期末テストも終わって、あとは楽しい冬休みを迎えるだけになった、12月のある日のこと。
 この日は朝から北風がとても冷たくて、吐く息も真っ白だったの。
 その白さに、わたしはふと、同じく真っ白な……雪のことを思いだしていて。
 風の冷たさ、どんよりと曇った空の色に、
(もしかしたら……)
 ……って思っていたの。
 そしたら、昼休みを過ぎた頃に、そのわたしの予感は見事に当たって。
 ……灰色の空から、音も無く舞い降りて来た白い粒。
 それは、この冬初めての雪だったの。
 ……初雪は見る間に勢いを増し、やがて教室の窓から見える景色すべてが、一面の銀世界にその姿を変えて。
 ロマンチックなその景色を、わたしはただ声もなく見とれていたの……


『雪の上の足跡』


by.きゃのん

 HRが終わる頃には、もう雪は降り止んでた。
 でも、真っ白な雪景色は当然そのまんま。
 何となくうきうきした気持ちを抱えて、わたしは教室を出ようとしたの。
「見晴ぅー。一緒にお茶して帰らなーい?」
 そのわたしの後ろから、友達が声をかけてきて。
「うーん、そうねぇ……」
 そう応えつつ、ふと廊下の向こうを見たら……
「……あっ……!」
 ……あの人が……帰ろうとしている姿を見かけたの……
「ごっめーん! 今日はちょっと用事があるの。悪いけど、先に帰るね。」
 振り向いて友達に謝ったわたしは、急いであの人の後を追った。
 ……でも、決して追いつかないように。
 やがて、階段を下りようとしているあの人の姿を見つけて。
 ほっとしたわたしは、あの人と距離をおいて、こっそりと後をつけて歩きだしたの。
 ……いつものように。

 ……わたしがあの人を想い始めてから、もう三年になろうとしてる。
 入学式の日に、同じ新入生だったあの人を偶然見かけたとき……突然胸が、大きくときめいたのを感じて……
 気が付いたら、もうあの人のことしか見えなくなってた。
 いわゆる『一目ぼれ』……なんだよね。
 それ以来、わたしは自分の想いを、何とかあの人に伝えようと思っていたの。
 でも、面と向かって『好きです!』と言えるだけの勇気が、わたしには無くて……
 ──偶然のふりして、廊下でわざとぶつかってみたり。
 ──間違い電話のふりをして、あの人の留守電にメッセージを入れたり。
 そんなことぐらいしか出来なくて。
 ……わたしは、あの人のことを良く知っている、けど……
 あの人は、わたしのことを何も知らない、はず……
 当たり前よね。わたしの方からは、決して自分のことを知ってもらおうとはしてないんだから。
 ……このままじゃいけない。こんなんじゃ告白なんて出来っこない。
 ……でも、断られるのがこわくて……勇気が持てなくて……
 そういつも思いながら、どんどん時間ばかりが過ぎていって。
 ……もう少しで、わたしたちは卒業を迎えてしまう。
 卒業したら、たぶん離ればなれになっちゃう。
 だから、それまでに何とか……と、思ってはいるけど……
 ――結局、今日もこうして、あの人の後ろからそっと見つめているだけのわたし……なの。

 ……あの人が昇降口に着いたころ、わたしは、離れたところでその姿を見ながら、
(今日はどうしよう……?)
 って考えてた。
 いつものように、廊下にいるうちにぶつかってみようかな、とも思ってたんだけど……
 今日はなんとなく、タイミングを失ってしまって。
「うーん……」
 いつかやったみたいに、昇降口を出た辺りで人違いのふりして声をかけて、そのまま帰ろうか……とも考えてみたりして。
 ……本当は、『一緒に帰りませんか?』って誘えたら、一番いいんだけど……ね。
 そう色々考えているうち……ふと、外の雪景色が目に入って。
 ……わたし、いいことを思いついたの。
 それから、あの人が昇降口から出るのを、靴箱の陰からそっと見送って……
 校門の辺りに差しかかった頃、わたしも昇降口から外に出たの。
 ……白い雪が敷き詰められた前庭。
 たくさんの足跡が校門の方に向かっていたけど、その中にあるあの人の足跡だけは、しっかりと覚えていた。
 そして、わたしはその足跡に沿って歩きだしたの。
 あの人の足跡のすぐ隣りに、わたしの足跡が残るように。
 そっと顔を上げると、少し向こうに、あの人の歩く後ろ姿が見えた。
 それを見つめながら、わたしも歩いたの……あの人の向かう方に。

