2000年3月23日(木)

案にたがわず上の娘達のペテルブルク行き夜行列車は非優等列車。
「汚かった?」
と聞くと、
「汚いもなんにも暗くってわからないから、平気だった。」
と答える。
あらそう・・・。
ペテルブルクではかの皇帝一家の占い師、ラスプーチンを殺したというユスーポフ公爵の宮殿をたずねたり、エルミタージュへ行ったり、プーシキンが決闘した場所を訪ねたり、巡洋艦オーロラ号に乗ったりと盛りだくさんのスケジュールだったみたい。
ワイワイガヤガヤ、同じクラスの女の子たちが寄って色んなことを言いながら、ユスーポフ公爵の家では貴族趣味に浸ったり、暗記しているプーシキンの詩を思い出しながら、ダンテスにやられてしまった場所で物思い(?)にふけったりしたようだが・・・。

ただ、余談なのだが、プーシキンの詩の暗唱に関すること。
うちの娘は日本語は現代詩には合わないと、とんでもない??ことを言い出している。
「なんかリズムが変なんだよね。それに音がきれいじゃないような気がする。俳句や和歌はそんなことないみたいなんだけど。なんとなく恥ずかしくなっちゃう。気取ってて。ロシアのは、自然できれいなの。」
なんて、いっぱしの評論家ぶりを発揮するようになってしまった。
確かに彼女の暗唱するレールモントフにしてもプーシキンの詩にしても、とっても美しい。
聞いているだけでうっとりしてしまう。

特に娘は3歳から5歳の間、モスクワで住んでモスクヴィチカのように喋るといわれていたものだったが、この時の沈潜した言葉の蓄積が、今、ここモスクワで再度ロシア語に触れるようになって出て来たものだ。彼女の話すロシア語にはほとんど外国人風のアクセントがないと良く言われる。
そればかりではなく、言葉のリズム、詩の感覚などが彼女の言語リズムの中に自然に養われていたのかもしれない。


修学旅行に話を戻そう。
宿舎はありふれたアパートのような所の一画。ソビエト式の調度。サービス。
でも、彼女にとってそれはともだち達がごく当たり前に享受するように、べつに不思議でも、不満でもなんでもなかったらしい。
2人部屋なのに、5人もの女の子達が枕と毛布を夜な夜な持って来ては、一つの部屋に集まり、ああでもないこうでもないと訳のわかったようなわからないような、あの年頃独特のちょっと浮世離れした話をとことん楽しんでいたようだ。



23日早朝、モスクワに着いた彼女。
元気良く友達のお父さんに迎えられて家に帰って来た。

「あのね、ダーシャがひどいんだよ。私の時計を貸してって言ったきり、返してくれないからあの時計、なくなってしまったの。」
「そう・・・。」
「ちゃんと手に返してよね。って言ったのに・・・。なくなったって、謝りもしないんだから。それに声を上げて泣くんだよ。ずるいと思わない??まず、人のものをなくしたら、あやまらなくっちゃ。ダーシャって普段はいい子なんだけど、謝れないんだよね。」
「ロシアの人って、大体謝るのは好きじゃないんじゃないのかしらね。自分が悪いと思った時ほど、言い訳してごめんなさいを言わないような気がするから。日本人とのちょっとした差じゃないの。まぁ、そんなに目くじら立てないで・・・」
「でもさぁ・・・」
と、なんだかしっくりしない様子。

修学旅行の様子を話す時も、どこか様子が変。


楽しかったと、言いながらもどこか無理が合ったのではないのかと心配していた。

ヘンヘンが何の気はなしに、
「ピンピン(その昔はピンク色のフワフワのタオルだった。でも洗濯している時以外は14年間毎日一緒に寝ているうちに、グレー色になり、生地もガーゼのように薄く、とことんよれよれになった。彼女のともだち達はそのタオルを見て、雑巾と呼んだと言う。)はどうしてる?」
と、聞いた時だった。
「あ〜〜ん。ピンちゃんがいなくなっちゃったよぉぉお。ピンちゃんが・・・。」
娘は絶叫して泣き伏した。
「ピンちゃ〜〜〜ん、ごめんなさい。私、優しくしてあげなかった。いつもママやパパに叱られた時、ピンちゃんがホッペの所に来て慰めてくれたのに、ウェ〜〜〜〜ン!!ピンちゃ〜〜ん。びぇ〜〜〜〜ん。」
一日中、目が腫れて、鼻が真っ赤になるほど泣いていた。こんなに泣いた彼女を見たのは生まれて始めてだった。
彼女は泣かない子どもだったのに・・・。

「それで、ピンちゃんはどこでなくしたの?」
「ダーシャやゾーリッツァがお布団を片づけていた時、私はトイレへ行ったの。その時に一緒に片づけちゃったみたい。帰りのバスの中で気が付いたんだ。わたし、ピンちゃんに優しくなかった・・・。だって、ピンちゃんのこと、その時まで気づいてあげなかっただもの・・・。ごめんなさいピンちゃん。あ〜〜〜〜〜ん。」




なるほど、それで、ダーシャに時計がなくなったことをきつく言って、当たったわけか。と、納得。



ダーシャとの一件の時計は汚れ物を入れた袋から出て来た。
「さぁ、なっちゃん、ダーシャに時計が出てきたって電話しないとね。」
「でも、ダーシャは私の手に時計を返さなかったんだよ。なんでわたしがあやまらなくっちゃいけないの?」
「ここはなんなが、時計はありましたと報告しとくべき。」
しぶしぶ電話に向かって報告する彼女。

「時計あったの。ごめん。じゃ。」

なかなかのロシア人ぶりを発揮するわい。

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