1970年代、A.デュルによって、アルトニコル(バッハの弟子で娘婿)が筆写したとされる「マタイ受難曲」のスコアの存在が報告され、その内容が1736年のバッハによる自筆総譜等に基づく通常稿とずいぶん異なることから、この大作の初期の形伝える貴重な資料として新バッハ全集(NBA)でそのファクシミリが刊行された。NBAに基づく通常稿のベーレンライター版の「マタイ受難曲」スコアにも、その初期の形のいくつかの曲が巻末に付録として収録されている。
しかし、近年になってこの初期稿が、アルトニコルの弟子(バッハの孫弟子)のヨハン・クリストフ・ファールラウ(1735年生まれ)が、1751年(ファールラウは16歳!:紙の透かしの分析による年代推定)に筆写したものではないかと、ペーター・ヴォルニー(ライプツィヒ・バッハ・アルヒーフ、BWV1127の鑑定も担当したバッハ研究者)が発表した。今回の鈴木雅明&BCJによる受難節コンサートでは、この初期稿によって「マタイ受難曲」が演奏される。(毎日新聞の記事へのリンク)
わが国でのこの「マタイ受難曲」初期稿の演奏は、ライプツィヒ・聖トーマス教会合唱団(トーマス・コア)(指揮:ゲオルク・クリストフ・ビラー)による来日公演(2000年&2004年)や明治学院バッハ・アカデミー(指揮:樋口隆一、2002年)、横浜合唱協会による演奏(指揮:ゲオルク・クリストフ・ビラー、2004年)などがある。
このうち、明治学院バッハ・アカデミーの演奏はCDで発売されており、この初期稿を鑑賞する貴重な資料ともなっている。さらに、2000年のバッハイヤーに行われた聖トーマス教会合唱団の演奏がNHK-FMによって収録・放送された(なんと解説は鈴木雅明さん!!)。筆者は幸いにこの放送を録音しておいたので、以下にその録音で確認できる通常稿との違いを簡単に表にまとめてみた。そして、BCJの今回の演奏で確認できた違いも記録していこうと思う。鑑賞の参考にしていただければ幸いです。
表の左の列に表記した楽曲のナンバー及び曲種(通常稿での編成)は、新バッハ全集(ベーレンライター版)によったもの。編成の項のSはソプラノ、Aはアルト、Tはテノール、Bはバス。Rはリピエーノ(離れた位置)、Evは福音史家、Jeはイエス、Peはペテロ、Piはピラトを表す。
「初期稿での特徴」は朝日カルチャーでの鈴木雅明さんのレクチャー(1/28)での資料をもとに記載。
「トーマス・コア(2000年)」は来日公演の放送録音をもとにした記載。(Reはレチタティーヴォ、Voは歌唱ライン、Orcはオーケストラ(の動き等)、BCは通奏低音(の動き)。違いの認められるパート名等を記載し、違い(驚き!)が大きいほどそのパート名を強調(太字、下線)してあります。パート名のあとの( )の数字は顕著な違いのあった小節です。)(装飾音符は全般に省かれる傾向があるが、その違いだけの場合は記載していない。) *4/8、12:00第2部まで記載完了
なお、テキストにも違いがあるようで、詳しくはこちらをご覧ください。
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NBA No. | 曲種(通常稿での編成) | 初期稿での特徴 | トーマス・コア(2000年) | BCJ(2006) |
1 | 二重合唱&コラール(R) | BCが分離していない (二重合唱の曲に共通) コラールが「Organo」と 記載されている (歌われた可能性も否定 できない) |
コラールは器楽のみ (オルガン+木管[Fl]) Orc |
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2 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | Vo(Je) | ||
3 | コラール | |||
4a-e | レチタティーヴォ&合唱 | BC(長い音符) Orc(4e) |
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5 | レチタティーヴォ(A) | Fl | ||
6 | アリア(A) | Vo、BC | ||
7 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | |||
8 | アリア(S) | Vo(中間部)、BC | ||
9a-e | レチタティーヴォ&合唱 | |||
10 | コラール | |||
11 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | |||
12 | レチタティーヴォ(S) | |||
13 | アリア(S) | |||
14 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | Vo(Ev)、BC(10)、Orc(13) | ||
15 | コラール | Vo(13) | ||
16 | レチタティーヴォ(Ev、Je、Pe) | Vo(Je) | ||
