真珠湾のアメリカ艦隊を打ち破り、東南アジアの拠点を制覇しつつある今現在なら、 条件次第で日米和平はなると大神は考えていた。 これ以上の戦争継続は、国力勝負である。 そうなると日本に勝ち目はない。 時間が経つにつれ和平の条件は厳しくなり、太平洋の拠点を失ってしまえば最早無条件降伏しか残されないであろう。 前々から大神はそういった考えを、獄中から山口海軍大臣に上申していた。 それに加えて、アメリカの霊子爆弾開発開始の報である。 ますます急がねばならない。 我が身は獄中にあり、しかも脚の障碍のため動くこともままならない。 しばしの考慮の後、大神はペンを取り出し手紙を書き始めた。 「マリアへ マリア、知らせてくれてありがとう。 大変な事態だ。 あんな悪魔の兵器は断じて作らせてはいけない。 紅蘭には開発をなるべく遅らせるように頼むつもりだ。 そこでマリアにお願いがある。 開発が遅れているうちに、早期日米和平を実現しなくてはならない。 そのためにそちらの有力者を引っぱり出す工作をして欲しいんだ。 君の話ではヴァレンタイン中将は傑物だそうだね。 まず彼に当たってみてくれないだろうか。 難しい仕事だとは思うが、マリアになら出来ると信じている。 よろしく頼むよ。 大神 」 「紅蘭へ 俺の知る限り霊子爆弾は最悪の兵器だ。 あんな悪魔のような兵器は断じて作らせてはいけない。 紅蘭にお願いがある。 霊子エネルギーの実用レベルでの取り扱いに関しては 開発スタッフの中で恐らく君が一番だろう。 他の科学者連中もおそらくそれを君に期待しているはずだ。 ノウハウを教えないで欲しい。 放り出されてしまえば元も子もないので、小出しにして開発を遅らせて欲しい。 その間に、マリアとアイリスには日米和平のための会談に有力者を 引っぱり出す工作をしてもらうつもりだ。 これは君にしかできない仕事だ。 よろしくお願いするよ。 大神 」 「アイリスへ 君もマリアから聞いていると思うが、アメリカは霊子爆弾という 悪魔の兵器の開発に着手した。 この爆弾が爆発すると、直接やられなかった人でも精神に異常を来し、 互いに殺し合うようになるらしい。 こんな爆弾は絶対に作らせてはいけない。 紅蘭には爆弾の開発を遅らせる工作をお願いしている。 それでアイリスにお願いがあるんだ。 ヨーロッパにおけるシャトーブリアンの影響力を貸して欲しい。 ドグール将軍あたりを援助して、フランスにおけるドイツの影響を排除させてほしい。 その上でドグール将軍に日米和平の仲介をお願いして欲しいんだ。 難しい仕事だけどアイリスならやってくれると信じている。 大神 」 「レニへ マリアから手紙が届いた。 それによるとアメリカは霊子爆弾の開発に着手したらしい。 技術的に開発が可能なのは他にドイツ、日本だけだろう。 だから、君にはドイツへ渡って霊子爆弾の開発状況を探って欲しい。 そして必要とあらばそれを妨害して欲しい。 方法はレニに任せる。 危険な仕事だがレニならやってくれると信じている。 あんな悪魔の兵器は絶対に作らせてはいけない。 よろしく頼むよ。 大神 」 「織姫くんへ マリアから手紙が届いた。 それによるとアメリカは霊子爆弾の開発に着手したらしい。 一刻も早い日米和平が必要だ。 あと爆弾の開発が可能な技術を持っているのは日本とドイツだ。 日本はこちらでなんとかする。 ドイツはレニに頼むつもりだ。 そこで織姫くんには、レニを側面からサポートして欲しいんだ。 つまり、ソレッタの力で議会を動かして欲しい。 そして、ヒスラーの盟友であるマルサリーニを失脚させて欲しいんだ。 そうなるとヒスラーは多正面作戦を展開せざるを得なり、戦費は増大する。 つまり、爆弾開発の資金調達が難しくなるだろう。 この仕事は織姫くんにしか頼めない。 よろしくお願いするよ。 大神 」 「さくらくんへ マリアから手紙が届いた。 それによると、アメリカは霊子爆弾という人間を悪魔に変えてしまう新型爆弾の開発に着手したそうだ。 幸い開発チームに紅蘭が潜り込んでいるので、開発を遅らせるように頼むつもりだ。 その間に早急に日米和平を実現せねばならない。 そこでさくらくんにお願いしたいことがある。 真宮寺家の持つ裏の人脈を使って、主上(おかみ)の周辺に日米和平を働きかけてくれないだろうか。 この国では主上近くの支持を得なくては物事は進まない。 非常に難しい仕事だが、引き受けて欲しい。 さくらくんにしか頼めない。 よろしくお願いするよ。 大神 」 「カンナへ マリアから手紙が届いた。 それによると、アメリカは霊子爆弾という人間を悪魔に変えてしまう新型爆弾の開発に着手したそうだ。 