11月30日(月)
 

家のお隣の隣には、南アフリカの人たちが住んでいる。なんで人たちかというと、家族で住んでいるわけではなく、キリスト教、プロテスタント派の宣教運動の人たちが借りているので、人の出入りが多く、結局誰が借りている中心人物なのか、いまだにドゥニャンには分からないからである。
ただ、このプロテスタントの人々は非常に前向きで明るく、人なつっこい。 初めてであった時に、「ハロ〜。」だけでは終わらず、「今度、一緒にお食事しましょうね。」と、来たからビックリした。
それ以降、彼らは鍵を預けに来たり、オーブンが壊れたからと言って、オーブンを使いに来たり・・・。
ドゥニャンの方でも、鍵をなくしてしまって、どうしようもなかった時、留守番に来てもらったりと、尋常以上の付き合いをしている。
何の危惧もなくお互い助け合える近所があるのはありがたい。

ただ、彼らは敬虔なキリスト教徒なので、
「アイ ラブ ユウ」を連発する、ドゥニャンに対しても、男性も女性も「アイ ラブ ユウ」なのだ。これにはときどき面食らう時がある。

しかし、それくらいのこと何のことはない。


先週の金曜日(27日)、彼らのうちの一人、スーザンという初老のおばさんと一緒にプーシキン美術館へ行った。
スーザンはキリスト教関係の絵を見るたびに、これは聖書のどこそこに書いてあることに因んで描かれたものじゃないか。違うか。
と、説明を兼ねて質問を発する。
困ったことに、絵の題名こそ英語で書かれているが、説明はロシア語だ。
いかにドゥニャンがロシア語に日ごろ精通(?)していても、文盲を自認しているのだから、この質問はほとんど愚問に等しい。
それでも、スーザンは優しくしとやかにドゥニャンに向かってキリスト教的説明と質問を繰り返す。
プーシキン美術館にある西洋絵画のほとんどはもちろんキリスト教関係である。
今回、ドゥニャンは全く違った絵の見方と言うものを教えてもらった。



ところで、プーシキン美術館からの帰り、スーザンは仲間と一緒に行ったピザのカフェーへ、ドゥニャンを連れて行きたいと言った。
彼女は、ロシアに来てまだ、一ヶ月しか経っていない。
目的地である彼女の言ったメトロの駅まではご案内申し上げたが、結局、どこにいけばいいのかスーザンには見当すらつかない。
人波にさらわれながら、とうとう洋服で有名なスポルチーブナヤのルイノックの近くまで来てしまった。

先週、どうしてもコートが欲しいというので、何軒ものルィノックをまわったのだが、目の飛び出るほどのお値段(650ドルから1000ドルくらい)に怖じ気がさして、とうとうコートをあきらめて帰ってきてしまった。

ところが、このスポルチーブナヤのルィノック前のガード下では、

な・なんと。

同じような(!!?)コートが100ドルで売っているではないか。もちろん、どこの生まれかどんな品質かは分からない。
ただ、分かっているのは表の生地が、百%本物のバックスキンであること(匂いからわかるのだ・・・とても臭う)、ドゥニャンにも着られること(引きずりそうではあるが、引きずらないほどの長さ)。

色は濃いグリーン一色、もう一着しか残っていないと言う。
その上、警察がいつ来るやもわからんから、今すぐ買わないとしまってしまうぞ!と、オバサンは脅すのである。つまり、彼女は、違法にコートを売っているので常に警察が現れるかどうか注意を怠ってはならないのだ。結局、警察に見つかるとしょっ引かれるような悪いことをしているところなわけ。もちろん、この違法な取り引きに応じたドゥニャンもしょっ引かれるであろう。もう、そんな思いは二度とゴメンである。絶対にしたくない。



その日、ドゥニャンは南アフリカのメンバーのコートを借りていた。外はマイナス12度。いつもの親切さで、「ドゥブリョンカ(裏に毛のついたコート)を、今日みたいな日には来ていくに限る。」と言う。なんだかその親切な申し出を断ってまで、自分のコートにしがみつくほどの未練はない。
ただし、ちょっとした問題はある。
相手は白人南アフリカ人。ドゥニャン(若干151センチ)との身長差を想像してみていただきたい。ほとんどくるぶしまでかくれるほどの長く重いブカブカのコートを引きずりながら着て歩いていたのである。


引きずりそうではあるが、引きずらないほどの長さ


と、いうのは正にドゥニャンのサイズだと思ってしまうではないか。


で、


電光石火のごとく、これは買いだ!!と、思い、買ってしまった。

その後、新しいドゥブリョンカを来て、ビニールの大きなゴミ袋に借りた嵩の高いのを入れて、サンタさんのプレゼントの袋よろしく肩から背負って、またシズシズとドゥニャンとスーザンは人波にさらわれながら、とうとうルィノックの入り口まで来てしまった。

ルィノックの入り口ではおまわりがはっていた。

「おい、そこのお前。ちょっと待て。」
「なんで。入れて。」
「いや、駄目だ。」
「どうして。」
「駄目なものは駄目なのだ。」
「えっ。ウソー。買い物しちゃいけないの。」
「買い物なんて、嘘だろう。」
「その大きな袋は。一体、何だ。」
「ドゥブリョンカよ。」
「それを持って入るのが、怪しい。」
「ええー。これが怪しいのぉ。変よ。おまわりさん。これはただのドゥブリョンカでしょ。見てごらんなさいよ。」
「だから、怪しいのだ。」
「あっちへ行って、ルィノックでの販売許可の切符を買ってこい。」 はぁ。なんてこと。ドゥニャンとスーザンはここへ何かを売りに来ていると思われているのだ。
「あのねえ。おまわりさん。これ古いドゥブリョンカなんだけど・・・。おともだちの物で売らないものなの。分かる?」
「本当に、本当に売らないのか。買うだけか。」
「そうよ。わたしたち、買い物に来たのよ。」
「そう言えばそうかもしれない。お前の着ているコートは新しいが、中のは古そうである。絶対売らないと言う約束で、今回、特別にここを通してやる。」
「ありがとう、おまわりさん。」
ここまで来て、洋服で有名なルィノックを見逃すわけには行かない。

しかし、またもやドゥニャンは、怪しげなやつに怪しげだと疑われてしまったわけだ。



帰りにまたガード下を通ると、ドゥニャンが買ったのと同じドゥブリョンカを持って、ドゥニャンにコートを売ったオバサンがにこやかに手を振っているではないか!!
「このコートが最後の最後なんだ。」って、言ってたくせに・・・。




持っているコートは重い。警察に怪しまれる。そんなんだったら、帰りに買えばよかった。


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