アメリカ仕様標準車での「ギクシャク」問題で、休日にも関わらず急遽駆り出された私たちは現状把握から手をつけました。
時速55マイル=88km/h近辺で細かに回転変動している中に(これは普通の変動レベル)、大きく変動する様子がビジグラフ(第10話参照)に記録され、そのギクシャクは、バイクが前後に揺すられるような感覚に近いもので。今まで気づかなかったのも「?」です。

この頃の2サイクルスポーツバイクは、どこもピストンリードバルブ方式を採用していました。2サイクルエンジンの吸気方式には何種類か有って、それぞれにメリットとデメリットが有る。
ピストンバルブ方式はピークパワーを得やすいが、反面低速トルクは弱い。リードバルブはいろんな形でくっ付くが、ピストンリード式と併用すると、低回転から高回転までトルクを稼げるために、「良いとこ取り」出来るのですが、その中間である4000回転あたりで、いわゆる”トルクの谷”と呼ばれる回転変動が大きい領域が生まれ、これが回転の不安定、キャブレターセッティング上の難しさなどを引き起こす原因になっていて、RD400の場合もアメリカでの55マイル規制(88km/h)にピッタリ合わせたかのように合致して問題を引き起こした形となった。
普段はそれを回避する為に各社いろんな工夫を凝らしているのですが、88kmで走るなんぞ考えても見なかった”落とし穴”だった。
※海外現地テストを行ったW課長の話では「アメリカ人は意外と規制速度には几帳面で、ピッタリ55マイル規制を守るので、日本人みたいに融通が効かない」、と言うことでした。

キャブレターのセッティング変更なども行い、どの程度変化するかを試験した。しかし、セッティング変更は危険性も伴うし、第一各スロットル角度での性能試験や燃費などへの影響、キャブレターメーカーへの試作依頼などを考えると1ヶ月以上はゆうに掛かってしまう。そこで、性能上影響が少なく、かつギクシャクを無くすという、極めて選択肢の少ないトライを余儀なくされ、その仕事はまるで「地上のアポロ13号状態」だった。

そうした事から、少しずつアイデアが出され、次のような物が”有望視”された。
1.リードバルブの板厚変更・・・上下で変える
2.ピストンの加工・・形状の変更
3.シリンダの加工・・補助排気ポートの新設
これらを少しずつ変更、組み合わせでテストを行った。

リードバルブはキャブレターからエンジンのクランク室に入る吸入ガスをコントロールする部品で、三角形の台に上下二枚で一組となる形で取り付けられている。上下2枚となるリードバルブの板厚を変えると”トルクの谷”改善に有効であると言うのは知られていた。しかし、こっそり言うとこれはライバルメーカーのスズキの特許項目。躊躇はしたがテストをやってみようと言うことになった。
また、RD400のピストンを見た方は「何でだろう?」と、思ったかも知れない、排気側のスカート部がカットされている。これは浜北の実験グループが2サイクルの排気ガス低減策でテストを行い、トルクの谷を抑える効果があったとされるアイデアだったように思う。
シリンダの排気ポートの上にある穴は思いつきではなく設計のN主任だったかなー?記憶が薄いけど、「排気ポートの上に小さな穴をあけると、パーシャル性能(中間スロットル)が変わるような実験の記憶があるなー」、−(おぼろげな記憶で確かな言葉ではないが)−その様な話が出てトライすることに。

一回の仕様変更を行うと一通りギクシャクの程度をビジグラフで記録する。結果を見て次の仕様に組み替えて再度測定。時間が限られているため、整備時にエンジンを冷却すると測定前に暖気運転をしないと測定誤差が生まれるかもしれない。それを回避するため、熱しきったリードバルブやシリンダ、ピストンを外して組み替えるのは大変でした。

リードバルブの板厚変更は効果がありました。しかし、全体で満足いくレベルではなくて、一部の速度域では改善が見られない。
そこで、次に行ったのはピストンの加工。マジックでスカート部分を黒く塗り、カットする部分をノギスで罫書き、その部分をドリルであらまし穴をあけた後にヤスリで仕上げる。これでも効果ありました。
標準の状態から対策仕様に組み替えてテスト、その結果がよければ追加する形で別の方法をプラス、組み合わせ上悪くなれば「どっちがいいのかなー」と、先に良かった方を標準に戻してテスト。
そのようにして一つ一つの効果を確認し、組み合わせで一番効果の出る方法を模索するのに多くの時間を要した。

