《響きの交唱〜Antiphon Resounded》 作曲ノ−ト
去る11月18日、横浜で行われた《聖母マリアの夕ぺの祈り〜音楽堂オリジナル・ヴァ−ジョン》に向けてのプレ・レクチャーで、今回の新作アンティフォンの作曲者である藤枝守さんによる「作曲ノート」が受講生に配布されました。今回のプロジェクトのコンセプトとその中身について大変興味深い資料でしたので、レクチャー終了後、藤枝さんにHPへの掲載をお願いしたところ、快くお許しいただけましたので、ここにご紹介させていただきます。 (99/12/06)
この作品は、《聖母マリアの夕ぺの祈り〜Vespro》のなかの詩篇やマニフィカートのあいだに挿入されるアンティフォナとして作曲されました。本来、アンティフオナには、さまざまな意味合いが込められていますが、しばしば、詩篇の先唱句としてグレゴリオ聖歌の一節が唱えられることになっています。《Vespo》の場合、その聖歌の選択や配列に関して、今でも議論されているといわれています。それでは、あらたなアンティフォナをつくり、今の時代に相応しい《Vespo》を上演しよう。これは、鈴木雅明さんのアイデアでした。
じつは、このようなアイデアに至る背景には、音律という理論的でわかりにくい存在を具体的な響きとして体験できないだろうかという意図があったのです。つまり、西欧音楽の流れのなかで、音律が、そのときどきの人々の耳の感性に作用しながら、いかに、その時代特有の作曲手法や演奏スタイル、楽器テザインなどに深く浸透してきたか。日ごろ、あまり意識することのない音律という存在に光をあてながら、「聴くこと」をあらためて問い直す創造の場。それが、《聖母マリアの夕ぺの祈り〜音楽堂オリジナル・ヴァ−ジョン》というかたちになりました。
では、なぜ、モンテヴェルディなのか。それは、彼が生きた時代と深く関わっています。すなわち、十七世紀を中心に、西欧ではミーントーンという音律去が鍵盤楽器に適用されていました。このミーントーンとは、ルネサンスの豊かな響きを支えていた純正調に含まれる純正三度(5/4)を保持した音律です。一方、それより以前の中世では、純正五度(3/2)を堆積させて算出されたピタゴラス音律が支配的でした。つまり、中世からルネサンス、パ口ックへと時代が推移するなかで、どの純正音程に優位性を与えるのか。それが、そのまま音律のなかに反映され、「時代の響き」を決定づけたのです。
《Vespro》では、モンテヴェルディによる詩篇やマニフィカートは、ミーントーンの響きによってあでやかに展開されますが、そのあいだにおかれるグレゴリオ聖歌によるアンティフォナは、ピタゴラス音律によって厳粛に唱えられます。つまり、異なる時代の音律による響きが織り込まれながら交替して現れるのです。あらたに作るアンティフォナにおいても、中世の音律であったこの古めかしいピタゴラス音律を復活させてみようと思いました。そして、モンテヴェルディをかなめにして、中世と現代とを音律によって架橋してみると、どんな響きがたちあらわてくるのか。アンティフォナの作曲は、まず、ピタゴラス音律を前提として始まりました。
ピタゴラス音律から始めてみる。すると、楽器編成も自然に決まってきます。まず、ピタゴラス音律とまったく同じ構造をもつ古代中国の「三分損益法」という音律を継承している笙がはじめに浮かびました。そして、笙とともにピタゴラス音律による「響きの場」を生みだすポジティヴ・オルガン。さらに、ヴィオラ・ダ・ガンバなど西欧の古楽器や箏、ニ人の独唱、シンメトリーに配した少年少女合唱といったひじょうに特異な編成が誕生しました。
楽器編成を決めるまでは、順調だったこの作曲のプ口セスも、一番困ったのが、では、どのテキストを選んだらいいのかということでした。鈴木雅明さんから、古い聖歌のテキストにこだわらなくていいよと言われて気が楽になり、では、思いきって、ネイティヴ・アメリカンに影響を受けた女性詩人ナンシ−・ウツドの詩を二篇選んでみようと思いました。ひとつは、ネイティヴ・アメリカンの豊かな死生観が歌いこまれた「Today
is a very good day to die」。「今日は死ぬのにもってこいの日だ」という金関寿夫さんの素晴らしい訳によるこの詩は、以前から幾度も読んでいました。また、「I
am a woman」という詩は、女性と大地との関わりが高らかに歌いあげられています。このような詩のなかで語られるネイティヴ・アメリカンの死生観や大地との一体感、女性像が、宗教や時代、民族を越えて、きっと「聖母マリア」と呼応しあうと思ったのです。
もうひとりのアメリカの詩人、ジェローム・口ーゼンパーグによる「音響詩」は、意昧のない言葉が並んでいますが、それらの言葉の響きから、ネイティヴ・アメリカンの息づかいや大地を踏み鳴らす音が伝わってくるようです。さらに、園芸作家の銅金裕司さんにお願いして、マリアに因むバラの学名を織り込んだラテン語のテキストを書いてもらいました。