幸い開発チームに紅蘭が潜り込んでいるので、開発を遅らせるように頼むつもりだ。 その間にこちらでは日米和平に向けて動くつもりだ。 となると当然中国での権益も放棄することになるだろう。 和平が成ったときに中国国民党と共産党の勢力が争いを始めるかもしれないし、 その時にソ連がどう動くか分からない。相当の混乱が予想される。 幸い、満州情報局には元薔薇組の皆さんがおられるので協力して、 現地の人々を組織して欲しい。 カンナならやってくれると思う。 よろしく頼む。 大神 」 「すみれへ マリアから手紙が届いた。 それによるとアメリカは霊子爆弾という人間を悪魔に変えてしまう爆弾の開発を始めたそうだ。 そんなものを作らせてはいけない。 開発チームに潜り込んだ紅蘭には開発を遅らせるように頼んだ。 あと、霊子爆弾を開発できる技術を持つのはドイツと日本だ。 ドイツのことはレニに頼んだ。 日本における開発はおそらく神崎重工と理学研究所が行うことになるだろう。 それを妨害して欲しい。 それと財界における神崎の影響力を駆使して対米強硬路線の東城内閣打倒の 声を上げさせて欲しいんだ。 日本の将来のために、真一や真矢の未来のために頼む。 愛している 一郎 」 「清流院少将 大神です。 お久しぶりです。 マリアから連絡がありました。 アメリカは霊子爆弾の開発に本格的に乗り出した模様です。 紅蘭に時を稼いで貰っている間に日米和平を実現しようと考えています。 当然満州における権益も放棄することになると思いますが、 その時の国民党、共産党、ソ連軍の動きが心配です。 混乱なきよう今から現地の人達を組織しておいて下さいませんか。 カンナにもそちらへ行ってもらうつもりです。 彼女の豪放磊落な性格はきっと現地の人々の信頼を勝ちとるのに必要だと思います。 では、太田少佐、丘大佐にもよろしくお伝え下さい。 大神一郎 」 「山口海軍大臣閣下 大神です。 マリアから連絡がありました。 アメリカは霊子爆弾の開発に本格的に乗り出した模様です。 最早一刻の猶予もありません。 早急に日米和平を実現すべきです。 さくらくんには裏御三家の人脈を以て主上周辺に働きかけてもらいます。 山口閣下には対米強硬路線の東城内閣を解散させ、早期停戦を実現しやすい内閣を作っていただきたいのです。 よろしくお願いします。 大神一郎 」 「やはり、隊長は隊長だわ。昔と少しも変わっていない」 遠く離れていても再び大神の指揮で世界の平和のために働けることが嬉しい。 大神の手紙を読み終えたマリアはすぐに行動を開始した。 「ヴァレンタイン中将、お願いしたいことがあるのですが」 「そや、あないなもん作らせたら絶対にあかん。 そのためにはうちは何だってやるで。 そやけど開発自体はもう止められん。 うちがおらんでも自力で開発を進めることが出来る面子ばっかりや。 となると、ちょっとずつミスリードして開発を遅らせながら、万一のことを考えて 爆発の制御いう名目で中性微霊子の発生を抑える信管をつけさせるしかない。 となると・・・・」 大神の手紙を読み終えた紅蘭は、頭をひねりながら計算を始めた。 「お帰りアイリス。でもアメリカにいた方が安全だったのに」 「いいえ、パパ。私は戦いに戻ってきたのです。 この戦争を終わらせて、フランスと世界に平和を取り戻すために。 そのためにシャトーブリアンの力、お借りします」 アイリスの青い瞳には強い光が浮かんでいる。 それは豪奢な金の髪の輝きと相まって高貴な美しさを放っていた。 「アイリス、強くて綺麗になったわね」 「ええママ。お兄ちゃんや花組のみんなと過ごした日々が 私を強くしてくれました」 親子は抱き合い再会を祝した。 再び祖国の土を踏む。 懐かしさは感じなかった。 この地には戦いの記憶しかない。 そして今もまた長く困難な戦いのために戻ってきたのだ。 「まずは組織作りからだ」 そう呟くとレニは強く風の吹く街を歩き出した。 「ただいま、パパ、ママ」 「お帰り、織姫」 「よく戻ったわね」 親子は抱き合いキスを交わす。 「パパとママが一緒に暮らせるようになって良かったわ。 私は愛する人とは暮らせないけど。 その代わり私は愛する人のために戦うことが出来る。 そのために帰ってきたの。 ソレッタの力、私に使わせて下さい」 織姫の戦いもまた幕を上げようとしていた。 「・・・・・・」 「さくらさん、真宮寺当主の座をあなたに譲ると言っておられます」 「ありがとうございます、おばあさま。 真宮寺の力、ありがたく使わせていただきます」 その夜、桂は永眠した。 いつも厳しかった祖母の顔に微笑みが浮かんでいた。 「おばあさま。