シリンダの補助排気ポートを長浜主任がアイデアとして言ったのは、有効な改善策が見当たらず、テストに行き詰まった頃だったように思います。一か八か、穴を空けてしまったら後戻りできない、そんなリスクもしょってのトライです。
早速シリンダを取り外し、シリンダにあける穴の位置や角度、大きさを検討、騒音の担当であるHさんは「排気ポートの上に穴をあけると圧力が高いので音は大きくなるだろうけど、穴が小さければ余り影響は無いかも知れない」。その様な期待を持ってシリンダの加工をする事になった。

加工をしたのは私だった。鋳鉄のシリンダに穴をあけるのだからドリルが滑ったり、折れたりすると厄介なので「4mmくらいだったら大丈夫かも」、Hさんも「そのくらいならピストンスピードもあるので騒音に影響少なく、いいかもしれない」。そこで穴あけ作業をすると最初に空けた方は案の定ドリルが滑って位置が若干変わったが、もう片方は一発でピタリ。
早速組み付けて見ると、意外に効果が大きくて、他の効果あった仕様と何度か組み合わせて測定を行った。

そうこうしていると、”ギクシャク”の様子が変化していた。
仕様を変更する度に確実にギクシャク感は少なくなっていった。しかし、床に並べたビジグラフによる記録を見て唖然とした。

当初の回転変動はある時間間隔で回転変動が大きくなり、それが”ギクシャク”感になったのですが、午後3時以後あたりのテスト内容からは時間間隔での回転変動が小さくなった代わりに、常に大きく回転変動していることに気づいた(つまり体感振動が大きくなった)。
数多く仕様を変更している間に私の感覚が狂ってしまい、ギクシャク解消=回転変動大となったのに気づかなかったのだ。
「無駄な時間をとって済みません」と、そこで一回スタンダード仕様に戻し、再度初期のギクシャクを体験「うーん、これが初期のギクシャクかー、随分違うなー」と、苦笑いした時には午後4時を回っていたように思う。
それまでの対策案と効果を整理し、見直していくと徐々に的が絞れてきたが、用意していたビジグラフの記録紙も残りが少ないし、時間を取り戻すべく、全体的な回転変動レベルを体感し、大きい物は簡単に測定を行って次の案に組み替え、休む暇も無いほどに仕様を変えて行き、6時を過ぎた頃でしょうか「これならいけるだろう」と言う結果を出すことが出来ました。
結果的に先に挙げた3点組み合わせでの対策になったわけですが、かれこれ20回以上の仕様を変更しての作業になった。
早速、N主任はその対策仕様をアメリカで待機しているW課長に連絡を取った。

結果はOK。W課長はそれほど早く(最低でも2〜3日は掛かる思ったらしい)対策が出来るとは思っても見なかった様な事を連絡してきたらしく、アメリカ仕様の現地テストも無事終了。

さて、ギクシャクは収まったものの、一つ残念なことは低回転でのパンチ力が無くなったことだ。具体的には2500回転からでもスロットルに反応してくれたのが3500回転からになり、ソフトな乗り味になった。対策前までは350から50ccアップした分余裕ある低速性能を発揮していただけに、残念としか言いようがない。
しかし、走行フィーリングを除けばエンジン性能に問題はなく、担当のFさんはベンチでの確認作業、私とHさんは久しぶりの騒音コースで騒音測定。期待していた通り、騒音値には影響なく、別に対策を講じる必要はなかった。

そんなことがあって、RDも生産の目途がつき各担当者はそれぞれに”宿題”を見つけては確認の作業をしていた。
その後を聞けば、RD250/400のあと、次に担当する開発モデルが決まっていなくて、「鈴木グループ自体が無くなるかもしれない」、そんなところまで緊迫していたらしい。