このようなさまざまなテキストに基づきながら、六つのアンティフォナと器楽合奏だけによる「チャコーナ」とよばれるオスティナートをともなう変奏曲を作りました。作曲の方法は、《植物文様》という作曲シリーズで行なったものと同様に、銅金裕司さんが考案した「プラントロン」という装置から取り出された植物の生体データに基づいています。植物が躍動した軌跡としてのデ−タを辿りながら、ピタゴラス音律による旋去のうえでメロディをみいだしていく。そして、それらのメ口ディを丹念に束ね、テキストの言葉をひとつひとつ当て嵌めていく。このような方法で生みだされたアンティフォナがモンテヴェルディと交わったとき、そこにどのような響きの相互浸透が起きるのでしようか。僕自身、響きの交わる瞬間にたちあうことを楽しみにしています。
古典ギリシャ語の「アンティフォーノス〜共に響く」から派生したといわれるアンティフォナ。たがいの声を交えながら、たがいにゆっくりとその声の響きをはぐくんでいく。そして、その響きに聴きいり、身をゆだねることによって、響きと自分とがひとつになっていく。「生きているものすべてが、わたしに呼吸を合わせている。すベての声が、わたしの中で合唱している」というナンシー・ウッドの詩の一節が《響きの交唱》のなかで静かに唱えられます。なお、ナンシー・ウッドの詩を用いたニつのアンティフォナ−《Today
is a very good day to die》、《I am a woman》−は、僕にネイティヴの意味を教えてくれた金関寿夫さんに捧げられています。
《聖母マリアの夕ぺの祈り》音楽堂ヴァ−ジョンの構成
「聖母マリアの夕べの祈り」 クラウディオ・モンテヴェルディ作曲 (1610) Vespro della Beata Vergine by Claudio Monteverdi 鈴木雅明(指揮) バッハ・コレギウム・ジャパン(管弦楽・合唱) コンチェルト・パラティーノ(バロック・ブラスバンド) 鈴木美登里、波多野睦美(ソプラノ) キルステン・ソレク=アヴェラ(アルト) ゲルト・テュルク(テノール) シュテファン・ファン・ダイク(テノール) シュテファン・マクロード(バス) |
藤枝 守作曲 (1999) Antiphon Resounded by Mamoru Fujieda 大谷研二(指揮) 野々下由香里(メゾソプラノ) 辻裕久(テノール) 小田原少年少女合唱隊(合唱) モノフォニー・コンソート(箏、笙) 岩淵恵美子(ポジティヴ・オルガン) 石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ) 近藤郁夫(ダルシマー) | ||
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序詞 神よ、慈悲をもてわれを助けたまえ |
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マリアはバラを愛する-1(交唱1) | ||
主はわが主に言いたまえり(詩篇109) |
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おんなのダンス・ソング(交唱2) | ||
しもべらよ、主をほめたたえよ(詩篇112) |
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マリアはバラを愛する-2(交唱3) | ||
チャコーナ | |||
われ喜びに満てり(詩篇121) |
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8 |
今日は死ぬのにもってこいの日(交唱4) | ||
主が建てたまわずば(詩篇126) |
9 |
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わたしは女です(交唱5) | ||
エルサレムよ、主をほめたたえよ(詩篇147) |
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聖母マリアの連祷によるソナタ(連祷) |
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めでたし海の星(賛歌) |
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聖マリアよ、われらのために祈りたまえ(交唱6) | ||
マニフィカート(第1、第2) |
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