BCJ“CD批評集”    ハインリヒ・シュッツ《宗教的合唱曲集》

「Gramophone」誌(英) June 1998 Issueより

ハインリヒ・シュッツ
《宗教的合唱曲集》SWV369―97
《イエス・キリストの十字架上の七つの言葉》SWV478
鈴木雅明 指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン
BIS CD831/2(2ディスク:122分:DDD)テクスト・訳含む


比較:
《宗教的合唱曲集》
 ハインツ・ヘニッヒ 指揮 ハーノヴァー少年合唱団及びアンサンブル(ドイツ・ハルモニア・ムンディ)
《宗教的合唱曲集》(抜粋)
 フィリップ・ヘレヴェッヘ 指揮 コレギウム・ヴォカーレ・ゲント(ハルモニア・ムンディ)


 鈴木雅明のバッハ・カンタータ・シリーズが続々と成功を収めていることを考えれば、今回のシュッツへの挑戦はまったく驚くにはあたらない
 シュッツ《宗教的合唱曲集》の全曲録音は本盤を加えてもまだ3組目であり、比較できる録音は多くないが、その中では1980年代のハインツ・ヘニッヒによる録音が、鈴木とはアプローチを異にしていて、格好の比較対象と言えるだろう ―勿論双方とも競い合っているわけではないが。
 鈴木、ヘニッヒともに、曲に応じて合唱と様々な独唱・声楽/器楽アンサンブルを使い分けているが、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏は合唱の部分により解釈に重点を置いており、ヘニッヒはより多彩な楽器編成を採用している(鈴木は弦楽器しか用いていない)。さらにヘニッヒは少年の合唱団員たちにかなりの表現の自由を与えているが、時としてその代償として演奏が不安定になったり、だらけたりすることろが散見される(“Hertzlich lieb”の開始などその良い例だが)。しかしいずれ劣らぬ優れた録音と言えだろう。
 さらに比較を続けるならば、鈴木とほぼ同様の編成によるヘレヴェッヘとコレギウム・ヴォカーレによる抜粋録音が恰好の対象となるかもしれない。ヘニッヒとヘレヴェッヘと比べ、鈴木の作り上げる音はよりも軽やかで、テンポも全体的に速く(ヘニッヒと比べると「相当」速い)、その明敏さが秀でているのに対し、ヘレヴェッヘはルバートを巧みに使いながらよりキャラクターに富んだ解釈を行っている
 ヘニッヒが鈴木とヘレヴェッヘに勝っているのは、テクストの発音やアーティキュレーションだ。シュッツの演奏では言葉がすべてであるとはよく言われるが、ヘニッヒはまさにこの常套句の核心を突いており、ヘニッヒのテクストの内容に対する優れたセンスをそこに見ることができよう。確かに鈴木の演奏テクニックは高く、ライヴァル達よりも優れているが、言葉のことを考えると、私はヘニッヒの演奏の方により心通じるものを覚える
 またカップリング曲として、鈴木は《イエス・キリストの十字架の上の七つの言葉》を選んでいるが、《宗教的合唱曲集》の中から何曲か器楽編成の異なる版を加えいるヘニッヒの方が、より興味深いアプローチと言えるだろう。
 しかし熱烈なシュッツ愛好者の皆さんは心得ておられることだろう。シュッツの演奏に決定版などありえないし、これからもさらに新録音を求めることを。

(執筆:Fabrice Fitch)
(訳:BCJ事務局)
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(98/08/15)

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