第30回定期
  J.S.バッハ/教会カンタータ全曲シリーズ
   〜ヴァイマール時代のカンタータ IV〜


'97/6/9   19:00  紀尾井ホール 


J.S.バッハ/教会カンタータ

   《天は笑い,地は歓呼す》 BWV31
   《鳴り響け,汝らの歌声》 BWV172
   《わが心に憂い多かりき》 BWV21


指揮:鈴木雅明

独唱:緋田芳江(S:BWV31)、鈴木美登里(S:BWV172)、柳沢亜紀(S:BWV21)、
    米良美一(A)、ゲルト・テュルク(T)、ペーター・コーイ(B)

オブリガード:マルセル・ポンセール(オーボエ)、島田俊雄,小林好夫,長田吉充(トランペット) 

合唱と器楽:バッハ・コレギウム・ジャパン

    コンサート・マスター:寺神戸亮

    通奏低音:鈴木秀美(チェロ)、櫻井茂(ヴィオローネ)、堂阪清高(ファゴット)、
           今井奈緒子(オルガン)


【プログラム『巻頭言』
 
 バッハコレギウムジャパンの東京での定期演奏会は,第30回目を迎えることとなりました。と同時に,今までのカザルスホールでのシリーズを終わり,紀尾井ホールでの新しい一歩を歩み始めます。神戸でお聴き頂いている方には,今年から《カンタータ》と《ゼロビート》シリーズのふたつの流れで,様々な響きをお届けいたします。松蔭では,これからも録音の雰囲気そのままの生々しい現場での演奏会となりますが,私たちの拙い演奏をこれまで支えて下さったのは,西も東もいずれ劣らぬ熱心な聴衆の皆様にほかなりませんここにあらためて心からお礼申し上げます。
 今日お聴き頂くのは,この節目の演奏会のために昨年から我慢しつつ取っておいた,最大編成の名曲群です。バッハはクリスマスや復活祭など,いつも重要な祝日のためにはしばしば3本のトランペットとティンパニを用いますが,今回は特にこのトランペットが,三位一体の象徴としてバスのアリアをも飾り(172番),イエスのよみがえりを告げ(31番),さらに,うめきさまよえる魂がついに到達する永遠の神の栄光を高らかに称えます(21番)。しかしバロックのトランペットは,決して威圧的ではなく,むしろ弦楽器に近い滑らかさと細い響きを持っているので,ヴァイオリンと共に31番の終結コラールの冠ともなり得,また小編成の合唱ともうまく溶け合うのです。
 今回の3曲はバッハがよほど好んだ作品らしく,作曲されたワイマールでのみならず,いずれもライプツィヒ時代に再演しています。度重なる再演は,その都度手が加えられるので,残される資料は必ず混乱し,現代の私たちを悩ませることになるのですが,特に21番の《我が心に悩み多かりき》(''Ich hatte viel Bekmmernis'')は複雑です(制作ノート参照)。しかし,そのような作品は必ずバッハの思い入れがそれだけ強く,私たちにも格別な力で迫って来るものがあります。
 冒頭のオーボエに続いて,''Ich,Ich,Ich''と畳みかける「私」は,もはやこの世の苦難を乗り切る希望とて見出せない絶望の淵に立っています。ため息と涙に咽び(第3曲),奈落の底から叫びをあげる(第5曲)私の魂は,しかし,第2部の冒頭イエスに希望を見出し,第9曲のコラール『ただ愛の神にすべてをまかせるものは』を経て,喜びのアリア(第10曲)に導かれていくのです。この魂の遍歴がかくも長く,苦渋に満ちたものであったればこそ,そのすべてを呑み尽くす栄光への最後の賛美が,かくも燦然と輝かしく響くのでしょう。正に,アレルヤに向かって一気に昇華していくバッハの計り知れないエネルギーが,この作品に結実しているのです。
バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督 鈴木雅明

【コメント】

 紀尾井ホールへ本拠地を移しての初めての演奏会。コンティヌオの音の輪郭がぼやけて聞こえたり、合唱のパワーが今ひとつ伝わりにくいなどの感じがあったが、客席は盛況。ただ、今までとはちょっと違う雰囲気ではあったが・・。ともあれ、BCJ新時代の到来を感じさせる一夜だった。
 前半のBWV31、172は事前学習用にコープマンの演奏を聴きすぎてしまったためか、華やかさではコープマンに一歩ゆずる感を受けた。しかし、BCJならではの、きっと一度聴いただけでは聴きのがしがちなしみじみした持ち味もあったはずなので、CDになってからじっくりかみしめてみたい。   
 BWV21は本当に心にしみ入る演奏だった。ポンセールのオーボエ、秀美さんのオブリガード・チェロなどを始め、声楽ソリストもぴたっとはまった素晴らしい出来。それに加えて雅明さんの大きな音楽づくり。最後のアレルヤでの解放感は特に印象に残った。ちなみにアンコールのアレルヤはそれぞれのパートの合唱で始まったが(本プログラムの時は各パートのソロでスタート)、終演後雅明さんにうかがったところ、ソロでのスタートの指示はライプチッヒ時代になってからのもので、アンコールではワイマール時代の形で演奏をしてみたとのこと。こんなところにもこだわりがうかがえてうれしい限りだ。BCJの合唱団はこのしばらくあと、初の海外公演であるフランスの地に向かった。 (矢口)

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