17 | コラール | 存在しないように見える (写し損ねではないか?) |
省略!(演奏されない) | |
18 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | |||
19 | レチタティーヴォ(T、コラール) | RecでなくFl、Vo(27) | ||
20 | アリア(T)&合唱 | Vo | ||
21 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | |||
22 | レチタティーヴォ(B) | BC(長い音符) | ||
23 | アリア(B) | BC(6) | ||
24 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | Vo(Je)、BC | ||
25 | コラール | |||
26 | レチタティーヴォ(Ev、Je、Ju) | Orc、Vo(Je) | ||
27a,b | アリア(S/A、合唱)、合唱 | Orc、Vo | ||
28 | レチタティーヴォ(Ev、Je) | BC、Orc、Vo(Je) | ||
29 | コラール(R) | 4声コラール 「イエスを私から離しません」 が演奏される。 |
4声コラール | |
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NBA No. | 曲種(通常稿での編成) | 初期稿の特徴 | トーマス・コア(2000年) | BCJ(2006) |
30 | アリア(A)&合唱 | VoがB | Vo(B!)、BC、Orc | |
31 | レチタティーヴォ(Ev) | BC(長い音符) | ||
32 | コラール | Vo(S:10) | ||
33 | レチタティーヴォ(Ev、Je、他) | BC(長い音符)、Vo(大祭司) | ||
34 | レチタティーヴォ(T) | Vo(7) | ||
35 | アリア(T) | Vo、チェロ&Fgで演奏 | ||
36a-d | レチタティーヴォ(Ev、Je、他)、合唱 | BC(長い音符) | ||
37 | コラール | |||
38a-c | レチタティーヴォ(Ev、Pe、他)、合唱 | Vo(27)、BC(長い音符) | ||
39 | アリア(A) | 1オケの曲だが Vnソロは2オケの1st |
BC(22、26など) | |
40 | コラール | |||
41a-c | レチタティーヴォ(Ev、Ju、他)、合唱 | BC(4:16分音符なし!) | ||
42 | アリア(B) | 2オケの曲だが Vnソロは1オケの1st |
Vn入れ替え | |
43 | レチタティーヴォ(Ev、Je、他) | Vo(Pi)、BC(長い音符) | ||
44 | コラール | |||
45a,b | レチタティーヴォ(Ev、他)、合唱 | BC(長い音符) | ||
46 | コラール | |||
47 | レチタティーヴォ(Ev、Pi) | BC(長い音符) | ||
48 | レチタティーヴォ(S) | Vo(8) | ||
49 | アリア(S) | Vo、Fl(1他) | ||
50a-e | レチタティーヴォ(Ev、Pi)、合唱 | BC(長い音符) | ||
51 | レチタティーヴォ(A) | 長調で終止! | ||
52 | アリア(A) | Vn、Vo | ||
53a-c | レチタティーヴォ(Ev)、合唱 | BC(長い音符) | ||
54 | コラール | くり返し無し!(第1節のみ) | ||
55 | レチタティーヴォ(Ev) | BC(長い音符) | ||
56 | レチタティーヴォ(B) | オブリガートがリュート | リュート使用 | |
57 | アリア(B) | オブリガートがリュート | リュート使用!、Vo | |
58a-e | レチタティーヴォ(Ev)、合唱 | BC(長い音符) | ||
59 | レチタティーヴォ(A) | Vo | ||
60 | アリア(A)&合唱 | Vo(30,33など) | ||
61a-e | レチタティーヴォ(Ev、Je)、合唱 | BC(15)、Orc(21) | ||
62 | コラール | Vo(A:12) | ||
63a-c | レチタティーヴォ(Ev)、合唱 | BC(のばす)、Vo(8,9) 63b:BC(異なる動き) |
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64 | レチタティーヴォ(B) | |||
65 | アリア(B) | |||
66a-c | レチタティーヴォ(Ev、Pi)合唱 | BC(14,15) | ||
67 | レチタティーヴォ(B/T/A/S)&合唱 | Vo(A:7)、 | ||
68 | 二重合唱 | BC(5、12など!)、 Orc(4、28など)、 Vo(13、40、60) |
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