『愛にささげるトルソ』 200ページあたりからどうぞ。
セリフは本作に忠実ではありません。多少の記憶違いや脚色付きです(爆)
「 -side Marina- 」と読み合わせていただくと光栄ッス。

真夜中の過ち - side Charles -

触れた唇はやわらかく優しく、忍び込む吐息は甘く。
それは、めまいがするほどの一瞬だった。

真っ赤な顔をして部屋を走り出て行く君の、小さな後ろ姿が、かわいらしく見えてしょうがない。
唇にかすかに残る感触が、この胸の動悸が、全身に熱く広がって、僕を夢心地にさせる。

こんな幸せが、まだ待っていたなんて。
そっと目を閉じて、このまま、死んでしまってもいいと思えるくらいの。
すべては、君ゆえに。

・・・

コンコン、と遠慮がちなノックが聞こえる。
幸福に酔う僕は、この夜を大事に過ごしたくて、いつもの調子。

「誰?」

「…あたしよ。開けてもいい?」

「!…どうぞ」

静かにドアを開け、暗闇に身をすべらせて君がそこに立っている。
喉元で脈打ちはじめる鼓動。さまざまな憶測が頭をよぎる。絶望、消失、そして期待。

「あの…さっきは、ごめんね」

うつむき加減の君。表情は見えない。
僕は不安とないまぜになりつつある、この気持ちを懸命に見つめて笑う。

「どういたしまして。とても嬉しい事件だったよ。今、乾杯しようと思ってたところだ」

「…悪いけど、それ、やめて」

「なぜ?」

「だって…あたしね、つい、その…してしまったんだもの。つい、ふらふらっと。だから、やめて」

「本気じゃなかったってことかい?」

「…分からない」

「オレには分かるよ、マリナちゃん。君は、少なくとも最初の頃よりは、オレのことを好きになりはじめてるってことがね」

「…」

「自然に、君の思うようにしていたらいい。きっと、そのうち分かる」

「呪文みたいに唱えるのはやめて」

「術にかかるかどうかは君の自由だよ」

「シャルル!」

僕のことをどうでもいいと思っているなら、あやまりに来たりなんかしない。
真剣に向き合ってくれる、そんな君だから僕は。

「ここへ来て、マリナ」

複雑な表情をした君の顔が、戸惑う口元が、部屋の薄明かりに照らされる。

「シャルル、あたし…」

「だまって」

僕は腕を伸ばして君を捕らえる。君は困ったように掴まれた腕を見つめる。

「…君にキスしても、もう怒らない?」

僕は腕に少し力を込めて君を誘う。君の眼差しが揺れる。

「逃げないでいてくれるなら、するよ」

宵闇の帳に包まれて、恋人はこの手の内に。
他には何もいらないと思えたなら、どんなにか。

- side Marina -

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