あたしがんばります。 真宮寺の当主として日本を守っていきます」 その瞳には涙と共に強い決意の光があった。 広大な大地に独り立つ影。 「うわぁ、やっぱりでっけぇなぁ。 へへ、なんかワクワクしてきたぜ」 カンナは桐島流の型の演舞を始めた。 ゆっくりした動作から、素早い上段受け、中段返し。 上体ダッキングから下掃腿。 夕陽にシルエットが踊る。 「ふんっ!」 下段突きで最後を締める。 「こっからがあたいの新しい戦いだ」 すみれは食堂を辞めた。 主人はひどく残念がったが、どうしてもやらなければならないことが できたと言うと快く送り出してくれた。 それからは昼に神崎重工の技師長とコンタクトを取り、 夜は財界人のパーティーに出席し協力をとりつける 相手を捜すという毎日だった。 全ては未来のために。 それから2年余りが過ぎた。 だが世界の各地で花組の戦いは続いていた。 大神は彼女たちからの報告を元に次の対策を考え 指示を飛ばす。 それ以外の時間は脚の力を失ってから急激に高まり始めた霊力を制御するための訓練を行っている。 万が一の可能性を考えると、もう一度霊子甲冑に乗る時が来るかも知れない。 大神は極秘に自らの光武・改を非接触型に改造させた。 「ドイツにおける霊子爆弾の開発は滞っている。アメリカに亡命した科学者達の抜けた穴が大きいようだ。 ヒスラーは自分より人望のあるランメル将軍を自決に追い込んだ。 これでヒスラーはドイツ軍の信任を完全に失った。 ドイツの敗戦は目前だと思われる レニ」 「各方面に働きかけ、フランス海軍をドグールの下に再編成させました。 後は軍人さん達がどれだけやるかだよね。 アイリス」 「議会を動かしマルサリーニを排除しました。ヒスラーの干渉を斥け、連合軍はローマに入城しました。 織姫」 欧州における状況は好転しつつあった。 だが、日米和平の試みはことごとく失敗に終わっていた。 東城内閣は倒れ、山口内閣が成立し和平に向けた積極策を 取り始めた日本だったが、アメリカの姿勢は無条件降伏以外を 認めない強硬なものであった。 後、残された可能性はドグールが一刻も早くフランスを解放し、 日米和平の仲介をしてくれることだけだった。 「神崎からの情報です。日本における霊子爆弾の開発は資材不足のため、 不可能なようです。 すみれ」 「霊子爆弾実用化まであと一歩の模様。すでに生産のための製造工場建設開始。 マリア」 「霊子爆弾の開発をこれ以上遅らせるのは無理みたいや。 そやから、せめて人を悪魔にする中性微霊子の発生量を極小に抑えるように 反応を制御するための信管をつけさせることにする。 それによって霊子爆弾による二次被害はなくなる筈や。 ただ爆発の威力は従来型の爆弾に比べたら桁違いや。 和平がならんのやったら最終手段も考えんといかん。 紅蘭」 「指示通り、満州ユダヤ人居留区を極秘に設置。受け入れ可能。 琴音、斧彦、菊之丞」 「マリアへ 非常に危険な状態だ。ドイツには最早、霊子爆弾を実用化する余力は無いと見える。 しかもレニの情報によると、ドイツの降伏は時間の問題のようだ。 霊子理論では我が国が最先端だが、我が国の現在の状況では実用化に必要なプラントの 建設さえ困難だ。となると霊子爆弾を実用化しうるのはアメリカだけとなる。 ドイツの状況を考えるとアメリカは日本に新型を投入するつもりに違いない。 それまでになんとしても日米和平を実現しなくてはいけない。 引きつづき、政府高官、及び軍上層部とのコンタクトをとってくれ。 それと紅蘭の様子をよく見ておいてくれ。 彼女には思い詰めるところがある。 大神」 「紅蘭へ ありがとう。爆弾自体の開発を止められなかったのは残念だけど、 そういうことなら霊子爆弾の悪魔性だけは阻止することができるね。 本当にありがとう。 こちらも引きつづき和平工作を進める。 だからくれぐれも無茶なことは考えるなよ。 大神」 運命の年が来た。 日本側の必死の和平工作もアメリカは全て一蹴した。 それには理由があったのだ。 イタリアが降伏し、ドイツの降伏も時間の問題である。 そうなると折角霊子爆弾が実用化しても使用する局面がなくなるのだ。 そうなると莫大な予算を承認した議会が黙っていない。 責任者のこれからの政治生命はなくなったも同然である。 彼らにしてみれば意地でも霊子爆弾を使用する必要があった。 となると残るは日本のみ。 絶対に和平を成立させてはならなかった。 彼らは米国内の対日和平派を圧迫すると同時に霊子爆弾の日本への投下を決定した。 (了)
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