東京オペラシティ コンサートホール
  オープニングシリーズ
  BCJ “J.S.バッハ/クリスマス・オラトリオ(1)”


'97/12/25  19:00  東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル
*同一プロダクション
   '97/12/21 札幌公演:札幌コンサートホール Kitara 大ホール(全曲)
   '97/12/23 名古屋公演:愛知県立芸術劇場コンサートホール(全曲)
   '97/12/27 香川公演:香川県民ホール(全曲)


J.S.バッハ/クリスマス・オラトリオ BWV248 ( I〜III部)〈クリスマス〉


指揮:鈴木雅明

独唱:モニカ・フリンマー(S)、米良美一(CT)、
    ゲルト・テュルク(T/福音史家)、ペーター・コーイ(B)

オブリガード:北里孝浩、江崎浩司、三宮正満(オーボエ・ダモーレ、オーボエ・ダ・カッチャ)、
        島田俊雄(トランペット)、朝倉未来良(フラウト・トラヴェルソ)、
        寺神戸亮(ヴァイオリン) 他

合唱と器楽:バッハ・コレギウム・ジャパン (全出演者リストはこちらです。)

    コンサートマスター:寺神戸亮

    通奏低音:鈴木秀美(チェロ)、桜井茂(ヴィオローネ)、二口晴一(ファゴット)、
           鈴木雅明、今井奈緒子(オルガン)  


【鈴木雅明さんによる「ご挨拶」】

BACH CollegiumJAPAN
クリスマスオラトリオ

歓呼の声を放て,喜び踊れ,
いざ,この日々をば讃えよ。
(杉山好訳 第1曲)

  輝かしい太鼓とラッパの響きが鳴り渡るクリスマスがやってきました。 
  皆様,クリスマスおめでとうございます。

 バッハは,太鼓よとどろけ,ラッパよ響け(BWV214)を転用して,このクリスマスオラトリオの幕開けとしました。太鼓とラッパは,如何にもクリスマスにふさわしい響きに違いありません。しかし,輝かしい序曲が終わると,場面はすぐ,みすぼらしい馬小屋に転じます。馬小屋の飼葉桶に横たわるみどり児イエス。
そう,クリスマスは,このイエスキリストとの出会いの日なのです。バッハは本来6日間にわたって,1部ずつ演奏されるこのオラトリオを通して,己が心とイエスとの出会いを描き出したのでした。いたるところに用いられたコラールが,バッハに重なる私達の思いを歌います。

 ああいかにして私はあなたをお迎えすればいいのでしょう(第5曲)。私を憐れみ,我が心のうちに住まわれるイエス(第9曲)。その心の部屋は,王侯の広間ではなく,馬小屋にも劣る暗い穴ぐらに過ぎません(第53曲)。しかし,王権の象徴たる太鼓とラッパに伴われたイエスがひとたび入られると,その心は千万の太陽もかくや,と光り輝くのです(同)。
 闇に差し込む一条の光を巡って繰り広げられるバッハのページェント。さあ,演奏会場に,ではなく,私達の心の中に鳴り響く絵巻物の始まりです。

差し出でよ,おお美わしき朝の光よ
しかして天空にあかつきを呼べ!
このか弱き嬰児こそ
我らの慰めにして喜び
ついに平和を来らせたもう君なれ。
(第12曲より)

バッハコレギウムジャパン音楽監督
鈴木雅明

(オリジナル掲載、97/12/18)


