LOVE Op.2





確かなものは何もない。証明できるものも何もない。
だから。


「いらっしゃいませー、ご注文をどうぞ!」

 金曜の放課後。二人で電車に乗り、降り立ったのは横浜だった。
どこへ行くと言わなくても、この港街へ向かっているであろうことに啓太も気付いたはずだ。
七条のマンションがあるこの街には、もう何度も一緒に来ているから。

夏の終わりと秋の初めの匂いを海風に感じながら、
内装の色鮮やかなハンバーガーショップへ入る。


「伊藤くん、好きなものを注文して下さいね」
「えっと、じゃあ俺はフライフィッシュバーガーのセットを・・・」
お飲物は、サイドメニューは、と矢継ぎ早に聞かれ、
啓太は押しつけられるように渡されたトレイを手にした。
一足先に席に着いていた七条が、慣れた手つきで手もとのジンジャーエールにストローを刺すのが見える。

「今日は付き合わせてすみません。僕はアメリカ育ちのせいか、
時々無性にジャンクフードが食べたくなってしまうんです」

目を細めた 七条は、ハンバーガーのLサイズセット。

「そんな、俺のほうこそごちそうになっちゃって・・・」

満面の笑顔の啓太は、フライフィッシュバーガーのMサイズセット。

「郁は僕のジャンクフード好きが気に入らないみたいで、
もちろんこういうお店には付き合ってなんかくれません。」

二人の間には、チキンボール5Pの箱が1つ。

ナイショの作戦を打ち明けるいたずらっ子のように、七条は身を乗り出して啓太の耳元へ囁いた。
「だからいつも一人でこっそり食べに来るんですよ」
見上げた啓太もつられて小声になる。
「こっそり?」
「ええ、こっそり」

七条はジンジャーエールを一口飲むと、ハンバーガーの包みを開いた。
啓太も後に続いて包みを開く。
「じゃあ、今度からは俺を誘って下さいね。俺、いつでも付き合いますから!」
何気なく発せられた裏のない言葉に、七条は思わず息を飲んで啓太の顔を見つめてしまった。
啓太は幸せそうにバーガーにかぶりついている。

自分は今、どんな顔をしているだろうか。
冷静さを装ってみようとしたけれど、言葉と共に漏れた吐息がうっかり弾んでしまった。
「それは・・・嬉しいですね」

――――――まだまだ。まだですよ。
急いて、It's no use crying over spilt milk.(覆水盆に返らず)
なんてことになったら、困りますから、ね。


「―――俺にも、七条さんの味見をさせてもらえませんか」
妙に真剣な面もちで、啓太が言った。
「おや、伊藤くんもなかなか大胆ですね」
七条の言わんとしていることに気が付いて、啓太は慌てふためいた。
「ち、違います!そうじゃなくて、ハンバーガーの・・・」
「僕は構いませんよ」
「し、七条さん!」

ふふ、冗談です、と七条は微笑みながら、食べかけのハンバーガーを割った。
だが啓太は拗ねたのか、そっぽを向いて受け取ろうとしない。

困った。

何をしても可愛いなんて、これでは恋人ではなく目に入れても痛くない初孫同然だ。
・・・などと思っている場合ではない。

「伊藤くん?」
ね、と小首を傾げて、少し可愛くしてみた(当社比)。
啓太は変わらず真っ赤な顔でそっぽを向いている。
やれやれ、これは学園島のセキュリティーシステムより厄介ですね、と
下級生の理事長が聞いたら怒るどころか激しく同意してくれそうなことを頭の片隅で考え、
心の中で軽くため息をつく。

さて、この子猫をどうやってあやそうか。色仕掛けは通じなかった。
次は泣き落としでしょうか、と、もう一度ハンバーガーを差し出した時。

そっぽを向いたままの啓太の口から、消え入りそうな言葉が漏れた。

「お・・・俺の大好きな七条さんが、あんまり美味しそうにハンバーガーを食べるから
は・・・ハンバーガーに嫉妬しちゃいました・・・。」

七条の持っていたハンバーガーの片割れが、十センチ下がった。

・・・子猫と思っていたら、君は、虎だったのですね。

七条はぐらぐらと襲いかかる魅惑のよろめきに耐えつつ、紫の瞳を煌かせる。
でも、僕にはとっておきの切り札があるんです。一年に一度しか使えない、切り札が。

「―――僕、3日前が誕生日だったんですよ」

何の脈絡もなく突然そういった七条に、啓太は直結に反応した。
「えっ・・・えええええっ?!そうだったんですか?
お・・・俺・・・。俺・・・、どうして・・・そんな、どうしよう…」
恋しい人の大事な日を逃した衝撃に、さっきまでのことも忘れて啓太は明らかに動揺している。
期待通りの啓太の反応に、自然とにじみだす笑みを禁じ得ずも七条は矢継ぎ早に言った。
「もう一件、行きたいお店があるんです。付き合ってくれますか?」
まだ手元のハンバーガーは残っているにもかかわらず、七条はトレイを持って立ち上がった。

「伊藤くん、口を開けてください」
穏やかながらも有無を言わさぬ七条の様子に、訳もわからぬままぼんやりと啓太は従う。
すると屈みこんだ七条は腰を浮かしかけた啓太の口に
1つ残っていたチキンボールを優しく放りこみ
長い人さし指で、そのまま啓太の唇の弧線を辿る。
「・・・・・・っ」
真っ赤になってうつむいてしまう啓太は、本当に可愛くて仕方がない。


確かなものは何もない。証明できるものも何もない。
だから。

「さ、行きましょう、伊藤くん」
啓太の分のトレイも一緒に持ち上げて、七条は先に歩き出した。

今年は違うんです。だって、君がいるから。





はじめまして、ハルカです。人生初SSです。なんでこんな所にお邪魔しているんでしょう私。
お初で世界に向けて発信しちゃうのはどうも気が引けますが、恵まれた環境に感謝しております。
さらに初なのに合作です。いろいろ無謀ですよ、柊木さーん(涙)!
最初、相当思い詰めた二人を書いていたのですが、
柊木さんとの歩み寄りが難しかったので七啓の幸せを考えてざっくし書き直してみました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いでございます。


next 09月10日(ハードロックカフェ) writen by 柊木みか