2000年3月21日(火)

3月19日、午後11時30分。娘のともだちのダーシャとお父さんのお迎えでなつめはロシアの学校の始めての修学旅行に旅立って行った。

一人、ただ一人完璧にロシアの環境に放り込むことになる。
モスクワ日本人学校では、同じ日程で500ドルかかるところ、もの1741番学校の修学旅行費用はたったの850ルーブル(4250円)。この金額では極々ロシア的なホテルに泊まり、朝はカーシャ、昼はスープにお肉、そして前菜などのお食事を摂るのであろう。夕食は各自勝手に食べるようにという指示らしい。


その上、夜行列車は名前もない、非優等列車。
わたしたちがペテルブルクに行く時には、優等列車である「クラスナヤ・ストレラー号」に乗る。シーツや枕などはとても清潔で気持ちがいいが、非優等列車となると話は違う。
彼女はそこの所を良く分かっていた。
「もしかしたら、汚い列車かもね。」
ドゥニャンはシーツに枕が汚いと神経質で眠れなくなる質である。
娘のこの旅行を考えてみると、ホテルの汚さも思いやられる。
なんとも言えない臭いのするベッドに寝かされるかもしれない。苦手なカーシャが食べられずに朝ご飯はパスということになるのかもしれない。

前日、パパのヘンヘンと一緒に修学旅行前の買い出しに出かけたのだが、お菓子らしいものも買ってはいない。
どうするのだろう。

それにそれに、彼女はただ一人、ロシア人の中で4泊3日もするのだ。
困ることはないのだろうか。

あれも持ったかしら。これもそれも・・・。

日本の学校のように修学旅行前の説明会もない。プリントですら配られない。
あまつさえ、2日前まで出発の日程をクラスの全員が一日間違えていたくらいだ。
どんなところを見てくるのだろう。なんというホテルに泊まるのだろう。
何か起こった時に連絡するすべもない。それでも皆、平気で出発するのである。

「ねえ、心配じゃないの?」
と、あまりの不安にたずねてみると、
「いいんじゃない?!朝のカーシャはいやだろうけど、楽しみ!!」
なんてうそぶいている。いつものことで虚勢を張っているのかしらと思いきや、お風呂に入って一通り準備が終わって、静かにしていると思ったら、ベッドで眠りこけているではないか。
彼女の感受性を疑ってしまう。
一人で旅行に行くんですよ。ママやパパは一緒にいられないのよ・・・・。まったく
もう!

準備をした荷物の中には数学の本が入っているという。
こんなに重い荷物を持って歩いたら疲れちゃうじゃない。
それにペテルブルクはモスクワより北だし、寒いんじゃないのかしら・・・。
その上、その上・・・。
心配し出したらきりがない。

そして3月20日は彼女の誕生日ではないか。
ママもパパもお祝いしてあげられないんだよ。
行かせるんじゃなかった。一人で・・・。
旅行になんて・・・。

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