【参考】

「クリスマス・オラトリオ」のそれぞれの祝祭日に
礼拝で読誦される聖書の使徒書簡や福音書章句


 「クリスマス・オラトリオ」はルター派教会の説教音楽としてクリスマス期間の6つの祝祭日に演奏されることを前提として作曲されたものです。それゆえ、当日読誦される聖書の使徒書簡や福音書章句と楽曲のテキストの間には密接な関連があり、それらの聖句を念頭に置くことで、楽曲のより深い理解が可能になります。
 そこで、第I部〜第VI部のそれぞれの楽曲が演奏される祝祭日に読誦される聖句の、『聖書(新共同訳)』[発行・日本聖書協会]における該当個所をご紹介いたします。聖句そのものの掲載ではありませんが、前記の『聖書』や『新約聖書』シリーズ(岩波書店刊:新訳聖書翻訳委員会(佐藤研氏他)訳)などを参照していただき、「クリスマス・オラトリオ」鑑賞の参考にしていただけましたら幸いです。(矢口記)
(楽曲のタイトルおよび、聖句のデータについては、小学館刊(97/12/19)の『バッハ全集[第8巻](樋口隆一・責任編集)』のp156〜161を参考にさせていただきました。)


第I部  クリスマス第1日(12月25日)用 《声をあげてよろこび、その日々を讃えよ》
     「書簡テトス2,11−14」、「書簡イザヤ9,1−6」
     「福音書ルカ2,1−14」


第II部 クリスマス第2日(12月26日)用 《その地方で羊飼いたちが》
     「書簡テトス3,4−7」、「書簡使徒言行録6,8−15」、「書簡使徒言行録7,55−60」
     「福音書ルカ2,15−20」、「福音書マタイ23,34−39」


第III部 クリスマス第3日(12月27日)用 《天の支配者よ、舌足らずの祈りを聞き入れよ》
     「書簡ヘブライ1,1−14」
     「福音書ヨハネ1,1−14」、「福音書ヨハネ21,20−24」


第IV部 御子の割礼と命名の祝日(1月1日)用 《感謝し、讃美してひざまずけ》
     「書簡ガラテア3,23−29」
     「福音書ルカ2,21」


第V部 新年後の主日用 (1735年の初演時には1月2日) 《栄光あれと、神よ、汝に歌わん》
     「書簡第1ペトロ4,12−19」
     「福音書マタイ2,13−23」


第VI部 顕現日(1月6日)用 《主よ、高慢な敵がいきまくとき》
     「書簡イザヤ60,1−6」
     「福音書マタイ2,1−12」

(オリジナル掲載、97/12/21)

【コメント】
 BCJの東京オペラシティコンサートホールでのデビューコンサート。会場は“ダフ屋”さんが出た(!)ほどの大盛況。
 新しい会場での初めての演奏ということで、まず合唱と器楽の編成を報告すると、合唱はSATB各5人の合計20名、器楽は、弦楽器が3-3-2-2-1(Vn1-Vn2-Vla-Vc-Cb)で、管楽器がフラウト・トラヴェルソ2、オーボエ属が最大4、ファゴット1、トランペット3、ティンパニ1であった。つまり“いつも通りの編成”である。さて、その響きは、私の聴いた2階L1列35番では適度な充実感が得られたと思う。(ただ、ステージ上の左サイドに配置されたトランペットとティンパニの音が届きにくい席ではあった。) 他の席で聴いた方の感想では、2階、3階の正面ではやや響きが遠い印象で、1階席(前の方)では特に問題なしとのことだった。2階、3階のサイドの席はステージ上の視覚に制限が出てくるので、何を重点にBCJを聴きにいらっしゃるかが座席決定のポイントになるだろうと思う。
 会場の響きの印象については、確かに少し残響が少な目のようにも感じた。しかし私が今まで9回ほどオペラシティで演奏を聴いた中で、こんなに客席が埋まっていたのはオープニングの小澤征爾による“マタイ”以外にはなかったので、常にこの日のような状態ではないだろう。定期公演では、残響についても何らかの工夫がなされるものと思う。(あらかじめ残響確保を視野に入れたチケット販売を計画中とも伺っています。詳細は後日ご報告するつもりです!) なお、この日はオルガン前の指揮者の顔の見える1列は販売されていなかった様で誰も座っていなかった。
 それから、些細なことだがお願いを一つ。オペラシティのホールには天井の最上部に天窓があり、夜のコンサートで天気がよい時にはそこから夜空が眺められ、何となく星が見えるような気がしてとても気に入っているのだが、この日は天気も良かったのに、天窓は昼間の遮光用と思われるシートで覆われていて夜空をのぞむことができなかった。・・・残念! 「クリスマス・オラトリオ」後半では星を頼りに主を訪れる学者たちの話も出てくるので、是非、夜空の星にも見守られながら楽しみたいと思います。どうかよろしく!(夜空を眺めながらBCJのコラールを生で聴くなんて、何て贅沢なんでしょう。・・・と思うのは私ぐらい?!)  

