2004年10月2日(土)
原作:チェーホフ『首にかけたアンナ』
台本:アレクサンドル・ベリンスキー、ヴラジーミル・ヴァシーリエフ
指揮:フアット・マンスーロフ
演出:ヴラジーミル・ヴァシーリエフ
舞台装置:ベッラ・マネヴィチ
作曲:ヴァレリー・ガヴリーリン
二十年ほど前、ソ連時代にヴァシーリエフによってつくられたバレエ。幕があくと主人公アニュータの母の葬儀の場面からはじまる。蝋燭をもった参列者が左右に並び、
テープ録音されたロシア正教の祈りの言葉が唱えられる。宗教色濃い葬儀場面がかなり入念に再現されている。ソ連時代にもこうだったのだろうか。
それが終わるとチェーホフの世界。ロシアからも主人公一家からも「古き良き19世紀」が過ぎ去ろうとする時代の一こまが象徴的かつ印象的に描かれる。
『アニュータ』は、いつもは大バレエで脇を固める個性的なソリストが主役となって踊るキャラクターダンサー中心のバレエである。
その意味でこの日の配役は文句なし。アニュータ役はカプツォーヴァがしばしば演じるようであるが、ヤツェンコもなかなかである。なによりこの役にはまっている。
開幕直後はどこからみても「小さな弟たちの優しいお姉さん。」モデスト・アレクセーヴィチといやいやながらの結婚では家族から引き離される際の後ろ髪ひかれる思いを万感をもって表現し、舞踏会でちやほやされることで「小悪魔」にがらりと変身。
「学生」とのはたされぬ恋や、弟たちがこっそり家へ訪ねてきたときの「優しいお姉さん」の姿、夢でアンナ勲章をモデスト・アレクセーヴィチにさずける際の威厳ある立ち居振る舞いなどそれぞれ性格の異なる感情表現を的確に踊りで語る姿はボリショイのベテランにふさわしい。
もちろん夫役のヤーニン、父親役のモイセーエフといった超ベテランも負けていない。ベッドへもぐりこむ際のためらいと隠しきれない歓喜をヤーニンの足はなんと雄弁に語ることか!
モイセーエフは普段劇場のエレベータで会ったらふつうの「おっさん」だけど、モイセーエフ劇場の御曹司(お孫さん)だけあってどこか品がある人である。普段の姿からはドンキホーテでのエスパーダの切れのよさや、アニュータでの舞踏会で酔っ払いながら踊る際の味わいはとても想像できない。ある意味で役者中の役者である。
この日の不満は学生役のルイフロフ。本人はそれほど太っていないけど、舞台ではなぜか「重い」踊り。「貧乏ではあるが若くハンサムな彼氏」という設定には無理があった。
このバレエ、ボリショイの演目としては小さい作品と思っていたが、実はとても立派なバレエ。上演時間は2時間30分くらいかかるし音楽は大管弦楽に加えてピアノ、チェレスタ、ギターにガルモーシュカ(アコーディオンのような鍵盤楽器)と大編成。もちろん内容はチェーホフの小説世界を筋だけではなく心の動きや時代背景を含めみごとにバレエ化している。
芸術分野ではソ連もロシアも超大国であることを有無をいわせず再確認させてくれた。
(2004年10月24日)
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