LOVE Op.1別に何が起こるわけでもない日。 気が付いたら過ぎていた年もある。 そういえば、去年はつまらないダイレクトメールに教えられた。 七条にとって誕生日とは、その程度の日だった。 でも今年は違うんです。だって、君がいるから。 ね、伊藤くん。 ―――――違う、はずだったのに。 どうやら君は、僕の誕生日を知らなかったみたいですね・・・。 心の中で苦笑しながらも七条は、会計室業務後のお茶会で 嬉しそうにチョコレートシフォンケーキと向き合っている啓太へ微笑み返した。 「俺、なんかいつもお茶の時間にお邪魔しちゃってますね」 「お邪魔なんかじゃありません。伊藤くんの顔が見られるなら、僕も郁も大歓迎です」 自分だって自分の誕生日を忘れてしまうくらいなのだから、 啓太が七条の誕生日を知らない可能性の方が高いと言うことは。 頭では、分かっていたんですけどね。 「でも本当にこれ、すっごく美味しいです、七条さん!」 えへ、とあまりに無邪気な笑顔を恋しい人が向けるものだから、 啓太の向かいに座っていた七条は思わず啓太の柔らかい頬を左右からむにっ、と掴んでみた。 「な・・・なにひゅるんですきゃ、ひちひょうはん」 「意地悪をしたくなったんです」 「い・・・いじわるなんれすか・・・」 「おや、伊藤くんはそう思いましたか?」 「いま、そういったらないれふか」 「僕が君にそんなことをするはずがないでしょう」 「ふに・・・」 じゃあこの手は何なんですか、と啓太の涙目が紫の瞳に訴えかける。 「臣」 たしなめるような、それでいて慰めるような柔らかい声。 瞳の端の啓太越し、ディスプレイの前に座っている西園寺が 珍しく困ったような顔で音のないため息をついた。 郁にはわかっているんでしょう。今日一日、僕がどれだけ滑稽だったか。 「僕を、哀れんで下さい」 つまんでいた啓太の頬を、そのまま掌で優しく包み込みながらも視線をそらさず、 七条は抑揚のない声でいった。 「・・・しちじょう、さん・・・?」 啓太が訝しがって心配そうに七条の顔をじっと見つめる。 と、七条は穏やかに微笑んで、啓太が持っているフォークを取り上げると 「すみません。僕の大好きな伊藤くんが、あんまり美味しそうにケーキを食べるものだから ちょっとケーキに嫉妬してしまいました。」 こうげき、と言ってそのままシフォンケーキをひとかけら、自分の口へ運んだ。 「し、しちじょうさん・・・」 啓太はいろんな意味で真っ赤になりながら、慌てて紅茶カップを手に取った。 「ところで伊藤くん、今週の金曜、放課後の予定はいかがですか?」 「金曜・・・ですか?」 紅茶に集中集中、と自分に言い聞かせていた啓太は不意の七条の言葉に 深く考える余裕も無く、反射的に答えた。 「別に・・・特には・・・お邪魔じゃなければここに来ようと思いますけど」 そうですか、と目を細める七条。 「では伊藤くん、もし良かったら金曜の放課後、ちょっと僕に付き合ってもらえませんか?」 「え・・・いいですけど・・・西園寺さんは・・・?」 「郁も子供ではありませんし、大丈夫ですよ。・・・ねえ、郁」 ディスプレイを眺めながら紅茶を飲んでいた西園寺が、好きにしろ、と言った。 微笑みながら、呆れたように、諦めたように、安心したように。 |