【各曲について】

第I部 《声をあげてよろこび、その日々を讃えよ》 降誕祭第1祝日用(12月25日)
 まず、第1曲の冒頭のティンパニだが、【コメント】で述べたように、私の座席がティンパニの音が届きにくい位置であったこともあってか、ややおとなしい印象であった。(繰り返しの時にもう一度戻ってきた時にはその響きに慣れた感じもしたが。) しかし、3拍子のアーティキュレーションがしっかりおさえられていたので心地よく聴くことができた。欲を言えば、3小節目のような細かい動きがある音型の時に、低い方のA音がやや軽くなりすぎることがあったのが惜しまれる点である。また、冒頭の部分ではついティンパニに注目が行ってしまうのだが、第1音を一緒に弾くコンティヌオのチェロとヴィオローネが、全弓を使って気迫のこもったDの音を聴かせてくれたこともうれしかった。やはりこの気合いがなくては!
 やがてニュアンス豊かなトランペットを始めとする管楽器の旋律に導かれて登場した合唱も、なかなかいい響きを聴かせてくれた。ただ、一曲目中間部のしなやかな流れになる部分で、音程が上がりきらないうらみのあったソプラノを始めとして「まだまだできるのに」と感じた部分があったのも事実である。BCJらしさの見せ場でもあるだけにレコーディングに期待したい。こうして小気味よいテンポで進むうちに一曲目が終わる。この最後の音のティンパニをトレモロにして終わる演奏が多いのだが、BCJでは譜面通りに一つ叩いて澄んだ響きで終わる。私はこの響きが好きだ。
 テュルクの福音史家は絶品。米良さんの第1アリア(4曲目)は、やや緊張気味な印象。米良さんのタキシード姿は初めて見る気がするが、丸みを帯びたチャーミングな靴が米良さんらしさをアピールしていた。
 そしていよいよ「コラール」がやってきた。予想したよりもやや早めのテンポ。少々緊張しているのかも知れないな、という印象も受ける。しかし、ことばのニュアンスが良く生かされていて、“BCJのコラール”の素晴らしさをかみしめることができた。私は思わず音の立ちのぼる天井を見上げた。(すると、シートに覆われた天窓が見えた・・・!)
 第7曲、清楚なソプラノのコラールと威厳にあふれたコーイの歌声のコンビネーションが見事。江崎・三宮のオーボエ・ダモーレコンビも大健闘。コーイは続く第8曲のアリアでも充実した歌を堪能させてくれた。島田さんのトランペットもいつも通りの冴えを聴かせてくれた。
 第I部終曲のコラール(第9曲)、非常に伸びやかに合唱が歌い始めた。合間に挿入される器楽の部分では雅明さんは少しテンポを前向きに取り、合唱の部分とのコントラストを付けようとしていたようだ。最後の器楽の部分が華やかに響きわたって祝祭的な気分のうちに第T部が閉じられた。
第II部 《その地方で羊飼いたちが》 降誕祭第2祝日用(殉教者ステファノの記念日、12月26日)
 冒頭のシンフォニア、柔らかな響きの中に場面ごとの表情づけが見事になされ、味わい深い余韻を残してくれた。(ただ、オーボエ属の演奏の中で、付点のはねる音型がやや甘い印象だったのが気にかかった。)
 レチタティーボを経たコラールでは、T部よりも豊かな響きに感じた。曲想もあると思うが、やはり少し余裕がでてきたのではないかと思う。