さて、開発した商品は勝手に販売することは出来ない。国の審査を受けなければならないが、それは運輸省(現在の国土交通省)の検査官が図面と現物の照合、各性能試験の実施などの認定検査を受けて審査を待ち、「認定型式」なる番号を貰ってから晴れて生産販売できるのだ。認定型式を貰うと言うことは生産後の「車検」を受けないで販売できるもので、輸入車は認定型式を取っていないので一台一台車検を受ける必要がある。
※通常の新車は型式認定を取っているために「車検免除」となっている。自動車の場合、同一車種で相当の台数を輸入している場合にのみ型式認定を取得できているようです。

私の担当である騒音は、運輸省の検査官が持ち込んだ騒音測定器で行う。この時、Hさんが(運輸省の)「騒音計の出力をデータに取って良いですか?」と、検査官に話すと「駄目です」、食い下がって「ブリューエル&ケアー社の騒音計は外部に出力してもデータは変わらないから」と、言ったのだが、「よく言われるけど、お宅だけ特別扱いできない」とのこと。ペンレコーダーやテープに出力の記録を取って後の開発に生かそうと考えての事だが、加えて「データを取っても、騒音計は何台も有るから、どれを持ってくるか分からないから為にはならない」。
ではと、ヤマハの騒音計を設置しようとすると「あーもう少し離して」、あくまでも一定の距離を置きたがる運輸省の検査官です。

実速度の測定方法を確認され、テープスイッチの間隔をチェックしたあと、いよいよ測定開始。速度を慎重に合わせ何度か測定し、走行騒音、加速騒音とも無事に基準値内に収まり合格。しかしその後検査官に「加速騒音を測っているときに本当にスロットルを全開しているのか外からは分からないので、全開にしたらランプが点くように出来ないかなー」と言われたが、「スロットルを途中で止めると騒音のデータにばらつきが出るので、そんなことをすれば直ぐにバレる」と言うと『そうだろうなー』、と相づちの様な、でももう少し突っ込みたい様なそぶり。
同時に受けていたXS650はハンドルがアップハンドルで操縦性に問題がないか質問が飛んでいた。「あなた達は慣れているから乗れるんだろうけど、誰でも操縦できないと許可できない」と言ったニュアンスの疑問を持たれ、「次からは、実際に私たちが乗って確かめるかも知れない」など、厳しい予告を受けた。

RD400には@オートキャンセルウインカー、 Aキャストホイール、この二つの大きなニューフィーチャー(新機構)が有った。オートキャンセルウインカーは社内で抜群の評価を得ていて、その便利さを痛感していたし、キャストホイールも課題だった耐衝撃性も他社に比べても問題なく、RDの開発責任者のW課長も意気込んで望んだが、結果・・ウインカーは「そんなの必要ないでしょう」、この一言で採用NG、キャストホイールは「社内の耐久性は良くても、市場での評価が出ていないので駄目、海外(アメリカ等)での販売実績を積んでから検討します」と、ノックアウト。
結局、ウインカーはプッシュキャンセルのみ、ホイールは通常のスポークホイールで販売せざるを得ない状況となった。

そんな中、年が明けて整備場に行くとオレンジ色の自転車が置いてある。生産設計課が購入して持ち込んでいたらしいが・・・さて、この自転車とは何でしょうか・・・、次回をお楽しみに。

※文中、スズキの特許であるリードバルブの上下板厚を変更する手法は「見つかったときに考える」と言うことで、暗黙の内に生産を開始した。もちろん国内仕様も同様なのだが、どこから漏れたか定かではないが、アメリカの「MOTOR CYCLIST」誌のNEW MODELリポート記事中で板厚が違うことを書かれ、その後スズキから指摘を受けた。
メーカーでは公開特許と非公開特許があって、知らない内に・・・も含めて、特許侵害があった場合、金銭的に解決する場合と、特許交換や特許商品の相互提供をもって事後処理に当たることはよく行われるらしい。この場合は、その後私の居たグループで開発したスクーターであるパッソルのホイールをスズキの新型車「スージー」に供給することで解決した。

この時期の臨時情報はこちら 「開発物語 番外編 衝突試験&アンチロックブレーキ」