彩の国グレート・バッハ・シリーズ
  J.S.バッハ/マタイ受難曲


2002/3/29  埼玉:彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール 19:00 *聖金曜日
2002/3/30  埼玉:埼玉会館 16:00

*同一プロダクション・・・BCJスペイン・イタリア ツアー
  2002/3/17 アンドーラ公国:オーディトリ・ナシオナル・アンドーラ 18:00 (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/19 スペイン・バルセロナ:カタルーニャ音楽堂 20:00       (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/20 スペイン・サラマンカ:テアトロ・リセオ 20:15          (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/21 スペイン・サン・セバスティアン:クアザール 20:00      (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/23 スペイン・ザラゴザ:オーディトリオ・デ・サラゴサ 20:15   (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/24 スペイン・ヴァレンシア:ヴァレンシア音楽堂 19:30     (バッハ/『マタイ受難曲』BWV244)
  2002/3/26 イタリア・トレヴィゾ:聖ニコラ記念寺院 20:45   (バッハ/『ヨハネ受難曲』BWV245〔NBA版〕)
   ※鈴木秀美さんによるツアー・レポートはこちら→(1) (2) (3) (4) (5) (6)


J.S.バッハ/『マタイ受難曲』 BWV244 全曲


指揮:鈴木雅明
独唱:ゲルト・テュルク(福音書記者:テノール)、エッケハルト・アーベレ(イエス:バス)
    ドミニク・ラーベル(ソプラノl)、ロビン・ブレイズ(アルト)、
    鈴木准(テノール)、浦野智行(バス)  
合唱と器楽:バッハ・コレギウム・ジャパン (全出演者リストはこちらです。)
       *イタリアでの『ヨハネ受難曲』公演のメンバーはこちらです。


【聴きどころ】
 91年、94年、99年、2000年に続くBCJ5回目、21世紀最初の『マタイ』の演奏会です。今回は昨年秋に続くスペインを中心としたヨーロッパへの演奏旅行のあとでの演奏ということも特筆されるべきでしょう。受難節のヨーロッパの空気の中で熟成されコクを増した音楽を我々は目の当たりにできるわけです。
 編成の面でもこれまでの様々な取り組みが生かされています。まず第1部の冒頭と終曲(29曲)に登場する“ソプラノ・イン・リピエーノ”のパート。CDでは少年少女合唱で収録されていますが、2000年に試みられた大人の声による演奏が取り入れられ、今回はソプラノのラーベル、カウンター・テナーのロビンソリスト2人によって歌われます。2000年はソプラノ2人による演奏でしたから、今回アルトの声域を加えたことは新しい取り組みです。2000年の横浜公演のように指揮者の両脇で歌われるのではないかと想像しています。この配置は、このパートの重みを非常によく伝えてくれたので楽しみです。それ以外にも、テノールとバスのアリアをグループごとに分けるなど、バッハの指示をできるだけ尊重しようという配慮がなされています。
 次に出演メンバー、特に両オーケストラのリーダーに注目です。マタイにはヴァイオリンのオブリガードのある重要なアリアがあります。「ペテロの否認」の後の“憐れみたまえ”は第1グループ。これまで寺神戸さん(99年)、若松さん(2000年)の演奏を聴かせていただいて来ましたが、いよいよもう一人のコンサートミストレス、高田あずみさんの演奏でうかがえます。楽しみです! そして第2オーケストラのヴァイオリン・オブリガードといえば“ユダのアリア”。ユダが自分の行為を悔いて自殺をする前に神殿にイエスを売って手にした銀貨を投げ込む様子を描いたとされる早い動きの技巧的なオブリガードを、BCJのオケで初めてリーダーを勤める桐山さんがどう料理してくださるか、見ものです!
 ・・・と、あげていけばキリがないのですが、いずれにせよ、今までのBCJのマタイの演奏を受け、新世紀の新しいアプローチのスタートになる記念すべき演奏になるでしょう。さあ、29、30日は埼玉へ!
 
