関係をもって六ヵ月。待ち合わせの花屋から彼とホテルへ直行するようになっていた頃だった。
「いつもどこへ行っていたの?」
フラワーショップの前で間髪を入れずに、妻から尋ねられて、わたしは一瞬のうちに状況を把握した。
なじられるのだろうか、夫を返せと取り乱されるのだろうか。思考を組み立てることができなかった。どうしていいのかわからなかった。
「いつも行くところ」には行かずに、オープンスペースにあるカフェに入った。でも彼女が落ち着かないと言ったのですぐに出た。「いつも行くところ」と何度も言う。
いつも、すぐホテルに行ってる。お茶を飲む時間も、食事をする時間も、お酒を飲む時間も惜しんで、二人だけの時間を過ごしている。執拗に言う妻に、本当のことを言えるわけがなく、高層ビルの最上階の喫茶店に入った。窓からの景色が、妻との沈黙の時間を、少しでも楽にしてくれるのではと思った。
「どういうことなのか聞かせてほしい」と彼女は切り出した。隠したり、作り話をする余裕はなかった。一年前の出会い、そして半年前からのことを、記憶をたどりながら話した。夫にはどんなふうに説明させたのだろうか。くい違うところがあったのか、彼女はいくつか質問をしてきた。私はすべてを話すしかなかった。
「赤子の手をひねるようなものだったのでしょうね」
わたしは自分の耳を疑った。わたしは赤子のように、あなたの夫に手をひねられたというのか。
そんなことはない。わたしを離そうとしないのは、あなたの夫のほうなのに……。
でも、何も言えなかった。「はい、そうです。申し訳ありません」と繰り返すしかなかった。妻は、「自分は別れてもいいと思っている。あなたは、どうしたいのか」と、決断をわたしに出させようとした。
「彼のことを愛しているから、別れてください」と、心にもないことを言ってみようかと思う。彼女は別れてもいいなんて、思ってるはずがない。別れる覚悟があるなら、わたしをこうやって呼び出すことはしないだろう。
彼との関係は、楽しい。彼と逢ういつのまにか自分を解放していた。手の先から足の先まで、すっかり力を抜いて身を委ねている間が、わたしの至福の時だった。
わたしは、ずっと申し訳ないと思っていたこと、いつか別れる日がくると思っていたこと、もう二度と逢わないことを伝えた。