1999年5月26日(水)

私たちのアパートは大高層住宅である。
19階まであって、入り口が6つ。4軒がそれぞれ隣り合わせになっている。だから、総世帯数・・・えーーーと。
掛け算すると分かるんだけど。


ちょっと待ってね。


あのーー。だから。そのぉ。

まあ、実に大きい!!それは分かると思う。




わたしたちの住んでいるアパートの一階にチョーチャ・ローザというおばあさんがいる。
ドアが壊れた時やインターホンがおかしい時など、チョーチャ・ローザに相談に行く。
救急車が来た時など、彼女はなぜか外に出て、病人が運び去られるのを見守っている。

チョーチャ・ローザは誰がどこに住んでいて、どんなことをしているのか、どういうわけかよく知っている。
誰が頼んでもいないと思うけど、インターホンの料金徴収が年に2度ほどある、それを買って出ているのも彼女。

70才。中肉中背。力強くお喋りを続ける能力を生まれつき備えているかのよう。
お人好し度は平均値の3倍くらいか。
しかし、金銭的にはかなりシビア。っかな。



入り口の脇には2坪ほどの空き地がある。どこの入り口にいっても、それほど手入れされている事はない!ところが、チョーチャ・ローザの入り口は、彼女が丹精込めてお花を植えたり水をやったり。暖かくなってからはいつも何がしかの花が咲いている。
それが、また、かのじょの自慢の種なのだ。

「ねえ、どこのドームの入り口がうちの庭ほどきれいだね。ええ?!ドゥニャチカ。水仙もチューリップも釣り鐘草咲いている。見て来たかい。まだ、見てないんだったら、行ってご覧。今度、庭の花を切ってあげるからね。わたしの庭が一番なんだよ。どこの庭も丹精しないから、自動車が方向を変える時に乗り上げるのさ。わたしゃぁ、そんなこと許さないね。誰も出来ないさ。あんなにきれいにしてあるんだもの。そうだろ?ドゥニャチカ。わたしはね、花をさわっていると、胸も頭も痛くならないのさ。そうでないと、病気になっちまう。うちのダーチャはもっときれいなんだよ。今度いらっしゃい。」


チョーチャ・ローザは月に450ルーブル(2250円)の年金をもらっているという。
ささやかな年金と夏にダーチャに行っている間に家の間貸しをしてちょっとだけ家計の足しにする。

「ドゥニャチカ、誰かあんたの知り合いでモスクワへ来ないのかい。家を借りて欲しいんだがねぇ。来たらチョーチャ・ローザのことを一番に言っておくれよ。」


「そうだ。花を切ってあげるから、お茶でも飲みにおいで。ついでに部屋を見せてあげるから。」


ドゥニャンはホイホイとモチロン付いて行く。


チョーチャ・ローザの部屋は、魔法使いの部屋のように色んな物でゴタゴタしていた。 大切そうなおばあちゃんやお母さんからの贈り物の欠けたお皿やカップ。
それに昔ながらの布がベッドにかけられていたり、所狭しといろんなアンティーク(?)がそこここにおいてある。窓辺には蔦や花の芽が並んでいて、ちょっとさわりでもしたら落っこちてきそう。

お茶を入れてくれたカップはもうすでに百才を越えているそうだ。チョーチャ・ローザのおばあちゃんが残したカップで、妹さんに6客、小母さんに6客。

おばさんはコンデンス・ミルクを砂糖でかためてあるようなお菓子とボルシェビキ社製のビスケットを出してくれた。こんなお菓子が今でもあるとは・・・。10年前、わたしたちがモスクワに住んでいた頃はこのお菓子がお店に売っていなくって、これをおいているお家を羨ましく思ったものだが・・・。今や、お店には西側(もう、とうに古い言葉です。これって。)製のお菓子がいっぱい売っている。わたしたちが子どもたちにもっぱら買うのはそうしたお菓子だ。


ボロっとこぼれそうなその砂糖菓子をなめながら、ローザおばさんの話を聞いていると・・。

「昔はね。でも昔といってもソビエト時代なんだけど。なんでも安くってねぇ。ドゥニャチカ、あんたは知らないだろうけど。お店に品物が出た途端、売りきれたものだよ。みんな買えたんだから・・・。いまじゃあ、何でも高すぎて売れ残ってしまうのさ、お店にさ。
ご覧よ。空っぽになった店なんて近頃見る事なんてなくなったねぇ。」


「はぁ。ハハァ。・・・・。」


あの頃、店には物がなくって、めぼしいものなら2・3時間の行列が当たり前。給料が使い切れないくらい何もなかったのを覚えておいででない。
ドゥニャンなんか、職場配給もなかったから、買い物の大変さが身に沁みている。
チョーチャ・ローザにしてみると、行列を並ぶのよりも、金額を考えないで食料を買える時代の方がよっぽどよかったのかも・・・。


ローザおばさんにとっては、野菜なんかも高くって、なかなか新鮮な野菜のサラダは食べられないのだそうだ。いつもじゃがいもと人参、玉ねぎと少量のお肉でシチーを作ったり、ビーツを入れてボルシチを作ったりしているそうだ。

それが年金生活者の平均的な姿といっていいのかもしれない。

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