blanc 10 for lovers 02 「少しでも思い出してくれた? 和希ver.」





 和希は啓太に関する書類に何度も目を通している筈で。
 だとしたら誕生日を知っていたって、おかしくない・・・と思う。
 もしこれが逆の立場だったら、啓太は和希の誕生日をこっそりチェックして、プレゼントはどうしようかな和希は大人だからあんまり子供っぽいものをあげても逆に困らせちゃうかななんて、頭を悩ませたりすると思うのだ。
 きっと、くすぐったいような、幸せな気持ちで。

「大人になると、誕生日なんかどうでもよくなっちゃうのかなあ・・・」

 記念日にこだわりすぎてるのは自分が子供だからなのかなあ、と。
 はああ、と大きく息をついて、啓太はぽすんと枕に顔を埋めた。

 ゴールデンウィークくらいは帰ってきて顔を見せろとせっつく家族に、あれやこれやと言い逃れをして。
 他に用事があるわけでもないのに、帰省をせずにいたのはこのためなんだってことを、和希はきっと知らない。
 そもそも和希が啓太の誕生日を知っているかどうかだって分からないのだから、こうして拗ねたりむくれたりしていることだって、和希にとってはお門違いなことなのかもしれないけれども。

 やり場のない想いに悶々として、啓太はベッドの上をごろごろと転がる。

 でも、ふたりが恋人になって初めて迎える誕生日なのだ。
 忙しいのだって分かってる。
 でも、だけど、せめて、ただ知っていてほしくておめでとうと一言云ってほしいと思うのはワガマ・・・・・。

「? ぇ・・・・」

 不意に聞こえたコンコンという音に、啓太ははたと動きを止めた。
 部屋の扉をノックする音だ。

「もしか、して・・・」

 思わず声に出して云い、むくりと上体を起こして扉のほうに視線を向ける。
 でも和希は今日は、仕事が残っているからと、夕飯のあとでサーバー塔に戻ってしまって。
 昨日も一昨日も泊り込みで作業だと云っていたし、きっと今日もそうなのだと思っていて。
 だから、そのくらい忙しいんだから、期待しちゃ駄目だって、思う、けど。

 でも、もしかして、もしかして・・・っ。

 自分を落ち着かせようとしながらも、堪えきれずにぽいと枕をほっぽり投げて、忙しく立ち上がった啓太は扉までの数歩を跳ねるように詰める。
 そうして飛びつくようにドアノブを掴んで、一気に扉を引き開ける、と。

 そこには。

「啓太」

 まず初めに目に飛び込んできたのは白とピンクのふわふわのかたまりで。
 続けて甘い香りがふわりと届いた。

 その香りの向こうには、なんともまあべたなことに、左右の腕に、ピンクの薔薇の花束と、大きなケーキの箱を抱えて。

「誕生日、おめでとう」

 にっこりと笑う、恋人の姿。

「・・・・・和希・・・お前・・・」

 一体どこの足長おじさんだか・・・。

 嬉しいよりもびっくりよりも。
 似合いすぎているその立ち姿に、まずは呆れたような声が出てしまう。

 膝から力が抜けてしまうような、脱力するようなワンクッションのあとで。
 今度は胸のうちから躰の中からじわじわと、嬉しくてびっくりして温かい想いがあふれてくる。
 そうしてようやく、啓太の頬にも笑みが上った。

 啓太の一連の気持ちなんてきっとお見通しなのだろう和希が、くすりと笑う。
 その声に、はたと我に返った啓太の様子に、またくすくすと笑みが続いて。

「部屋、入っていい?」
「ぁ・・・・うんっ、勿論!」

 頷いて大きく扉を引き開ける啓太に「ありがとう」と笑みを深くして、部屋に入った和希は後ろ手に扉を閉めると同時に、早速ちゅんと、啓太の唇に小さなキスをひとつ。
 いきなりなんだよ、とか、口を突きそうになったテレ隠しの言葉は、仰のいた先にある甘い甘い眼差しにあっさりと封じられてしまった。
 そればかりか、和希のほうこそがあまりにも嬉しそうな顔をしているものだから。

「・・・・・、・・・」

 仕事忙しいんじゃないのかとか、全然話題に上らないから俺の誕生日なんて忘れてるか知らないのかと思ってたとか、そんな大きなケーキ二人だけじゃ食べきれないよとか。
 訊きたいことや云いたいことは他にもたくさんたくさんあるけれど。
 それよりもまずはなによりも、啓太だってとても驚いて嬉しくて幸せになってしまったんだってことを、その気持ちを、ちゃんと伝えたくなってしまって。
 啓太は伸ばした両手を和希の背に回して、甘えるようにぎゅうと抱きついた。

「・・・・啓太」

 両手がふさがってしまっていて啓太の躰を抱き返すことが出来ないせいか、呼ばれた名前にはほんの少しのもどかしそうな気配。
 それを感じてなんだかくすぐったい心地になりながら、えへへと啓太はテレ笑いの顔を上げる。

「ありがとう、和希・・・俺、すごく嬉しい」

 そうして幸せな笑みで。
 軽く伸び上がって恋人の唇に、ちゅんと可愛らしいキスを返した。



 今日は幸せな誕生日。
 年に一度の特別な日。

 大人だって子供だって、関係ない。
 特別な人の特別な記念日。
 それならば、当たり前に。

 ふたりにとっての、大切な記念日。







storyTop  wordsIndex  itemsIndex  charaIndex