6月25日(金)
 

随分長い間更新をお休みしてしまった。ごめんなさい。
ロシアの学校が夏休みに入ってからもうすでに1ヶ月近くになろうとしている。

9月からの8年生への進級試験が終わった2日後。5月31日。
進路の発表が行われた。

娘のクラスは前にも書いたように、大学進学を目的とした人文科学系志望者クラス。他にも数学コース。物理コースが大学進学クラスとして設けられている。
各クラスは大体30人弱。でも今回の人文系コースに進級できたのはクラスで22人ほど。
後の8人は普通のコースに振り分けられることになってしまった。娘の友達のうち、アミーナ、ディアナ、そしてレーナが落とされた。

ディアナは、とても成績が悪かったらしい。
日本でだと、よその子どもの成績まで分かっているのはよほどの教育ママかおせっかい焼きのオバサンでないとそうは行かないが、ここロシアでは、小テストの成績まで皆の前で発表されるのでクラス全員の成績を子どもたちには分かってしまうことになる。
それで、あまり特別だと人の口の端に上ってしまうのだが・・・。

なつめの仲良しのディアナは素直なとてもいい子である。しかも無類のお人好し。お父さんが地区の区長さんをしているということで、どちらかというと名士の子どもでもあるらしい。一度、そのお父さんを見かけたことがあるが、ちょっと年を取っていたかな。
きっと、年取ったときの子どもで目に入れてもいたくないほど可愛くって仕方がないのであろう。
ディアナの財布の中にはいつも100ルーブル札が何枚か入っているというから、凄い金持ちである。うちの娘や平均的なクラスメートの財布には10ルーブル札が一枚入っていたら上等なほうだから、押して知るべしである。


ただ、勉強は大きらい。数学の小テストがあるときなど、しょっちゅう学校を勝手にお休みしていたというから・・・。他の科目も似たり寄ったりであったらしい。
それで、一度ならず担任の先生や特に数学のナターリア・ニコラエヴナに両親は呼ばれて注意を受けていた。

その時の話。
ナターリア・ニコラエヴナ:
あなたの娘は全然勉強をしていないし、成績も悪い。2をとっても平気なほどです。(2は落第点)もっと家できちんと勉強するように指導してもらわないと困ります。その上、テストのときはよく休みますが、家ではどんな風に考えていらっしゃるのですか。
(この数学の先生は辛辣なので有名である。この言葉よりももっと鋭く詰めいったに違いない)

そこで、まあ一段落先生の話を聞いていたディアナのお母さんは、
先生、そうおっしゃいますけれど、うちのディアナは、昨日もテストのための詩の暗唱だとかで車の中でも頑張っておりますのよ。どうして、先生がうちの娘のことをそんな風に悪くおっしゃるのか分かりませんわね。

日本のお母さんだとこういう訳にはいかないだろう。もちろん、ディアナのお母さんにしてもディアナが勉強していないことを良くは思ってはいない。しかし、先生から攻撃されていると思うや、どんなことをしてでも我が子を守り、それに理由を付けて説明しようとする。
ディアナのお母さん一人が特別にそんな風であるわけではないように見受けられる。 この話し合いの後はナターリア・ニコラエヴナにもディアナのお母さんにも感情的な縺れがないのだから、ロシアの人間関係はたいしたものだと感心する。
日本でもこういうカラリとした人間関係、言いたいことを言い合える関係が望まれるのではないのだろうか。特に教育の現場において、日本のお母さんたちは我が子を学校に人質に取られているという見方をする向きの方もいらっしゃるようだが、それは心得違いというものではないか。
先生と意思疎通するために、お互いに思っていることを素直に言い、親は子どもをきっちり守る姿勢を貫くのも潔くて良い。



5月29日の数学の試験の日。ドゥニャンはどんなものかとなつめの学校に行ってみた。 朝9時から筆記試験があるという。
皆子どもたちは緊張した面持ちで、それぞれノートの確認に余念がない。
ただ、ディアナは不安で目をショボつかせ、落ち着きがなかった。もう、テストはいいのといった雰囲気が醸し出されていた。
アミーナもレーナもそうである。
「頑張らなくっちゃ。」
「いいの。どうせ私たちもうだめだから・・・。」
なんて言っていた。それでもノートに目は通している。テストさえなければ、アミーナはいつもひょうきんに振る舞う楽しい子どもなのに・・・。今日は流石、冗談はでないようである。

