わたしの朝は、軽いランニングから始まる。
 高校生のとき、部活動のオリエンテーリングの体力作りにと始めて、ずっとずっと走ってきた。よほどの悪天候でない限り、約三〇分のランニングは私の生活の一部になっている。
 ずっと一人のランニングだったが、今は彼と一緒だ。なんと言われてもかまわない。やっと手に入れた今の生活を大切にしたい。朝の陽射しは、私たちを応援していくれている。そう確信めいたものをもちながら、もう二度と辛い思いはしたくないと思う。

 「文学部四回生の久保田さん、近くの電話をおとりください」という学内放送で呼び出された。緊急の用件とでも言ったのだろうか。大学で電話の取り次ぎの放送など聞いたことがない。
 「恵子ちゃん、出てきてくれない?」
 家庭教師をしている中学三年生の生徒の親からだった。いやむしろ「不倫」相手の妻からと言ったほうが、正確だったかもしれない。彼女は、わたしが大学にいるとなぜわかったのだろう。それよりも、だいたい大学に電話してくるなんてどういうことだろう。携帯電話を鳴らせば、それで済むのに。番号知らせてなかったのかと、頭の中が錯綜していた。
 妻の有無を言わせぬ口調が、その日の一時間後の待ち合わせを約束させた。梅田の紀国屋書店の反対側にあるフラワーショップの前だった。
 いつも彼と待ち合わせする場所だ。待ち合わせの人でごったがえす紀国屋前を避けて、向かいの花屋で、季節の花を眺めながらお互いを待っていた。彼とは「何日何時」という約束だけで、足りていた。
 食事をとって、少しお酒を飲んでホテルへ行っていた関係が、いつしかホテルへ直行するようになっていた。花屋の次はホテルだった。その花屋の前で今日は妻と待ち合わをする。
 「どうしたの?」
 構内アナウンスでの呼び出しに驚いたゼミの友達が、身内の事故ではと心配してくれた。妻の強引な約束のとり方に思考が停止してしまって、言い訳を考える余裕もなく、「家庭教師先の親が急に逢いたいって」とそのまま答えてしまった。
 明日、提出するレポートを一緒に仕上げる約束を断わりもしないで、大学を出た。そのときまだわたしは、事の重大性を理解していなかった。

わたしの朝  (創作 未発表)

わたしの朝 2