1999年10月4日(月)

お隣りのアイーダとは一週間に1・2度、お茶を一緒に飲んで世間話をする。
お互いに特別美味しいものを作った時には、お皿にもっておすそ分けをし合ったり、ダーチャでつんで来たきれいな花をもらったり、下の娘に持って来たものの大きすぎるコートをもらってもらったりと、つかず離れずのいい関係がずっと続いている。

普段はだいたいは美味しいもののハナシ。
タタール食や日本食の作り方。
ドゥニャンにとって目新しい果物があると、ジャムやコンポートの作り方などなど。
それにどこに美味しくって安い食材が売っているかなど、取り止めもないことを話して2・3時間がすぐに経ってしまう。

アイーダはとても料理が上手である。彼女にもらったキュウリのお漬物、ピクルス、トマトの塩漬け、タタールの肉入りパン、ヒンカリやペリメニなどハズレがあったためしがない。
どれも美味しい。
それにケーキやパンなども簡単に何の造作もなく焼いて持って来てくれる。


そのアイーダが、この間深刻そうに、
「アミールの仕事がうまくいかなくってねぇ。」
という。確かにアミールの勤めるブヌコボ航空は6ヶ月も前から倒産寸前状態だと言われている。
「今までは家にいることの方が少なかったアミールが、8月なんか2回のフライトで、9月は一度もなかったのよ。」
「大変ねえ。」
「そうなのよ。ジナーラにもイルミーラにも教育をつけなくてはいけないお金のかかる時期にこれじゃあねぇ。」
「そうよね。そう言えば、ジナーラの英語塾への学費も高かったよね。」
「それだけじゃないわ。今は専門学校へいっているけど、今度はどこかの経済研究所で勉強をもっと続けてもらいたいと思っているの。それにはお金がかかるのよ、今以上にね。」
「フーン。」
確かにロシアになってから、教育費にロシアの人たちもたくさんのお金をかけるようになった。ジナーラの行っている英語塾なども月に100ドル以上はかかるそうだ。
それでも外国語を知っていて損はない。今のロシアはビジネス社会である。外国語を知らないとちゃんとした職業を持つ機会が勢い少なくなる。
それに英語を知っていることで、お給料が俄然違ってくる。

例えば、外国語を知らない秘書だと、
月200ドルから多くて500ドルまで。ところが外国語を一つでも堪能に知っていると、
450ドルから600ドルの収入となる。

だから、ロシアでも専門の知識以外に外国語の習得がとても大切なモニュメントとなってくるのだ。

「アミールの仕事が不定期にしかないとしたら、経済的に大変なんじゃないの?」
と、アイーダに聞くと、
「そうなのよ。毎日毎日その日暮らしって所かしらね。」
と、言う。


「でもね。ドゥニャン。人の暮しは沢山物に溢れているからって幸せではないでしょ?わたしなんか少しずつ、ちょっとだけ与えられるというのが幸せだと思うのよ。感謝の念もそれの方が大きくなるもの。」
「そうかもしれないわね。」

「それがうちのアミールと来たら、わたしがアミールと結婚したことが不幸だと言うのよ。もっともっと稼ぎのいいビジネスマンと結婚していた方が良かったって言うの。違うデショ??そりゃあ、アミールのフライトが多い時には、いつもアミールは美味しいものをダンボール箱に何箱って持って帰って来てくれたものよ。サハリンからのタラバガニだって、大きなロブスターだって。黒海のチョウザメの新鮮なお肉も食べたし・・・。とにかくモスクワの人たちが見たことのないようなものをいっぱい私たちは食べていたわ。」
「すごいわね。」
「アミールは、わたしたち家族にいい生活をさせることを男の誇りだと思っているんだもの。だから仕事がない今は、意気消沈して他の男とこのわたしが結婚していた方が幸せだったなんて言うのよ。違うのよ。わたしはあの暖かい優しさが好き。アミールを愛しているの。ちょっとだけを分け合って、食べるものがあればそれでいいんだもの。ねぇ、ドゥニャン、そう思わない?アミールが他の男の人と結婚していた方が幸せだったのになって言った時、わたしは悲しかったの。すご〜く悲しくて泣きそうになったわ。
あなたの優しさがわたしを幸せにしているのが、わからないの!!って怒ったの。だって、あんなに暖かい男の人ってそう世間にいるわけじゃないもの。」
100キロを越える巨体のアイーダは、優しいつぶらな薄い茶色の瞳を潤ませてわたしに言った。
「わたし、アミールがいるだけで幸せなのよ。」

アイーダのこの気持ち、ドゥニャンにも分かるなぁ。
ドゥニャンだって、ヘンヘンがどんな人でも、やっぱりヘンヘンじゃなきゃ嫌だもの。
そして家族4人が楽しく、面白く小さなことで笑えること。

アイーダ。今はアミールの一番苦しい時かもしれない。だけど、そんなあなたが付いているからアミールは大丈夫。
きっと何とか仕事もうまく行くようになる。
なって欲しい。


ロシアの去年8月17日の経済危機がヒタヒタと一般庶民を押し寄せている。
健気に生きるアイーダのような純粋な人を襲わないで欲しいと願わずにはいられない。


今度の週末には、二家族でお鍋でも囲おうかしら・・・。そろそろお鍋の恋しい季節となって来た。

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