11月20日(金)

昨日に引き続き、今日もしつこくモスクワの多くの人々の経済観念を書いてみたいと思う。
なぜ、ロシアは貧乏な国であるからといって、先進国は融資をしなければならないのだろう。
もちろん、再三にわたって書いているように、社会的弱者に対しては、政府は何もしないし、出来ない。弱いものはますますくたびれ、弱り果てて行く。特に老人に対する福祉は完璧に無視されているに等しいと思える。(但し、年金生活者に対する家賃は安く据え置かれている。それは58ルーブル=464円ほどで、水道代、ラジオ受信料、ごみ処理料など全部含まれてはいる。電気代は別途料金であるが、それも30ルーブル=240円そこそこであろう。)

夏に借りていたアパートの大家さんは、年金暮らしである。白内障と狭心症を患い、病院通いが欠かせない。2週間ほど前に、白内障の手術をしたら550ドルもしたという。狭心症の薬は2週間分で3千円ほどするという。
年金は月々600ルーブル(4800円)。大家さんの一人娘、タチアナさん一家の助けなくしては、とても苦しい生活を強いられる。

しかし、聞いていただきたい!!

先週、上の娘の友達の誕生会に招かれて、わたしもついでにオマケで付いて行った。 3部屋のアパート(マンションと呼んだ方がよっぽどピンと来るかもしれない)約86平方メートルのステキな明るい家である。
ドイツ製や日本製の電化製品が所狭しと並び、居間のテーブルはイタリア製。どの部屋にも凝ったシャンデリアが付けられ、ステキなガラス張りの食器棚にはボヘミアグラスが整然と並んでいる。
なんなのお友達の父親からの誕生日プレゼントは128ドルもするフランス人形。

お食事はオリビエサラダ・美味しいサラミ・ソーセージやイクラのオープンサンド。
お肉の一口ステーキにはグリーンオリーブの実が一つずつ飾ってある。
3段になったフルーツ皿には、大きなマスカットとみかん、りんごなど、花が咲いたように美しく盛られている。

心地よい皮張りのソファーで子どもたちは、色んな遊びを考えついて、次から次へとあっという間に時間が経ってしまった。

おともだちの子どもからのプレゼントは銀のブレスレット、小さなガーネットのついたペンダント・トップ。ステキな可愛いぬいぐるみ。

見ているだけでため息が出てくる。

「すばらしい誕生会ですね。」
「そう、ありがとう。そう言っていただけて嬉しいわ。」
「日本でこれだけのことをしようと思ったら、とんでもなくお金がかかります。わたしたちの多くにとっては到底,してやれないことです。羨ましいわ。」
「あら、日本はお金持ちの国じゃありませんの。」
「いいえ、わたしの目には、よっぽどロシアの人たちの方が豊かに暮しているように映ります。」
「あら、そうかしら。ペレストロイカ前の方がよっぽど良かったのよ。仕事をしていても4週間の休暇は保証されていたし、休暇中には、ドーム・アッデハ(休暇のための施設)やサナトリウムでのんびりできたものでしたわ。それも5ルーブル、6ルーブルという安い値段で。今、わたしは仕事をしていますが、夏休みも取れない。有給休暇だってままならないのです。バレエやオペラのチケットもとても安く手に入ったのに。近頃と言えば・・・。」

「でも、なんでも買えるようになったんじゃあありませんか。」

「いえいえ、そんなこと大したことのないことです。昔は、医療費はすべて無料。年金生活者は特別な配給を貰ってとにかく今ほど困らなかった。どうです。今のロシアを見て。こんなに働かなくてはならないなんて、有給も取れない。休みにどこかへ出かけようと思っても、お金がかかり過ぎて、行くに行けないわね。」

「今では随分、アパート代も高くなりましたよ。前はほとんど只みたいな値段だったんですからね。」

今でもほとんど払ってない金額に等しいではないか。

「失礼ですが、収入はおいくらなんですか。」
「千ドルと少しかしら。日本人の平均給料はもっと高いって新聞に出てましたもの。」

はぁ〜。ため息つくことしばし。日本人にはダーチャもない。休暇もほとんどないに等しい。増してや、働いたからといって職場の推薦で素晴らしい保養地に行ける人はとても少ない。

「わたしの職場からは、よく働いた褒美として、ベルギーへ行けたのです。今では、外国など夢のまた夢。2000ドルくらい必要ですもの。」

「そんなものじゃあないのでしょうか。外国へ行くのって。」

「いえいえ、外国へいく時はドルをくれるのです。」
じゃあ、生活もレジャーも国のおんぶに抱っこがいいわけ?それじゃあ、この国が食いつぶされてしまっても仕方がない。

「この生活が不満なのですか。外国車を持って、電化製品も外国製、なんでもお持ちじゃあないですか。外国へ行こうと思えば、お金さえ出せばいくらでも行けるのではないでしょうか。」

「あなた、私たちは働かないとこの生活を維持していけないのですよ。」
当然と言えば当然の話ではないか。彼女はノーブイ・ルスキィを夢見ているのだ。本当の金持ちとは、働かなくともふんだんに贅沢できる人のことをいうのだそうだ。

もちろん、そうもあろう。日本でも不労所得で食べている人たちが大勢いる。しかし、つましく密かに小さな楽しみを見つけるために、せっせと貯金してやりくりした挙げ句、年に一回の2泊ほどの家族旅行にいくのが関の山。

お隣さんをみても、娘の友達のおかあさんを見ても、国によって甘やかされているとしか言いようがない。

最後に彼女は言った。


「ソ連時代は、貧しい人はいなかったのです。皆、ちゃんと生活できたし、乞食もいなかった。あの可哀相な人たちをごらんなさい。日本でこんなに気の毒なお年寄りたちを見ることができますか。」


開いた口がふさがらなかった。

ロシアの人々よ。そういうなら、税金を払いましょう。国の備品を適当に掠め取らずにまっとうに仕事をしましょう。いい製品を作ってください。

豊かな国土はあなたたちに素晴らしい未来を与えるでしょう。


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