ボリショイ劇場 アニュータ


1999年11月26日(金)

配役

アニュータ:ニーナ・カプツォーヴァ
ピョートル・レオンチエヴィチ:A.メラーニン、
ペーチャ:アリョシャ・ラザレフ、
アンドリューシャ:パーヴェル・ソートニコフ、
モデスト・アレクセーヴィチ:ゲンナジー・ヤーニン
アルトゥイノフ:イリヤ・ルィジャコフ、
学生:アレクセイ・バルセギャン、
閣下:R.アリフリン、
:オリガ・ラヴレンコヴァ、
二人の士官:イーゴリ・ザハルキン、ヴィタリー・ミハイロフ、
四人の伊達男:アレクセイ・アファナーシェフ、Iu.バラーノフ、アントン・レシンスキー、I.セミレチェンスキー、
三人のジプシーマリヤ・ヴォロディナ、イリーナ・ドミトリエヴァ、A.ヤルツェヴァ

原作:チェーホフ『すねかじりのアンナ』

台本:アレクサンドル・ベリンスキー、ヴラジーミル・ヴァシーリエフ

指揮:パーヴェル・サローキン

演出:ヴラジーミル・ヴァシーリエフ

舞台装置:ベッラ・マネヴィチ

作曲:ヴァレリー・ガヴリーリン


チェーホフの原作の題名は言葉遊びとなっており、「首にかけたアンナ(勲章)」という意味もある(主役のアニュータはアンナの愛称。その夫が夢にまでみて欲しがるのがアンナ勲章)。 はじめ1982年にテレビ用バレエとして作られ、劇場版は1986年1月21日、ナポリのサンカルロ劇場で初演され、ボリショイでは同年5月31日に公開された。ともにマクシーモヴァが主役のアニュータを演じた。

母に死なれ、教員の父はさびしさから酒におぼれ、二人の弟はまだ小さく、そうした三人の貧しい暮らしが死ぬほど退屈年頃のアニュータは、ある日魅力的な大学生と知り合い、恋心も芽生えるが、相手も貧乏なので結婚を諦める。まさにその頃、年輩だがそこそこの地位にある小役人、モデスト・アレクセーヴィチに結婚を申し込まれる。お金もあるだろうから新しい生活のほうがマシだろうと承諾するが、実は夫はけちで現実的で少しも面白くない人物だった。もとの生活のがよかったと思ってももう遅い。

そうしたある日、貴族の舞踏会にでかけると、アニュータは地方上流社会で一躍人気者になり、多くの男たちにちやほやされる。なかでも士官アルトゥイノフと閣下はアニュータに首っ丈。モデスト・アレクセーヴィチは、アニュータの魅力を利用すれば自分にも得になると、妻の浮気を認める。アニュータは有頂天になり、なにもかも忘れて遊びを楽しむ。他方、父は破産し、家財をすべて没収され、息子二人を連れて、雪の中、路頭に迷う。

以上のように、バレエによくある理不尽な話。なんだけど、それをなんともきれいにみせる。
序曲が終わって幕があくと、正教にのっとってとりおこなわれる母の葬儀の場面。暗く、重い。つづく残された4人は家に戻り、しみじみと悲哀を味わう。この暗さを続けてバレエになるの?なんとかならない?と思うと、第三場は町の並木道でがらりと舞台の雰囲気が変わり、色あざやかな衣装を着た様々な階層の人が行き交う。19世紀末のロシアの街角をそのままもってきたかのよう。

第四場は主役の一人、アニュータの夫となるモデスト・アレクセーヴィチが勤める役所の場面。ヤーニンはこの人物の小市民的滑稽さをからだ全体で表現。それは最後まで変わらない。第五場はアコーディオンが過去をふりかえる調べを奏で、ピョートル・ペトローヴィチは過ぎ去った若き日を懐かしむ。それに続くアニュータと貧乏学生 デュエットはこの幕の見せ場。だが、支え役のバルセギャンがしっかりしてないからか、カプツォーヴァはぐらぐら。ここはしっとりときれいな踊りが欲しいところなので少々しらける。喧噪の中、アニュータたちの結婚式がどさくさまぎれに行われるのは第六場。

第七場は二人の寝室。つまらない夫と結婚したアニュータの後悔 とモデストのけちさ加減のコントラスト。自分のえごの結果の貧乏くじだけど、その点には全く反省の色なく、ただ結婚を悔やむ単純さの中から翳もでていてカプツォーヴァの演技はなかないいい。モデストのヤーニンも好演で、プラグマシストぶりを表現するときにはびしっときめ、けちさはのらりくらりとした踊りで見せる。

第二幕は貴族の舞踏会ではじまる。着飾った長身の美男美女が大きな動きでワルツを踊る。こういう場面はさすがボリショイ。文句なく素敵。アニュータふんするカプツォーヴァが中心にでてくるが、埋もれるどころか、きらきらと十二分に映えていた。彼女の見た目のきれいさがその踊るバレエにびしりとはまっている。彼女にいいよるアルトゥイノフと閣下は演劇的にカプツォーヴァとは不釣り合いだが、バレエ演出的にはそれでいいのでしょう。道化的役回りのモデスト(ヤーニン)の動きは芸が細かく、それが舞台のはじであっても注目してしまう。

というわけで、ヤーニンもカプツォーヴァもそれぞれ性格的に得意の分野なのか、自然に役に入り込んでいた。表面的な話の単純さの裏にあるチェーホフの得意とする、地方都市の小市民の小さな欲望が破滅につながっていく複雑な筋がみているだけで浮かび上がってきていた。ロシア革命の精神的前史としてもよく描かれたいいバレエ。原作、音楽、演出、表現と四拍子そろった大人の芸術でした。


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