2000年1月2日(日)

「まだお正月」に書いたユーゴザッパド劇場で女優をしている日本女性クニさんのしてくれた話を今日はうまくまとめられたらイイナぁと思っている。

彼女はロシアに来る前にイギリスはロンドンで演劇の勉強をしていた。
イギリスの演劇とロシアの演劇はどんな風に違っているのだろうか。
まず演劇の手法からして違うとクニさんは言う。

英語という言語に関して言えば、喉が解放されていないのだそうだ。ロシア語の音の中には’ZH’という音が、喉と胸が開かれ鼻に付きぬけていかないとでない音だそうだ。
それが呼吸をする時に非常にリラックスさせてくれる。

それでロシアの演劇では呼吸に関してもリラックスという事を考える事をしないでもいいのだそうだ。反対に英語という言語は日本語よりも腹から呼吸をしなければならないのであろうが、それでもロシア語に比べるとすべて口や舌の形のみで発音しうる。
ということは腹から音を出す時にリラックスする方法を学んでいかなければいけないのである。それが自然な演技、そして声を出す決めてとなる。
その決め手を、演劇学校に入ると最初徹底的に教えられるのだ。

ところが、ロシアではそのリラックスを教えられる事がない。
もうすでにロシアの俳優さんたちは生まれながらにしてこのリラックス方法を会得しているのだから。ただ、ロシアは寒い国であるから喉ちんこが南の国の人々より相対に長いのだそうである。この喉ちんこにちからを加えて鼻からもっと息が出るように訓練しなければならないらしい。

それとは別に、特にロシアの人々が演劇大学で一年目に何を習うかと言うと、人と協調する事を学ぶのだそうだ。かれらは自分が目立つ、個性的であるということを誇りに思っていて、ちっとも恥ずかしがらない。それで役をもらうとどうやって目立つか、どうやって他の人と違ったように演技をするかしか、考えないらしい。

それでは皆で作り上げる演劇という芸術からすこしばかり外れていってしまう。

ただ、この欠点は長所となる場合が多い。
何かを身体で表現する時にちっとも緊張しないで意識なしに自分の思う役柄を表現してしまうのであるから、彼らは生まれながらにして、良き俳優の素質を持っているわけである。
演技をしている事自体、彼らにとっては自然な好ましいあり方とでも言えるのだ。

うらやましい限りのリラックスぶり。
力が思いっきり抜けて、自分と即羞恥なしに対面できる彼らの資質。
その呼吸のリラックスとロシア語の音の幅が他言語よりずば抜けて大きいらしい。

だからこそ、音楽、文学他の芸術分野で活躍する人々が目立って多いのではないのかあという話であった。


それにしても、ロシア人が知らず知らずに持っているリラックス法。それに自分が自分自身であるということを恥ずかしがらない、その神経の図太さ。
このロシアと言う国は、大人になるのにどんどん何かを吸収し、そして大人になり齢を重ねていく。おかあさんは太古からのおかあさんであり、おとうさんはどうしようもなくお父さんなのだ。
どっしりと納得づくの時間の過ごし方来し方なのである。


ロシアはやっぱり大きくどうしようもない。
これが大地という自然がすべて吸収して還元していってくれる。
ロシアの大地はやっぱりなすすべもなく大地なのであった。

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