1999年11月12日(金)

この日、娘の学校は午後からの授業だけだった。
いつもはまわりに外国人がいない環境の中で、ロシアの治安状態をかんがみた時、必ず夫かドゥニャンが娘を学校まで送迎している。
でも、学校にほど近いバス停からは人の往来が多いし、大変安全な場所である。
ちょっと不安なのは、うちのアパートの近くである。向い側が森ということもあって、人の往来が極端に少ない。バス停から最寄りのアパートまでは、ちょっと距離があって不用心なのである。昼の日中だし、近くのバス停まで娘を送っていけば、自分で学校までは行ける、と考えた。

で、気軽に家を出た。


鍵を持たずに・・・。

しかし、習慣というものは恐ろしいもので、ドゥニャンは鍵をカチっと押してしまったのである。

ボタンを押せば自動的に鍵がかかるものと、鍵を差し込んで取っ手を廻してからかける錠と、そして内側からでしかないと開けられないし閉められない横滑りのものと、うちでは3段階の施錠システムがあるのだ。
ロシアの家ではだいたい3個や4個の施錠システムを持つ家がほとんどである。ソ連が解体してしまった後に急に治安が悪くなって人々は用心に用心を重ねるようになったのである。

その上、アパートの玄関を出ると、10畳くらいの4戸共同のスペースにも扉があって、それにも鍵がかかるようになっている。

もっと凄いところになると、その4戸共同スペースの扉に鍵をかけ、その内側になお鋼鉄で出来た扉を作り、2戸共同で身を守っているのを見たことがある。これは確かに極端な例ではあるが、ロシアでは多くの人々が驚く程たくさんの鍵をジャラジャラ、ポケットから出して家の中に入っていく。

アパートの入り口も自動ロックシステムになっていて、インターホンで家主を呼ばないと扉は開かない。

そんな環境の中で、鍵を持たずに出てしまうというのは、家から完璧に閉め出されてしまうということである。夫が帰ってくるまで、ドゥニャンは家に入れないのである。
困った。

それで娘と二人で考えた最善の案が、娘と一緒に学校へ行って、授業を受けるというものであった。

「ママ、一緒に行っていいけど、約束があるのよ。お願い、目立たないようにおとなしくしててね。授業中は何も言ったら駄目だよ。なにか喋ったら、怒るから。いい、ママ。絶対に約束は守ってね。」
「いいわよ。ママがうるさくする訳ないじゃない。大丈夫。大船に乗ったつもりでママに任せて。」

学校に着いてみると、次の授業まで約40分程、休み時間があるという。
娘の友だちたちは娘をテニス・ボールでのサッカーに誘った。外は零下10度、学校の校舎の中の廊下の横の広がっているスペースでするのである。
ドゥニャンはもちろんおとなしく子ども達の遊びをニコニコと見守っている予定だったのだが、予定は未定であるからにして、決定ではなかった。

娘の友だち達が
「お願いです。一緒にサッカーをして下さい。そうでないと、おもしろくないんだもの。」
と、手を擦り合わせてドゥニャンを拝み倒すのである。頼まれると嫌とは言えないドゥニャンだから。結果はおして知るべしである。

しらける娘をよそに2回もゴールしてしまって、燃え上がった!

そこへ、先生がやって来た。

「学校内では静かに!ただちにサッカーをお止めなさい!!」
と、言われてしまった。
そりゃ、そうでしょう。10人もの大きな体格の子どもが校舎内でサッカーをするとなると、階下はうるさくてたまらない。ロシアの先生でなくても叱りに来て当然である。

「だから、言ったでショ?!!」
なんて、先生の前でいい格好をしてみたんだけど、みんなから総スカン。

娘には叱られるし、次のコンピューターの授業の時は、約束通りとってもおとなしく娘の横にチンとおすましして座っていたドゥニャンであった。

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