筆記試験の終わった後、12時から3時まで口頭試問が行われた。
図形の証明問題がズラリと60問ほど。その中から籤を引いて当たった問題の証明を黒板に書き、先生に質問された新たな問題にも的確に答えられたら、5を取れる。
少しでもしくじったり、分からなかったりすると、たちまち点数は削り取られていく。

教室の外でわたしがウロチョロしながら待っていたら、ナターリア・ニコラエヴナは、教室に入ってもいいとおっしゃった。

試験のまだの子どもが教室で待っていたり、廊下で待っていたりしている。
籤を引いた子どもたちがお互いに教えあいっこできないように、てんでに教室に座らされおとなしく自分の出番を待っていた。

口頭試問中の子どもは冷や汗をかきながら黒板に証明を解いていっている。
出来上がってもその証明の説明ともう一問、先生から出される問題を証明するのに顔を上気させ、時には詰まりながら、訥々と頑張っている様子は、どこへ行っても試験というのは子どもたちの大きなストレスなんだなぁ、ガンバレ!!とエールを送りたくなる。

いつもおとなしくにこにこと控えめな小さい方の真面目なレーナがいざ試験を受けているのを見ていると、彼女は性格ゆえか小さな声でしか、答えていない。
充分に満足には答えられないのだろう、先生の注意が飛ぶ。
そしてようやく終わったとき、
「あなたには3プラスを出さなければいけないでしょうけど、まあ、4マイナスを上げるわ。これからはもっとしっかり準備してきなさい。」
「ありがとうございます。」
と、小さな声で答えたレーナ。
「何がありがとうなの!!一体!ありがとうと言ったってなんにも変わらないのよ。しっかりやってこないと駄目!アリガトウがなんの足しになると思っているの。」
テストでもビクビクが伝わってくるのに、あ〜〜、可哀相なレーナ。
「ボサっと突っ立ってないで、終わったら、速やかに帰りなさい。」
ドゥニャンには、ナラーリア・ニコラエヴナの言葉が容赦なく聞こえた。

娘の順番が廻って来た。3角形の合同問題を解くことと、あとは重心を求める問題が出された。
なんとか、やっている。
「あなたはよくやったわ。よろしい。5です。」
『ヤッター』
心の中で、わたしは喝采を叫んでいた。


後で廊下で先生に会ったとき、わたしは思わずお礼を言っていた。
「お礼を言うのはわたしの方です。金で彩られたお子さんを見られたわたしは幸せです。 来年も期待しています。」
なつめにナターリア・ニコラエヴナからお褒めの言葉をもらったことを伝えたら、
「えー!うそみたい。だって、ナターリア・ニコラエヴナは絶対褒めないんだよ。厳しいことは言うけどね。」
「そうね。今日も手厳しかったわね。」
「あれは怒ってないのよ。レーナはあれでも褒められたの。だって4上げるって言ったでしょ。もっと普段は凄いんだから。」
身長180センチ、いつもキチっとしたスーツに身を固め、亜麻色の髪を短く切った美人の先生である。
「わたし、ナターリア・ニコラエヴナ好きだよ。厳しいけど、やることやるもん。それにロシアの子達ってあんまり言われたって気にしてないみたい。そんなところがいいんだよなぁ、ロシアの学校って。教室で静かにとかお行儀良くしなさいって言う先生は、皆から馬鹿にされるんだよ。具体的に指摘するといい見たい。それが分かってんだね。ナターリア・ニコラエヴナは。ただ、行き過ぎてるなって思うこともあるけど・・・さ。」


なつめの一年目はこれで終わった。来年8年生は落第という怖い関門も待っているそうだ。その辺りロシアの学校は容赦がない。日本といろいろ違うこともあり、戸惑ったことも多かったけれど、先生やともだち達に優しく見守られていい学校生活を送れたことと、本当に皆さんに感謝している。

ありがとう。先生方。
それから、ダーシャ、イーラ、アミーナ、ディアナ、そして二人のレーナ。
これからもよろしく。



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