2000年3月18日(土)

3月13日月曜日、日本大使公邸でアナニアシヴィリの講演会があった。

ニーナの子どもの頃からの話を中心に自分がどうやってバレエの道に入ったかといういことを詳しく説明してくれた。
その中で何よりも印象に残ったことは、ニーナ自身が両親そしておばあさんの愛情に見守られながら、今日の彼女を築いていったことである。
ソ連時代にはソ連のいたるところから、レニングラード、モスクワへ、才能があると思われるダンサーの引き抜きがあった。ニーナも双方から目に付けられた一人だった。
その時、モスクワの気候がレニングラードより過ごしやすいこと。それから両親の知り合いも多いことなどを理由にモスクワ行きは決定された。
まだ、幼いニーナは一人ではモスクワで生活が出来ない。
彼女のおばあさんが自分の仕事を辞めてまで、ニーナとともにモスクワへ来ることにしたのだった。

モスクワの学校ではバレエとともに色々な科目を学ぶ。ところがニーナはロシア語は何を喋っているのか理解は出来るのだが、自分から喋るということは出来ない。
グルジアの学校ではクラスでも一番よく出来た生徒だったのに、授業中あてられても、ただひたすら黙っているより他なかった。
そんなニーナをおばあさんは一から勉強し直して、一緒に色んな科目の勉強を毎日するという手助けをしてくれたのだ。
おばあさんなしには、今日の自分はなかったと、彼女は言う。

そしてグルジアの両親も、あたかもニーナが彼らの側にいるかのように、色んな家での出来事を書いて毎日手紙をくれていた。それがまた彼女にとっては、重要なことであった。淋しいという思いをあまり抱かずにすんだのと、両親の愛情をいつも感じることが出来たからである。

ニーナの話を聞いていると、両親や回りの愛情が、本人の才能とともに大切なことがわかる。
ある日、お母さんが、
「ニーナ、もう大変だったらグルジアへ帰って来てもいいよ。だれもあなたのことを馬鹿にする人なんていない。みんな待っているのだから。」
と、手紙をくれた。
しかし、ニーナはそこで、勉強は大変ではあるけれど、一番の目的のバレエに付いていけないわけではない。ここで頑張ろう!と再度決心したそうである。

彼女の心の中は弾力のある優しさとそして何かを成し遂げようとする芯の強さがあると言える。幼い彼女が遠い異国、モスクワで成し遂げた何かは彼女が持った天性の資質とそれから回りのひたすら彼女を思う愛情であった。
どんなにこの愛情というものが、これから育っていこうとする若い芽に必要であるかをひしひしと感じさせてくれた。

また、彼女の中には、自分がボリショイ随一のプリマ・バレエリーナであるいや世界に冠たるバレエリーナというおごりは全く見られない。

「あなたのその美しさの秘訣はいったい何ですか。」
という質問に対し、彼女は
「私は自分のことを美しいと思ったことはない。美しさというものは中味を伴ってこそのものである。中味のない人間はどんなにお人形のようにかわいらしくとも、モデルのように素敵であろうとも、それはわたしにとっては美しいことだとは思われない。優しさや人格のよさ、そして人間味溢れていることこそ、人の美しさだと思う。そして人はどんな人でも固有の美しさをもっていると信じている。」
と、言った。確かに・・・。
でもそれをこんなに優しい語り口で、衒いもなく言える彼女こそ美しい!!と、思ったのは私だけではなかっただろう。


どんなバレエの役が難しいのかという質問に対しては、白鳥の湖のオデットもドンキホーテのキトリも難しいが、ライモンダが一番難しいのではないかと、彼女は答えた。 ライモンダという役柄は少しでも失敗すると、それがどちらかというと落ち着いた踊りであるから失敗が人目で分かってしまう。それがライモンダというバレエ全体に影響を大きく及ぼすのであろう。
ライモンダほど踊ることに緊張を感じる踊りは少ないと言っていた。


新しいバレエはどれくらいの期間に仕上げるのですかと質問されたら、大体、3週間ほどで仕上げます。と、答えていた。
また、毎日、少なくとも2時間のレッスンは欠かせない。ただ、2時間のレッスンの日はほとんどなく、公演の前には、午前中からレッスン、そして午後から公演のためのレッスン。それが夜10時頃まで続くことも多く、ほぼ休む暇なくレッスンに明け暮れていると答えていた。
自分の公演のある日には公演の2時間半前には、劇場入りをして、化粧や衣装を着けたりしなくてはならないのだそうだ。

その影の努力があってこそのすばらしいバレエなのだが・・・。

バレエで一番大変なのは、その踊りがむずかしいものであればあるほど、レッスンに励み努力を要求され、緊張を余儀なくされるのであるが、お客様と向かい合った途端、その踊りが難しいものであると感じさせないようにしなければならないことである。と、言っていた。


約2時間の講演中、終始穏やかな笑みを浮かべ、優しくどんな質問にも応答するニーナの姿。その講演の後、私達ファンに写真を撮らせてくれたその暖かさ。
じかにふれることのない大スターと少し近づけたような気にしてくれた素晴らしい2時間であった。

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