 続くレチタティーボで、いよいよソプラノのフリンマーの登場である。彼女の歌声を耳にするのは、確か’94年の「マタイ」公演のあとに府中と横浜で催された「カンタータの夕べ」以来だと思うが、今回はそのドラマチックな感のある表現がやや意外だったが、その存在感は素晴らしい。
 次のテノールのアリアでは朝倉さんのトラヴェルソのオブリガードが見事。比較的早めのテンポの中、表情豊かにソロとわたりあった。このアリアでのテュルクはやや苦戦の印象。テンポが速いためもあってか、32分音符の動きが音程もテンポもうまくはまらないで流れてしまう感じだった。レコーディングでは丁寧なセッションを重ね、きっと見事な仕上がりにしてくれるものと期待したい。
 レチタティーボとコラールを経てやってきたアルトのアリアでは、米良さんが本領を発揮して、優しい子守歌を情感豊かに歌い上げた。そっと歌声に寄り添うトラヴェルソの朝倉さんや揺りかごのようなオーボエ属のオブリガードも、美しい響きでソロをサポートしていた。
 やや控えめな感じで歌われた合唱曲(第21曲)などを経て、のびのびと終曲のコラールが奏でられ、暖かい雰囲気のうちに第II部が閉じられた。当夜の演奏のうち、私にはこの第U部がもっとも印象に残った。
第III部 《天の支配者よ、舌足らずの祈りを聞き入れよ》降誕祭第3祝日用(使徒ヨハネ記念日、12月27日)
 休憩をはさんでいよいよ第V部。再びトランペットとティンパニが加わり祝祭的な気分が戻ってくる。1曲目(第24曲)、第T部の冒頭よりもやや早めのテンポ設定。ただこれがかなり早いものなので、時に全体の動きが前のめりになる傾向があったように思う。コンティヌオ群が何とか踏ん張ってテンポを引き締めていた。合唱では、まず先頭を切ってテノールパートが、ほれぼれするようなしっかりした歌声で登場。思わず“いいぞ!”と声をかけたくなってしまうほどの素晴らしさだった。続く各パートもしっかりと歌い進む。特に46小節目のソプラノの高いAの響きは、この日一番の迫力だった
 レチタティーボに続く第26曲では、舞台左のヴァイオリンと右のトラヴェルソが、とても速いテンポの中、ぴったりと重なってオブリガードを奏でていたのに感動。さすが!という感じ。 コラールに続くソプラノとバスのデュエットアリアでのオーボエ・ダモーレコンビ(江崎さん・三宮さん)も、ソリストに負けない素晴らしい出来映え。さらに、続く米良さんによる“マリア”のアリアも、寺神戸さんのしみじみとしたヴァイオリンのオブリガードとも相まって、深く心に迫ってきた。
 コラールとレチタティーボが続き、冒頭の曲が戻ってきて大団円。
 当夜は、各部とも最後の響きの余韻を良く味わうことができ、雅明さんの腕がおりる頃に拍手が始まるという、なかなか得難い聴衆であった。素晴らしい演奏を聴かせて下さったBCJの皆さんと、ともに素晴らしい時を造り上げ、味わうことを可能にして下さった当夜お集まりの皆さんにも感謝します。
 アンコールに応えて、クリスマスにふさわしい「牧人ひつじを」(華やかなオーケストラの伴奏とバスの小笠原さんの堂々たるソロも堪能!)、さらにBCJ合唱団のア・カペラによる「きよしこの夜」(テノールの桜田さんのソロと最終節の鈴木雅明さんによる編曲が聴きものでした!)がプレゼントされて、聖夜の音楽会の幕が閉じられた。
(矢口) 

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