 ……実は、わたしとあの人とは、家の方向が一緒なの。
 でも、あの人はそのことを知らない。
 お互いの行き帰りの時間を、ちょっとだけずらしていたから。
 ちょうど、わたしが少しだけあの人から遅れるように。
 あの人を、後ろからそっと見つめていられるように……
 ……だから今もあの人は、わたしが後ろを歩いていることに気が付いてない。
 わたしはいつものように、あの人の後ろ姿を見つめているんだけど。
 ……そして、今日はそれだけじゃなかったの。
 道路に降り積もった白い雪……
 少し溶けかかっているけど、それでも前を歩くあの人の足跡が、そこにはくっきりと残っている。
 その足跡のすぐ隣りを、わたしは歩いているの。
 ふと後ろを振り返ると、思った通りに、あの人とわたしの足跡とが真っ直ぐ並んで残っていた。
 まるで二人が、並んで歩いてきたように。
 その二列の足跡を見て、わたし、心の中で想像してみた。
 ……真っ白な雪道を、寄り添って歩くわたしとあの人。
 傍らには、あの人の優しい微笑み……
「うふふ……」
 そんな二人の姿を思い浮かべて、わたし、ちょっぴり嬉しくなったの。
 ……でも。
「……ふう……」
 次の瞬間、ふと出てしまう、ため息。
 ……空しいことだって、ほんとは判ってる。
(……いつかは、本当に、二人並んで歩いてみたい……)
 心の奥では、そんなことを望んでいる、わたし。
 ……ほんの少しの勇気があれば、それは叶うのかも知れない。
 自分の想いを素直に伝えて、その想いがあの人に通じたなら……きっと。
 ……だけど、もしかしたら……一生叶わないのかも知れない。
 自分の想いを伝えたところで、それをあの人が受け入れてくれなかったら……
 そのことが、こわくて。それだけが、こわくて……
「…………」
 悲しい気持ちになってしまって、うつむきながら歩く、わたし。
 路面の白い雪と、傍らのあの人の足跡だけをじっと見ながら……

 ……少しして、ふとうつむいてた顔を上げてみたの。そしたら……
「……!」
 あの人と……目が合って……しまったの。
 いつの間にか、あの人は立ち止まって、後ろを振り向いていて。
 わたしのことを、不思議そうな顔でじっと見つめていたの。
(あ……! やだ、そ、そんな……!)
 ……あの人に……気付かれて……しまった!
 わたし、大慌てで、回れ右をしようとした。でも……
「あ……ちょっと……?」
 あの人が投げかけてきた言葉に、わたし、ビクッとしてしまって。
 そして……
「きゃあっ!」
 無理に踏ん張った足元が、つるっと滑っちゃって……

 すってーん!!

 ……わたしはその場で、大きく尻餅をついちゃったの。

「い……いったーい……」
 打った腰をさすりながら、半べそをかいていたら……
「だ、大丈夫? 立てるかい?」
 優しく呼びかける声が聞こえてきたの。
 顔を上げてみたら……そこには、あの人が心配そうな顔をして立ってた。
「あ……え、えっと……その……だ、大丈夫……です……」
 とっても恥ずかしくて、どぎまぎしながらわたしは小さな声でそう応えたの。
 そしたら、あの人はクスッと微笑んで、
「そっか、良かった。……ほら。」
 そう言って、右手をスッとわたしの方に差し出してくれた。
「……は、はい……あ、ありがとう……」
 顔が真っ赤になるのを感じながら、わたし、あの人の手を取って立ち上がったの。
 お尻の方に付いた雪を両手で払ってから、わたしはあの人に向かってぴょこんと頭を下げて。
「へ、変なとこ……見られちゃって……で、でも……ほ、ほんとにありがとうございました! そ、それじゃ……」
 そして、今度こそ回れ右をして、その場を立ち去ろうとしたの。
 あの人の顔が、見られなくて……だから、あの人の顔を見ないようにして……
 ……けど。
「あ! ちょ、ちょっと、待ってくれないか?」
 そう言ってあの人が、わたしのコートの裾を軽く掴んだの。
 驚いて、思わず立ち止まった、わたし。
「は、はい! な、何ですか?」
 そして、あの人の方に振り向いて。
「……勝手に引き留めちゃって、ごめん……ねぇ、キミ、学校でいつも僕にぶつかってくる娘……だよね?」
 そう訊かれて、わたしはビクッとしてしまった。
(も、もしかしたら……怒ってる……の?)
 反射的にそう思ったから、わたしは頭を一生懸命下げながら応えたの。
「は、はい! その……いつもいつも、ご、ごめんなさい!」
 そしたらあの人は、またにっこりと微笑んで……
「あ、いや……別にそれはいいんだけど……キミも、家がこっちの方だったの?」
「は……はい。」
 隠そうともしないで、とっさにそう応えてしまったわたし。
「ふーん、そっかぁ……知らなかったなぁ……」
 そう言って、にこにことしているあの人。
 ……ぶつかってたことを怒ってはいないみたいだったから、わたしはホッとしたの。
 すると、突然あの人は、何かを思い出したみたいにわたしを見つめて……
「あのさ……キミ、もしかして……館林……さん?」
「……!」
(ど……どうして、わたしの名前……!)
 声も出せずに驚いているわたしの表情を見て取って、あの人は納得いったように大きくうなずいたの。
「やっぱり……ずっと、どこかで聴いた声だと思ってたんだ。……たまに、僕の留守電にメッセージ入れてたよね?」
(し……知られちゃった……)
 でも、今さら『違います』とも言えなくて。
「そ、そうです……あの……ごめんなさい、変なことばっかりしてて……」
 ……わたし、恥ずかしくて、その場からすぐに立ち去りたかったの。
「いや、気にしないで。いつも楽しい話を聞かせてくれて、面白かったよ。」
「そ、そんな……」
 でも、あの人の言葉を聞いたら、何だか嬉しくなっちゃって……

