい。
ありがとう、きっと君のおかげだね。
何もしてあげられない俺を許しておくれ。

愛をおくる
一郎





「前略、あなた。
まあ、意地悪ですわね。そんな昔のことをおっしゃるだなんて。
でも、あの時あなたは全部食べて下さいましたね。
とても嬉しかったですわ。
もっともカンナさんと張り合えるくらいの胃袋だから当然なのかも知れませんけど。

カンナさんといえば、最近うちに入り浸ってはご飯を食べていきますの。
変装のために髪を伸ばして女らしい格好をしていますけども、
中身は全然変わっていません。
まったくあんな大食らい養ってたら、わたくしがいくら働いても追いつきませんわ。
子供達はよくなついているみたいです。
まあ、カンナさんは昔から子供には人気ありましたものね。

真一は桐島流を習っています。
さくらさんからは北辰一刀流を、レニからは戦術を教えてもらってるようですわ。
真矢は織姫からピアノと歌を習っています。
全く相変わらずおせっかいな人たちですわ。

仕事の方も順調です。
昔の帝劇の常連さんなんかも大勢でいらしてくださいます。
舞踏会楽しかったよとか、またわたくしの舞台姿がみたいとおっしゃって下さるお客様もいらっしゃいましたわ。

わたくし、帝劇と出会えて本当に良かったと心から思っています。
こんなにも大勢の方から祝福されたり、励まされたり。
みな帝劇のおかげですもの。
そして何よりあなたと出会えたことも。

こちらはみなさんのおかげで元気にしています。
くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。

愛を込めて
すみれ





「前略、すみれ
カンナは日本を脱出しなかったんだね。少し心配だ。
うまくごまかせればいいけど。

そうか、カンナ、さくらくん、レニ、織姫くんが。
嬉しいね。そしてありがたい。
みんなが気にかけてくれるのは。

それはそうと、君はカンナの事を話すときはいつも昔みたいな口調になるね。
なんだか嬉しそうだったよ。文面が踊っていたもの。

俺も帝撃に配属されて本当に良かったと思っている。
最初の頃はなんだこりゃと思ってもいたけどね。
もし配属されていなかったら、真の友人をこんなにも沢山持つことができなかったかもしれない。そして生涯の伴侶を見つけることも。

あそこは俺にとっても特別な場所だ。
いつかまた帝劇を復活させよう。
そして大勢の人たちに再び夢を与えるんだ。
それが恩返しだと俺は思う。

いつかまた
一郎





「前略、大神隊長
おひさしぶりです。マリア・タチバナです。
隊長のおかげでアメリカに脱出することが出来ました。
本当にありがとうございました。

今私はアメリカの対魔戦闘部隊、Silent Frontiers の副司令をしています。
司令はジョセフ・ヴァレンタイン中将とおっしゃる、どこか米田支配人に似たところのある方で、米国軍人でありながらアメリカだけの利益にとらわれない視野を持つ素晴らしい方です。Silent Frontiers のみんなもいい子達ばかりです。この部隊を花組のような部隊にしたいと思っています。

まだまだ書きたいことは沢山あるのですが、今はそうも言っていられません。
至急、お知らせしたいことがあります。

米大統領は霊子爆弾の開発にゴーサインを出しました。
これから本格的な研究が始まるものと思われます。
紅蘭をそのプロジェクトチームに潜り込ませることに成功しました。

以後状況を逐一お知らせします。

遠くアメリカより
マリア





「霊子爆弾だと?」

大神はかつて紅蘭から聞いたことがある。
霊子エネルギーを悪利用すればとんでもない悪魔の兵器が出来上がるということを。

すなわち霊子爆弾とは、霊子に中性微霊子をぶつけて霊子を強制的に分裂させ、エネルギーと中性微霊子を放出させる反応を連続的に起こすことによって破壊力を得る爆弾である。
その際に放出される中性微霊子の一部は反応のために使われるが、残りは外部に降り注ぐ。
そして、この中性微霊子は人間の「精神」に攻撃的な悪影響を及ぼすことが分かっている。
爆発で殺されなかった人でも中性微霊子を浴びると精神に変調を来しお互いに殺し合うようなことになるのだ。
つまりまさに悪魔の兵器である。

「なんてことだ」

大神一郎の新しい戦いが始まろうとしていた。

(了)


(次へ)


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