Get a chance! ... 寮



「寮に戻って来たはいいけど、手がかりになりそうなのって・・・」
「やっぱり基本は情報収集だろ。とりあえず食堂に行ってみようぜ、啓太」
「そっか、食堂だったら誰かしらいるだろうし!」
「ああ、行こう!」

 頷き合って、急く思いのままに二人が寮の廊下を食堂に向かって走っていると。

「待て! 遠藤、伊藤!」

 食堂直前、最終コーナーを曲がったところで、思わず従わずにはいられない凛とした声に呼び止められた。
 と、とと、と、と、と3歩ほどたたらを踏んで、啓太と和希は折り重なるようにしてようやく止まる。
「びっくりしたなあ・・・なんですか篠宮さん」
「なんですかじゃないだろう遠藤。寮でも校内でも、廊下は走るな」
「あ・・・すみません篠宮さん、俺たちちょっと慌てたから・・・」
「伊藤、慌てているときこそだ。そういうときは、周囲が見えなくなっていて余計に危ない。それに伊藤、お前は先週の木曜日、2階の廊下の角を曲がりきれずに壁にぶつかっていただろう。今の速さで同じ事が起こっていたらどうなっていたか・・・」
「啓太、お前そんなことしてたのか?」
「ち、違うってあれは! 抱えてた荷物で前が見えなかったからちょっと軽く壁に、その・・・」
「無理をせずに2度に分けて運べばいいものを、1度で済ませようとするからあんな事故が起こる。考えてみろ、もし雨が振っていたら廊下はどんな状態になる」
「ええと、滑りやすく・・・」
「そうだ、滑りやすくなればその分だけ危険も増す。常に不測の事態を心がけてだな」
 とうとうと始まってしまった篠宮の説教が長期化しそうなヤバい気配に、和希と啓太が「どうするよ」「うん、どうしよう」とこっそり顔を見合わせたそのとき。

「ハニー!!!」

 誰かなどとは確認するまでもない。
 甘く大きな呼び声が、遠く廊下の端からこだました。
 説教の長期化とはまた違った意味で「どうするよ」「うん、どうしよう」と思いながら、和希と啓太が声の源の方へと困惑顔を向けると。
 マッハの速度で満面の笑みで、既に至近距離まで詰めてきている成瀬の姿が目に入る。
「会いたかったよハニー! 今日も可愛いね!」
 云うと同時に両手を広げた成瀬は、身構える隙を与える前に、その胸の中にぎゅうと啓太を抱き締める。
「わ、わ・・・あのっ、成瀬さ・・・っ」
「本当に啓太はどうしていつもいつも会うたびにこんなに可愛いんだろう、不思議なくらいだよ!」
 下心のかけらも感じさせないぴかぴかの笑顔は、不思議と啓太の抵抗を封じてしまう。
 けれども封じられるのはいつだって啓太ばかりで、一方の和希のボルテージは一気に急上昇をみせる。
「俺は、成瀬さんがどうしていつもいつも会うたびに高テンションなんだかが不思議でならないですけどね」
「あれ、また君もいたのかい啓太のお友達くん。今の今まで気が付かなかったよ」
「ええ、いましたよ。俺と啓太はいつもいつもいつも朝から晩まで一緒ですから。な、啓太?」
「そうなんだ? じゃあ僕は啓太と晩から朝まで一緒にいようかな。ね、ハニー?」
「なに云ってんですか成瀬さん!」
 和希と成瀬は云い合って、互いに負けじとぐいぐいと啓太を引っぱり合う。
「ちょ、ちょっと待ってください成瀬さんっ、和希も・・・っ」
 いつもの事ながらどうにも上手い対処法が思い浮かばずに腰やら肩やらに絡む成瀬と和希の腕に困り果てながらも、啓太はどうにかして二人を諌めようとする。
 啓太に云わせれば、どうして和希と成瀬がいつもいつもいつも会うたびにこうして揉め始めてしまうのかの方が、よっぽど不思議でならない。
 揉めているというよりも、会話のテンポなどを聞いているとじゃれているに近いような気がするし、本当は結構いいコンビなのではないかなと思うのだが・・・本人たちに向かってそんなことを云えば、親の仇のような勢いで否定されるに決まっている。

「いい加減にしないかお前たち、伊藤も困っているじゃないか」

 その様を見かねたらしい寮長が嘆息と共に云って、不意にぐいと啓太を自分のほうへと引き寄せた。
「わ、とと・・・っ」
 和希と成瀬の力が拮抗していたところを脇から引っ張られたせいか、啓太はあっさりと篠宮の胸に転がり込む。
 そのままかばうように、篠宮の大きな掌が啓太の肩を抱いて。
「だいたい、ところ構わずそうして揉めていては通行の邪魔にもなるだろう」
 云われて気が付いてみれば、周囲でちらほらと様子を伺っている寮生の姿が見受けられる。
 和希と成瀬が啓太を取り合って争奪戦を始める光景には慣れているBL学園の生徒たちだが、進歩のないやりとりはそれでも思わず足を止めてしまう程度には充分に面白い見世物なのだ。
 寮長の指摘が自分たちにまで向きそうな気配に軽く眼を泳がせながらも、その場を立ち去る者はいない。
「寮の廊下も広くはないのだから、長時間足を止めてその場にとどまっては他のものが困る。そういえば今朝の朝食のときも揉めていたな。昨日も、一昨日もだ。ちょうど今と同じ構図で・・・・・・どうした?」
 話す途中、ようやく篠宮が気付く。
 黙って話を聞いているように見えた成瀬と和希の目線が、話している自分の顔とは微妙に脇にずれて、けれどもまったく同じ方向に向けられていることに。
「? なんだ?」
 訝しげに眉をひそめた篠宮が尋ねると。
「手です篠宮さん」
「そうです、右手」
 今の今まで揉めていた筈の和希と成瀬が、なにやら意気投合した風に口々に云って頷いた。
「・・・手?」

 手。右手。
 篠宮の右手は・・・。

「「いつまで啓太の肩を抱いてるんですか!!!」」

 同じ体勢で仲良く身を乗り出した和希と成瀬が、声を揃えて抗議する。
 要するに説教なんか、最初から聞いちゃいなかった訳で。

「・・・まったく、お前たちは・・・」

 嘆息した寮長だが、嘆息と同時に啓太の肩を抱く手に力が篭ったような気がしたのは。
 きっと気のせいなどではなく。

 寮長も参戦するらしい啓太争奪戦はどうやら長期戦の様相。
 和希と啓太がクマちゃんのことを思い出すまで、まだまだ暫くは掛かりそうである。






分岐先の中で、この話が一番楽に書けました。
和希と成瀬にしても、七条と中嶋にしても、
啓太を取り合ってぎゃんぎゃん喚き合いをしているシーンは私
読むのも書くのも大好きですv

ていうか結局どたばたした話が一番性に合うってことだろか・・・(遠)

書き終わってみればどうもこの「寮」と「学生会室」の和希と啓太がセットっぽいです。
「会計室」と「生物室」の和希と啓太が同じようにセットっぽく。
や―・・・難しいですね、いろんなパターンを同時に書くと言うのは(しみじみ/笑)