 ……そしたらあの人、急に顔を赤くしてうつむいて……
「……実はさ……実は、僕、ずっと前から……キミのことが……気になってたんだ……」
 ぽつりぽつりと、小さな声で、そう言った。
「……え、えぇっ……?!」
 その言葉を聞いて、わたし……とっても、とってもビックリしちゃったの……!
「……最初は、変わった娘だなぁ、って思ってたんだ。」
 顔を上げたあの人は、わたしのことをじっと見つめて。
「でも、何度か会ったり、留守電の声を聞いたりしているうちに……何だかキミのことが気になってきて……」
(ま……まさか……そんな……!)
「……だけど、キミってすぐに僕の目の前からいなくなっちゃうから……同じ学校の生徒だとしか判らなくて……」
「…………」
「いつか、ゆっくりと話をしてみたいって思ってた。キミがどんな女の子なのか知りたかったんだ。」
 そしてあの人は、またにっこりと微笑んでくれたの。
「だから……今日、こうして会えて、とっても嬉しいんだ。」
 ……まるで、夢を見てるみたいだった。
 あの人と、こうして話が出来るなんて……
 そして、まさか……あの人が、わたしのことを気にかけてくれてたなんて……!
 ……届くかどうかも判らなかった、わたしの想い。
 でも、それは、ほんの少しだけれど……あの人に届いていたことが判って。
 わたし、思わずぽーっとなっちゃったの。
 まるでフワフワと、浮いてるような気分で……
「……館林、さん?」
「……は、はい!」
 わたしはその声で我に帰って、返事をしたの。
 そしたらあの人は、少しはにかんだ顔で……
「その……もし良かったら、ちょっと一緒に歩かない?」
「え、ええっ?!」
 わたし、思わず大きな声で驚いてた。
「……さっきも言った通り、キミと話がしたいんだ。」
「……あ……」
「そして、少しでもいいから、キミがどんな娘かを教えて欲しいんだけど……だめかな?」
 ……信じられなかった。
 でも、それよりもずっと、嬉しい気持ちがいっぱい湧いてきて……
 それと一緒に、今まで出せなかった、ほんの少しの勇気も湧いてきたような気がしたの。
「は、はい! あなたが良かったら、喜んで……!」
 だから思い切って、わたしはそう応えたの。
 それを聞いたあの人は、満面の笑みでうなずいてくれて……
「そっか、良かった……じゃ、行こうか?」
 わたしも、精一杯の笑顔を作って。
「……う、うん!」
 そしてわたしたちは、二人並んで歩き出したの。
 ……夢なら、覚めないで欲しいって思った。
 ううん、夢でも良かったの。
 あの人とこうして、二人並んで歩くことが出来たんだから……
「……それじゃ、まずは……キミの名前を教えてよ。」
「うん。わたし、館林見晴っていうの……」
 でも、これが夢じゃないとしたら。
 ……いつかは、わたしが持ち続けてきた想いも、素直に伝えることが出来るかも知れない……そう、思った。

 ――そして二人の後ろには、二列の足跡が真っ直ぐ続いていたの。
 それは真っ白な雪の上に、寄り添うようにして……

−Fin−

【Postscript】
お久しぶりのSSです(^^;ゞ
……しかし、いきなりの反則技とわ(^_^;(爆)
でも、本編ではみはりん、例の「222」イベントでしか主人公と一緒に歩けないから……これぐらいは役得ってことでいいですよね(^^;ゞ

出だしとか、シチュエーションとかに、何となく既発表作の『雪の日に、あなたと。』と共通性を感じたあなた……
あなたは、するどい!(笑)
実はもともと、これは『雪の日に、あなたと。』の裏バージョンとして考えていたものだったんです(^^)
だから原案当初では、雪道を並んで歩くカップル(詩織ちゃんとコウ君ですね)を見てうらやましく思うみはりん……てなシーンも考えられていたのですが(^^;

……実に久しぶりに書いたものなので、文章的におかしいところがゴマンとあるかも知れません(__;ゞ
変に思われたところは、もうバンバン指摘しまくっちゃって下さいませ。m(__)m (特にみはりんファンの方(笑))

◇この作品への感想は、きゃのん(cannon@seagreen.ocn.ne.jp)までお送り下さい。


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