Get a chance! ... 生物室息を切らせて廊下を走って、二人は生物室に辿り付いた。 すると入り口の廊下のところで、なにやら青い物体を転がして遊んでいるトノサマを見付ける。 「あああっ、和希! あれ!」 「ああ、見付けたっ! クマだ!」 ばたばたと騒々しい足音に気付いたのか、なうんと一声鳴いてトノサマが顔を上げた。 口にくわえているのは、まごうことなきクマちゃんだ。 駆け寄って、脇にしゃがみこんだ啓太がそうっと右手を差し出すと。 トノサマは、全て心得ているとでもいうようにその啓太の手のひらの上に、厳かにぽとりとクマを置いた。 「トノサマが見付けてくれたのかー、ありがとうな」 啓太は嬉しそうに云って、トノサマの喉をくすぐるように撫でる。 「まあ気にするな。散歩をしていたら偶然俺が見付けただけさ。でも、啓太が喜んでくれたなら俺も嬉しいけどな」 ・・・とでも云うように、ニャウンと甘える調子でトノサマは鳴いて啓太の手に頭を押し付けながら、心地好さそうに目を細めた。 と。 まるで意思の疎通があるかようなその光景を、微笑ましく眺めていた筈の和希の胸に、むくりと沸きあがった想い。 なんというかどう云ったものか・・・。 自分の心の狭さに苦笑するしかないが。 この感情は明らかに・・・・・。 猫にまで妬いただなんて、あまりに格好が悪くて啓太には云えたものではないけれど。 「それじゃあな、トノサマ! ぬいぐるみ、ほんとにありがとう」 和希の想いになどまったく気が付かない様子で。 仕上げのようにぽんぽんと頭を軽くたたいて立ち上がろうとした啓太を、トノサマが猫パンチで呼び止める。 「? トノサマ?」 なに?と動きを止めた啓太の前でひょいと伸び上がったトノサマが、 「・・・なうん」 あろうことか、じゃれるようにしてぺろんと啓太の唇を舐めた。 「ト・・・っ!」 「あははははは、くすぐったいってトノサマ」 思わず色めき立つ和希だが、当の啓太は一向に構った風がない。 楽しそうに笑いながら、トノサマの顔をくしゃくしゃと両側から撫でまわしている。 いやまあ確かに。 猫が人間の唇を舐めたところで、普通は色めき立つような場面ではないのだが・・・。 「・・・・・」 ないのだがないのだがと心の中で念仏のように唱えながら半眼になる和希の足許を、去り際トノサマのしっぽが、挑発するようにぽふんと叩いていったのはこれは・・・偶然だったのかどうなのか。 意外と強力かもしれないライバルの出現に、和希は微笑ましくも情けなくも、とほほとこっそりため息をついた。 無事にクマちゃんを保護した二人は理事長室に戻って、まだ暖かく西日が射している窓辺にクマちゃんを戻した。 するとその戻した体勢のまま、クマちゃんを眺めたまま啓太が動作を止めてしまう。 「啓太?」 訝って名を呼ぶと啓太は、クマを見詰めていた目許を困ったようにきゅとしかめた。 「ん、あのさ・・・ぬいぐるみ相手にこんな風に思うなんてカッコ悪いっていうか・・・変だって思うけど、でも」 ちょい、とクマの鼻を人差し指でつつきながら。 「クマ探してるときの和希がほんとに・・・一所懸命だったから、俺・・・」 ちょっとだけ、ヤキモチ妬いた・・・と拗ねた口調が告げる。 その可愛らしい告白は、和希の中についさっき芽生えた想いをも言い当てていて。 気負いなくその想いを口に出せてしまう啓太の真っ直ぐさが、和希には眩しい。 かなわない気持ちで小さく笑って、和希が啓太の隣に歩み寄る。 そうして手を伸ばして、一緒になって覗き込んだクマの頭を、大切そうにひとつ撫でた。 「だってこれはさ、啓太との想い出がいっぱいつまってるクマだから」 そう教える和希の眼差しが、愛おしげクマを眺める。 「MVP戦で、啓太が俺をパートナーに選んでくれてすごく嬉しかったこととか、一緒に頑張って啓太が・・・笑ったり泣いたり怒ったりしながら、最終戦まで勝ち抜いたこととか」 けれど今度はクマに対するヤキモチのもやもやは。 不思議と啓太の胸には湧き上がってこなくて。 「こいつを見てると思い出すんだ」 告げられる言葉が優しい。 こめられている想いまで、じんわりと伝わってくるように。 「だから俺は、このクマが大事なんだよ啓太」 啓太を甘やかす、大人の顔をした和希が。 語ってしまった真面目な言葉の数々に、少しテレたように、笑う。 「和希・・・」 呼ぶ声がかすれてしまったのは、想いの高ぶりの証。 啓太、と囁くように、応えるように、いつもよりも甘い声で名前を呼ばれて。 そのままするりと、腕の中へと絡めとられる。 最初はどきどきするばかりだったこの距離が、今では、啓太にとって一番安心のできる場所になってしまった。 「・・・啓太」 「なに?」 こつ、と額同士がぶつかって。 近くから瞳を覗き込まれて。 「続き、しよっか?」 笑みを含んだ眼差しに、とくんと胸が高鳴る。 応える代わりに啓太は、和希の首に両腕を回してぎゅうとしがみついた。 「好きだよ、啓太・・・」 「俺も・・・俺だって、大好きだよ? 和希・・・」 深まるキスの途中、視界の隅に映った鮮やかな青色。 伸ばされた和希の手が、ひょいとクマちゃんをつまみあげて。 少し遠くの啓太の手が届かない辺りに、そっとこっそり、置き直した。 |