鈴木雅明/読響&BCJ
  “J.S.バッハ/マタイ受難曲”(メンデルスゾーン版)


2000/9/9  19:00  サントリーホール


J.S.バッハ/マタイ受難曲 BWV244 (メンデルスゾーン編曲 1841年版、全曲)


指揮:鈴木雅明

独唱:ゲルト・テュルク(福音書記者&テノール)、多田羅迪夫(イエス)
    釜洞祐子(ソプラノ)、白土理香(アルト)、浦野智行(バリトン)
合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン、東京芸術大学声楽科有志 (合唱指揮:大谷研ニ)
少年合唱:東京少年少女合唱隊 (合唱指揮:長谷川冴子)
管弦楽:読売日本交響楽団
     通奏低音:オルガン=水野 均、チェロ=毛利 伯郎・唐沢 安岐奈、コントラバス=星 秀樹
協力:木村 佐知子 *この版での演奏については是非こちらもご覧ください!

鈴木雅明指揮 読売日本交響楽団
 
 合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン、
     東京芸術大学声楽科有志
 児童合唱:東京少年少女合唱隊

 2000年 9月9日、
 東京:サントリー・ホールでのステージ・リハーサルにて

【コメント】
 “4つの時制”に拡大された「マタイ」

 それは非常に刺激的な体験だった。メンデルスゾーン版(1841年)の「マタイ」には、通常今日の我々がこの作品を体験する時の3つの時制(1世紀:聖書に記載の事実[主にエヴァンゲリスト]、18世紀:バッハの視点[主にアリア]、20世紀:我々の視点[主にコラール])に、メンデルスゾーンの生きた19世紀(バッハ再認識の時代)の視点が加わっていた。そして今回のこの演奏を体験することで、現代の我々のバッハ受容に、この19世紀の視点がいかに大きな影響を与えているかということに気づかされたのだった。
 第1曲、コンティヌオの e の音に大オルガンのペダルがかぶせられているなどのデフォルメはあるものの、これは我々がリヒターの「マタイ」などで聴き慣れた“普通”の響きではないか、と感じた。同じくソプラノ・イン・リピエーノに少年少女合唱が用いられる29曲でも、同じ思いを抱いた。思えばバッハイヤーの今年、数多く接することのできた「マタイ」のステージの中でも、それが古楽器を用いた演奏であったとしてもこの児童合唱が用いられるケースがほとんどだったことが、この19世紀の視点の影響を我々が受け継いでいることの証左に他ならないのではないだろうか。(ヘレヴェッヘ、コープマン、ピノックのいずれもが児童合唱を起用していた。数少ない例外がコルボの東京公演、そしてこの春のBCJ公演である。)
 しかし、この1841年版のメンデルスゾーン編曲における特異なコンティヌオの編成は何を物語るのだろうか。・・・そこにあるものは、伝統の断絶とその再発見のための挑戦なのではないかと私は思う。
 1829年の復活初演ではピアノを用いたというそのコンティヌオ・パートだが、1841年、バッハゆかりのライプツィヒでこの曲を演奏するチャンスを得たメンデルスゾーンを満たしていた思いは、やはりバッハの音楽への敬意に他ならなかっただろうと思う。このコンティヌオのあり方に、そのころからのバッハ受容・バロック音楽の受容が、例えばチェンバロの再発見にいたる道筋への模索であったことを見て取りたい。その姿勢こそ、まさに古楽と呼ばれている演奏姿勢への第一歩なのではなかったか。
 確かに「マタイ」という“宝物”を今回のような形で耳にすることは辛い経験であると言えないことはない。だが、今我々がここで認識を新たにすべきは、若きメンデルスゾーンのバッハへの思いの深さではないだろうか。その思いこそ、今の我々に連綿と受け継がれ、19世紀と20世紀におけるバッハ体験の深化を促したものに違いないと思う。今回の演奏は、そのメンデルスゾーンの思いが、残された音楽にしっかりと刻印されていたからこそ実現できた、やはり紛れもないバッハの音楽であったと私は受けとめた。
 バッハに、そしてメンデルスゾーンに、さらにこの貴重なチャンスを提供してくださった方たち、そして、そのすべてを受けとめて大きな音楽を築きあげてくださった鈴木雅明さんに感謝を捧げたいと思います。
 (矢口) (00/10/23)

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