2000年4月9日(日)

ヘンヘンのいない日曜日、どこへ行くあてもなくひたすら手持ち無沙汰である。
ようやく長かったくもり空に裂け目が出来て、お日様が顔を出して下さった。
散歩日和である。気温は10度前後。道の雪はほぼ溶けて、ローラーブレードをびーびーはしたくってたまらない。
上の娘を誘うと嫌だと断られた。

ジョーチを連れて、家の周りを散歩すること10何周。飽きたからと、近くの学校の校庭へ出かけてみた。
すると子どもたちが、着膨れするほどに何重にも服を着せられ、汗だくになって遊んでいるではないか。びーびーのような子どもたちもローラーブレードをしている。

見知らぬ子ども(びーびーのこと)を見て、小さな子どもが自分のローラーブレードぶりを見せに来る。
びーびーもその子達のことを意識して、滑っている。
目と目はしっかり相手に釘付け。それでもなお且つ一定の距離を守ったまま、それ以上近寄ろうともしないし、遠ざかろうともしない。
「ねぇねぇ、ママ・・・。」
意識することに疲れたのかびーびーが、呼ぶ。
「うん?」
「ねぇねぇ。」
「何よ。」
別に何かを喋りたいのではないらしい。相手の子どももパパのところへ戻って行く。そしてやっぱりこちらを向いている。

さて、この緊張状態に飽きた彼ら。
校舎の裏側に周って行った。

すると、中学3年生くらいの男女が十数名たむろしていた。
そのうちの一人が、ジョーチを見て、
「その犬、カランダーシ(鉛筆)って呼ばれてるんだよぉ。」
と、言った。ちょっとだけ凄味の利いた言い方だった。

それに彼らの仲間は皆つるつるのツルッパゲ、ソリソリに剃ってある。
なんとなくだらしない服装、投げやりな視線。
でも、ドゥニャンとしては、この年齢の子どもたちはキになるのだ。
彼らの斜めに構えた姿が大好きなのである。真面目な子どもも好きだが、こんな風にすねたような子どもはもっと好きだ。
おもいっきりやってくれ!!と、いつも思う。

反抗?!ん!すべきだ!!

応援するゼ!

と、幼い彼らの斜めぶりが頼もしい。

「そうだよ。これカランダーシなのよ。」
と、返事をした途端、
「ケッケヶヶ・・・」
妙な声を立てて、彼らは笑いはじめた。
「おばはんよぉ。そこで止れよ。」
一人の男の子が飛び出して来た。
「カランダーシか何かしらんが、あのなぁ!!フィー。」
「あんた、お酒を飲んでるのね。」
「あ〜。沢山飲んでるさ。」
フードを被っていた頭のソリソリを見せびらかせるために、フードを取る。
「止れって言ってんだろうが!このくそばばぁ!!」

なんとなくヤバイ雰囲気。目が据わりきっている。しかもゴリラのように威嚇のために上着のジッパーをはずそうとしている。

「帰るから。」
「何だとぉ!!わかってんのかい、オイ、コラ、止れ!!」
どうも暴力を振るってきそうな勢いなのだ。流石に恐くなった。
「びーびー、早く。行きなさい」
と、急き立て帰ろうとすると追いかけてくる。足はヨタヨタ。しかし相手はでっかい中学生だ。

本当にヤバそうだ。

どうやって逃げるかな?或いは・・・。このままこの中学生にヤラれるかもしれん、あびとだけは逃がそうと、観念しかける。
すると、飲んだくれの友達がやって来て、彼を捕まえてくれた。
そして、バタバタなおも暴れる彼を抱っこして身動きが取れなくして連れて行ってくれた。

これには流石のドゥニャンも参った。
後で膝がガクガクする。
「ママ、あの人達なんて言ってたの?」
「知らない。」
返事ができないほどに恐かったのだ。

最近、ロシアでは中学生たちの間での麻薬吸引が大きな問題となっているが、彼もそうした一人なのであろう。ドゥニャンはあんな恐い酔っ払いを見たことがなかった。
アルコールを飲んでいるだけではなく、一本切れているという感じだった。
それにあんなに皆揃って頭を剃りあげて威嚇的な恰好をしている所をみると、どうも極右翼とのつながりもあるのかもしれない。外国人であるドゥニャンたちを威嚇しようとしたのも、そんな背景もあったのだろう。


モスクワの中学校、高等学校は最近荒れ方がひどいと聞いている。古い言葉だが、男女交際の乱れ、麻薬。もちろんそれに追随して学業放棄。

学習内容はすこぶる難しく、ついていけない子どもたちが多いのもうなずける。
また、先生たちもそんな生徒を平気で放っておく。
ロシアの学校のエリート主義は極め付きである。
上位1・2%をより伸ばすことが主眼のような教育だ。
そしてそれがまるで当然のことのように行われている。先生の中には非常にひどい言葉でついてこられない子どもたちを侮辱する人もいると言う。
ソ連時代の上位下達方式からまだまだ脱しえないモスクワの学校である。

幸いにも、上の娘の行っている学校ではそのような生徒を見掛けたことがない。

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