(02/03/28)

【コメント】
〔3/29(聖金曜日)〕
 BCJが埼玉で迎える初めての聖金曜日。この演奏が国内での21世紀最初のBCJの『マタイ受難曲』演奏である。
 コンティヌオの鍵盤楽器は舞台中央奥にしつらえられた今井さんのものと、指揮の雅明さんの前の1台のポジティフオルガン2台。2000年に用いられたチェンバロは今回は無し。(ただ、2部のNBA No34,35はヴィオラ・ダ・ガンバで演奏され、チェンバロが用いられたバージョンのものとされる編成だった)。
 第1曲ソプラノ・イン・リピエーノの2人は指揮者の目の前。このパートの登場シーンでは初め全体のダイナミックスを落としていたが、声部が増えて来るにつれ響きは渾然一体となっていった。惜しむらくは、このリピエーノ・ソプラノを特別なストップ指定の音色でなぞるオルガンの響きが聴こえなかったことである。
開始してからしばらくは手探りの部分が感じられた音楽が、あの15曲目に初めて登場する『マタイ』の受難コラールあたりから熱を帯び始めた。
 2部にはいると見せ場の連続。見事に決まった「ペテロの否認」に続く“憐れみたまえ”のアリアが、まるであのバセットヒェンの“愛よりして(アウス・リーベ)”のアリアのように静謐に響く。声高ではないがたくさんの思いがこもった表現。“ひそやかさ”が持つ“雄弁さ”を感じた。これが様々なアプローチを経て、21世紀初めの今、BCJが手にした新しい表現かもしれない。それは、すべてを知った上でバッハの原点のシンプルさに立ち戻ったかのよう、とでも表現すれば良いのだろうか。
 両オーケストラのリーダーによるヴァイオリン・オブリガードも見事。さらに特筆したいのが“アウスリーベ”での菅さんのトラヴェルソ! まさにコクの深い演奏。
 エヴァンゲリストゲルトが“目覚めていよう”のアリアを歌い、イエスアーベレが“甘き十字架”、“浄め”のアリアを歌う。2000年『マタイ』でのコンチェルティスト、リピエニスト形式のアプローチが自然にとけ込んでいる。1999年に一旦の完成を見た(そしてCDに記録が残された)ロマン派のアプローチをスタートラインとする表現の完成度には届かないものの、今のBCJが手にし、そしてこれから何を目指そうとしているのかを、確かな形で示してくれた記念すべき演奏だったと思う。さあ、明日の2002年パッション・ツアー最終公演ではどんな『マタイ』を聴かせてくれるのだろうか。楽しみである。
 最後にお礼とお願いを。実際には19:10に始まった演奏が終了したのが22:20。会場にJR与野本町駅の時刻表とタクシー会社の連絡先を掲示してくださったホールのスタッフの皆様に感謝申し上げます。22:54与野本町発の上り各駅停車の列車は、時ならぬラッシュになっていました! しかし、今回いただいた歌詞の対訳には改善していただきたい点が多々あります。特に一番残念だったのが、ページのめくりの場所の設定。「イエスは大声で叫ばれ・・・(カサコソカサコソ)・・・亡くなられた」これではせっかくの表現が台無しです。明日はもう仕方がないものの、是非今後そういった点にもお心配りをお願いします。
  
〔3/30(イースター・イヴ?)〕
 半月に渡るツアーの最終日。冒頭から密度の高い演奏が繰り広げられた。1部の最後・第29曲では、両翼に陣取ったそれぞれのグループのソプラノパートに加え中央・指揮者前に陣取ったリピエーノのソリスト(ソプラノ、アルト)が一斉に“人よ、その大いなる罪を嘆け”と歌う。コラールの旋律が視野いっぱいに拡がり圧倒された。
 第2部、第35曲の“耐え忍べ”のアリア、前日はやや不安を感じさせる部分もあった鈴木准さんが説得力に満ちた歌声を聴かせてくれた。その後いくつかのアクシデントもあったが、終始丁寧な音楽作りでBCJのパッション・ツアーは幕を閉じた。
 カーテンコール。長いツアーの労をねぎらうかのように鈴木雅明さんが全ソリストと固い握手を交わす。合唱団の中のソリストや器楽のメンバーにも賞賛を捧げながら、最後に共にコンティヌオを弾ききった実弟の鈴木秀美さんに歩み寄りこれまた固い握手が交わされた。今度はどのような『マタイ』を聴かせてくれるのだろうか。21世紀のBCJ『マタイ』のさらなる深化に期待したい。なお、長年BCJで活躍してきてくださった柳沢亜紀さんが今回のツアーをもってBCJを離れられるとのこと。今までのたくさんの素晴らしい演奏に感謝を捧げたい。
(02/04/01)

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