もう二度と逢わないという言葉を、わたしから引き出して、彼女は満足そうだった。
 いつか別れる日がくるとは思っていたけど、申し訳ないなんて、思っていなかった。強引に誘ってきたのは、あなたの夫のほう。わたしはその人を好きになっただけ。先のみえない恋愛をして、それを責められている自分が情けなかった。わたしから別れを切り出したことは何度もあったのに、絶対離そうとしなかったのは彼のほうだったのに。その妻に責められ、別れを約束させられた。
 でも、もうどうでもよかった。早く、妻から解放されたかった。
 何をどう言って、妻と別れたのか憶えていない。どうやって帰ってきたのかも憶えていない。ずっと泣いていた。彼と別れることの辛さより、妻との緊張した時間を乗り切った安心感で、涙が止まらなかった。電車を降りて、一人になるとさらに涙は止まらなかった。ようやく自分の部屋に帰ってきて、全身の力が抜けるのがわかった。いったい、彼と妻との間に何があったのだろう。彼は今、どうしているのだろう。
 何もわからない不安に怯えながら、身体を臥っして、呆然としていた。そうしてわたしは、もう彼に逢うことはないという結論がみえてきた。わたしには、彼と別れることだけが求められていた。妻は取り乱すことなく、わたしからその言葉を引き出した。妻の勝ちだった。
 別れの日は、自分で決着をつけるつもりだった。妻にそうさしむけられたのは、わたしにとって最悪の別れ方だった。こんなことでつまずくとは思ってもいなかった。好きになってはいけないと、自分の気持ちを抑えながら、逢っていたのに。抑えられないくらい好きになって、先の見えない関係がどんなに辛かったか。誰にも話すこともできない恋愛がどんなに辛いか。たくさんの夢をもって送れるはずの大学生活だったのに。すべては彼との関係が発端だろうか。わたしはそんなにひどいことをしたのだろうか。

 わたしは就職活動もろくにしないまま大学を卒業して、大学院を目指すという大義名分のもと、大阪に残ってアルバイト生活をしていた。
 妻との「対決」の日から、彼からは全く連絡は入らなかった。きっと電話がかかってくると待っていたが、一日、二日と過ぎていくうちに、あきらめの気持ちを強くしていた。せめて何か言ってくれたらいいのに。私との関わりを一切断とうとしていることをだんだんと悟っていった。ひどい男だと、自分に言い聞かせていた。
 でも逢いたかった。彼の前では、すべてをさらけだすことができる、その気持ちをもう一度実感したかった。

わたしの朝 6